24 「雪の王」と「夜月の女王」⑥
森を出てすぐ気付く位に、大きく変わっていた。
「雪が無い……」
「草がなんで生えてるんだ!?」
呆然とするベイセルと混乱して大声を上げるノクトの動揺も無理はない。
雪で覆われていたはずの地面は土が見え、更に瑞々しい草がそよいでいる。遠目に見える山付近は白のままなので、予測通りならば鐘の音が届く範囲までに変化があるはずだ。
トレニアはベイセルの手を取り馬車を降りる。森から出てすぐの場所だけれど、内側と違って息苦しさはない。
「春ですわね」
「こんなに暖かいのは夏近くにならないと無いのに……」
未だに衝撃から戻って来れないベイセルを横目にノクトは騎士達に何かを指示している。
念の為に羽織っていたコートが暑く感じて、それを察したジューノが脱がせてくれた。風の心地良さに目を細める。
「ずっと不思議だったのです」
「何がですか?」
「位置としては、妹が嫁ぐ予定のドラスニト王国とそこまで変わらないはずなのに、何故ゾルダ王国はここまで雪深いのか、と」
ドラスニトは帝国の北西部に位置する王国で、ゾルダ王国とは高い山を挟んでいるため関わりはないが、地図で見れば恐らく同じ位の位置にあるはずだ。
ドラスニト王国も冬は雪が降るものの、春になれば雪が溶けるし、季節はきちんと感じられる。
「長年閉ざされた国としてゾルダ王国は他国からもあまり知られていませんでしたでしょう?ワタクシの妹は本で知っていたようですがそれくらいです。ずっと目立たなかった国など、有り得るのでしょうか。帝国と接する町では交流はあっても、帝都までその話は来ていませんでした」
あまりにも不自然な程に隠されていた国。ベイセルとトレニアの婚約が無ければきっと注目もされなかっただろう国。
ゾルダ王国の歴史は長い。それなのに、どうして誰も気付かなかったのか。
「まるで、誰かが隠しているような、不自然さを感じますの」
ぽつりと零したトレニアの言葉はベイセルとジューノしか聞いていなかったが、やけに耳に残る重みがあった。
再び馬車に乗って道を行けどもやはり雪は溶けている。途中通った街では少しばかりの混乱が生じていたが、逞しいのか分からないけれども、女が男をまくし立てて畑へと急がせていた。
「ベイセル!何が起きたのだ!?」
城に戻り馬車から降りた一行を待ち受けていたのは国王本人で、彼の周りを守る騎士達は落ち着きがないながらも職務に励もうとしているのが読み取れた。
王都に入ってもやはり雪はなくなり、人々が外に出ては困惑を隠せない様子だった。貴族の屋敷が並ぶ一帯は主人の代わりに使用人達が情報を集めようと動いている。
「神殿で祈りを捧げていたら、私とトレニア様には鈴の音が聞こえました。外に出ると鐘の音となっていたようですが……父上の時も鈴の音は聞こえましたか?」
「いや。そんな経験は無い。どうやらこの王都の端あたりまでが影響を受けたようだ」
鐘の音が聞こえない場所には雪が残ったままだという。明らかな変化の中、トレニアは頬に手を当てておっとりと微笑む。
「悪い気配はありませんし、これがしばらく続くのであれば農業的には助かるでしょう。それよりも、対応の為にある程度話し合いをすべきかと」
「そうですね……私達が慌てていれば民の動揺は広がるだけです。それに、この現象が一時的な可能性も踏まえて対応をしなければ」
トレニアの言葉で冷静さを取り戻したベイセルは国王や城に待機してきた重鎮たちを連れてすぐに会議に入ると告げる。ただの客人でしかないトレニアに出来る事はなく、下手に動き回っても迷惑を掛けるから、と客室に戻る事をベイセルに伝えたら、申し訳なさそうな顔をされた。
姉のような理知的な顔立ちをしたベイセルはトレニアのそばに居ると緩むようで、笑顔を見せてくれる事が多いけれど、未来の為政者として見せる顔も好ましいトレニアは彼の手を取る。
「落ち着いたらお茶を飲みましょうね。無理はしてはなりません。適度な休みは必要ですわ」
「ええ。その時は貴方の所へ伺わせていただきます」
「お待ちしておりますわ」
現在、彼らは城の前にいる。そしてこの異常事態に対して原因を知りたくて訪れた者もかなりいる。人目が多い中で二人は周囲の目など気にせずに互いだけしか見ていない状態なものなので、それはもう目立った。
美男美女って目の保養になりますねー、と微笑ましく見ることが出来るのはトレニアの顔に慣れた帝国の侍女や騎士だけで、ゾルダ王国の人間にはあまりにも刺激が強すぎたらしい。
皇族も王族も見られる事が当たり前すぎた弊害であった。
近くにいないから聞こえず内容は分からずとも、二人の親密さは伝わるものだ。更にいえば、トレニアのような黒髪はゾルダ王国にはほとんど居ない。良くて茶色の髪が濃くなった程度で、真っ黒の髪の毛はいない。
神殿へ訪れる為に白の服を着ていたのも相まって、清廉なのに隠しきれない色香に多くの男性貴族が目どころか心まで奪われたが、まあ、いつもの事なので誰も気にしなかった。
「モーラ、ユーナ。鐘の音はここまで聞こえたのかしら?」
客室に戻り室内用ドレスに着替えたトレニアはソファに座り、ジューノが準備したお茶を飲みながら控えていた姉妹に声をかけた。
二人は二つ歳が離れているが、必要な時に栄養を取っていなかったからか同じような背丈で、双子に見られることがままあった。
モーラは茶色の髪の毛をきっちりとまとめたシニヨンに対し、ユーナは同じ色の髪の毛を後頭部の高いところで一つ括りにしているので、髪型で見分けるものは多い。
姉のモーラは妹のユーナを守ってきたからか、考えを口に出す事を臆すことはない。それに対してユーナは余計な事を言わないようにと言葉を発さないようにしていたからか、今でも言葉数が少ない。
「こちらの使用人の皆様と共にいる時に聞きました。音の大きさとしてはどこからか聞こえたくらいで騒音とは思わないほどでした」
「その後、強い風が吹き荒れて、雪が消えていました」
城の窓が壊れるかもしれないと驚くほどの強い風にモーラとユーナは手を取り合い警戒し、城の使用人達は高貴な人の目に入らない道を使いながら城内の点検に駆け回ったと言う。
「ねえ、二人は母国の神殿に行ったことはあって?」
「幼い頃に母と。ユーナはとても小さかったから覚えていないかもしれません」
「覚えていないです」
「モーラ。その神殿の像は覚えているかしら」
「はい。創世神様です。帝国と変わらないお姿でした」
トレニアも帝国で見てきたのは顔を隠した創世神の像であった。それが当たり前の事だと思っていたのだけれど、それを覆すものを見た。
それだけでない。今までにありえない事がいくつも重なって起きた。
「ワタクシが、原因なのかしら」
重なりすぎた出来事を整えてみれば自ずと浮かび上がるのは、異分子なる存在。帝国の皇族が王国に足を踏み入れた事はない。それは間違いの無い事実だ。
続く快晴。降らない雪。誰も知らなかった鐘の音。
トレニアが来たからこそ生じたそれらは、しかし国の害にはならないものばかりだった。
「神殿の中に創世神様の像があったわ。けれど、今までとはあまりにも違ったわ。この事はごめんなさい、他者に伝えて良いのか分からないから貴方達には詳細を語れないの。けれどね、あの神殿の中は何かが違ったの……」
天井と床にはめ込まれた円形の彩り豊かなガラスはまるで模様だった。僅かな時間しか見ていなかったけれど、天井は花のようであり、床の方は草木のようであった。
「Taivas ja meri toivovat」
「トレニア様? 姫様!!」
歌うようにトレニアの口から言葉が出るが、聞いた事のないその音にジューノが彼女を見ると、トレニアの目は虚ろであった。
言葉なのだろう。
しかしジューノにはそれを理解する知識が無かった。
否、この世界に産まれ育った者にはこの言葉を理解出来るはずが無い。
Taivas ja meri toivovat
Maailma odottaa ihmettä
Tähtityttö vuodatti kyyneleitä
Maan taikuri ojensi kätensä
それはこの世界とは異なる世界で使われている言語であると理解出来るのは、その国に生まれた者くらいでは無いだろうか。
この世界に神はいる。
魔法が使われていた古代の時代には神が地に降りてくることもあったと言う。しかし、魔法が神の手により人から奪われて後、全ての神は天上にて人々を見るだけになったと言う。
この大陸において、明確に神の加護があるとされるのは帝国の皇族のみである。それは古からの契約に基づくものであり、その血が絶えない限りは続くとされている。
トレニアはその加護の真の意味を知らなかった。知りようがなかった。
彼女がゾルダ王国に来たのはトレニアがベイセルを選んだからだが、その始まりも何もかもが全て「時の定め」によるものであり、意味があるということを。
全ては千年前に定められていた。
そしてその時が訪れたのである。
ここから本格的なファンタジーになります。
Taivas ja meri toivovat(空と海は願う)
Maailma odottaa ihmettä(世界は奇跡を待ち望む)
Tähtityttö vuodatti kyyneleitä(星の乙女は涙を流し)
Maan taikuri ojensi kätensä(大地の魔術師は手を伸ばした)
フィンランド語です。翻訳サイト様にお世話になりました。




