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「酒だ! 極上の酒を買おう! いいか、酒と言えばイルフェスト皇国の『酒呑村』というところがあってだな、そこで金を積めば世界のあらゆる酒を買えるという……」
「新しい調合器具、希少な霊薬……なんでも買えるべな!? そしたら全薬師憧れの『神薬』にチャレンジもできる!」
「ちょ、ちょっとふたりとも、興奮しているところ申し訳ないですが、このような降って湧いたような大金は、やはり身に過ぎたものではありませんか? ここはやはり浄財するべきではないかと思います。なんと教会はいつ行っても寄付を受け付けていて……」
「ちょーっと待ってくださいよぉ! ここはあーしが一肌脱ぎますぜ……今ある金貨を5倍にすれば、なんと! 全員の夢が叶うって寸法ですわ!」
「「「それはダメ」」」
「なんでっ!?」
みんながわいのわいのとお金の使い道について話しているのを、ムゲさんも楽しそうに見ていた。
「すみませんでした、ムゲさん。ほんとうは『英雄武装』でも見つけてくるつもりだったんですけど、そういうのはどこにもなくて」
「え? あははは! そんなものまで本気で狙っていたんですか。いや〜、冒険者さんはすごいですね。それより迷宮のいちばん奥にはなにがあったんですか?」
ムゲさんに聞かれ、僕はありのままを話した。
この話をするのは、そう言えば初めてだな……不思議なことに誰も聞いてこないんだもんな。
迷宮の話がトップシークレットだから公の場では聞けない、と言うより、「お前なんぞに聞くまでもなくウチの精鋭たちが調査するから余計な先入観は植えつけないでくれ」というようなレフ人のプライドみたいなのが感じられた。
「ほぉ……コントロール型の魔道具、ですか。それ自体が『英雄武装』並みに価値があるもののようですねえ」
「やっぱりそう思います?」
「まあ、持ってくるわけにはいきませんな」
「『畏怖の迷宮』はどうなるんでしょう。僕らもいつまでも待ってなきゃいけないってことはないですよね?」
「迷宮管理局の研究チームが派遣されて徹底的に調べることになりますね。利用価値は割とすぐにわかるのではないでしょうか? そこから報奨金を算出することになるのだと思いますよ。いやあ、きっとすごい金額ですよ、うらやましいなあ」
ムゲさんはしきりに「うらやましい」と言っていたけれど、あくまでも僕らはムゲさんに雇われているので報奨金は折半のつもりだ。今から言っても遠慮されそうなので、もらえる日が来るまでは黙っておこう。
僕らは、国から連絡があるまで休息を取ることになった。これが1日や2日で済むのか、もっと掛かるのかはわからなかったけれど、久しぶりに羽を伸ばせるというわけだ。
ムゲさんからもらった報酬からお小遣いを分けて、残りの大金の使い道はまた時間を置いて検討しようということになった。
ミミノさんは魔道具店や薬局を回ってここでしか手に入らないものを探すと言っていた。
ノンさんは帝国内にも少ないながら教会があるので、ひとつひとつ回ってくると言っていた。
ゼリィさんはどこで聞きつけるのか賭場に行っているようだ。蛇の道は蛇だ。
ムゲさんは、僕らが持って帰ってきたジャガーノートの宝玉や、その他魔道具の鑑定を進めている。帝国中の商会から「なんでもいいから売ってくれ」とオファーが来ており「いくらで売りつけてやりますかねぇ……いや、これはオークションに……むふふふ」と笑いが止まらないようだった。
(……ルルシャさんはいつ解放されるのかな)
皇帝はルルシャさんの待遇を元に戻すと言っていたけれど、今日の今日で僕らに会いに来ることもないだろう。
だから、ぶらりと街を散歩していた僕は、ルルシャさんにどう話そうかということや、ヒンガ老人のこと、いなくなったポリーナさんのことなんかを考えていた。
絶壁には燃えるような夕陽が落ちており、この鉄の街を赤々と照らしていた。
涼しくなるとレフ人も活動的になるのか、昼よりも多くの人たちが街を歩いている。
僕は裏通りをふらりと歩きながら——この国は極めて治安がいい——一軒のバーらしき店を見つけた。カウンターしかないウナギの寝床のようなバーだったけれど、外に面した小窓には機械人形のオモチャが置かれたりしていて、窓を通して僕は見知った人影を見つけたのだ。
(ダンテスさんだ)
中に入ろう、と思った僕は、足を止めた。スツールに腰を下ろし、背中を丸め、まるで大事なものを愛でるように——あるいは痛みをこらえるように、小さなショットグラスを手にし、琥珀色の液体をちびりちびりと舐めているダンテスさんは、僕の知っているダンテスさんじゃなかった。
悲しくて、苦しくて、たまらないというように見えたのだ。
(やっぱり……)
ノンさんのドレス姿を見て大げさに喜んでいたのも、ムゲさんから大金をもらい「酒を買う!」なんてはしゃいでいたのも、それは苦しさの裏返しなのではないかと僕は思っていた。
レオンが死んだことの。
他の、かつての仲間が死んだことの。
(そうっとしておこう)
僕は店を通り過ぎた。僕なんかが邪魔をしちゃ悪いと思った。僕と出会う前の思い出に浸る時間も必要じゃないかと。
「…………」
立ち止まった。向こうから歩いてきたレフ人が、いきなり立ち止まった僕に驚いたように横をすり抜けていく。
(……そうじゃないだろ、僕)
パーティーメンバーなんだ。僕らは同じパーティーなんだ。古いも新しいも関係ない。
苦しんでいるのなら手を差し伸べるのが仲間じゃないか。それで、ひとりでいたいと言うのならそうしてあげればいい。
(まだまだダメだな、僕は。勝手に考えて勝手に結論づけて、なにもかもわかったふりをして……【森羅万象】があるせいかもしれないけどさ)
ほんとうに優秀だからね、この星10の天賦珠玉は。でもすぐに自分がいちばん正しいと勘違いしたくなるのが困りものだ。
僕はバーに戻ると、この街では珍しい木製のドアを押し開けた。からからん、と乾いたベルの音が鳴った。この早い時間にダンテスさん以外の客はおらず、レフ人のバーテンダーは僕のような子どもが入ってきたことに驚きつつもヒト種族だとわかるとダンテスさんの連れなのだろうと察したようだ。
僕は無言でダンテスさんの隣に座った。
「……レイジか」
「付き合いますよ」
背伸びして言ってみると——なんせ日本で学生をやっていたときにはビールすら飲んだこともなかったからね——ダンテスさんはびっくりした顔をしてから、ふっ、と表情を和らげた。
「今日は長くなるぞ」
「明日もお休みですから」
「違いない」
ダンテスさんは僕のために、アルコール度数の低い、ミルクで割ったお酒を頼んでくれた。この国に限らず自分で稼いだ金で飲むのならお酒の年齢制限はない。ただ、見た目明らかにお金持ちのボンボンが酒場に入ってきたりするとつまみ出されるけど。
2つの人生で初めて飲むお酒は——柔らかくて甘く、そのくせむせるような苦しさがあった。
「……僕、初めて飲みました。お酒」
「そうか? それもそうか。レイジは大人びているから、たまに年を忘れてしまうんだ。14歳だったか」
「はい」
「……それから1年だな、俺が出会ったときのレオンの年は」
15歳のレオンと、ダンテスさんは出会ったらしい。
それからダンテスさんはいろんな話をしてくれた。
駈け出しの冒険者だったときのことを。依頼を達成していくに従って増えていく仲間、よくなっていく装備、広がる世界のことを。
失敗したことばかり覚えているものさ——今となっては笑い話となったこともおもしろおかしく話してくれ、僕も、お酒の勢いもあるのだろうか、声を上げて笑ってしまった。
お店にはレフ人のお客が入ってきたり出て行ったりと回転し、しばらくすると、
「やっぱり飲んでたべな。な? ダンテスはこういう裏通りの、通好みみたいなバーにいるんだ」
「まあ、レイジくんも」
ミミノさんとノンさんもやってきて、4人で話は盛り上がった。バーテンダーは「こいつらずいぶん長くいるな」という顔をしていたけれど、ダンテスさんが高価いお酒を頼むので放っておいてくれたのがありがたかった。
ゼリィさん? もちろんこなかったよ。
でも——僕は気づいていた。1時間おきにゼリィさんが店の前を通りがかってこちらの様子を確認してくれていたことを。まあ、ミミノさんとノンさんが合流してからは来なくなったんだけどね——きっと賭場に行ったんだ。それって、ほんとうにゼリィさんらしいなと僕は思う。
日付が変わって、閉店する時間になるまで僕らはいろんな話をした。まだまだ知らないことがいっぱいあるんだということを知った。そしてこれからもっとたくさん知りたいとも。




