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短くてごめんなさい。
ヤバイ、身体の半分がしびれる。ずっしりと血の巡りが悪くなったような感覚で、僕は左半身を床に付けて倒れていた。
「賊め、殿下から離れろ! ——殿下!? お離れください!」
アナスタシア殿下は僕を守るように覆いかぶさってきた。そうか、僕は今はこんな格好だから……。
「で、殿下……僕、知り合……顔を……」
舌がしびれて思うように話せない。ポリーナさんなら、これが誤解だとわかってくれるはずなのに。
いや——ちょっと待てよ。なんでポリーナさんがここに?
元々アナスタシア殿下を知っている感じはあったけれど……。
「殿下!」
つかつかと歩み寄るポリーナさんの気配と、ガラスが割れればさすがにわかるのか廊下もばたばたと音がする。乱暴なノックとともに「アナスタシア様、どうされましたか」という声。
これ、僕、結構ヤバイ状況では……?
「殿下、ハイエルフの貴き血を引く御方が、なぜこのような賊をかばうのですか」
「…………」
魔法を使うか? いや、麻痺のせいで魔力をうまく練ることができない。
手元に紙もペンもなく、文字を書けない殿下は僕をかばっている。そうだ、確か道具袋に体内の毒素を排出するような飲み薬があったはず。僕は右手を道具袋へと動かそうとする——ところへ、
「ッ!?」
手、踏まれた! 痛ってぇ〜〜!
「!」
殿下はポリーナさんの足に、タックルするように飛びつくけれどポリーナさんはするりと足を引いてかわした。
「で、殿下……? いったいどうなさったのですか? この者が、一体……?」
ポリーナさんは目元だけ見えている僕の顔を、ようやく見た。
「!? まさか、お前は——」
気づいてくれたか。確かにここは薄暗くてよく見えないのはしょうがないけどさ……。
僕の黒目ならふつうわかるよね。
「殿下! 失礼します!」
ゴンッ、ゴンッ、という鈍い音が響いたと思うと、メリメリと部屋の扉が内側に割れて廊下の明るい光が射し込んだ。大槌でもって無理に部屋を破壊したらしい。
ハッとしたポリーナさんはすごい速度で窓から逃げていく——ってちょっと待って待って待って! 僕を置いてかないでよ!?
完全武装したレフ人の兵士が3人、部屋に踏み込んで来る。大槌を軽々振り回すようなゴツイのもいる。強烈な魔導ランプの光が僕と殿下を照らし出す——。
「——ッ」
殿下がそのとき、口を開いた。
右手にボウッと炎が灯る。
(マズイ——それは、ダメだ)
まだまだ殿下は魔力のコントロールができない。ようやく【魔力操作】を手に入れたばかりだっていうのに、ここで【火魔法】を使ったら辺り一面火の海になる。
僕は右手を伸ばして殿下の口元を塞いで、引き寄せる。
「!?」
片手で殿下を、後ろから抱きしめるような格好になってしまったけれど、ここで殿下を人殺しにはできない。
「!? !? !?」
真っ赤になってわたわたしているアナスタシア殿下が可愛いけど、
「賊がァァァ!」
「殺せえええええ!」
「プルシャアアアアア!」
兵士3人はブチきれてる——っていうか大槌振り回してるあの兵士がヤバイ。
僕は急いで道具袋に手を伸ばし、飲み薬を抜き取った。指先が狂って小さなビンが落ちてしまうけれど、殿下が気がついてくれた。「薬ですか?」と目でたずねられ、僕はうなずく。殿下がフタを外して僕に薬を飲ませてくれる——体温が一気に上昇するような熱さを感じる。
「殿下、離れてください!」
兵士3人が殺到する。とりあえず、少しだけでも時間を稼げれば——薬が効いて僕も逃げられるはずだ。
「プルシャアアアアア!」
いやでも無理かも!? あの大槌振り回してるヤバイヤツ、僕を殺す気だよね!?
あと数メートルで到着してしまう。殿下が僕を抱きしめるようにしてかばってくれる。ああ、クソッ、どうしたら——。
ウィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイ!!
その瞬間、耳に突き刺さるような警報が鳴り響いた。
僕の侵入がバレたのかと思ったけれど、ぎょっとした顔で兵士たちも止まったのでどうやら違う。
『緊急警報。帝都上空に所属不明の飛行船、武力攻撃事態の可能性あり。戦闘員は第1種警戒態勢に移行せよ。これは訓練ではない。繰り返す——』
窓の向こう、レフ魔導帝国上空にサーチライトがいくつも光の手を伸ばした。
殿下の寝室に寝転んだ僕は、見た。
サーチライトが照らし出したのは銀色の流線型を持つ飛行船——「月下美人」だった。
「月下美人」の飛行は安定していなかった。ゆらりゆらりと揺れながら、砲台から火を放つ。
(——こっちに向かってるじゃないか!!)
巨大な火の玉は放物線を描いて壁の向こうに着弾すると屋敷中を揺るがすような震動とともに爆発した。




