64.幻影
「ハァ‥‥‥ハァ‥‥魔力もそうだけど‥‥時間がないわね‥‥」
俺は胸元のアクセサリーをチラッと見る。恐らくあれから40分近く経っているはずのため、フェアリーの魔導書がいつ力を失ってもおかしくは無い。
「フェアリー!かなりブン回したから流石にもう魔導書も保たないわ!八咫烏を道連れに私と心中するか、一か八かここから逃げるか選びなさい!」
「あなたと心中なんて御免よ!少しの間、私を守って頂戴!この場で魔導書を書いてあげる!」
フェアリーの言葉に、俺は直ぐさま結界を張った。するとフェアリーは自分の衣装の袖部分を引きちぎり、風の刃で自身の人差し指を傷つけた。
「1分で作るから頑張って耐えてなさい!」
そう言って布に自身の血で文字を書き始めるフェアリーを結界で守りつつ、俺は迫りくる敵を切り捨てていく。一向に減る気配のない敵に、正直魔力も気力も限界が近い。
「よし!できたわ!」
フェアリーは自身の風で魔導書である布切れを俺の元へと飛ばし、受け取った俺は直ぐさまそれを腕に巻きつけた。
「これで、何とか急は凌げたわね‥‥」
「即席で作ったものだから、頑張っても30分が限界と思ったほうがいいわ」
30分で助けが来ればいいが、もし間に合わなければフェアリーはともかく俺は終わりだ。今後の日本の事を考えれば、流石にフェアリーまで危険に晒すわけには行かない。俺は救援に向かっているはずのザシエルに念話を飛ばした。
『ザシエル!今どこにいるの?流石にもう持たないわよ!』
『嬢ちゃんか!わりぃな、かなり遅れちまった!だが、もうそっちに保険が着くはずだぜ?』
『着く‥‥?』
ザシエルとそんな会話をしていると、フェアリーの困惑した声が聞こえた。
「ねぇ‥‥何だか霧が出てきてない?」
フェアリーの言葉に辺りを見回してみると、いつの間にか辺りには霧が立ち込めていた。そして、次第に周りがあまり見えなくなってきた。
「どうやら‥‥助けが来たみたいね‥‥」
「助け?っということはまさか‥‥‥」
フェアリーが何か口にしようとしたその瞬間、巨大な黒い影が俺達の横をすり抜けて行った。そしてその影は俺達のすぐ真上で止まり、次第にその姿がはっきりと見えるようになった。
「朱雀!」
俺は目の前にいる巨大な鳥を見てその名を呼んだ。そう、その巨鳥とはかつて秋田の龍神と戦った際に俺が乗った朱雀だった。そしてその朱雀の背には何者かの影が見える。
『待たせてしまったかのぅ‥‥まあ、お主らのことじゃから死んではおらんじゃろうが‥‥』
突如、頭の中に声が響いてくる。それに対してフェアリーは小さく呟いた。
「クレス・ミラージュ‥‥‥ついに現れたわね‥‥」
「まってフェアリー‥‥もう一人いるわよ?」
俺達は朱雀の背に乗る人物を見ていると、何と人影がもう一つある事に気づいた。そして徐々にその人影がよく見えるようになると、俺とフェアリーは驚愕することになる。
「なっ‥‥!?まさかあれって‥‥‥!」
「間違いなく私達ね‥‥」
なんと朱雀の背に乗っていたのは『スカーレット・ローズ』と『ストーム・フェアリー』だったのだ。困惑するフェアリーを他所に俺は半分呆れてしまう。助けが来てくれるだろうとは思っていたが、まさか自分自身に助けられるとは思わないだろう。そしてよく見ると俺の首元に何やら1枚の板がぶら下がっているのが見えた。恐らくあれは魔導書だろう。
『ククク中々に面白い趣向であろう?お主らのそのような顔が見れて満足よ』
「あなた何考えているの!?」
「待ってフェアリー!話しかけても無駄よ。あれは多分録音だわ」
「はぁ!?録音!?でもまるでそこにいるみたいに会話を‥‥」
『ククク‥‥よくわかったのぅ。これはただの録音じゃよ。フェアリーよ、そう怒るでない。一応理由はあるでな』
「まさか、あの子‥‥こんな会話になることを全部読んでこの録音をしてるって事なの‥‥?」
「それだけじゃ無い。最初はザシエルが魔導書を持ってくると思っていたけれど‥‥あの子が直接幻影を送ったって事は、距離的にあの子は私達が奴と接敵する前に向かわせた事になる。つまり、この戦闘事態を完全に読んでたってことになるわ‥‥流石は軍師様ね‥‥」
『あまりゆっくりも話しておれぬ故、早足で話させてもらおう。この霧は儂の幻術によるもので、儂らの魔力やら気配やらを隠す事ができる。正直、今のお主らではかの神鳥には勝てぬ。故にここは儂に任せ、お主らはこのまま一気に海面まで下りて低空飛行のまま陸地を目指せ。奴に見つかりたくなければ、陸に上がるまでは高度50m以内を意識することじゃ。さて、最後にお主らの疑問に答えをやろう。何故お主らの幻影を助けに向かわせたのかじゃ。説明はいらぬと思うが、儂本人が国境を超える訳にはいかぬ以上、お主らの力だけで奴を撃退は不可能。ならばお主らを逃がす他ない。その為、奴の目を多少でもそらすにはお主らと同じ姿をするのが手っ取り早いというわけじゃな。強さ的にはお主らの半分程度しかない故長くは持たぬ。急ぐことをおすすめする』
そこまで言うと、俺達の幻影を乗せた朱雀は霧の中へと消えていった。そしてそのすぐ後に激しい戦闘音が響き渡る。
「注意を引いてくれている間に逃げましょう」
「そうね‥‥色々とつっこみたい部分はあるけれど、急ぐとしましょう。ローズ、振り落とされないよう私に掴まりなさい」
フェアリーに促され、俺はフェアリーの背後から腰に手を伸ばしてしっかりと捕まり、薔薇の蔓で手が外れないように縛る。そしてフェアリーが「いくわよ!」と一言言った瞬間、音速に近い速度で落下した。確かにフェアリーの力で風の抵抗などはないものの、ものすごい速度で迫る海面を見ると生きた心地はしない‥‥‥
「舌を噛まないように口を閉じて、お腹に力を入れなさい!」
「へ?」
フェアリーがそう叫んだ瞬間、音速で落下していた俺達は界面スレスレで急停止した。
「ウップ‥‥‥‥‥出る‥‥‥色々出る‥‥‥」
「出すなら、私にかからないように器用に出しなさい」
「んな無茶な‥‥‥‥」
俺達はその後、クレスの忠告通りに低空飛行のまま陸地を目指す。流石に音速で飛んでいるせいか、あっという間に九州の長崎であろう陸地が見てきた。するとフェアリーは徐々に高度を上げ始める。これなら来るときよりも遥かに早く港湾都市に帰れそうだ。そんなふうに考えていると、ふいにフェアリーが口を開いた。
「ねえローズ‥‥今回は変なことに巻き込んでごめんなさい‥‥まさか、奴があれほど規格外だとは思わなかった‥‥正直、死んでもおかしくなかったわ‥‥この借りは必ず返すから」
「ある時払いの催促なしでいいから、そんな気にしなくていいわよ〜」
「ふっ‥‥あなたって本当に変わらないわね‥‥でも、そういうとこは嫌いじゃないわ」
おや?ツンの代名詞たるフェアリーがついにデレ期に入ったのか?これは貴重な物を見た気がする。これは俺の心の中に大切にしまっておこう。
「さて、今回の件は他の三人にも伝えなきゃね。そして改めて今後の方針を決めないと」
「ええ、私とローズが二人がかりでも防戦一方になった‥‥これは異常事態だわ」
「だけど、一つ分かったことがある。能力自体は確かに規格外だけれど、アイツ単体の強さはそうでもないわ。秋田の龍神の方が遥かに上よ」
「確かに‥‥私達二人で普通に押し返せたわね‥‥‥なら、あの能力さえ弱体化できれば‥‥‥」
「勝機は十分ある」
俺はフェアリーにしがみつきながらこれから先のことを考えていた。




