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ここは「畏怖の迷宮」だから「畏怖」を示すことで扉が開かれるのかもしれない。
だけど気になることがあった。
このホールが迷宮の最奥だという保証はどこにもないし、さらにはオートマトンが出現して大暴れしているんだ。
もしもここが最奥で、オートマトンが課題なのだとしたらこれを破壊することには意味があるだろう。畏怖がどうのこうのは後で考えればいい。
もしもここが最奥ではないのなら、いずれにせよオートマトンをどうにかしないと先に進めない。人型っぽいオートマトンなのに感情攻撃を使ってこないのが気に掛かるけれど、そろそろミミノさんの「魔力中和剤」も切れそうなのでむしろこちらとしては都合がいい。
僕は右手に全魔力を集中させ、【火魔法】を発動させる。
白い炎がすさまじい光を放つ。
(【火魔法】は盾で塞ぎ、【雷魔法】は盾で防げず直撃したものの、魔法自体は宝玉が吸収した)
これが意味するところは、
(おそらく、宝玉の吸収量には限界があるということ)
宝玉が無尽蔵に吸収できるのなら魔法を防ぐ必要はないんだし。
それなら、盾で防ぎきれないほどの魔法をぶちこめばいい。【雷魔法】はこちらにも跳ね返ってくるし【森羅万象】で学習したのも星2つまでだから、今僕が使える最大魔法は天銀級冒険者クリスタ=ラ=クリスタが使っていた【火魔法★★★★】だ。
最大火力を実戦に投入するのは初めてだ。テストで撃ってみるにしても場所を選ぶような代物だからね。
だけど、
「お前相手なら手加減は要らないっ!!」
右手を突き出し、左手で肘を支える。煌々と燃え上がる白い炎をジャガーノートへ向けて射出。
「魔法発動による反動」は本来発生しないのだけれど、「魔法を発動させること」の身体への負担はある。
これほどの魔力を込めた一撃は、僕の右手を震わせ、炎が巻き込んだ突風が湧き起こり僕の服の裾を、髪を、はためかせる。
真正面にいたジャガーノートは当然、盾でこれを防ぐ——。
ドンッ。
空間が歪み、衝撃波が僕の身体にも伝わってくる。周囲は閃光弾を撃ったように明るくなり、霧が蒸発して気流が発生し、ジャガーノート周辺の空気が渦を巻く。
白い炎は盾の着弾点を赤く染め上げると、合金を溶解させ、貫き、ジャガーノートの胴体——人間で言うヘソのあたりへと迫った。【火魔法】を魔力へと変換して、胸元の宝玉が吸い込んでいく過程が【森羅万象】を通して見える。
だけれどそれは中断させられることとなる。
魔法の高熱によるものか、あるいは魔力を吸収しきれなくなったのか、宝玉表面にぴしりとヒビが走った直後、パンッと割れて弾けた。
ぃよっしゃあ!
「!!」
でもジャガーノートはそこで終わらなかった。左手に持った槌を腹に叩きつけるとむりやり【火魔法】を散らしたのだ。
まだ身体は動くと言わんばかりに剣を振り回し、槍を振り下ろす。僕の魔力はほとんどカラッポで、身体は休息を求めている。
(倒しきれなかった……!)
敵の動きは明らかに鈍くなっていたけれど、それでも止まる気配がない。
あと一歩。
もう一歩で倒せそうな気がするのに……!
動け僕の身体!
「くうっ」
なんとか一撃をかわして、横に転がり、よろりと立ち上がる。すでにジャガーノートは次の行動に移っている。
(……ん?)
ジャガーノートの動きがおかしいことに僕は気がついた。盾で身体をかばいながら攻撃してくるのだけれど、そのかばい方が——変なのだ。
ふつうならば【火魔法】の直撃したところを守る。だけど、盾が守っているのは身体の中心より少し上なのだ。
宝玉を守っているのか?
いや、宝玉は割れた——ではなにを守っている?
(魔法を吸収する仕組みはなくなった。だけど、ジャガーノートはまだ動いている……もしかして)
ジャガーノートの命綱は、内燃機関。魔導エンジンがあるであろう機関部。あるいはその魔力を供給している魔石などの魔力タンクだ。
三面六臂であるところは一般的な人間とは違うけれど、それ以外の細かい可動部分、たとえば関節や指の動きは人間のそれと同じだ。
もしかしたら、魔力タンクは心臓部分にあるのでは?
だから盾が守っている?
「って、落ち着いて考える時間も——やばっ!?」
ジャガーノートの連撃をかわしていく途中だった。
足元を滑らせて僕の身体がナナメになった。
腕をついて跳ねて回避したけれど、危なかった。膝が笑い始めている。これ以上、長時間の戦闘は僕がもたない。
(心臓を攻撃するにはどうしたらいい? 短刀を投げるか? でも外したら——この濃い霧の中じゃ探すのすら危ない。ゼリィさんに助けてもらう? 今、できそうなのはそれくらいしか……)
無意識のうちに腰の革袋に手を伸ばした僕は、ある固い手触りに気がついた。
もしや、これが使えるのでは……。
「くっ」
回避が一瞬遅れ、剣先が服の袖にかするとちぎれて飛んだ。
迷っていられるほど僕に余裕はない。
やるしかない。
敵はオートマトン。驚きや隙を作ることは難しい。それなら、直球勝負だ。
「そおれッ!!」
僕はクルヴァーン聖王国でミュール辺境伯からもらった短刀を握りしめ、投擲した。その狙いは——下腹部、【火魔法】を当てた場所だ。ジャガーノートは盾でしっかりとそれを防ぎ、短刀は弾かれて横に跳んでいった。
教科書通りというか、コンピューター的というか。「こうきたらこう対応する」というのがわかるようなはっきりとした動きだ。
つまり、盾で防御している間は他の場所が空くのだ。
かこん。
小さな音が鳴ったのはジャガーノートの口だった。金属同士がぶつかる乾いた音。取っててよかった【曲射術★★★】——まさかこんなところで役に立つとは。
ぴくり、とジャガーノートが反応したようだった。
人間を模している身体ならば、口から内燃機関につながっている可能性があると僕は思っていた。いや、つながっていなくても問題ないのだ。先ほどの【火魔法】を放ってわかったことは、ジャガーノートを構成する金属の融点はさほど高くないということ。
つまり、熱いものを——熱くなるものを放り込めば溶かして進むのではないかと思ったのだ。
僕が投げたのは魔導ショップのワゴンセールに入っていた、ハンドスピナーのようなもの。
くるくると回転するが最後には発熱して手に持てなくなるようなもの。
僕がそれを改造して、可燃物を載せれば発火するほどまで熱量を高めた——オモチャだった。
「わっ、たっ、わ!?」
ジャガーノートは狂ったように武器を振り回してきた。ぐるんぐるんと台車上で回転して乱暴な竜巻のようにもなっている。
その口からはもうもうと黒煙が上がっており、やがて、
「!?」
カッ、と3つの口から、目から、光がほとばしると、腕が関節から取れてバラバラに落ちていき、熱暴走によって胴体上部が赤く膨れ上がる——。
「やばっ、爆発します!」
誰か——特にゼリィさん——が近くにいる可能性は少なかったけれど、僕はそう叫ぶと逃げ出した。
オレンジ色の炎とともに爆発したジャガーノートから、金属片が飛んでくるので僕は前のめりに飛んで転がって頭を抱えた。
少し離れただけだというのに霧のかかった向こう、ジャガーノートはメラメラと炎を上げて燃えていた。
「た、倒した……?」
その炎は黄色かったと思えば青くなり、次の瞬間には赤くなりと様々な色になっていた——変なガスが出てなきゃいいけど。
しぶとかったなぁ……ほんとに、こいつは。
ずずずずずず……。
地響きとともに地面が揺れた。僕は次の敵かと思って警戒したけれど特に次の動きはない。
「驚かさないでよ……」
僕は疲れた身体を引きずってダンテスさんたちのいるであろう方向へ歩いていく。
短刀を拾うのも、オートマトンから使えそうなものを剥ぎ取るのも後だ。ていうかなにかまともな部分は残ってるのかな……あんなデカイ武器なんて金属の塊だから、使い道はあるだろうけど二束三文だよな……。
「あ……」
緊張の糸が切れたせいか、あるいは魔力の極端な欠乏によるものか——僕の足がぐにゃんぐにゃんとして力が入らなくなったと思うと、僕は前のめりに倒れてしまい——。
そのまま気を失った。




