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それは見上げるほどに巨大な戦車だった。6つの車輪を持って動き、台座の上には兵器がある。ただしその姿は僕の知る「仏像」を思わせた。
金色の三面六臂。
正面にレフ人の顔、右にヒト種族の顔、左にドワーフの顔だろうか。
腕の1本ずつもすべて違う。ほっそりした腕、毛むくじゃらの腕、太い腕、羽を纏った腕、虫のような腕、爪の長い腕。そのそれぞれが剣、盾、杖、斧、槍、槌を持っている。
胴体部分は布を模した金属で覆われ、胸にはいくつかの宝玉らしきものが確認できる。
その巨体自体がとてつもない質量を持つ兵器となりうるというのに、そこに武器まで付随しているのだ。
まさに、「止められぬ巨獣」と言えるだろう。
「ノンさん! 後ろ!!」
僕は声の限り叫んだけれど、その声は届かない——霧が邪魔をして。レオンは僕が振り返り、怒鳴ったことでこちらを警戒し、長剣の切っ先をこちらに向けた。
あのバカ! どうしてすぐ後ろに迫ってるのに気づかないんだよ!?
僕は、パッと見ではわからない【風魔法】を両手に1ずつ展開して放つ。ゴウッと風を切って霧を散らす——「後ろだ!」と僕が叫ぶと、レオンではなくミミノさんが気がついた。
「レオン、敵だべな!」
「あ——?」
すでにジャガーノートは武器を振りかぶっていた。
レオンはそれを呆けた顔で見上げている。こんなところに敵がいるとはひとつも思わなかったかのように。
剣は——それを剣と呼んでいいのかためらわれるほどに巨大な金属塊は、レオンを、彼が拘束するノンさんを切り裂く。
「あ……」
その瞬間、真横から黒い影が飛んできてふたりもろとも突き飛ばした。
誰もいない空間に振り下ろされた剣は地面を割って、数十センチめり込んだ。
「ゼリィさん!」
僕ですら気づかなかった。ゼリィさんは異常を感知してすでに向こうに戻っていたんだ。
すごい。すごい! 今回のことで僕の中でゼリィさんの株が爆上がりだよ!
だけど助けてもらったというのに、レオンはゼリィさんを蹴飛ばして起き上がる。
「てめっ、なにしやがる!」
「いっだぁ〜〜〜!? それはこっちのセリフだっつーの! あーしだってお前なんぞ切り裂かれて死ねって思ってたけどノンさんがいたから助けたんだよ! ノンさん! ノンさーん!」
「う……」
強い力で絞められていたせいだろう、ノンさんは失神寸前だ。
「ゼリィさん! 離れて!」
「りょーかいっす!」
僕は走り出し、【火魔法】と【風魔法】を組み合わせた「火炎嵐」を放つが、まだ距離があったことと、ジャガーノートが手にした盾であっけなく火炎は散らされた。
だけどそれで十分だ。レオンの手から離れたノンさんを抱きかかえてゼリィさんは走り出したし、すでにミミノさんも猫チャンの荷台に載っていたあれやこれやを全部出して代わりにダンテスさんを載せて動き出している。
そしてジャガーノートの注意はこちらへと向いた。
キリキリキリと音がして首が回転している。ヒト種族の顔が——憤怒の形相がこちらへと向いた。
(さて、と……どうしよ)
これだけの巨大な敵を相手にしたのはウロボロス以来だなと思う。あのときはひとりでは結局やりきれず、ダンテスさんたちが助けてくれたからなんとかなった。
今はダンテスさんたちは、動けない。
レオンの手助けも望めないだろう。むしろ邪魔さえしてくれなければ御の字だ。
「!!」
ゆらりとジャガーノートの上体が揺れたと思うと、ギャリギャリギャリと車輪が地面を噛んで巨大な質量がこちらに迫ってくる。
「く、そっ!」
横に跳んだけれど間に合わず、【火魔法】の爆風を使ってブーストをかける。ただこの緊急脱出策は安全性に欠けるんだ。僕の身体は空中でバランスを崩し、地面に叩きつけられて転がる。
だけど、あのジャガーノートとガチンコファイトするよりははるかにマシだ。ジャガーノートは「顔」の並ぶ壁面に激突する。いくつもの「顔」が吹っ飛び、壁が崩れたけれど、ジャガーノート自身は砂山を崩したほどの抵抗すら感じずバックして出てくる。
マジかー……あんなのどうすりゃいいんだよ。
僕は打ち身になってそうな右肩に【回復魔法】を使いながら立ち上がる。【火魔法】を遠距離から何発も撃ち込みながら霧の中へと逃げる——だけど、
「くっ」
ジャガーノートは盾を掲げ、一直線に僕へと突っ込んで来る。【火魔法】の軌道を曲げて追尾ミサイルのように撃ち込んでいるというのに、霧の中でもこちらが見えるように一直線だ。
だけど円を描きながら走っていたので今度は【火魔法】ブーストで飛んで逃げる必要はなかった。
次は【土魔法】で足元を崩してみるが、そんなものものともせずにジャガーノートは乗り越えてくる。
(どうする、どうする。【花魔法】でツタ? いや、そんなのじゃ止まらない。駆動部になにか詰まらせるとか……いや、車輪の向こうはガッチリ鋼板でガードされてる)
それなら——と、僕は【雷魔法】を放ってみた。
これはあまり使いたくなかったんだけど。
「ッ!」
僕の右手が青白く光り、電撃がジャガーノートへと飛んでいく。
避雷針のように槍へと吸い込まれていく——が、胴体の中央にある宝玉がチカチカと光ってそれをすべて吸い込んでしまった。
「くっそー……やっぱ対策済みか」
【雷魔法】の欠点は2つある。1つは、雷の飛んでいく方向をほとんど制御できないことだ。ただそれは今回、敵が巨大な金属なので問題はなかった。
もう1つの欠点は——術者にも電撃が返ってくるということ。強い電撃であればあるほど返ってくる威力は高く、僕の腕もあちこちが火傷していた。
(魔法は吸い込まれるって考えたほうがいいな……)
鬼ごっこを再開し、【回復魔法】で治療しながら僕は再度考え直す。
こちらの体力も、魔力も有限だ。どうにかしてケリをつけなければこちらがバテる。いや、先に退路を確保してもらったほうが……。
「——坊ちゃん! 聞こえてますか!」
「聞こえてる!」
霧の向こうでゼリィさんの声が聞こえ、僕はそちらに方向転換しながら声を発する。
「この部屋の入口が塞がってます! ってゆーか、レオンが塞いで逃げました!!」
「!?」
「あーしが逃げ道確認しようと走ったら、先にレオンが逃げ込んでて! そしたらなんかスイッチでもあったみたいで、上と下から扉が出てきて閉まっちゃったんですよ!」
あんの野郎……マジでろくなことしないな!
「ノンさんは!?」
「回復してます!」
「ダンテスさんの治療に回ってください!」
「坊ちゃんは!?」
僕は——僕は、
「……こいつを倒すしかないみたいですね」
僕の背後まで迫っていたジャガーノートが槍を突き出してくるのを跳んでかわすと反対側の腕にあった斧が横薙ぎに放たれ、ごろりと床面を転がって回避する。
ジャガーノートの背後を取った、という次の瞬間には車輪の左右が逆回転してその場でターンする。
巨体で素早く、小回りも利く。
厄介極まりない相手だ。
「後先考えるのは止めた。全力でぶっ壊す」




