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ヤバイ、怖い、危険だ、恐ろしい、どうする——身体が物理的に前に倒れていく。
脳の中心がしびれるように冷たくなり、全身が震える。だというのに毛穴という毛穴から汗が噴き出して呼吸が苦しくなった。
(【森羅万象】【森羅万象】【森羅万象】【森羅万象】【森羅万象】【森羅万象】! 先生出番だよ先生!!)
無理矢理【森羅万象】に集中すると頭を支配していた恐怖心が薄れていった。
たった一言「畏怖セヨ」だけでここにいる全員が這いつくばろうとしている。僕だけじゃない、気合いで踏ん張ってるダンテスさんはともかく、ゼリィさんなんてスライディング土下座状態だ。
むこうの「黄金旅団」パーティーも同様だったけれど、避難中のミミノさんやムゲさんたちは大丈夫みたいだ。
(距離か)
だけどどんな仕組みで、恐怖心を植えつけたりできるんだ?
「こ、な、くそおおおおお!」
ギィンッ、と大きな音がしたのはダンテスさんが突っ込んできたオートマトンの槍を大盾で受け止めたからだ。
ダンテスさんの顔が歪んでいる。汗も噴き出している。確かにオートマトンの巨体から繰り出される槍の攻撃は重いだろうけれどそれくらいサクッといなせるはずだ——ふだんのダンテスさんなら。
(なんなんだ、この精神異常攻撃は)
僕は【森羅万象】によってこの現象が魔術——あるいは魔法によって起こされたものだと知る。僕とダンテスさんはだいぶマシだけど額を床にこすりつけたままのゼリィさんは腕輪の光がますます赤くなっていく。
(どうしたらいいんだ?)
倒すしかないのは間違いない。でも、僕の動きだってふだんよりも半減している。
——と、そこへ、
「撃てェ!」
ドン、ドンッと2発の【火魔法】がオートマトンの背中で爆発した。「黄金旅団」の魔法使いが撃ったのだ。
オートマトンからかなり距離を取っている「黄金旅団」は僕らよりだいぶ状況が良さそうだ。
魔法か——確かに今は、戦利品をどうこう言える状況じゃない。
(今はこの場を切り抜ける!)
僕は拳を自分の頬に叩きつけた。
怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない!
あの日、鉱山が崩落した日——姉の手を取らなかったことのほうが、僕にとってよほどの恐怖だ。
もうあんな恐ろしさは二度も味わいたくないし、味わわない。
こんな機械が繰り出したニセモノの恐怖になんて負けるものか。
『——侵入者——』
左右の車輪を逆に回転させてその場でUターンしたオートマトンが今度は「黄金旅団」へとターゲットを変えた——こちらに背を向けた。
「人間様をナメるなよ、機械ッ!」
僕は右手の指1つ1つに【火魔法】を、左手の指には【風魔法】を展開。
これをやると魔力をごっそりもってかれるんだけど——出し惜しみはナシだ。
「『火炎嵐』」
両手から発せられる5筋の炎と5筋の風が折り重なり、混じり合い、巨大な火炎の竜巻となってオートマトンに襲いかかる。
この魔法の名前は、過去にそういう名前で魔法を使っていた人がいたらしくミミノさんに教えてもらった。
『——侵入者……——』
炎が止むと車輪が止まり、上体だけをこちらに振り向ける。
その身体は煤で真っ黒だが溶解するほどの温度はない。
僕の前へとダンテスさんが盾を構えて割って入る——まだこのオートマトンは動くのか?
パキンッ。
そのときオートマトンの胴体に埋め込まれていた宝玉にヒビが入り、割れた。3つのうち2つはすでに割れており、最後の1つが割れたらしい。
すると周囲に満ちていた「畏怖」の感情が一気に消えていくのを感じた。
オートマトンは前のめりに倒れると大きな音を立てた。加熱により劣化したのか、腕がもげて転がっていき、そのうちの1本はステージから滑り落ちて奈落に消えた。
「ふー……ヤバイですね」
「あ、ああ……。ヤバかったな。まさかこんな攻撃だとは……レイジは大丈夫か? ゼリィは?」
「ハッ。あ、あーしはなにを!?」
僕が肩で息を吐き、ダンテスさんが警戒しつつオートマトンへと近寄っていく。ゼリィさんはキョロキョロしているから元気そうだ——一応、後で、精神状態がまともかどうか確認したほうがいいかもしれない。いや、そもそも異常な人だからどうしよう……?
「大丈夫だ。もう動かない」
ダンテスさんがオートマトンを蹴っ飛ばして確認した。ようやくこれで戦闘終了のようだ。
問題が起きたのは成金ふう商人が戻ってきてからだ。
「最初の魔法は私の雇った『黄金旅団』によるものだ! だからこのオートマトンは我らが引き取る」
などと言い出したのだ。
これはアレですね。売ってるんですよね、ケンカを。商人だけに。
買いましょう。そちらの言い値で買いましょう。
「……レイジさん、ここは私が」
僕が腕まくりして出て行こうとするとムゲさんが前に立った。
「誰がどう見てもこのオートマトンを倒したのはレイジさんの一撃によるものです」
「最初に当てたのはこちらだろう!」
「そうだとしても、その攻撃でさえダンテスさんが盾で防いで敵を引きつけていたからこそ。あなたは『取引の神』に誓って、この戦利品があなたのものだと主張できますか?」
「ぐっ……」
おお、ムゲさんが主張してる!「取引の神」って、そう言えば前にミミノさんが冒険者ギルドの人とやりとりしてたなぁ。
——取引の神は公正に見ておられる。
——売り手よし買い手よしの取引。
こんな言葉を交わすのだ。
「そこまでにしな……雇い主さんよ」
間に入ったのは、まさかのレオンだった。
「確かにこのオートマトンはあのガキの魔法でぶっ壊れた」
「チッ——お前たちの働きが悪いからだぞ! 替えなどいくらでもいるのだ、次はきびきび働くんだな」
ツバを吐いて去っていく趣味の悪い商人。うーわー、柄も悪いな。
「お前が仲裁に入るとは思わなかったぞ」
「おいおい、俺をなんだと思ってんだよダンテス……つうかなんだよさっきの魔法は! うちのエミリーが……ああ、魔法使いだが、びびって腰抜かしたぞ。お前、何発の魔法を混ぜたんだ?」
レオンがこっちを見る。
「何発って、そりゃ指は10本しかないから、10でしょ」
「マジかよ……てっきり斥候タイプの天賦持ちかと思ってたが、その格好で魔法使いとはねえ——いや、今日はどう見てもドルイドだな。でもドルイドが【火魔法】……?」
レオンは首をかしげながら離れていく。僕の後ろではミミノさんが「むっふー。レイジくんを見たか」となんかドヤ顔してるのがカワイイ。この人は年上だけどやっぱり小っこいままだからカワイイんだよなぁ。
それからムゲさんはオートマトンを精査して、使えそうな魔道具がないかを選別している。その間に「黄金旅団」たちは先へと進んでいった。
「——でも、あのオートマトンが使った魔法? は、なんだったんでしょう」
休憩は継続なのでノンさんが切り出した。
「お父さんたち、急に動きが鈍くなりましたよね?」
「お前は問題なかったのか?」
「いえ……背筋がぞくっとしたような気がしました。あれは光天騎士王国の大聖堂で神の存在を感知したときの感覚に似ていましたわ」
神……畏怖の感情だから、神を感じるのに近いのかもしれない。ていうかノンさん、神様見つけたの?
「レイジはどう思う?」
「まだわかりません……けど、離れていれば効力が落ちるようですので、次戦うときは距離を取りながらですね」
「あんなふうに敵が魔法っぽいものを使ってくるケースは資料には書かれていなかったな。だがここはダンジョン、なんでもアリだ。気を引き締めていこう」
みんなうなずいた——だけど僕は内心で首をかしげていた。
ダンジョンだからなんでもアリというのはほんとうなのだろうか? 僕は他にダンジョンと言えば「六天鉱山」しか知らないけど、あそこはあそこで「ルール」があった。
(この感情を湧き上がらせるものも、なにか仕組みがあるはずだ)
僕は【森羅万象】でその仕組みを解き明かしたいと思うようになった。




