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気がつけば受付の人もおらず、1階は無人となっていた。受付の奥にある扉を進めばこの階で働く人はいるのだろうけれど、そちらもみんな息を潜めているようだ。
不気味な沈黙の中、ひとりのでっぷりしたレフ人が建物の入口に現れた。
ハッとしてミミノさんが立ち上がるが、僕は彼女の前に立ち、いつでも短刀を抜けるようにした。
「フゥン、君たちが『銀の天秤』のメンバー?」
暗い黄土色一色の肌はなぜかぬらりとしており、異常なまでに太った体型は爬虫類ではなくカエルを思わせる——しかもヒキガエルだ。
着ているシャツのボタンは外され、フードをはぐとフゥフゥと荒い息を吐いている。口には一本の箸のような棒をくわえていたが、それを口から取ると、腰のベルトにぶら下げた金属製の壺に突っ込んで、粘り気のあるもの——【森羅万象】によると「水飴」ということだった——を取り出してしゃぶっている。
「チュパッ。ぼくはね、渉外局の副局長のアバだ。ルルシャ課長のことで話を聞きたい。それとチミたちが、ぼくの従兄弟がやってる『ロロロ商会』に対して詐欺を働いたとも聞いたから、それについても申し開きがあるなら聞こうか。チュパッ」
「すみません、ツッコミどころが多くてなにから言えばいいですかね? とりあえず最初に誤解を解いておくと、まず詐欺なんてしてません」
「金貨1千枚をだまし取られたって商会長が言ってたけど? チュパッ」
「は……? 僕らが倒したオートマトンをその金額で買い取りたいと言ったのは向こうのほうですよ?」
「チュパッ。そうなの? じゃあ、少々厄介なことになるね。訴訟かな」
どこか他人事みたいにアバというヒキガエルっぽいレフ人は言うけれど、こっちとしては冗談じゃない。というかロロロ商会に行ったムゲさん、大丈夫かな。
「……で、僕らを大人数で取り囲んだのはルルシャさんに関わることですか?」
「チュパッ」
棒を引っ張り出してもう一度水飴をつけた。
「そう。そっちが本題だ。彼女には『国家反逆罪』の疑いがかけられている。君たちにも話を聞きたいので、抵抗せずについてきてもらいたい」
アバは水飴をしゃぶると、チュパッ、と音を立てた。
ムゲさんのことが心配だったけれど、下手に暴れても嫌疑が深まるだけだと判断し、僕らはアバに連れられて2ブロック先にある渉外局へと向かった。
案の定、建物の外には武装した警備兵が100人以上詰めかけており、その外側には一般市民が何事かと遠巻きに見ていた。まるで僕らが本物のテロリストみたいな演出だった。
渉外局は迷宮管理局とは違い、外壁にタイルを貼り、テラス席があったり、屋根を支える支柱に彫刻をあしらったりと瀟洒な外観になっていた。
僕らがなにも言わないせいか、アバも終始無言で僕らを渉外局へと連れてきた。
警備兵は中まで入ってこないらしい。広々としたロビーを抜けて、応接室らしい部屋へとやってきた。
ここに来て初めて見た観葉植物は、鉢に植えられたこんもりとした木だった。それが3つほど距離を置いて配置されている。
籐で編まれた長椅子に座ると、向かいにアバも腰を下ろした。
「チミらとルルシャ課長の関係は?」
「ルルシャさんのお母様との知り合いです」
「……チミはだいぶ若く見えるけどね?」
「フォルシャ王国の生き残りは結束が固いんですよ」
僕は直感的に「ヒンガ老人のことは隠したほうがいいのではないか」と思った。老人はなにか罪を犯して六天鉱山に来た、みたいなことを言っていたし……エル司祭はヒンガ老人を「優れた研究者」くらいにしか言っていなかったけれど。
「それよりルルシャさんが反逆罪というのは? なぜ渉外局が——名前から察するに諸外国との折衝をする部署ですよね。そこのあなたが僕らのところに?」
「おっと言葉には気をつけたまえよ、チミィ。チュパッ。もしぼくが通りがからなかったら、保安チームに捕まってたところだよ?」
「それはどうも」
こっちだって素直に捕まる気なんてさらさらないけどね。
「ではなぜあなたは首を突っ込もうと思ったんですか?」
僕は警戒心ばりばりで聞いた。ムゲさんがトラブッてる可能性の高いロロロ商会とつながっている人だもんな。
「……ま、僕のことはどうでもいいでしょ。問題は国家反逆罪のほうじゃないの?」
少々乱暴な手つきで、水飴のおかわりを追加ししゃぶるアバ。
「チュパッ。彼女は国から預かっている攻略チームを自分の都合のためだけに利用した疑惑をかけられている。なにせ迷宮に潜ってから一度も、義務づけられている定期報告を寄越さず、多くの人員を失ったからな」
「……彼女はそんな、無謀な人材には見えませんけれど」
「それはチミが知り合いだからだろう?」
「…………」
「武力を渡して、その後行方がわからなければ誰だって警戒するものだよ、チミィ」
違和感。
僕はルルシャさんにようやく出会えて——もちろんヒンガ老人のお孫さんだというのもあるけれど、ルルシャさんは迷宮攻略をしっかりやろうとしていたし、国家に弓引くために迷宮にいたとは到底思えなかった。彼女は部下の治療を最優先していたし。
(……最初からルルシャさんを排除するための迷宮行きだったとか? いや、そんな面倒なことをふつうはしないよな……。だったら、何者かが彼女を陥れるために疑惑をミスリードしている?)
後者のほうが俄然、ありそうだった。
だけど今はそんな陰謀論を確かめている場合じゃない。ルルシャさんを助けなきゃ。
「アバさん……でしたね? ルルシャさんの疑惑を晴らすにはどういう方法がありますか」
「ふむ……」
チュパッ、と音を立てて棒を口から引き抜いた。
「彼女は定期連絡を欠かしていないと言っているらしいぞ。だが、報告に出したという者も行方が知れない。たかだか1人ではなく、7人だ。その誰かでも見つかればまた風向きは変わるかもしれないが……時間はあまり残されていないねえ。国家反逆罪の立件と裁判は早いからね。最短で5日。長くとも10日で刑は執行される……」
棒にはもう、水飴は残っていなかった。
「死刑だよ、チミィ」
ぺろりと唇を舐めたアバの舌は細く、不気味だった。




