第17話:走る衝撃
――上手く行った。これもあなたのおかげです。大賢者様。
――ありがとう。次のターゲットは決まっているのかね。
――次は――
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青葉の穏やかな朝は、ふきの悲鳴によって粉砕された。
ゴキブリでも出たのかと思ったが、彼女は虫けら程度で声を上げる肝ではない。
ただならぬ事態を察知した青葉が階段を駆け下りると、ふきは玄関先で週刊誌を握り締めたままうずくまっていた。
「どうしたのお母さん!具合でも悪いの?」
「リ、リ、リ、リオン君がぁ」
何のことやらさっぱりである。
青葉が首をかしげていると、ふきは震える手でくしゃくしゃになった週刊誌を広げて見せる。
そのページに書かれた記事の見出しに、青葉は思わず息を飲んだ。
『衝撃!!あのリオン君がHグループの美人令嬢と丸秘デート!?』
扇情的な見出しの下には、顔を半分隠したリオンと素顔のままの月音が、町中を歩いている写真が掲載されている。
コレは大変だと青葉は口を半開きにした。
「どーいうことよコレェ。リオン君たら私達がいながら裏切ったわけぇ?」
ふきが豊満な頬を小刻みに振るわせながら、白目を剥いている。
「裏切ったって……。」
「こんなブッサイクな小娘とつきあって。若い頃の私の方が全然綺麗なのに。きっと金で可愛いリオン君をたぶらかしたのよ!」
それから先のふきの誹謗中傷は、それはもう酷いものであった。
あの手の顔は腹黒いとか、立場を利用して無理に迫っているとか、ブスのくせに身の程をわきまえろとか、青葉は聞くに堪えなかった。
腹黒いのは少し当たっているかもしれないが、一度も会ったことの無い人間をよくここまで酷く言えるものだと逆に感心した。
だいたい月音が不細工なら、何をして美人と言うのだろうか。
仲間を中傷された怒りと、心無いふきの言動に対する怒りで、青葉の我慢は限界に達した。
「もういい加減にしてよ。だいたいこの人がブサイクだったら、お母さんはもうクリーチャーじゃん」
「親に向かって何言うのよ。アンタって子は!お小遣いあげないわよ!」
すわ親子喧嘩勃発かというところに、店先まで声が聞こえたのだろうか、鉄和が玄関から顔を出した。
「よさねぇか。みっともねぇ」
「でもお父さん、この子ったら酷いのよ。親をクリーチャー呼ばわりして」
「確かにそれは聞こえた。青葉、お母さんに謝れ」
青葉はてっきり鉄和が味方についてくれると思っていたが、意外な反応に戸惑った。
やはり言いすぎたのだろうか。
納得行かないと思いつつも、鉄和に促されて仕方なしに頭を下げる。
ふきは「ほら見なさい」とばかりに笑っていたが、鉄和から次に出た言葉は意外なものだった。
「確かに青葉は言いすぎた。それは間違いない。だがその気持ちはオレもよーく分かる」
「ちょっとお父さん、どういうことよ」
「だってよ。朝起きるなりテメェの母親が週刊誌見てギャーギャー喚いてよ。おまけに好きなアイドル取られたって若い女の子ブサイク呼ばわりしちゃぁ、そりゃあやり切れんわな」
鉄和のもっともな言い分に、ふきはぐうの音も出なくなった。
「いいじゃねえか。リオン君だってまだ十六なんだろ?好きな女ができるたぁ、めでてぇことじゃねーか。お前もファンなら、素直におめでとうぐらい言ってやるのが筋ってモンよ」
「いよっ、お父さん日本一!」
青葉におだてられ、鉄和は浅黒い顔をほのかに赤らめた。
鉄和はまだぶーたれているふきに向かって「少し頭冷やせよ」と言うと、また表の店先に戻って行った。
ふきがふてくされてしまったため、青葉は自分で朝食の用意をし、全て平らげてからオカルト局へ向かった。
途中電車の中でリオンからメールの返事が来てないか確かめたが、返信は無いままである。
元々返事は期待していないので、別にどうということもない。
ひょっとしたら今頃、彼は今朝の記事のことで対応に追われているのかもしれなかった。
今更気が付いたが、実際リオンと月音は彼氏とか彼女とか、そういう関係なのだろうか。
青葉は今までの二人の様子からして、それは無いだろうと思った。
あの関係は、どちらかと言うと兄弟に近いように見える。
あくまで青葉が見た限りの印象だから、二人きりの時は違うのかもしれないが。
仮にリオンと月音がそういう関係だとしても、青葉は特に思うことはなかった。
二人とも素晴らしい美男美女だし、幼馴染なら性格もお互いよく分かっているだろう。
二人の関係云々よりも、もしこれがきっかけでオカルト局のことが明るみに出てしまったらと考えると、青葉は少し不安になった。
青葉がオカルト局に着くと、なぜか月音と誠治が会議室で待っていた。
会合は昨日終えたばかりだというのに、一体何だろうか。
「どうしたの二人とも。昨日集まったばっかりなのに」
「どうしたのって、青葉さん今日のニュース見てないんですか!?」
正直言って今朝はニュースどころではなかったのだ。
騒ぎの張本人である月音には理由を説明できず、青葉は苦笑いを浮かべた。
「あのー、何かあったんですか?」
「大変でありますよ!また新たな被害者が出たんであります!!」
青葉は驚いて、誠治に説明を求めた。
誠治によると今回も同じように顔から後頭部がくり抜かれるやり口で、人が殺されていたという。
ただ前回と違うのは、脅迫状が無かった代わりか、被害者が殺された後に『大賢者より使わされた小賢者』と書かれたメッセージカードが届けられたらしい。
残酷を通り越して猟奇すら感じる犯人のやり口に、青葉は吐き気すらこみ上げてきた。
「それで、被害者はどんな人だったの?戸松キャスターの親しい人とか?」
「それが違うんであります。青葉殿も知ってると思うでござるが、アスリートの白羽法子でござるんよ」
青葉はその名前が、前回のオリンピックで金メダルをとった選手のものだとすぐ分かった。
どんな競技かは忘れたが、その種目では日本人女性初のメダル獲得やらでえらく騒ぎになった記憶がある。
「え?あの白羽法子が殺された?」
青葉の脳裏に、いつかテレビで見た彼女の顔がちらついた。
白羽法子はアスリートとしてトップクラスの実力を持ちながら、アイドル並みのルックスをしていた。
『天は二物を与えず』と言いつつも例外はあるのだなと、青葉は彼女を見るたびに思ったものである。
彼女の顔を思い出すのに比例して、青葉の怒りはふつふつと涌き上がって行った。
「絶対に許せない!女の人の顔を容赦なくぶち抜くなんて。おまけにメッセージカード?どこの男の仕業だ」
「青葉さん落ち着いて、私だって同じ気持ちですから」
月音になだめられやっと青葉が落ち着いたところに、ちょうど金治が入ってきた。
「恐れていた事態になってしまったな」
金治の言葉に月音と誠治がうなずいたが、青葉は何のことか分からずきょろきょろと辺りを見回した。
「恐れていた事態って?」
「犯人が連続殺人鬼となることだ。犠牲者が戸松咲子だけだったら、まだ個人的な恨みによる犯行という線も大きかった。そうだとすれば、犯人がこれ以上人を殺めることも無い。だが今回の犯行で、その可能性は低くなった」
「無差別に人を殺してるってこと?」
「そうだ。有名人ばかりを狙っている辺り、犯人はそう思ってないようだが。ともあれ、この先犠牲者が出る可能性は格段に高くなった。早急に解決せねばならん」
青葉は恐ろしくて身震いした。
これからも顔をくり抜かれた女性がたくさん出てくるということか。
「解決と言っても、何か手掛りはあるんでしょうか」
「今の所はまだない。たった今入った情報だが、複数の目撃者によると、早朝ランニングをしていた彼女の顔から突然血が噴出したと言っている」
「飛び道具ですか?」
「いや、それらしき残骸は何も残っていないそうだ。だが遠距離から攻撃できるというのは間違いないだろう」
それにしても情報が少なすぎると青葉は思った。
昨日月音が言っていた通りオカルト局に調査能力は無いから、警察がそれらしき人物を上げてくれるまでじっと待っていることしか出来ない。
そうしている間にも、犯人は次の獲物を探しているというのに。
「ねえおじいちゃん」
「なんだ青葉」
「もうさ、警察にオカルト局のこととか全部説明して、直接捜査に協力しちゃえばいいじゃん」
オカルト局の存在が明るみに出ることに多少の不安はあったが、青葉にとって自分たちの秘密よりも、犯人を捕まえることの方が優先順位が高かった。
しかし金治は厳しい顔をすると、「それはならん」の一言で青葉の提案を却下した。
「青葉警察に全てを話すということは、お前の能力も全て明るみに出るということだぞ。分かっているのか?」
「当たり前じゃん。そりゃ超能力者って多少騒がれることにはなるかもしれないけど、それで犯人が捕まるなら構わない」
青葉の答えを聞いて、金治だけでなく月音と誠治も困ったそぶりを見せた。
青葉は皆がなぜ一様のそんな反応するのか全く分からなかった。
戸惑っている青葉に月音が優しく言った。
「いいですか、青葉さん。超常能力というものはあなたが思っているように、そう簡単に受け入れられるものではないのですよ」
「どうして?やってみなけりゃ分かんないじゃん」
「分かりますよ。人間は自分と違うものを受け入れることが、凄く大変な生き物なんです。考えてみてください。国が違う、人種が違う、違う所が全て差別の対象になります。たった二つしかない性別でさえ、差別の理由になるんですよ?超常能力なんて完全に異質なものを持っている人間が、どうなるかくらいすぐ想像がつくでしょう?」
「だけど……。」
「仲間はずれやそれぐらいで済めばまだ軽いほうです。最悪の場合殺されたり、疑心暗鬼で魔女狩りみたいなことが引き起こされたりしますよ」
自分の超能力に対する認識が甘すぎたのか。
しかし月音の言い分だけではどこか納得できなかった。
その納得できない部分がもやもやとして上手く形を取らず、青葉は考え込んだ。
「すみません。少し言いすぎましたね。あなたはまだ超常能力者になって日が浅いから、分からないだけだと思います」
「でも、それって自分が差別されるのが怖いから黙ってるってことだよね。あたし差別されるのが怖いからって、人が殺されていくの見過ごしにはできない」
月音は少し驚いたような顔をすると言葉に詰まった。
押し黙った月音の後を引き継ぐようにして、金治が青葉を諭す。
「青葉、そう思うお前の気持ちはよく分かる。だが我々がオカルト局のことを秘密にするのは、それだけではないのだよ。オカルト局のことが分かったら、当然発明兵器のこともばれてしまう。もしそうなったら、恐ろしい発明兵器の技術をさらに軍事転用しようという考えもでてくるだろう。いや、必ず出てくると断言してもいい」
「……。」
「そうなったらお仕舞いなのだ。発明兵器で山のように人が殺されることになる。青葉、お前だってそれを望まないだろう?」
「……うん」
「私達が自分の身可愛さだけで、オカルト局を秘密にしているわけではないのだよ」
青葉は自分の軽率な発言を反省した。
もう少し深く考えれば、金治の発言したことくらい分かりそうなものである。
目先の正義感にとらわれて結論を先走った己の思慮の浅さが恥ずかしい。
元気をなくした青葉の姿を見て気を使ったのか、誠治が話題を新たにした。
「それよりもつくね姫。今日の週刊誌みたでござるよー。リオン三等兵とラブラブアチッチであります」
誠治におちょくられても月音の表情は変わらぬままで、むしろ微笑みさえ浮かべてすらいた。
「恋愛は自由でござるが、これがきっかけに我々の存在がばれたら一大事でありますよ」
「分かってますよ。それくらい。その記事を出した出版社には、うちから圧力をかけておきますから」
「つくねさん、圧力って?」
「星見院グループの広告記事を、一切撤退します。その出版社、年末赤字になるかもしれませんね」
恐ろしいことを何ともなしに言ってのける月音の背後には、黒いオーラすら見える気がした。
暗黒のオーラをさらに強火にしながら、月音は不機嫌そうに続ける。
「全くリオンさんたら『マスコミは撒いてあるから心配しないでよ』なんて全然嘘っぱちじゃないですの。おかげで大恥かきましたわ。私があんなガキンチョと付き合うはずありませんのに」
「あっ、年上が好みなんだ」
「のんのん青葉殿。つくね姫は……。」
なぜか誠治の言葉をさえぎるように、金治が大きな咳払いをする。
青葉は誠治の話の続きが気になったが、金治が強引に話し出してしまったため、聞き損なってしまった。
金治は週刊誌の件を月音に任せ、緊急会議を締めくくった。
手掛りが少なすぎるため、情報確認しか出来ないことが何とも歯がゆい。
会議が終わった後、青葉は金治に特訓室へ案内された。
金属製の扉を開けると、部屋の中には水の入った二リットルのペットボトルが山積となっていた。
「おじいちゃん何コレ」
「今日からお前には戦闘のための訓練をしてもらう。これは念動力で持ち上げられる重量を増やすための修行で使うものだ。ところで青葉、お前今体重はどれくらいだ」
「いきなり何聞くんだこの老人は」と青葉は正直思った。
「うーん。三十キロかなぁ」
「嘘つけ。とりあえず四十キロにしておくぞ」
金治は青葉のささやかな乙女心を一言で粉砕した。
ただ取りあえずと言いつつ選んだ体重が現実とほとんど変わらなかったので、青葉は少しビビッた。
金治はペットボトル二十個を山の中から取り出すと、「これを持ち上げてみろ」と言った。
青葉は少し辛そうだと思ったが、やってみると案外簡単に浮き上がった。
「ならもう一個どうだ」
金治がもう一つペットボトルを加える。
今度も青葉は大した苦労もなくそれを持ち上げることができた。
「じゃあこれもどうだ」
もう一つペットボトルが加わる。
青葉はもう二キロくらい大して変わらないよと甘く見たが、積み上げられたペットボトルはいくら念じてみても微動だにしなかった。
おかしいと思いつつ、青葉はもう一度トライする。
しかし先ほどまで簡単に持ち上がっていたそれは、全く動くことがなかった。
「なして?どうして?」
「なぜだか分からんが、念動力で持ち上げられる重量は、その能力者の体重プラス数キロまでなのだ」
「え、じゃああたし太らないとダメなの?」
「手っ取り早く許容重量を増やしたければそうなる」
絶望的な表情を浮かべる青葉を見て、金治は若干戸惑ったようだった。
「心配するな。体重以上の物が持ち上げられないのは、精神的なものが原因とされている。つまり練習すればなんとかなるのだ」
「ほんとに!?」
青葉の表情はほんの数十秒の間で地獄と天国を行き来した。
若い娘と接したことが余り無いのか、金治は青葉の反応に戸惑いつつも苦笑いを浮かべている。
「本当だ。そうでなければ念動能力者は皆肥満でないといけなくなる。さあ、分かったら練習しなさい」
青葉は金治の言うとおり、何度も練習を重ねた。
最初は全く動かなかったペットボトルの大群も、回数を積むうちに微震する程度にはなった。
だがまだ持ち上げるには程遠い。
やはりリオンのお手本がないと上手く行かないのだろうか。
青葉は少し悔しくなった。
赤マントのことが無くなったので、青葉は日が暮れるまで訓練室で練習すると、オカルト局を後にした。
家に着いてからは表で店じまいを手伝った後、夕食のカレーを食べ、そのまま居間で気ままに雑誌やテレビを見る。
十時ごろ風呂から上がり、ふとケータイを見ると着信サインの赤いライトが点滅していた。
着信は金治からである。
事件について新しい情報が入ったのかと、青葉は部屋に閉じこもり電話をかけた。
「おじいちゃん。何か新しい情報が入ったの?」
「青葉、落ち着いてよく聞け」
「何?」
「月音宛てに小賢者を名乗る人物から脅迫状が届いた」
青葉は言葉を失い、思わずケータイを取り落としそうになった。
ちなみに青葉の本当の体重は40.5キロ。身長は165センチ。
まちがいなく痩せすぎです。
元々太りにくい上に野菜ばっか食べているのでこうなります。
冬はさぞかし寒いはず。




