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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
ゾルダ王国編

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25 「雪の王」と「夜月の女王」⑦

Taivas ja meri toivovat

(空と海は願う)


Maailma odottaa ihmettä

(世界は奇跡を待ち望む)


Tähtityttö vuodatti kyyneleitä

(星の乙女は涙を流し)


Maan taikuri ojensi kätensä

(大地の魔術師は手を伸ばした)


Lopun ja alun kellojen ääni

(終わりと始まりの鐘の音)


Rukous kiertää maailmaa

(祈りは世界を巡る)


Jumalan enkeli laskeutuu

(神の御使いは降臨し)


Kaikki tulee olemaan niin kuin ennenkin.

(全てはあるべき姿に戻る)



 それは祈りだった。

 それは奇跡だった。

 それは運命だった。

 それは必然だった。


 千年の時の流れは世界に必要な時間であった。

 神は人間から魔力と魔法を奪った。それは世界を守る為であった。


 



 ジューノは己の主の様子がおかしいとわかっているのにその場から動くことが出来なかった。

 柔らかなベージュの室内用ドレスの裾が風もないのに少しずつ揺れ始めるのを見るしか出来ない。

 体に掛かる見えない圧と心の底から湧き出る恐怖に体は自然と震え、体を抱きしめるように震える腕を抑える事だけが出来た事だった。

 ゆったりとした分からぬ言葉を発していたトレニアは立ち上がると音もなく扉まで歩む。すると不思議な事に誰もいないのに扉が勝手に開いた。

 まるで神殿の扉のようであったが、あれは起動する為の仕掛けがあった。しかしこの扉はジューノですら簡単に開けられるただの木で作られたものでしかない事は経験で知っていた。

 室内にいたモーラとユーナは血の気の引いた顔で床に倒れ込んでいて意識はないようだった。部屋から出ていくトレニアを放置出来ない、とジューノは強く己の唇を噛み締める。その所為で血が出ようとも構わなかった。

 何とか体を動かせるようになったジューノはドレスのスカートを摘んだ。侍女はメイドとは異なり上級使用人の為、ドレスを着るがそれが簡素なものである事を今この時強く感謝した。

 主の足を守る靴が繊細なものに対して、踵のしっかりとした長靴なのも良かった。しっかりと紐で編み上げているので簡単に脱げる事はない。

 トレニアに仕えてからは滅多に無くなったが、ジューノが実家にいた頃は領地で走り回っていた。幼い従兄弟が活動的で、屋敷の至る所に隠れるものだから、一番年下のジューノがなりふり構わず探し回るのが当然であった。

 今では走る事はしないけれど、トレニアの願いを叶える為には歩き回る必要があり、体力を付けるのは義務であった。

 トレニアとて体力はある。年がら年中重たいドレスを着て動き踊る皇女がひ弱なわけがない。しかも今は室内用ドレスの為、かなり楽な格好をしている。ショールを羽織っていなければ室外に出るなど許されない程の薄着だ。

 そんなトレニアに追いつく為にジューノは走った。己の外聞など関係がない。主の様子がおかしい今、一人にしておけるはずがなかって。


 ジューノの忠誠はトレニアに捧げている。

 一人にはしないと、約束をした。



 一方、会議室で対策会議を行っていた国王や王城勤めの役職持ちなどが頭を抱えているところに、一人の役人が転がり込んできた。


「し、失礼します!こちらに、第二皇女殿下が……っ」


 青ざめた顔で駆け込んで来た男が何とか言葉を発するも、最後まで告げる事が出来ずに意識を失い倒れ込んだ。

 何が起きたのかと理解出来る者がいない中、第二皇女の名を聞いて立ち上がったのがベイセルであった。


「トレニア様がどうしました!」


 倒れ意識のない男に声を掛けても返事があるはずもないのに叫んだベイセルに、答えは別の所から与えられた。


(わたし)が来ただけだ』


 それは声と言うよりも音であり、耳で聞いているはずなのに頭の中に直接流し込まれたようで、その不思議さと違和感に目の前がぐらついてしまう。

 黒の長い髪の毛を下ろし、ベージュのドレスに色鮮やかな刺繍の施されたショールを羽織った美しい女性はトレニアなはずなのに、何故か違うと感じた。


「貴方は、誰ですか」


 何かが違う。そしてそれは直ぐにわかった。

 紫の目をしているのが帝国皇族の証なのだが、扉の近くに立つトレニアの顔をしたその人物の目は金か銀か分からない不思議な色をしていた。


(わたし)は神の伝令。(わたし)は言葉を伝える者。告げよう。千年の時が流れ盟約は果たされた。白銀の男と黒の乙女よ、三度(みたび)約定の地にて祈りを捧げよ』


 リーン

 リーン

 リーーーン


 三度の鈴の音は神の伝令を名乗る者を中心に広がる。彼女は指一本すら動かしていないのに。


『世界は変わる。この地は約束の地。始まりにして終わり、終わりにして始まり。良くぞ血を絶やさず守り通した。二度目の祈りは七の日が巡りて後。三度目の祈りは三十の日が巡りて後。夫婦の誓いを立てよ。神の前にて約せよ』



 リーーーーーーーン



 一際大きな鈴の音に誰もが耳を塞ぐが、音は声と同じく内側から鳴り響いている。


Aika() on() tullut(来た)


 鈴の音が消えると共に、それまで感じていた見えない体を抑えていた何かがふっと消える。


「トレニア様!」


 くらくらとする頭を抑えて体勢を整えようとしたベイセルは、ジューノの悲痛な叫びを聞いて反射的に体が動いていた。

 床に倒れこまないようにジューノが必死にトレニアの体を支えていた。

 意識を失った人間と言うのはとても重たい。ジューノの体からトレニアをそっと引き寄せると膝裏に腕を回してぐったりとしている彼女を横抱きにした。


「私は彼女を部屋に。申し訳ないが、少し待っていてください」


 トレニアを抱えたベイセルは焦る気持ちがあったものの、ジューノが「少し、歩みを、緩めてくださいませ……トレニア様のお身体に、振動が」と息を荒らげながらも伝えてきた事で何とか冷静さを取り戻した。


「彼女に何が起きたのですか」


 トレニアは柔らかな布で出来た靴を履いていた。即ち、部屋から出るつもりは一切無かったということ。服だって室内用のモスリンのドレスだ。牧場の妻が仕立てた一度見たショールを羽織っていたけれど、帝国の皇女が人に、婚約者ではない男性に見せて良い姿ではない。

 ジューノは斜め後ろを着いてくる。その反対にはいつの間にかベイセルの侍従のノクトが控えていたが、トレニアが見えない位置を維持している。


「よく分からないのです。突如、トレニア様は聞いた事のない言葉を使われました。お顔を拝見したところ、目の焦点があっておらず、夢現のようでした。そうして何かを言い終わると立ち上がり、触れてもいないのに扉が開いて外に出ました」


 慌てて追いかけたジューノが見たのは、ぱたぱたと倒れていく使用人の間を軽やかに進むトレニアの後ろ姿で、距離が出来ていたので人目を気にせずジューノは走った。淑女など今は関係なく、主の為に。

 そうして追いついたのが会議室前。

 トレニアの体は間違いなく彼女の物なのに、中身が変わったとしか思えなかった。


 客室の中にノクトは入れないので待たせ、ベイセルはトレニアをベッドに寝かせる。モーラとユーノは泣きそうな顔をしてジューノに視線を向けていたので、力強く頷いた。

 彼女達が悪い訳では無い。何か得体の知れない力が働いた結果だった。


「トレニア様が目覚めたら、何時でも構わないので知らせを」

「畏まりました」


 本当は傍に居たい、と言う無言の意思が伝わるけれど、いつ目覚めるか分からない皇女の傍で一国の王太子を置物のようにする訳には行かない。

 ちらりと扉口に視線を送れば、そこに控えていたノクトが頷いた。連絡は彼に渡せば良いということだ。

 名残惜しそうに部屋を出るベイセルを見送った後、ジューノは見習いの二人を部屋の隅に呼び、彼女達の具合を確認する。


「どこか怪我はしていない?」

「私達は無事です。あの、殿下は」

「分からないの。でも、今は意識を失っているだけよ。少ししたら医師に見ていただきましょう」

「あの、ジューノさん。唇が……」


 ユーノがそっと差し出してきたハンカチを断り、己のハンカチで唇に押し当てると微かな痛みはあるけれど、血の跡は付いていなかった。


「トレニア様を追いかけようにも、体が震えてしまって……痛みで何とか乗りきったわ」


 あの瞬間の室内の気配に何故か覚えがあり、トレニアがいつ目覚めても良いように準備をしていたジューノは考えていたのだが、あ、と小さな声を漏らした。


「神殿の森」


 今日訪れたばかりの神殿の森が近かった。

 人が生きていくには難しい空気があの場にはあった。


「神の伝令、とは、御使い様の事かしら」


 誰にも聞かれない言葉がジューノの口からぽろりと零れた。


 帝国の歴史は古い。魔法がまだ世界にあった古代から存在していたが、初期の頃の記録はほとんど残されていない。

 初代国王ヴァロール。その名の通り、帝国は元は小さな王国であったが、ヴァロールは戦いの天才であった。国を守る為に侵略しようとする国を撃退するどころか取り込んでいき、どんどんと国土を広げ、その規模が十分になった所で帝国と名を改めた。

 ヴァロールは死ぬ時まで己を国王と称し、跡を継いだ我が子を皇帝と称させた。ヴァロールが国王を名乗り続けたのは即位の際に「国王」として誓ったからとされている。

 皇帝となった二代目のヴェルグナードはヴァロールが広げた国土を維持しながらも確固たる地位を大陸中に知らしめたとにされる。だが、ヴァロールにしろヴェルグナードにしろ、彼らの名や成したことは辛うじて残っているが、彼らの妃に関しての資料は一切残されていなかった。

 帝国の歴史がきちんと残されるようになったのは五代目の頃からで、その頃には魔法は世界から消えた後だった。

 歴史学者によると、魔法が世界から消える前後十年の記録はどの国に行っても残されていないのだという。

 帝国と変わらない歴史を持つ東の果ての国とてそれは同じで、帝国よりも遥かに長い歴史を持ちながら、空白の十年が存在しているのだという。


 ただ、その時代の記録には必ず現れる存在があった。


『神の御使い』


 その名の通り、神から送られて来る天上と地上の橋渡の存在で、今はその姿を見ることはできないけれど、魔法が消えた世界の初期の頃は何度も降り立っていたそうだ。

 神の御使いの役割は、神の言葉を伝えること。

 伝令を名乗る、トレニアに宿っていた存在と御使いを繋げてしまうのは無理もない話であった。

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