20
魔力によって生まれた炎が照らし出したのは——黒い、ぷるんとした物体だった。それはおそらく「スライム」だとか、そんなふうに呼ばれている生き物だろう。
そいつらが——ダストシュート内にみっちりと存在し、うごめいていたのだ。
ぞわわわわっ、と僕の肌が粟立った。
バッグをつかんでいたスライムは、つかむそばから溶かしているようだった。
その向こう——はるか下のほうには、迷宮攻略課の人たちの制服や装備品の残骸が見えた。
【火魔法】が爆発し、バッグを取り込もうとしていたスライムを焼いて爆風を起こす。僕の身体が浮いて天井に叩きつけられる——くそっ、スライムに気を取られて制御に失敗した。
それでもなんとか崖のところに手を突いて、身体を這い上がらせる。ぞぞぞぞぞと足元から音がして、僕の足に触手を伸ばしているスライムの音が聞こえている。
「ぬおおおっ!」
僕はごろごろごろんと狭いスペースに身体を転がした。上体を起こしてダストシュートを見やると——そこは相変わらずの沈黙だった。
「……な、なんなんだよ、アレ」
こっちまで来られないのか? とにかくどっと疲れた。
僕はバッグを戦利品として抱え、斜面を登り直して石像のところへと戻ったのだった。
僕らは一度「畏怖の迷宮」を出た。
案の定、バッグは迷宮攻略4課の連絡員が持っていたものであり——中には攻略に関する報告と、援助を求める内容が書かれた紙が入っていた。
「畏怖の迷宮」に入ってから1時間も経っていないので、エレベーターを動かしている警備員には怪訝な顔をされながら、それでも僕らと、戦利品であるバッグ、それにポリーナさんは一度ムゲさんの商会へと向かうことにした。
「黄金旅団」を雇った商会がどこにあるのかポリーナさんも知らないようだったし、彼女も少し休む必要がある。
「……アレは?」
ムゲさんの商会の前——商会と言っても大きな倉庫と、小屋みたいに小さな家があるだけなのだけれど、そこにぴかぴかに磨かれた魔導エンジンで走る自動車が停められてあった。
その黒い自動車は直線的でエッジが効いているフォルムをしていた。まるで地球にもあったジウジアーロデザインを彷彿とさせる……そんなデザインの名前を運転免許も取れなかった僕がなぜ知っているのかと言えば、芸人が司会を務める愛車紹介のテレビ番組を見たことがあったからだ。【森羅万象】のせいなのか、前世の些細なことまで思い出せるようになっている。
それはさておき、街を走るどの自動車よりも明らかに高級であるそんな車が停まっていることは、ただごとじゃない。
誰が切り出すでもなく、距離を置いて僕らが立ち止まると——助手席のドアが開いて執事服を着たレフ人が現れた。ガッチリとした体格で、今まで見てきたレフ人の中でもダントツにデカイ。
「貴様らがこの商会主のムゲと、ムゲの雇った冒険者か?」
厳密に言えばポリーナさんが違うけれど、ダンテスさんが「そうだ」と短く答えた。
その執事は汚らしいものでも見るような顔をして、後部座席に顔を近づける。車内にカーテンが引かれているので中は見えなかったが、声はしっかり聞こえた。
「——ほんとうに会われるのですか。どう見てもあなた様が会うべきではないみすぼらしい格好ですぞ」
するとカーテンを割って紙切れが差し出されて窓ガラスに貼り付けられた。
執事が邪魔でなにが書いてあるのか見えないが、執事がそれを読んで反応する。
「——しかし、あなた様を守ることを皇帝陛下から厳命されております」
また紙切れ。
「——しかしですな。財布から金貨を出して強盗の前を歩く必要もないでしょう?」
また紙切れ——今度は、ぺしっ、と強めに窓ガラスに貼り付けられた。
「——しかしながら、あなた様がそのような結論に至ったのはルルシャの入れ知恵でしょう。それは易々とは受け入れられません……」
僕は思わずこう言っていた。
「ルルシャさんのお知り合いですか?」
執事はよりいっそう嫌悪感をあらわにして、
「……盗み聞きとは、ますますもって礼儀のなっていないヒト種族だ。殿下、引き返しましょう」
バンッ、と音がして扉が開くと——それは予想していなかったのか——執事がびくりとした。
扉の上に、紙切れが差し出され、それを受け取った執事は苦々しい顔をしつつ引き下がった。
車から降りてきたのは爽やかで鮮やかなレモン色のドレスを着た少女だった。少女を見たダンテスさんがあんぐりと口を開け、あくびをかみ殺していたゼリィさんがぎょっとするほどには——美しいエルフだった。
「こちらはエルフを統べるハイエルフの王族でおられるアナスタシア殿下でいらっしゃる。くれぐれも無礼を働くなよ」
執事がにらみつけるように言ってきたけれど、たぶん、誰も聞いていなかった。それほどまでに彼女は美しかったのだ。
「——アナスタシア様!!」
だけれどそんな驚きの空気を破った人がいた——ポリーナさんだ。フードを外した彼女は数歩前に出るとその場に跪く。アナスタシア殿下もポリーナさんを知っていたのか、驚いたように目を見開きながら、しかし悲しそうな顔をした——。
ムゲさんの商会の倉庫に、映画に出てくるお姫様のようなエルフがいるというのはなんともアンバランスなことだった。僕らは彼女がどうして帝国にいるのかという詳しいことは知らされず、ただ「声を出せないために筆談する」ということだけを執事から教えられた——アナスタシア殿下の首には薄いグリーンのスカーフが巻かれてあった。腑に落ちない点はあったし、その下には包帯のようなものがうっすら見えたけれど、たぶん突っ込んで聞いてはいけないことなんだろう。
筆談が始まった。ポリーナさんがなにか言いたそうなことがあったけれど、アナスタシア殿下の用事のほうが先だ。
殿下はあらかじめ内容を記した紙を持ってきていてくれて——ルルシャさんが僕らに感謝していたこと。それに、僕がルルシャさんにするべき話を代わりに聞いてくださるということが書かれていた。
(この人は、信用できるのか?)
僕は正直答えが出ていなかった——持ち帰った迷宮攻略課のバッグをどうするか、という。これがルルシャさんの状況をよくするための一手になり得るだろうことはわかっていたのだけれど、ではバッグを誰に渡すべきかという問題があったのだ。
『あなたの話を聞かせてください。きっとルルシャに伝えます』
流麗な筆致で書かれていた紙を差し出したアナスタシア殿下は驚くほど美しく——ポリーナさんは「近寄りがたい美人」とか思ったけれど、殿下はまた別格の美しさだと思った。
エヴァお嬢様も美しかったけれど——そう思うとこの世界にはびっくりするほどきれいな人がいっぱいいるんだな——お嬢様は男を惑わすタイプの美しさだ。アナスタシア殿下はすべてが完成された、「ウソみたいな」、あるいは「芸術品のような」美しさだった。
「……殿下にお話ししたいのですが、ふたりきりで話すことはできるでしょうか?」
僕は思いきったことを口にした。きっとこのバッグは殿下に渡したほうがいい。殿下ならば、ルルシャさんのために一介の冒険者である僕なんかの話を聞きに来てくれた人ならば、悪いようにはしないはずだ。
だけど、
「ふざけるなッ! この冒険者風情が!!」
問題はこの執事だった。殿下を大切に扱っているふうには見えるのだけれど、どこか殿下をコントロールしようとしている——誰か偉い人の影がちらつくのだ。それが皇帝なのか誰なのかはわからないけど。
「お前のようなヒト種族が直接アナスタシア殿下と話ができるということだけでも類い希なる幸運であるというのに!!」
執事は激昂して、今にも殴りかかってきそうだった——いや、執事はいつだって冷静沈着じゃなきゃダメなんだが? この国の執事教育はどうなってるの? この人だけちょっと変なの?
頭痛をこらえるように額に手を当て、ふう、と小さく息を吐いた殿下は片手を挙げて執事を黙らせる。
『理由を聞いても?』
「とてもプライベートな話だからです。この話は、命運をともにする僕のパーティーメンバーにも話していないことです」
僕が言うと、ダンテスさんたちがうんうんとうなずいたのは説得力があったようだ。僕が話し忘れていたことがこんなところで役に立つとは。ミミノさんにはちらっと話したけどね。
『ならば執事の目の届くところで、筆談をしましょう』
なるほど。それなら話の内容を聞かれることもなく、殿下の安全もある程度確保できると。僕はそれでいいと答えると「銀の天秤」メンバーと、ムゲさん、ポリーナさんは倉庫の入口へと向かう。殿下が執事を見ると、顔を赤く染めてぎりぎりと歯ぎしりしていたが、殿下が折れないとわかったのだろう、
「5分だけです! そしてこのことは皇帝陛下に報告申し上げますからな!」
のっしのっしと倉庫の入口まで下がった。
全員との距離が15メートルほど空いたのを確認したところで殿下はペンと紙切れをこちらに差し出した。にっこりとした彼女からは「急ぎましょう」という意志を感じる。
僕は早速ペンを借りてこう記した。
『ルルシャさんが迷宮で定期報告を行っていたという証拠を発見しました。しかるべきところに提出してください』
アナスタシア殿下の表情が、固まった。
3章も20話まで参りました。
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あと私の別の作品である「学園騎士のレベルアップ!」のコミカライズが双葉社がうがうモンスターで進んでおります。ニコニコ漫画にも遅れながら公開されていますのでよろしければこちらもどうぞ〜。




