再び一度目の人生へ(6)
私は必死に頼み込む。なんとかしてここを出て、エドを探さないとならないのだ。
「あの……、いつまでもここでお世話になるわけにもいきませんので。町に行けば、故郷に帰れるかもしれません」
私が重ねてお願いすると、ベニートは眉根を寄せる。
「そんなこと、気にしなくていい。セリア婆さんもエリーが来てから楽しそうだし」
「ああ、エリーがいてくれると助かることも多いね」
セリアがベニートに相槌を打つ。
「だけど、わたくしは──」
「とにかく、気にしなくていい。俺はもう戻るよ。じゃあ、またな」
逃げるようにそそくさと診療所をあとにしたベニートの後ろ姿を、私は呆然と見送る。
「せっかく作ったお昼ご飯が冷めちまうよ。食べよう」
「はい……」
セリアにぽんと肩を叩かれ、私は目を伏せて唇を噛んだ。
食事中も気分は浮かないままだ。
正面に座るセリアはなにも言わずに食事をしていたが、ふと手を止めて私を見つめる。
「もしかして、エリーは恋人を追いかけて森に入ったのかい?」
「え?」
思わぬ質問に、私は言葉を詰まらせる。
「恋人が戦争にかり出されて、追いかけて来たんじゃないのかい?」
「なぜそう思うのですか?」
「笑っているときもどこか寂しそうだし、初日に『若い男を見なかったか』と聞いてきたじゃないか」
セリアは探るように私を見つめる。
私はなんと答えればよいかわからずに俯き、少し逡巡してから口を開く。
「大切な人が、ナジール国にいるかもしれないんです」
「恋人かい?」
「恋人ではありません。でも……誰よりも大切な人です」
私は言葉を振り絞るように答える。
じっと私を見つめていたセリアははあっと息を吐く。
「前にも行ったけれど、ナジール国には簡単には入ることができないよ。……ナジール国の姫様があんなことをしなければねえ」
「ナジール国の姫様があんなことをしなければ?」
聞き捨てならない台詞が聞こえ、思わずセリアに聞き返す。ナジール国には、私しか姫がいない。つまり、ナジール国の姫様とは私のことだ。
「エリー、そんなことも知らないのかい? ナジール国から嫁いできた姫様が、この国の機密情報を祖国や他国に横流ししていたらしいよ。有名な話だ」
「なんですって?」
驚いた。なんと、私は対外的に機密情報を横流しする重犯罪人ということになっているらしい。
(そう言えば……)
優しかったダニエルが人が変わったように豹変した日のことを思い出す。
結婚式の来賓であるキャリーナを出迎えに行くと私にキスをして部屋を出たダニエル。まさかあのときは、これが優しい彼を見る最後であり、ここから運命が大きく狂い始めるだなんて夢にも思っていなかった。
『ベル。貴様、なんてことを……』
ダニエルは確かに、そう言っていた。それに、私がナジール国と内通していたとも。
(キャリーナが何か虚偽の情報を言った?)
けれど、他国の姫に何かを言われただけで、全面的にそれを信じ込んだりするだろうか?
少なくとも、私が知る以前のダニエルは優しく公明正大で、物事を客観的に見ることができる男性だった。それなのに、あの日を境に人が変わったかのようだ。
(人が変わった?)
そこまで考えて、はっとした。
人が変わったようだと感じた人物がもうひとりいる。キャリーナだ。
この世界のキャリーナと二度目の世界のキャリーナが違いすぎる。
(もしかして、あれは本物のキャリーナではない?)
「南の魔女には気を付けろ……」
かつての世界でダニエルに言われた言葉を、私は呟く。
この世界でも、エレンがキャリーナに成りすましているとしたら?
そう考えた瞬間、背筋がぞっとした。
(もう一度、キャリーナに会わないと)
でも、今の私が彼女に会ったら、今度こそ殺されてしまうだろう。味方が必要だ。彼女と対面しても勝てるほどの、強力な味方が。
(やっぱり町に行くしかないわ)
「わたくし、どうしても町に行きたいのですが」
私はセリアに頼み込む。セリアはそれを聞き、困ったように小首を傾げた。
「あの子はあんたのことを気に入っている。それはわかるね?」
私はセリアを見返す。あの子とは、ベニートのことだろう。
「わたくしには、その気持ちに応えることができません」
「それは、捜している男のせいかい?」
「…………。彼のことも、理由のひとつではあります」
この世界のエドは恋人ではない。彼はただの護衛騎士だ。それでも、二回目の人生の記憶がある私は、エドを愛している。
それに、私は国のためにも帰らなければならない。私が戦争の理由とされているならば、なおさら真実を明らかにしなければならないのだ。
「あんたがずっとここにいてくれたら、私も嬉しいんだけど──」
セリアは私を見つめると、少し寂しげに笑った。




