28
レオンは僕らを油断なく見回しながら言う。
「ポリーナはトラップに引っかかったあと、いなくなっちまったが、他のメンバーとは後で合流できた……だけどそんときにゃ、ジャスティンはすでに死んでいた。そこをオートマトンに襲われ、壊滅状態になった」
「それならそうと……言えばよかっただろうが……! ぐっ」
「ダンテス!」
「おっとミミノ、お前も動くんじゃねえよ」
ダンテスさんはお腹を押さえたまま動けない状態だった。傷が心配だ。早く治してあげたい。
だけどレオンはノンさんを盾にして一分の隙もない。
あれだけ密着されると魔法での遠距離攻撃ができない……高レベルの【魔力操作】があったとしても精密射撃のような魔法は使えないのだ。
「問題はその後さ。俺は——自分の命を守ることだけが精一杯だった。大なり小なり傷だらけだった仲間を置いて、さらには雇い主である商会の連中をオートマトンに押しつけて逃げた」
「なに!?」
「お前は、また仲間を見捨てたの!?」
「うるせえ! あの状況で! 心を恐怖に支配されて! まともに戦えるワケがねえだろうが!」
そうか——トラップによるパーティー分断と負傷、そこにオートマトンが感情攻撃を仕掛けてきたのなら、いくら熟練の冒険者とはいってもひとたまりもなかっただろう。
「猫獣人。それにガキも、お前らは先にここに来て気づいたんだろ——ここにある顔は、この迷宮で死んだヤツらだってことを」
「…………」
レオンが死を看取り、あるいは死んだだろうと推測した人たちの顔がここにあるということは、やはり——この壁の顔はデスマスクなのだ。
なんという趣味の悪さだ。
胸が、ムカムカする。
「お前らはいいよなあ? 偉大なる薬師様のハーフリングがオートマトンの攻撃を無効化してくれたんだからよッ! こんな便利なもん隠しもってやがって!」
「ぅっ……」
締め上げられたノンさんが苦しそうな声を上げると、
「ノンにひどいことするな!」
「うるせえミミノ! おい、ダンテス、なんだよその目は。お前が俺の誘いを受けて『黄金旅団』に戻ってりゃこうはならなかったかもしんねーんだぞ!? 俺がべらべらとこっちの事情をここで話してやったのは、お前にも責任を感じさせたかったからだよ! お前が!『硬銀の大盾』ダンテスがいりゃあ、オートマトンだって蹴散らせた!」
「…………」
口から一筋の血を流し、ダンテスさんはレオンをにらみつけている。その額には汗がびっしょりで、傷がかなり重いことを感じさせる。
(——坊ちゃん、どうしやす)
小声で、僕にしか聞こえない音量でゼリィさんが聞いてくる。
(レオンは錯乱してる。とりあえず話に乗るフリをして隙をうかがう——)
僕がそれに答えていると、
「おい、ガキ! 猫獣人! てめえらは壁に向かって歩け!」
「……なんだって?」
「なんだって、だと? ああ、これだからバカガキの相手はイヤなんだ。わからないのか。ここは明らかにダンジョンの最奥だろ? だが、『九情の迷宮』の最奥には特大のトラップがある——それを作動させろ」
確かに資料には、「九情の迷宮」のいちばん最後にはその迷宮内で最も大がかりなトラップが仕掛けられてあるとあった。
それを乗り越えさえすれば迷宮の踏破となる——その場所になにがあるのかは書かれていなかったが、きっとなんらかの魔道具があるに違いないと僕は思っていた。
レオンはここが、最後の関門なのだと考えている。
そして乗り越えるための人柱として僕らを使おうとしているんだ。
「……ダメ、です……」
ノンさんが声を上げようとしたが、レオンは締め上げをキツくする。レオンの腕にしがみつき、ぶら下がるようになっているノンさんの顔が赤さを通り越して黒みが出てきた。
「行くな、レイジ……ゼリィ……お前らは……」
ダンテスさんもまた気を失ってその場に倒れた。見れば地面におびただしい量の血が流れている。
「バカめ、ダンテス……俺は昨晩言ったろうが。俺をパーティーに入れろってよ。それを袖にしたのはお前だぜ」
ああ、レオンは——この恥知らずの男は、ダンテスさんにそんな話を持ちかけていたのか。自分がやったことは隠し、ダンテスさんの懐に入ってしまえば守ってもらえると思ったに違いない。
だけどダンテスさんは受け入れなかった。
ダンテスさんなら「まずはパーティーメンバーを探そう」と言うはずだ。仲間がちりぢりという状態でパーティーを移る「不義理」を許すはずがない。
「レオン」
頭にくる。腹が立つ。ムカつく。いろんな言葉があるけれど——僕の心は凪いだ海のように静かだった。
怒りはあるのだけれど、僕は悲しかったのだ。
「お前の言うとおり、僕とゼリィさんがあの壁を調べる。だから先にミミノさんにダンテスさんの傷の治療をさせてくれ。この出血量は命に関わる」
こんな男のためにダンテスさんは石化毒を受けたのだ。そして死に場所を探して旅をして——それにミミノさんが付き合い、ノンさんもつらい気持ちを押し殺して付き従った。
こんな男のために。
だからこそライキラさんや僕が「銀の天秤」に拾われる結果につながったとも言えるのだから——運命ってのは、複雑で、残酷で、悲しい。
「…………」
レオンが猜疑心に満ちた瞳でこちらを見つめる。一度、他人を裏切った人間はすべてを疑ってしまうようになるのか。
僕はレオンの返事なんて待つつもりはなかった。
「ミミノさん、お願いします。——ゼリィさん、行きましょう」
「わ、わかったべな」
「へーい」
言うだけ言ってレオンに背を向けると、「チッ、生意気なガキだ」と吐き捨てるような声が聞こえてきた。
ゼリィさんが僕の横に並んでくる。
「どーするんすか、坊ちゃん。ここがマジもんの最後なら、すごいトラップがあるんでしょ? あーし、トラップがあるとわかってるところに突っ込むのなんてイヤですよ」
「大丈夫ですよ」
「ほんとにぃ……?」
「大丈夫大丈夫」
「坊ちゃん、なんの根拠もないっすね!?」
失礼な。「大丈夫」とは1ミリも思ってないけど薄っぺらな根拠はあるんだぞ。
これまで踏破された迷宮は「溺愛」「崇拝」「悲嘆」の3種類だ。その最後のトラップについては細かく描写されている。
「溺愛の迷宮」の最終トラップは、ただ一言こう書かれてあった。
——愛を示せ。
と。
明らかにわかりやすく一段高い場所が用意されてあり、そこでなにかしろということだったのだ。
様々な試みがなされた。求愛する、愛を囁く、抱きしめる、キスをする……そのたびに「判定」が行われた。段がすさまじい勢いで降下して挑戦者は帰らぬ人となったり、天井から針が降ってきたり。失敗はすなわち「死」だった。ぎりぎりでかわした人もいたっぽいけど、明らかに迷宮は殺しに来ていた。
最終的な正解は、簡単だ。愛の原始的な形である「性行為」である。しかも当時、迷宮攻略チームは男のレフ人しかいなかったので……つまり、その、BL案件である。レフ人のBL案件とか業が深すぎる(一部の帝国女子にウケたらしいけど)。
「崇拝の迷宮」の最終トラップは「9体の神像」だった。
この世界の神はいろんな信仰があるのだけれど、ノンさんが入職した教会の信じる「神」は人格を与えられておらず、過去の聖人像は飾られてあるものの神様は抽象的な存在となっている。
だけど「崇拝の迷宮」は、ヒト種族を始め、レフ人、エルフ、ドワーフ、獣人……と9種の種族の像が立っていた。
この像に額ずくことが「答え」だったらしい。問題は崇拝する順番で、順番を間違えると額ずいた頭に槍や岩石が降ってくるという凶悪仕様だった。多くの犠牲者を出しながら、1つずつパターンを試し、正解に至った。
「悲嘆の迷宮」は円形の部屋の中央に、固定の杯のようなものが置かれてあった。杯の模写も付属していたけれど、見た目は優勝カップのような形をしていて、側面には嘆き悲しむ人の顔が彫られていた。
「杯になにかを満たすのか」ということはすぐにピンとくるだろう。そして「悲嘆」なのだから答えは「涙」なのだろうとも。
問題は杯の大きさはワイン樽が入るほどで、さらには中央に小さな穴が空いていて、涙をこぼし入れるたびにそこに吸われていったということだ。
塩水を入れてみたら、部屋が密閉され、足元から水が入ってきて溺死させられたとか。
かといってワイン樽を満たすほどの涙を流すには、何千人とそこにやってきて泣く必要がある。迷宮内の移動は危険を伴うために、さすがにそれは最終手段だった。
解決方法はわりと単純で、まず国内で涙を「回収」して、容器に移した。それを集めて迷宮内に運び入れ、注いだのだという。それこそ何千人というレフ人の涙が注がれると異様なニオイが漂ったけれど、踏破の道は開かれた。
(つまり、もし仮にここが「畏怖の迷宮」の最奥ならば「畏怖」を示すことで道が開けるはずだ。でも……「畏怖」を示すってどうすればいいんだろうな)
なんらかのアクションを起こさなければトラップは発動しないので、調べるだけならとりあえず「大丈夫」のはずだった。
「——ダンテス、傷は塞がったべな! 気をしっかり持て!」
後ろではミミノさんがダンテスさんの治療を始めたのが聞こえる。だけどその向こうにいるであろうレオンの声はほとんど聞こえなかった。
そうか、ここは霧が発生してて音が聞こえにくいんだよな……。
(ん……霧?)
そのとき僕は、得体の知れない寒気に襲われた。
なぜこの部屋に霧が発生しているのか。その霧はただの霧なのに視界だけでなく音も遮断しているのか。
ハッとして振り返る。
レオンの姿はうっすらとしか見えない。
さらに後ろともなれば闇に沈んでいるのだ——その闇に。
巨大な影が音もなく現れた。
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