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* ルルシャ *
こんなオートマトンがいるという話は聞いていなかった——少なくとも、「迷宮攻略課」という立場で閲覧できるあらゆる迷宮関連記録を読み込んだが、そこには書かれていなかった。
『畏怖セヨ』——そう、オートマトンが言葉を発するだけでこの場にいる全員が跪いてしまったのだ。
(な、なんなんだ、これは……)
ルルシャは呆然としていた。
腕が4本生えているだけの、ちょっと変わったオートマトンなのだと思っていたのに、言葉ひとつで全員がひれ伏し、動けなかった。
湧き上がる感情に理性が戸惑っている。身体の芯から凍えるような震えが止まらない。
キリキリキリと音を立てて車輪が回転し、迷宮攻略メンバーの前にやってくる。
そして槍のように尖った腕を、ひれ伏したメンバーの頭上にかざした。
「や、止め……」
3つの宝玉がシグナルでも送るように複雑に瞬いた。突き出された腕はメンバーの腹を貫いた。
「ひぐぅっ!? あ、あ、あ……ああああ」
貫通した。槍が引き抜かれると血があふれ出す。腹を押さえ、痛みに苦しみながら転がるメンバーは涙に濡れた目でオートマトンを見上げていた。叫び出したいに違いない。わめきたいはずだ。だけれどそれをこらえて、震えて見上げている。これが勇敢な自分の部下だというのか。
次々にオートマトンは仲間を突き刺していく。腹だったり、腕だったり、腿だったりするが、顔や身体の中心部は狙っていない——まるで殺すつもりがないかのように。
「あ、ああ……」
ルルシャは気づいた。
(『畏怖』の感情を与えようとしているんだ……。死んでしまえば感情は湧かない)
殺さず、傷つけるだけ。それによって恐怖を植えつけ、ひいてはこのダンジョンに対する「畏怖」を引きだそうとしているのだ。
とはいえ治療もせずに放置しておいたらやがてケガで死んでしまう。
「ひっ」
100人以上いるホールで、すでに半数が刺され、血を流し、うめいている。そして今オートマトンはルルシャの目の前へとやってきた。
オートマトンの身体に埋め込まれた宝玉が瞬く。それがなにを意味しているのか、ルルシャにはわからない。
そしてオートマトンはルルシャへと槍を突き出した——。
「『火炎嵐』」
ルルシャはそんな声を聞いた——自分たちの後方の道から。
業火の竜巻がオートマトンを真横から襲った。
突然のことではあったが、オートマトンは上体をずらして魔法を避ける。
魔法だ。この国ではほぼ見ることのない魔法だ。だがこれが初歩的なものではない高度な魔法だということはルルシャにもわかる。
「外しました! 距離がちょっと遠いです!」
だというのにその声は若く、老練な魔法使いという感じではまったくない。
「突入ッ!!!!」
渋い男の声が響き渡ると、数人が大ホールへと入ってくるのが聞こえた。
だがオートマトンは突然の攻撃にもあわてたりはしない。3つの宝玉がチカチカと点滅し、新たな侵入者に即応する。
「だ、ダメ——」
誰かが助けようとしてくれている。それはありがたい。だけれど、この敵は違う。ただのモンスターではない。このままではミイラ取りがミイラになる。
『——畏怖セヨ——』
間に合わなかった。
「畏怖畏怖畏怖畏怖うるっさいんッスよ!」
え? とルルシャは目を疑った。ネコミミの獣人が跳び蹴りをオートマトンに食らわせたのである。オートマトンの上体は大きく傾いだが、足元は車輪なので安定感がある。
「おおおおおおおおッ!」
突入の号令を掛けた男がその反対側に滑り込んでおり、凶悪なメイスを振りかぶる。オートマトンは4本の腕でこれを防御しようとしたが、メイスは腕をたたき折った。
「ナイスです、ダンテスさん!」
最後に聞こえたのは少年の声だった。メイスによる衝撃で後退するオートマトンへと近づき——その疾駆は音もなく——人間離れした跳躍力でオートマトンの懐へと潜り込んだ。
そこから先は、まるで戦闘とはかけ離れたような動きだった。
骨董品を愛でるような手つきで、ナイフの切っ先を宝玉の1つに差し込むと、いともたやすくそれを抜き取った。
キイイィィィイイイ————…………。
甲高い音が聞こえ、その後、オートマトンは沈黙する。
「倒した……の……?」
今のはなんだったのか。この者どもは——レフ人とは明らかに違うので冒険者? ——いったい何者なのか。
「ミミノさん、ノンさん! クリアです! すぐに負傷者の治療を!」
「了解だべな!」
「はい!」
彼らの行動に、ルルシャもハッとする。
「そ、そうだ——動けるものは負傷者の治療を! 止血を急げ!!」
* *
僕らの到着はギリギリだったようだ。数人、意識不明の重傷者は出たものの死亡者はいなかった。
「いや……ほんとうに助かった。ありがとう。オートマトンの討伐だけでなく負傷者の治療まで……」
責任者らしい女性が、僕らに頭を下げてくれた。
僕は彼女の瞳に琥珀色があるのを確認して——ヒンガ老人と同じ色の目を確認して、僕はたずねる。
「あなたはもしかしてルルシャさんですか?」
「ああ、そのとおり。攻略第4課のルルシャだ。だが、これだけの負傷者が出てしまえば攻略は続けられないな……一度全員で帰還することとする」
やっぱり、そうだ。この人がルルシャさん。ヒンガ老人のお孫さん。
ああ、どこかヒンガ老人の面影がある——理性的な顔立ちといい。
「あの、実はあなたにお話がっ」
「すまない。話をしたいのは山々だが、一刻も早くここを出て部下の治療に当たりたい」
「あ……」
言われてみればそのとおりだ。ルルシャさんは申し訳なさそうな顔で、
「……戻って落ち着いたら時間を作ろう。それでいいかね?」
「はい……もちろんです。それで構いません」
「帰りは俺たちも手伝おう」
ダンテスさんもそう言ってくれた。
100人を超える団体の撤退、さらには負傷者もいるために準備からなにから時間が掛かる。
その間にムゲさんは、僕らが倒したオートマトンを「買い取りたい」と他の商会の人たちに言われて交渉に当たっていた——その商会の人たちは、今までもムゲさんのことを「オンボロ商会」と呼んでいた商人たちのようで、ムゲさんは鼻息も荒く腕まくりして行った。
「それでは、お譲りすることは構わないですが、競りかオークションにしましょうか?」
「いやいや、ムゲさんよ。ぼったくる気かい? アンタんとこは後から来たんだぞ」
「ほう。では全員死ぬのを待ってから入ればよかったと?」
「ぐぬ……で、では、入札1回のみのオークション形式としよう」
「そうしましょう。それぞれ紙に価格を書いて私にください。あ、金額の相談はもちろんしたらダメですよ! 今すぐこの場で書く! 書かないなら勝負から降りたということにしますからね!」
なんだか商売人としてたくましくなったムゲさんが仕切っている。
「……ぐっ……オンボロ商会のくせに」
「……我慢しろ。あのオートマトン、とんでもない性能だったろ」
「……これは莫大な価値がある」
ぶつぶつ言ってるのを【聴覚強化】によって高められた僕の耳が拾っている。
しばらくして、ひとつの商会が大喜びでバンザイし、他の商会ががっくりしているのが見えた。かなりの額を積んだようで、支払いは帝国に戻ってからということになったそうだ。
「い、い、い、いいんですかね!? すすすすんごい額ですよこれ!?」
さっきまでカッコよく振る舞っていたムゲさんは、戻ってくるなり緊張の糸が切れたみたいだった。
「落ち着きな、ムゲさん。まあ、あんなオートマトン見たら、大金積んでも欲しくなるわな」
「で、で、でも帝国金貨1000枚って!?」
えーっと……帝国金貨は1枚30〜50万円くらいの価値だったはずだ。ということは……3億円以上!? うはー、確かにそれはすごいな。
倒したオートマトンは、ここに来るまで見た10数体と比べて小型ではあったけれど、腕を折った以外にはほぼ無傷である。聞けば、「感情トラップ」を使ってくるオートマトンと遭遇したのは初めてだったようで——初めてで、すわ全滅かという恐怖を覚えた後となれば大金を積んででもあのオートマトンを欲しくなるのは仕方ないけどね。
(でもなぁ、オートマトンだけで「感情」をコントロールできるわけじゃないんだよな)
猫チャンの荷台に積まれている素材はさほど多くない。目のような宝玉は魔石として高値で売れるようなので全部回収しているが、それ以外の魔術部分は一度ムゲさんが全部バラしてみて、「たいしたことないですね」と言っていた。
商会の人たちは大事そうにオートマトンを積み込んでいた。
「ダンテス、レイジくん、この薬を服んでおくべな」
「もう時間ですか?」
「余裕はあるけど、帰る途中で切れたらシャレにならないしな〜」
ミミノさんが渡してくれたのは「魔力中和剤」という薬で、体内の魔力を調整する効果がある。「感情トラップ」がダンジョンに循環する魔力を使っているという僕の推測が正しければ、体内に吸い込んでいる魔力を中和してしまえば「感情トラップ」は効かないわけで、実際これは正しかった。4本槍のオートマトンが繰り出す「感情トラップ」を無効化することができたのだ。
他のトラップが出てきたらまた違う方法を試さなきゃいけないとは思うけどね。
ちなみに「魔力中和剤」は魔力を溜め込みすぎて魔力酔いが起きたときに服むためのもので、一般的な薬ではないという——それでもミミノさんは手持ちの薬草を組み合わせて作ってしまった。
ウチのパーティーメンバーはほんとすごい(身内びいき)。
僕らがどうやってあのオートマトンの攻撃を無効化したのかという質問は誰からもされなかった。とりあえず今は安全に撤退するのが最優先だからだろう。
ミミノさんの治療薬もノンさんの魔力も限りがあるので、全員分応急処置をするのが精一杯だったしね。
その後、オートマトンとの戦闘はなく、「畏怖の迷宮」から外に出ることができた——ちょうど丸1日経っていたようで、朝日を浴びながら、傷ついたメンバーがエレベーターで下ろされていく。
「ではな、『銀の天秤』よ。またこちらから連絡する——ほんとうに助かった」
ルルシャさんは僕らに頭を下げると、颯爽と去っていった。
でも、それから1日経っても2日経ってもルルシャさんから連絡はなかった。




