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僕とミミノさんは渉外局の建物を出るとロロロ商会へと急ぐことにした。
だけど、そんな僕らの行く道を向こうからやってきたのは——まさにそのムゲさんだった。
「んもー! 聞いてくださいよ!」
荒ぶっているムゲさんをなだめつつ、とにもかくにもムゲさんの商会へと戻り、ダンテスさん、ノンさんとも合流した。
戻って早々、人差し指で、着ているツナギの膝の部分を指差す。そこは赤くべたりと汚れていた。
「ロロロ商会に行ったら、これですよ、これ! いきなりトマト投げつけてきやがったんですよ!『詐欺師に払う金はびた一文ない』とか言って! アイツら、金を払う前にオートマトンの中身を確認したに違いないですよ」
「や、でも、暴力を振るわれたりとかではなくてよかったです」
「トマトをムダにするのは暴力みたいなものですよ!」
「え?」
話を聞いてみるとムゲさんが怒っているのは服を汚されたことではなく、食べ物を粗末に扱ったこと、らしい。この閉ざされた帝国では食料が限られており、主食のキノコはたっぷりあるものの野菜などは嗜好品なんだとか。
ムゲさんがキャラバンで取り扱うのも干し肉や野菜が中心だから、それを揶揄してトマトを投げつけてきたようだ。
「でも、お金を払う前に分解するなんてのはずるいんじゃない?」
ミミノさんが聞くと、ムゲさんは大いにうなずく。
「そのとおりです。商売人の風上にも置けませんよ。こうなったら出るべきところに出なきゃいけませんなあ……ぬっふふふ……」
ムゲさんの目に暗い炎が灯っている。
「えーと、それで? レイジたちのほうはどうだったんだ?」
「それが——ダンテスさんにもお願いしなきゃいけないようです」
「お願い?」
僕はアバから聞いたことを話した。ルルシャさんが反逆罪で疑われていること、定期連絡を怠っていなかったという証拠が必要なこと。
「ふむ……なんだか、きな臭いな」
「僕もそう思います。でも今、そこを突いてもどうにもなりませんし。とにかく急いで連絡員を探さないと。ルルシャさんが定期連絡をしていたという物証が、なによりも確実な証拠になるでしょう。……僕はもう一度『畏怖の迷宮』に潜りたいです」
「レイジは連絡員がまだ迷宮にいると思っているのか? どうしてだ」
可能性は2つに1つだ。連絡員は迷宮の外にいるのか、中にいるのか。
でも僕は中にいるような気がしていた。
仮にルルシャさんをはめようとしている勢力があったとして、迷宮から出てきた連絡員全員に声を掛けて身柄を匿うような、面倒なことをするだろうか? やるにしてもあまりに迂遠な方法だし、「連絡不備」だけで「国家反逆罪」にはならない。もしルルシャさんがふつうに迷宮から出てきて、戦力を国に返還していればここまで大きな問題にならなかった。
「国家反逆罪」なんていう罪状をなすりつけられたのは、オートマトン相手に敗北を喫して戦力をいたずらに損耗したこととセットなんだ。攻略失敗の責任を取らせ、ルルシャさんを疎んじる人々がこの機に乗じて彼女を徹底的に排除しようと仕組んだのだと考えるとしっくりくる。
ならば。
連絡員たちは何らかの理由でまだ迷宮内にいるはずだ。
「でも、迷宮にもう一度入ることはできるんでしょうか? ムゲさん」
「できますよ。現に、他の商会でまだ迷宮に潜ってるところもあるでしょう」
「あっ」
そう言えば「黄金旅団」はあの後見てない。まだ潜っているのか。
僕らは話し合い、明日また「畏怖の迷宮」を探索することにした。ゼリィさんの夜のバクチは、今日は遠慮してもらおう。
翌朝早くから僕らは行動した。
徹夜明けらしいムゲさんは猫チャンの荷台で眠っており、僕が代わりに猫チャンを運転することになった。ムゲさんはオートマトンから取り外した魔術をいくつか猫チャンに組み込んだらしく、
「スーパー猫チャンになりましたよ!」
と胸を張っていた。蒸気機関以外に魔石による補助動力も加わり、回転力が向上したらしい——けれど僕には違いがよくわからなかった。
猫チャンの運転は意外と楽しく、猫チャンは相変わらずのろのろと走った。
エレベーターで崖を上がり、「畏怖の迷宮」入口へ。相変わらずミミノさんは高いところが怖いらしく、僕の腕にしがみついてきた。だんだん遠慮がなくなってませんかね? いや、全然嫌ではないんですけども。
入口の人の顔のところにやってきて——僕は思い出した。
「そうだ……血のニオイ」
「どうした、レイジ」
前回入るとき、この先にある並ぶ石像で血のニオイを感じたことを僕は思い出したのだ。
「ゼリィさん、感じますか?」
「ん〜、あーしはこっちのほうがいいですけど、まあ、ちょいとニオイましたね」
ゼリィさんは、こっち、と言うときにネコミミをぴんっと指で弾いた。
「……坊ちゃん、なにか聞こえますよ」
「!」
ゼリィさんに言われて僕も気がついた。入口の向こうでくぐもったうめき声が聞こえるのだ——助けてと救いを求めるような。
「ムゲさんはここで待っていてください!」
僕らが急いで入口へと——薄気味悪い人の口へと飛び込むと、並ぶ石像の奥の方に倒れている人影があった。
「大丈夫ですか!」
遠目にもわかるかなりの出血量。そしてその人物が背中につけているマントは、黄色だ。「黄金旅団」のメンバーだ。
僕らに気づいたのだろう、顔を上げたのはフードを目深にかぶったスレンダーな女性だった。苦しげな表情で、彼女が口を開く——「うえ」と。
うえ?
「上!」
僕らは女性に駈け寄っていく途中だった。見上げたそこに並ぶのは武器を持った石像だ。
それらは石像のはずだった。
だというのに、瞳がすべてこちらを向いていたのだ。
「攻撃来ます!」
ダンジョンそのものが「道順を変える」なんていうふざけた真似をしてくるのだから、それは、確かに、当然のことだった。
石像が動くことくらいは。
握りしめた剣を、槍を、槌を振り下ろしてくる。僕は急ブレーキを踏んで、
「ミミノさん、ロープを!」
「はいよ!」
ミミノさんが懐から放ったのはツタでできたロープ。僕は10の【花魔法】を展開してロープを10本に枝分かれさせて武器を持つ石像の腕に絡みつかせる。
だけど停められるのは4体がせいぜい。
「ほいっと」
先行していたゼリィさんは左右から振り下ろされる槍と杖をひらりとかわし、倒れた女性へと向かう。
「ぬおおおおおお!」
僕らの後ろ、ノンさんをかばいながらダンテスさんは、盾で押しつぶそうとしてくる石像を同じく盾で弾いてかわし、槍の一撃はメイスで受け止めつつ流す。
「駈け抜けろレイジ!」
「はい!」
入口に近かったダンテスさんはノンさんとともに引き返し、僕の視線の先ではゼリィさんが倒れていた女性を引きずるように通路を抜け出すところだった。
ブチブチッ、という音が聞こえたのは僕が【花魔法】で飛ばしたロープを、石像がバカ力で引きちぎろうとしているからだろう。
「ミミノさん、失礼」
「え——わっ!?」
僕はミミノさんの身体に手を回すと、お姫様抱っこして走り出す。【補助魔法】で身体能力をアップさせたこともあって重さは気にならない。
走り出すと、ゼリィさんがかわした槍と杖が再度振り下ろされたけれど、それを跳んでかわした。護衛時代にダンスの練習もさせられていたことがここでは役に立った。もちろん、お嬢様を抱っこしてダンスするなんてことはなかったけれど。
僕とミミノさんは奥の通路へと滑り込んだ。




