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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
ゾルダ王国編

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22 「雪の王」と「夜月の女王」④

 ベイセルの差し出した手に己の手を乗せて馬車のステップをゆっくりと降りる。いつもであればヒールに気を配るところだが、ブーツのおかげか足裏がしっかりとついていて安定感がある。


 ここに来るまでに途中で貴族の屋敷に宿泊した。国王の又従兄弟である公爵家で歓待され、トレニアの美貌に誰もが言葉を失っていたが、よくある事なのでトレニアは全く動じすらしなかった。

 翌日はやはり天気が良かったので、予定通りに出発して着いたのがこの地であった。


 土地だけはあるのです、とベイセルが語ったように、雪が残る広い土地を雪山牛という種類の牛が寒さなど知らんとばかりに点在していた。

 環境に応じて変化した牛の毛は長く、トレニアは初めて牛をここまで近くで見たのだが、白の世界の中で茶色や黒の毛はどこにいるかが分かりやすいのだなと思った。


「この家では牛のミルクを加工していまして、トレニア様に是非味わってもらおうかと」

「加工ですか?チーズならば帝国でも食べますわよ?」


 明確な回答を貰えないまま、少しばかり歩いて見えたのは木を重ねた外観の家であったが、平民の家にしてはかなり大きいのでは無いだろうか。


「工房も備えているので広いのです。この国に暮らす民の数と土地の広さは釣り合っていないので、平民でもそれなりの家持ちが多いのです」

「貴族の屋敷はどうなっているの?」

「平民の家よりは広いですが、広すぎても雪で寒くなるだけですし、帝国に比べたら小さなものですよ」


 帝国は広大だが人口も多い。帝都ともなれば自由な土地はなく、誰かの所有地となっている。

 皇城を中心に円状に広がる帝都は中心に近い第一区が貴族の為の土地で、その外側の第二区が商業区として富裕層の平民などが暮らし、更にその外側の第三区が平民街となっている。

 それぞれの境に壁があり、兵士が出入りを厳しく管理している。貴族の土地に平民が入れないわけではない。貴族の屋敷に勤める平民もいる。そういうものは、屋敷からそれようの印を与えられているので身につけていれば出入りが可能となっている。

 貴族の帝都屋敷は様々だ。公爵家ともなればかなりの広さの土地を有していて皇城にも近いところを維持している。それに対して男爵家などは集合住宅という形で同じ作りの建物がずらりと並ぶ壁に近いそこを借りる事になる。


 壁で仕切っているのは平民を守る為でもある。大昔には壁はなく、貴族が平民の住む場所に自ら足を踏み込んでおきながら貴族に対して不敬などと言って私刑を行った事もある。

 明確に分かりやすく区分する事で、貴族の横暴を阻止する役割を果たしていた。


 それに比べてゾルダ王国はその敷居が低い。王都には貴族の屋敷がもちろんあるけれど、帝都に比べてみれば緑が少ない。雪の時期が長いので庭園でのお茶会は基本的にない。屋敷の中に拘りを持つのがゾルダ王国のあり方だった。


「こちらです」


 予め連絡を入れていたのだろう、騎士が家の扉を叩けばすぐに中から人が出てきた。


「今日は頼む」

「よろしくお願いしますわね」

「皇女殿下並びに王太子殿下のお越し、光栄に存じます」


 がちがちに緊張しているその人は、この牧場主であるという。ベイセルは何度もここに来ているようだが、他国の、それも帝国の皇女ともなればいいあまりにも恐れ多いと思っているのか、跪こうとするのでそれを止めた。


「ベイセル様から楽しみにと言われましたの。何が出てくるのか楽しみにしていましたわ」


 おっとりとした話し方をするトレニアに、中々顔をあげられていなかった牧場主は恐る恐る顔を上げ、トレニアの顔を見て呆けていた。普通であれば平民がそんな態度になれば咎められるのだろうが、帝国の人間にはあまりにも見慣れた反応すぎて咎めなどない。


「ポッロ、気持ちはわかるが中に入れてくれないか。トレニア様を外に立たせたままだと風邪を引かれてしまう」

「はっ、はい!失礼しました!どうぞお入りください!」


 ベイセルの苦笑混じりの声に我に返ったポッロと呼ばれた牧場主は、慌てたように扉を開いて中へと案内する。

 くすくすと笑ったトレニアの手を引いてベイセルもまた穏やかに笑いながらポッロの後を追った。



 室内は貴族の屋敷ほど洗練されていないが、入念に片付けて掃除をしたのだろう。生活感があり、どこか心が解れるような空気が流れていた。

 暖炉に薪がくべられてぱちぱちと言う音が心地よい。


 大きな木から切り出したのか、長い部分は真っ直ぐではなく、また年輪がくっきりと出ている天板は味のある風合いとなっている。

 それが二枚並んで広いテーブルとして使われていた。


「素敵だわ……ねぇ、ジューノ。このようなテーブルは初めて見たわね」

「ええ。帝国ではこのような太い木は手に入れにくいでしょう。北部でしたらあるかもしれませんが、帝都付近ではまず無いでしょうね」

「形も良いわ。もちろんきちんと整えられているものは美しい。けれど、自然のままの形も良いわ」


 トレニアの目に触れるものは全て丁寧に処理された物ばかりで、家具一つにしても洗練されたものだけが選ばれている。


「それに、この椅子にかけているこの織物の刺繍は見事だわ。ねぇ、ポッロ」

「ありがとうございます。それは、妻が刺した刺繍でございます」

「妻のノラにございます」


 ポッロとその妻のノラ、それからベイセルの侍従のノクトが部屋の中に入ってきた。ノクトは木で作られた台車を押していて、その上には何かが並んでいた。

 ポッロに声をかけたトレニアに彼は恐る恐る返答し、その隣に立ったノラは深く頭を下げていた。顔を上げてちょうだい、と声を掛けたトレニアはノラに問いかけた。


「これは、この土地の伝統なのかしら?」

「はい。地域によって柄は変わります。そちらの刺繍は私の一族の伝来の柄で、春の喜びを表しています」

「素敵だわ。色も沢山使っているのね」

「はい。冬は外に出る機会が減りますので、それまでの間に集めていた染料で糸を染めます。使うものは一族の秘伝になるので、糸の色も違いが出てきます」


 トレニアは芸術をこよなく愛している。刺繍も極めれば芸術である。トレニアは流行を生み出す側だ。その為に目が肥えている。そのトレニアからして、この刺繍は見事なものとして判断出来た。

 これに関しては後ほどベイセルに話をしよう、とそこで終わらせた。

 上手く行けば、この国の冬の仕事が増える筈だ。


 テーブルの上に並ぶのは牛のミルクから作られた様々なものだ。


「これらは、古代の賢者が残した書物を読みといて作られたものなのです」

「古代の?」

「はい」


 ベイセルの話によると、まだ魔法がこの世界にあった時代、渡り人と呼ばれるこの世界とは異なるところからやって来た者がいて、その者は数多くの知識を書物に残したのだという。

 トレニアの脳には『テンセーシャ』が思い浮かんだが、それとはまた違うような気もする。


「賢者の書物は王宮の禁書庫に収められています。これらはわたしが陛下に許しを得て、ポッロに再現してもらったのです」

「『モッツァレラチーズ』『カッテージチーズ』『ヨーグルト』『アイスクリーム』『ピッツァ』などの名前がありました。今ではもうない材料もあるので、代用などしていますが、かなり近いのではないかと」


 貴重な鑑定の魔道具もあり、それらを使って再現したものは安全性を何度も確かめた上でここに出しているのだという。

 幸いにしてトレニアには神の加護があるのでどんなものでも食べられるが、安全に越したことはないだろう。


「アイスクリーム、というものは、冷たいのかしら?」

「はい。氷と同じく溶けます。この地域でしたら家の外の保管庫に入れておいても溶けないのですが……」

「ふふ。食べても宜しくて?」

「是非お召し上がりください」


 本来ならば毒味が必要でも、トレニアには不要だ。むしろ、トレニアが食べる事で毒味になっている部分もある。

 カトラリーも木で作られていて、丁寧な飾りが彫られているのは王太子がわざわざ来るからなのだろう。トレニアはこれらもまた素晴らしいものとして目をつけた。

 国力が低いのは間違いないが、それは宝を宝だと気付いていないからだ。今手にしているスプーンだって、価値をつければ間違いなく特産品となり得る。

 ゾルダ王国の木は他国にはない特有のものだってあるだろう。


「冷たい……美味しいわ。ジューノ、貴方もいただきなさい」

「主と同席は出来兼ねます」

「ベイセル様、宜しいでしょう?」

「勿論です」

「ほら。ジューノ」

「……トレニア様の仰る通りに」


 トレニアからひとつ空けた椅子に座ったジューノの前にノクトがアイスクリームの器をそっと差し出す。ノクトは侍従として働いているのに!と恨めしそうにトレニアを見るが、トレニアはにこりと微笑んで黙殺した。

 ジューノは仕方なくスプーンでアイスクリームを掬い口に運んだ。そして口の中であっという間に溶けたそれに目を軽く開いた。


「大変、美味しいです。冷たいからこそミルクの濃厚さが分かります。口の中にすっと溶けて、なんて贅沢な」

「これだけでミアがやって来そうだわ。ワタクシの妹は食べることが大好きなの。あの子の料理人なら間違いなく知りたがるわね」

「ですが、暑い地域では無理でしょう。カルミア殿下は南部へお輿入れなさいますから」


 例え再現出来る才能があっても、間違いなく作れない。これは寒い場所だからこそ贅沢に作れるものだ。


「これは、ポッロの独占となるのかしら」

「いえ。可能ならば広めたいと思っています。ポッロに頼んだのは侯爵家の領民で私が関わりやすかったからです」


 国王の又従兄弟である侯爵の領民だからこうして直接頼めたのであり、研究の為の支援がしやすい環境だったからで、ある程度やり方が定まったのならば、知識は広めたいとベイセルは言う。


「それならば少しお待ちになって。これは素晴らしいわ。ベイセル様、ワタクシがこちらに嫁いだ後の事をお考えになった事は?」

「支援などのことですか?」

「それもありますが、間違いなく、旅行客が増えますわ」


 トレニアは断言する。

 トレニアには崇拝者が多い。神への信仰とは別に、彼女の美貌を崇拝する者は数多く存在する。ゾルダ王国の王太子と婚約したからと言ってそれは減らない。それどころか、移住は無理でもゾルダ王国を訪れたいと言う話はお茶会の席などで令嬢達から告げられている。


「ワタクシが好きだと言えば我先にと求める者は間違いなくいますの。どの家でも当たり前に食べられるというのは大事でしょうが、それとは別に特別な物は必要ですわ。このアイスクリームは価値がありますわ。ゾルダ王国でしか食べられない特別なデザート。刺繍やこのカトラリーもそう」


 沢山の宝物があるのにこれまで全く有効活用出来ていなかった。雪に閉ざされた国という環境から孤立していた国。しかしこれからは違う。トレニアが嫁ぐ事で追いかける人々がこの国を訪れる。経済が回り始めるのだ。


「幸いにしてここは国境に近い領地。ここを流行の集まる場所にするのですわ」


 不可能なことでは無い。

 トレニアは己の影響力を知っている。そして、姉妹の才能も知っている。


 ゾルダ王国はよく分からない国から神秘的な国に生まれ変わるだろう。

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― 新着の感想 ―
本人達にとっては当たり前でも、他の地域からみたら独自の魅力があるというのは現実社会でもあるある案件で熱いですね。
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