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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
ゾルダ王国編

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31 「雪の王」と「夜月の女王」⑬

 魔素とは何か。

 魔法を使う為の媒体である。これに関しての知識を人間は持っていなかった。魔法は誰でも使えるものとして認識されていて、魔力量は有能か無能かの判断基準にされていた。魔力の器のことも知らなかったそうだ。

 それに対し、亜人種達は魔素を知っていた。と言うよりも「視えて」いたらしい。生物としての作りが違うのもあって、魔素が穢れたら浄化していたのだという。

 魔法を使うと魔素は体外に排出されるが、その分吸収するので枯渇は無いものの、直ぐに充満する訳では無いので魔力の器が満ちるまでに時間が掛かる。

 使われた魔素は大地に沈み、大気中の魔素を吸い込む。使われ汚れた魔素は浄化し綺麗にする。と言う還元が出来ていたのに、人間こそ神に愛された存在で亜人種はおぞましきもの、として排除の動きが起きた。


 神からすれば、人間こそ最も劣る存在なのだそうだ。

 例えば森の民と呼ばれた長命種は大樹に宿る神の眷属から生まれた種族。

 ドワーフは鍛治の神、人魚は海の神、ドラゴニュートは龍神の眷属から生まれていた。

 人間はそれら亜人種と呼ばれた者達の中でなんの特徴もなく生まれた劣等種で、神代では自然の中で生きるのは困難で、安全な場所に彼等を隔離した事から人間は始まった。

 繁殖力だけはあったので数を増やしていき、大地を占拠して遂には人間こそ至上、と言う考えに到達したそうだ。


『神は降りてくる事は出来ても力を使う事はほぼ出来ない』

『力加減が出来ねぇんだよ。吾等のような伝令役は神に力の制御を頼めるが、神を抑えられる存在は無い。そうこうしてる間に数を減らしていって、保護する事にした』


 とは言えど、亜人達は魔素が無ければ生きていけない。そこで千年間特殊な場所に封印される事になった。


『亜人種達の封印を解くのはそう難しいことじゃない。だが、再び迫害されるような事があってはならない』

『人間は自分達と異なる存在を忌み嫌う傾向にある。人間同士の間でもそうなのに種族となると間違いなく起きるだろうな』

『トラディアス。其方ならどうする』


 大陸で一番大きな国土を有する皇帝トラディアスはこの中で最も影響力を持つ。彼が迫害の意図を持てば多くの者が追従するだろう。


「神の眷属の子なのだろう?ならば丁重にもてなす……のも違うな。人間と変わらない扱いをすれば良いのではないか?贔屓はしないが、差別もしない」


 どちらが優れている、劣っている、と言うのはどうしても避けられない問題だ。足が速い者と遅い者、頭が良い者と悪い者、他にも比べるものがあればその時点で何かしらが生まれる。

 ただ、だからと言って劣る者を迫害する理由にしてはならない。


「世界は創世神様が生み出された。人間だろうと眷属の子だろうと、神の元では誰もが同じだ。あちらがどう思っているかは分からん。千年も前の迫害された記憶を持っているのだろう?逆にこちらを害することは無いのか?」

『人間が敵対しなければ話し合う余地はある。封印を選んだ者は千年後の人間に期待していた』

『魔素で狂わされてた奴が多かったからなぁ』


 人間が増え、戦争が至る所で起こり、浄化が間に合わないのに亜人を減らしていけば当然穢れに満ちた魔素しか残らない。


『魔獣も狂化してたからな』

「魔獣、ですか?」


 穏やかならない言葉の響きに反応したのはマディスとバルグスだった。彼等は大型獣との戦いに身を投じている。


『そうだ。特にマディスとバルグスだったな。お前達に関わりがある。お前たちの住む土地の南にある森。あそこから大きな獣が出るだろ?それもお前達の方に向かって。あれはな、リーチェデルヒが大地に封印されてる間に浄化した魔素の中でも毒ではないが必要でも無い部分を森の中心部に排除した結果なんだ』


 リーチェデルヒが封印された時、まだ辺境伯領は存在していなかった。荒れ果てた荒地しかなく、また大型獣も存在していなかったので垂れ流す方向だけ決めていたのだが、森の獣が順応し、肉体が成長してしまったのだと言う。


『魔素ってのは全ての生物に宿る。つまり、動物にも植物にもだ。そして稀に適応する鉱石があり、それが魔晶石と呼ばれるものになる。で、獣に魔素が宿るものを魔獣と呼ぶ。……わかるか?』


 トゥリが見つめるのはマディスとバルグス。辺境伯の子息とその後ろの公爵家の子息は深刻そうな顔を隠さない。


「今でも厄介な大型獣が、魔法を使うようになるということですか?」

「人間で太刀打ち出来ないのではないか?」

「いや、バルグス。それだと古代の時代に魔獣とやらに滅ぼされている。そうか、魔法があったから対抗出来ていたのですね」

『そうだ。魔法とは様々な種類がある。これは地上の生き物の研鑽の結果だ。肉体を強化する魔法もあれば、火や水を生み出す魔法もあるし、武器に魔法を付与する魔法もある。知恵ある生き物はそうして魔法の可能性を広げた』

『それだけでは無い。肉体の損傷を回復する魔法もあれば、魔力を帯びた植物などを利用した回復薬の錬成も知恵ある生き物の成果だ』

『魔道具もそうだ。戦争に使う物もあったが、生活の為の魔道具なんかも数多生み出された』

『魔法とは善悪の表裏一体。使う者の心根の問題だ。だが、全てが善であれば発展はしないし、悪であれば滅びるだけ。釣り合いが取れてこそだ』


 二柱の御使いはすっと表情と姿勢を改める。人間とは隔絶した存在なのだと示すように。誰ものせすじがすっと伸びた。


『神は争いを禁じることは無い。発展には争いもまた必要だと知っているからだ』

『それと御心を痛めない事は別だ。創世神様の子である神が生み出した眷属の子への迫害には大いに苦しまれた』

『魔獣を狩ることは止めぬ。互いに生きる為の争いなのだから。しかし、無益な殺生に意味は無い』

『魔法を知りたくばリーチェデルヒとサーヤに教えを乞うが良い。あれらはこの世界で唯一魔法を理解するものだ』

『これから世界は変わる。最も強い魔獣は森から産まれるが、大陸のどこにでも生まれる。何が必要になるかを考えよ』

『魔法は秘匿されるものでは無い。全ての人間が扱えるようにせよ』

『世界は二度目の産声をあげた。其方等は源流に触れ、他者よりも強き力を得た。故に考えよ。その力をどう使うか』



 世界を覆うほどの魔素を放っているのだから数刻で終わるはずもない。少なくとも一日は安定に時間が掛かるとの事で城へ戻ることを告げられたのだが。


「この光、民になんと説明すれば良いのかしら」


 困ったように頬に手を当て首を傾げた王妃にトゥリが答えを与えた。


『魔素は人の子には見えやしないから安心しろ。この神殿だからこそ見えるだけで外からはなんも見えやしない。境界の内側にいたから外にいた奴らも見えたけど、外側の奴らには見えやしないからな』

「それなら良かったわ。あちらのお二方は休息はされませんの?」

『大丈夫だ。あいつらは吾等に近い存在になっているから、食さなくても問題は無い。其方等全員、明日の昼を過ぎた頃に来るが良い』



 魔素の柱を制御している二人に声を掛けても聞こえないと言われたので、そっと静かに出ていく。神殿の扉は仕掛けの一つだからと、それに干渉しない、目立たない出入口から外に出てなお油断は出来なかった。

 湖の水が至る所で渦を作っていたのだ。幸いにして橋の近くには影響が無いものの、ひやりとする気持ちはあった。

 騎士に囲まれながら慎重に歩き、馬車にまで到達した時には精神的な疲労に満ちていた。

 馬車に乗り込み境界の森を越えたところで確認してみると、確かに光の渦は見えなかった。

 神官長も共に神殿に行く為に王宮に宿泊してもらう事になったが、誰もが言葉少なくなっていた。事情を知らない者たちにはまだ語れる事はほとんどなく、神の御使いから明日召喚されている事だけを告げる。そうでなければ連日国王と王妃を連れ出すなど出来ない。


 年齢層の高い面々は彼らだけで話すということでオルゲンと騎士を護衛として連れていき、残りの若年層は談話室に移動する事にした。

 事情を知らぬ使用人は断り、ジューノ、ノクト、マーカスが給仕に務めてくれると言うのに任せた。

 衣服を着替えるべきなのだろうがそんな元気も無く、談話室で事情を共有出来るものだけになって、そこで誰もが体から力を抜いた。


「無理ですぅ~!意味わからないですぅ~!」


 精神的にかなり強いカルミアですら状況を理解するのが難しいらしく、隣に座らせたローゼルの太ももに頭を乗せ、手で顔を覆っている。ローゼルは仕方ありませんわ、とカルミアの頭を撫でながらも疲労の顔を隠せていなかった。

 一方、マディスとバルグスはずっと何かを考えているようで、ベイセルが「どうされましたか?」と問いかけてハッとした顔で部屋を見渡していた。


「バドシュラ家はこれまで以上に戦いが過酷になるのかと思いまして」

「だが、誰もが魔法を使えるのならば、戦士や冒険者たちの育成を早めることでどうにか出来ないか?」

「そうだね……そうか。冒険者は今でこそ大型獣の討伐時期以外はハンターをしているだろう?プラントハンターとか、食材採取ハンターとか。個人契約で今まではしていたのだけれど、組織だてるのはどう思う?」

「南の森以外にも出るようになるならば、戦闘職の需要は高まるな」

「リーチェデルヒ殿と言ったか。彼に魔法を教わるとして、恐らく俺達に求められているのは広める事だ。ある程度最初に基盤が作られれば、広まるのは早い」


 ここにいるのが貴族ばかりで、貴族にしか広まらないのは間違いなく悪手である。何故なら、バドシュラ家での戦闘の大半は平民なのだ。


「マディス様ぁ。それは一旦案だけにしましょう?お父様に確認とった方がいいと思うのぉ」


 国をまたぐことを考えれば慎重にならざるを得ない。反対するつもりは無いけれど、ある程度現実的なレベルに落とし込んで、年長者の意見も取り入れて方が良いと告げる。


「ワタクシもそう思うわ。それに、あの二方が異世界とやらから来たのであれば、そちらの意見も聞いた方が良いと思うの。異世界の知識には有用なものもあると思われるから」


 トレニアはジューノが用意した紅茶を飲みながら意見を述べる。

 あまりにも大量に情報が与えられて熱が出そうだけれど、一段落するまでは何とか耐えてみせる。

 夕食の時間まで談話室に篭もり、テーブルで紙を広げながら思いついたことを書き連ねるマディスやバルグス、それに対してあれこれと付け加えるカルミアとローゼルに巻き込まれたマーカスとノクトを眺めながら、ベイセルとトレニアは寄り添って彼らとはまた別の視点での話をそっとしていた。

次から魔法お勉強会になります。

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