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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
ゾルダ王国編

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30 「雪の王」と「夜月の女王」⑫

 見知らぬ男女が感動的な再会をしている中、完全に放置された面々は、さてどうすべきかと悩んでしまう。床に身を投げ出して泣いている神官長はさておき、ベイセルはトレニアを抱き寄せると静かに場所を移動しようとして、失敗した。


「王家の人間か……この遺伝子凄くないか」

「あなたは帝国の子だね!ふふ、知ってるよ。トレニアね。あなたが産まれた日はとても晴れた日だったね。あっ!あなた達も知ってるよ。皇帝のトラディアスよね。戴冠式を見たわ。それにセルゲイとドラセナは結婚式を見たの。全員知ってるわ。ローゼル、あなたがあなたのお兄さんから花冠を貰って花畑の中を走ったのも見たわ」


 黒髪の女性が楽しそうに、嬉しそうに語るけれど皆が戸惑う。何故なら全部の時間がバラバラだし、見たと言われても分からないのだ。


「私はどこにでもいたの。分からなくても仕方ないよ。私がそちらの立場なら同じ事を思うもの」

「サアヤ、落ち着け。まだ終わってない。しなきゃならない仕事がある」

「あっ!そうだね。ごめんね。千年ぶりに人と会話出来て嬉しくて」


 神の御使い達によく似た衣服を着た二人はまったく違う反応なのにそれがしっくりとしていた。


『外に人がいるな。帝国の男二人、中に連れて来い』

『全員な。騎士の奴らも』

「境界の森の内側にいる奴は全てだ」


 ヴェシ、トゥリ、白銀の髪の男に順に言われ、指名されたマディスとバルグスはトラディアスの顔を見る。トラディアスの傍にはカルミアが油断なく控えていた。

 黒髪の女性の方はこちらに好意的で害するようには思えないけれど警戒しておくに越したことはない。

 時間的な余裕はあまり無さそうなので速やかに動いたマディスとバルグスは神殿の扉ぐちで待つ侍従達を見る。そして橋の向こうにいたはずの騎士達がこちらに全員いるのを確認した。光の柱が異常すぎて何時でも踏み込めるようにしていたらしい。

 彼等を連れて中に入ると、扉が音を立てて閉まり、ホールも同じように全員が入ると扉が閉まった。


『これで全員だな。それに座れ』


 ヴェシが手を振るうと水の塊のようなものがぷかりと人数分用意発生していた。それなりに大きい水の塊に皆が警戒する中、前回似たようなものを経験したベイセルとトレニアは「あっ」と声を出すとすす、と近寄る。

 見た目こそ違うが濡れることのないそれに腰掛けたトレニアは身体をすっぽりと支える水塊に内心で楽しんでいた。腰への負担がほとんど無くて寧ろ楽なのだ。

 二列の弧を描くような配列になっており、端からトレニア、ベイセル、ドラセナ、セルゲイ、神官長、トラディアス、カルミア、マディス、バルグス、ローゼルと並び、後ろの列はそれぞれの侍女や侍従が控えて空いたところを騎士が座る事となった。

 神官長は皇帝と国王の間に挟まれて断ったのだが、人間関係的にもこれが無難であった。


 彼らの正面では男女が創世神の像の前にある丸ガラスを挟んで向かいあい、ヴェシとトゥリは神像の両脇に浮いていた。


「始める」

「うん。補助は任せて」


 男は水晶のついた杖を持ち、女は分厚い本を手にしていた。


「あ、これからちょっと凄いことが起きるけど、その水塊から離れないでね。大丈夫だから」


 黒髪の女性が緩やかな声で語り掛ける。

 凄いこととは何なのか。説明を求めても答えは与えられないだろう。その前に目の前で起きるから。


 男の口から見知らぬ言葉が発せられる。

 それは古代よりも遥か昔、神代言語と呼ばれる失われた言葉である事を知る者はいない。


『申請受理』

『実行許可』


 神の御使いの言葉は変わらず耳ではなく脳を揺さぶる。

 男の杖がトン、と床を叩くと丸ガラスを中心に光の線が立体的に浮かび上がり複雑な模様へと変化していく。


 大型建造物型魔道具――【テンペリ】

 外と内を隔てる境界としての役割を持つ森の内側、湖を含めた国内最大級の魔道具には幾つもの役割が与えられている。

 これだけの規模の魔道具ともなれば本来発動するには時間を要するが、それを最大限短縮出来る方法がある。

 それは、誰よりもその構造を理解し、刻まれた魔法陣の言葉を完全に理解出来ている者。即ち、製作者である。


「すごい」


 トレニアは魔道具に興味はさほど無いけれど、姉から教えは受けていた。魔法の失われた世界で魔道具を作る事は不可能になった。魔道具に刻まれた魔法陣の意味も完全には解読出来ていない。

 幾つもの精緻で繊細な陣が組み替えられ、移動し、構築されていく。設計者で無ければ不可能であり、男が完全にこの神殿を掌握しているという証でもあった。

 目まぐるしく魔法陣が組み替えられて整った時間は僅か五分。


『始まる』

『備えよ』


 御使いの言葉と同時に再び杖が床を突く。


 ぞわりと肌が粟立つ。お腹の奥底がひやりとして足裏が心許なくなるような感覚。

 震えている。

 そう、震えているのだ、空気が。

 ずっとずっと抑え込まれていた何かがせり上がって来る。

 その感覚は間違いではなく、数秒後、どっと光の奔流が凄まじい勢いで渦となり地から天へと駆け上った。


 大気が、大地が、世界が千年前に失った力。

 まるで噴水のように迸る光は高く高く空の果てを目指し、そして幾枝にも分かたれて遠く遠くへと飛ばして行く。

 光の渦の柱の余波が見守るしか出来ない人間の全身へとぶつかってくる。頭の天辺から足の指先に至るまで侵食する何かは異物だが、しかし体はそれを喜び受け入れようとする。


『抗うな。其れは其方達の隣人となる』

『受け入れろ。其れはこれからの世界で必要となる』


 目を閉じよ。

 委ねよ。

 満たせ、満ちよ。




 トラディアスは目を閉じて体を満たすそれを誰よりも早く受け入れていた。抵抗する必要の無い、あるべきものがあるべき場所に戻って来た。ただそれだけの事。

 身を委ねていると脳裏に経験した事は無いのに、知らぬのに、誰かの記憶が巡りゆく。


 其れは戦乱であった。武器を手に、血と涙と叫びの中、愛しい者を守る為の戦い。

 酒に満たされた杯を手に勝利を祝い、失われた仲間の死を悼む宴。

 高き場所より見下ろして民を見守るは―――。


『トラディアス。其方はニルヴァーグに良く似ている』

『わかるわかる。ヴェルグナードの子、三代目の皇帝。あいつらの親友にして魔法が失われた世界を乗り切った不屈の鬼才』


 勢い止まぬ光の渦の柱からは慣れたヴェシとトゥリが水塊に座る人々の近くに寄る。変わらず宙に浮く彼等は楽な体勢を取った。

 ヴェシは見えない椅子に座ったように足を組み、トゥリは胡座をかいて。


「ニルヴァーグ……三代目と四代目は記録が無いもので」

『そうであろうな。あれは己の名すら残さぬよう徹底していた。存在していた事は感じさせてもな』

『仕方ない。それもまた制約。ニルヴァーグは吾等が神に千年の月日と名を対価に加護を授かったんだ』

『ニルヴァーグの場合は千年の貸出、と言っていたな。あいつらが復活した事で本来であれば契約は終わり加護も終わるはずだった』

『それを引き伸ばしたのが四代目だ。あれの名は正しく吾等の主に捧げた。故にその名を呼ぶ事は出来ぬ。代わりに仮初の名を与えられた。仮初の名はヴェリトン。ニルヴァーグとそのつまから与えられた最初の贈りものにして魂と同等の名を捧げた事で、ヴェリトンの真の名は世界から回収された。己の名を誰も呼ばない孤独と引替えに、其方等の加護は今暫く続く。何れ失せる時が来ようとも、それは今ではない』

『ニルヴァーグ、ぶん殴ったよな。己の子の名を喪い呼べなくなったと大泣きだ』

『あれも似たような事をしておいて。まあ、ニルヴァーグはあくまで貸し出しただけだから、契約が終わった今、主の手から解き放たれた故、好きに呼べよう』

『仕方ねぇよ。あの二人が名前を出すのは分かりきってんだから』


 土煙が立つ中、馬に乗った男は今は見る事もない古い作りの鎧を着込み、剣を手に駆けてゆく。

 様々な景色が瞼の裏で繰り広げられていく。これは、何なのか。



『あの光の柱は魔素だ。魔素なくして魔法は使えない』

『お前達が見ているのはサーヤの記憶。サーヤは空を漂いながら大気に溶け込んでいた。その記憶にお前達は触れている。全員見ているものは違うだろうけどな』

『リーチェデルヒは穢れた魔素を世界から剥ぎ取り集め浄化する楔。サーヤは大気に溶け込み空を漂いながら世界を整える調整者。何故世界から魔法が消えたのか、教えましょう』

『それから、これからどうなるのかもな』


 目を閉じたまま御使いの声を聞く。

 膨大な記憶なのだろう、様々な光景が忙しなく流れていく。



 御使いの話はそれなりに長かったが、纏めると簡潔なものだった。


 現在、光の柱を制御している男はリーチェデルヒで、古代よりも遥か昔から生きている大魔法使いだったが、あまりの強さに冤罪をかけられて大罪人とされた。

 面倒になったリーチェデルヒはこの世界と表裏一体の異世界『地球』に次元移動した。

 もう一人の女性、サーヤ・ソーマと出会い恋仲となり、二人揃ってこちらに戻って来た。

 世界を越える際にサーヤは魔力の器という魔力貯蔵器官を有していなかったので体全てがその器になった。

 二人揃って大魔法使いとなったが、しがらみを嫌い大陸を気ままに旅していたものの、その力を狙われて北の大地に逃げ、地形を変動させてしまった。それが現在のゾルダ王国の場所である。


 その頃の世界は、魔素が穢れに満ちていた。

 と言うのも、それらを浄化する人型を持つ他種族、所謂亜人と呼ばれる者達が人間至上主義国家により虐殺されてしまっていたから。

 浄化が追いつかないまま、穢れた魔素を取り込み、また吐き出す悪循環に世界は崩壊しかけていた。


 創世神と良い関係を築いていたリーチェデルヒとサーヤは創世神から願われる。

 この世界から魔素を回収し、狂い歪んだ全ての調整を。

 魔素は神に扱えない存在で、人の中でも特異点となっていた二人にしか頼めないと。


 結果として二人は大地と空に分かれ世界を維持する役割に。

 千年ほどの時間を掛けて浄化などが済んだら再び魔素を世界に戻す。


 そして現在返還作業をしているのだという。


「あの、ワタクシとベイセル様の誓い立ては何故?」

『吾等の主はサーヤに影響されていてな』


 トレニアの疑問にヴェシは眉間に深い皺を寄せた。これまで殆ど表情を変えてこなかったヴェシの感情的なそれを見て、仕える立場の者は 揃って同じことを思った。

(あ、上に振り回されて苦労してるタイプだ)


 リーチェデルヒは封印状態でサーヤを戻すにはリーチェデルヒが必要。

 そしてリーチェデルヒを目覚めさせる封印解除の鍵がベイセルとトレニアの婚姻誓約書。厳密に言えば「リーチェデルヒとサーヤの子孫」と「二人の親友であるニルヴァーグの子孫」との婚姻誓約書。王族や皇族が続いていれば必ず血の誓約があるから、とのことで。


『リーチェデルヒとサーヤの子供とニルヴァーグの子供を結婚させようとかそんな話が出ていたけれど無理でな。なら子孫でそうなれば良くないか。それで封印が解除されたら浪漫ではないか、とやや俗物的になった吾等の主がなぁ』


 トゥリがヴェシの代わりに説明した内容に、創世神へのイメージが変わってしまった者は少なくない。神官長だけは絶好調に手を組んで涙を流していたのを誰もが見ない振りしたのは仕方の無い事だろう。

一度、結構書いていたのを間違えて削除してしまう事故起こしてしまったのがわりとショックでした。

気を付けようと思います。

最初の方はかなりシリアス気味だし詰め込んでいたけれど、気楽さが無くなってたので書き直してよかったのかと思います。

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― 新着の感想 ―
えっ神さまのロマンチシストぶりにぶん回されてたってことかーい!!ってこと…!??
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