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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
ゾルダ王国編

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33 「雪の王」と「夜月の女王」⑮

 神殿の魔素の柱は安定し、世界の魔素の吸収と浄化がこの神殿で行われる事が神との間で決まったそうだ。

 それまでは亜人種に任せていたが、この神殿だと排出が安定して行われる上、千年かけてリーチェデルヒが大地に張り巡らせた「根」が穢れた魔素を吸収し集める事が出来るのだという。

 神殿自体、迂闊に人が入らないように神の御使いが処理をするとの事で、ある程度魔法を使って体内の魔素から生み出される魔力を消費した一行は、来た時の人数に加えてリーチェデルヒとサーヤの二人を追加して王都へと戻ることになった。

 昨日とは異なり、本日はトレニアの馬車一台できているが、ただの移動なのでこの位の人数であれば全員入る事が出来た。


「レーニャ、大丈夫ですか?」

「ええ。ワタクシは大丈夫よ……少し、疲れたけれど」

「そうですね」


 車内を見たサーヤが「これ、少し弄っていい?」と聞いてきたので頷いたら、彼女の手で魔道回路が弄られたのか、朝乗ってきた時とは中が大きく変わっていた。

 これまでよりも広くなり、部屋が作られ、更に内部の温度調整が簡単に出来る上、おまけのように椅子などが増えていた。

 皇帝の馬車に引けを取らない中身にトレニアは絶句した。

 しかし、居心地が良くなったし、ジューノが「給仕がしやすくなりました」と珍しく目を輝かせたのでこれはこれで良いかと割切る事にした。

 このひと月と少し、常識と思っていたものが壊されていったのだ。柔軟に対応しないといけない世の中に変わろうとしている。

 トレニアはどちらかと言うと保守的な思考の持ち主だった。ドレスなどは最先端を走っていたが、本質としては伝統を大切にしたいし、新しいものに手を出す時は何度も考えるようにしていた。

 しかし、今はそんな状況ではなく、誰よりも早く失われていた魔法の習得が求められていた。


「ベール、城に戻ったら少しお時間頂ける?」

「もちろん」

「ふふ。儀式の為とはいえ、夫婦になったのだから気兼ねしなくていいのよね」

「部屋はまだ別ですけれどね」


 カルミアとサーヤはどうやら波長が合うのか楽しそうにしていて、ローゼルも巻き込まれている。

 神官長は昨日程取り乱してはいないが、かなり上の空になっている。高齢なので命を大事にしてもらいたい。


 思い思い好きな場所に座る中、トレニアはお気に入りの窓の傍に座り、その隣を当たり前のようにベイセルが腰掛けてきて嬉しくなった。

 初めこそ何となしに受けたお見合いだが、こうしてお互いを知っていく内にかけがえの無い存在へとなった。

 とは言え、この場にはお互いの親がいるしトレニアに至っては妹もいる。人目があるところで甘い空気になるには抵抗があるので、適切な距離は維持していた。



***



 リーチェデルヒとサーヤも客として扱われる事になったが、リーチェがあまりにも王族の顔にそっくりなのでさてどうしたものかと思うものの、魔法とは実に便利なもので。


「これ、光魔法と水魔法の複合で屈折っていう原理を使用した幻影魔法なんだけど、見た目を変えられるんだよね」


 サーヤが魔導書の中の魔法陣を起動したところ、リーチェデルヒの見た目が多少変わった。髪の毛の色が茶色となり、目の色はくすんだ緑色。それだけで雰囲気が変わった。

 神官長は乗ってきた馬車で在籍する神殿へと戻り、残りはぞろぞろと王城へ。

 国王と王妃は政務があるからと執務室へ移動し、騎士は詰め所、残りは客用の棟へと移動した。

 一度それぞれの部屋で休もう、となり解散した中、ベイセルはトレニアに招かれて部屋を訪れた。二人の婚姻は既になされているので、部屋で待機していたモーラとユーナを連れてジューノが出ていき二人きりになっても問題はなかった。


「お着替えはよろしかったの?」

「上着を脱げばいいですから。レーニャこそドレスを着替えなくても良かったのですか?」

「動きやすいドレスですから問題はありませんわ」


 誰もいない二人きりの空間は前日の馬車での移動の時だけで、その時だってドレスや他にも様々に思う事があり落ち着きなどなかった。

 気兼ねなく二人になれたのは初めての事で、ベイセルが座った隣にトレニアは座る。その距離は極めて近いもので、触れ合える距離だ。


「ふふ。人が一気に増えましたわね」

「本当にそうです。ここまで賑やかなのははじめてですよ」

「ワタクシの妹は賑やかでしょう?騎士団の皆様に迷惑を掛けているわ」


 可愛らしい妹は体を動かさないと落ち着かないからと婚約者を連れて王宮騎士団の訓練に参加していた。見た目だけは可愛らしすぎるほど可愛くて多くの騎士の心を奪ったようだが、マディスとの容赦無い打ち合いを見せつけたそうだ。きっと心の傷になっているだろう。

 当然のようにバルグスも参加したのだが、婚約者のローゼルは彼ではなくカルミアを応援して落ち込ませたというのは聞いている。


「今までは環境的にも他国からの侵略が無かったので危機感が薄かったのですが、これからは意識を変えないといけないのでしょうね」

「この雪も魔道具の影響だったとは思いませんわ」


 リーチェデルヒとサーヤがこの国を守る為に設置した雪を生み出す魔道具は千年もの間稼働し続けていた。

 それだけでなく、この城も彼らが手を加えていたのだと言う。長い間、建て替えをすることもなく城として存在出来るなど奇跡にも近い。


「ワタクシ、今までずっとお姉様の近くでお支えすると思って生きてきたわ。でも、貴方との結婚を決めて、ここに来て、世界が生まれ変わるなんて言われて。その勢いに流されていたけれど、思うの」

「何をでしょうか?」

「一度しかない人生なのだから、保守的に生きるだけではつまらないわって。ワタクシの中の常識がぐるりと変わってしまったの。ふふ。貴方と出会ってから、ワタクシは毎日が幸せだったけれど、今はドキドキが止まらないの。疲れてしまったけれど、でも、明日はどうなるのかしら、とか。どんな魔法を覚えられるのかしら、とか」

「レーニャ。貴方はいつでも魅力的ですが、今の貴方は目を輝かせてとても可愛らしいです」

「ええ。だって、だってワタクシは今とてもドキドキとワクワクが止まらないのよ。不思議だわ。ワタクシの見える世界が鮮やかになった気がするの」


 皇女として生きてきた二十年近くは皇女としての役割を果たし、美貌で人々から崇拝されてきたけれど、心揺さぶられるものはほとんど無かった。それはこれからもだろうと言う無意識の諦念があったのだろう。

 しかし、魔法という未知の世界が目の前に現れて、それを使えるようになるなんて。

 そう、正しく世界は生まれ変わった。

 これまでの常識は覆されるだろう。魔法の概念が広まれば不便だった生活は楽になっていくだろうし、犯罪も増えるだろう。

 それに対処するのが権力を持つ者の義務である。


「昨晩、カルミア達が色々話していたでしょう?冒険者とか。ワタクシはね、学び舎があればと思ったの。平民は恐らく初級と呼んでいた魔法だけで良いけれど、本格的に学ぶ場所があれば無茶をする人は減ると思うし、より広がると思うわ。あくまでもワタクシの考えだけれどね」

「いえ。それは面白いと思いますよ。そうですね……安直ですが、魔法学園、と言うものを作れば良いかと。国が主導すればある程度の管理は出来るでしょう」

「ええ。魔力の器とやらは人によって大きさが違うと仰っていたでしょう?大きい者ほど恐らく力に振り回されるから、そうならないように道を示すのよ」

「まずは教える人間の育成からですが、教師に適した人材に魔法を教えるところから始まりそうですね」

「そうね。やりたい事ができましたわ。ワタクシ、これまで美容と芸術にしか力を入れていなかったけれど、やりたい事が出来た、それが嬉しいわ」


 トレニアの心は今とても広がっている。魔法は自由という言葉が背中を押してくれている気がするのだ。


 そんなトレニアをベイセルは眩しそうに見つめていた。

イチャイチャさせたい。

この二人、初夜はまだです。帝国で式をあげるまではお預けです。

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