再び一度目の人生へ(5)
「色々と親切に教えてくださり、ありがとうございます」
私は丁寧に頭を下げてセリアに礼を言う。セリアはきょとんとした顔をしたあと、少し恥ずかしそうに笑う。
「気にすることないよ、これくらい」
その笑顔を見たら、気持ちが少しだけ落ち着いた。
(まずは体力を回復させないと。できるだけ早く帰る方法を探そう)
体力を回復させるためには、しっかりと食べなければならない。私は目の前のスープを最後の一口までありがたくいただいたのだった。
ここに来て一週間が経った。
私はセリアの運営する診療所に寝泊まりして彼女を手伝いながらも、外に出てはエドを探すようにしていた。けれど、未だにエドの気配を見つけることはできない。
(もしかすると、私が想像するよりずっと遠くにいる?)
キャア、キャアと鳥の鳴き声が聞こえ、空を見上げる。木々の隙間から見える青空はいつもと同じなのに、いいようのない寂しさを覚えた。
「そろそろ帰らないと、セリアを心配させてしまうわね」
私は足元に置いていた籠を持ち上げると、村へ戻る道を歩き始める。
(大きい町に出れば、ここよりたくさんの情報が集まるかもしれない)
この村は、全部で百世帯もない本当にちいさな村だ。森の中にあり、人々はほぼ自給自足で暮らしている。ただ、自分達では賄えない必要物資を買うために月に一度、大きな町に買い出しに行っているようだ。薪や森で仕留めた獲物の肉、育てた野菜などを売り、そのお金を元手にしている。
「お待たせしました」
「お帰り。おやまあ、今日もこんなにたくさん」
セリアは森から戻った私の持っている籠を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。籠の中には、たくさんの木の実や果実が入っていた。
「エリーは森の精霊に愛されているんだね。こんなにたくさん見つけるなんて」
「そんなことは……」
私は曖昧に笑ってやり過ごす。本当に森の精霊に愛されているのなら、帰り道を教えてほしい。
昼支度をしているセリアに代わって診療所で受付番をしていると、チリンとドアが開く。顔をあげると、村人の一人であるベニートがいた。
ベニートは狩人で、がっしりとした体格で年齢は二十台前半くらいだろうか。日に焼けた肌が健康的な男性だ。そして、森で倒れていた私を助けてくれた人でもある。
私がここに連れてきた責任感からか毎日のように様子を見にきては狩りで仕留めた肉を分けてくれるので、すっかりと顔なじみだ。
「ベニートさん。こんにちは。どうしましたか?」
「えっと……、ちょっと腕を怪我して」
そう言う彼の左腕を見ると、皮膚がすりむけて血が滲んでいた。
「まあ、痛そう。手当てしますね」
私はベニートを椅子に座らせると救急箱を取り出す。王女として育ってきた私は、人の傷の手当てなどしたことがなかった。けれど、世話になっている以上そんなことは言っていられないので、セリアがやっているのを見てやり方を覚えたのだ。
(治癒魔法を使えば一瞬で治せるけど)
私は傷口を見る。これくらいの傷であれば、なんの傷跡も残さずに、すぐに治すことができるだろう。
けれど、魔法を使えることを知られないほうがいいと判断した私はそうせずに消毒液を取り出した。サンルータ国では魔法を使える人がほとんどいないので、魔法が使えると知られると目立ってしまうのだ。
「少し染みますよ」
ガーゼに消毒液を浸して傷口を拭くと、澄ましていたベニートの表情が僅かに歪む。やっぱり、染みるようだ。
綺麗になった傷口に、丁寧に傷薬を塗りこむ。続いて新しいガーゼを当てようとしていると「お昼が用意できたよ」とセリアが呼びにきた。
セリアはベニートに気付くと意外そうな顔をした。
「おや、ベニート。どうしたんだい?」
「お怪我をされたようです」
私はベニートの代わりに答える。
「怪我? どれどれ?」
セリアは近づいてきて、ベニートの腕を見る。
「なんだ。怪我って言うからどんな大怪我と思ったら、掠り傷じゃないか。普段なら放っておくくせに、ここにエリーがいるからって現金なもんだね」
「なっ、エリーは関係ない」
狼狽えたように答えるベニートの顔が、日に焼けた肌の上からでもわかるほど赤くなる。
二人のやりとりを見て、まるで親子のようだとおかしくなる。セリアには子どもがいないようだけれど、ここは小さな村なので幼い頃から知っているベニートのことを、まるで孫のように思っているのだろう。
「そう言えば、傷薬がそろそろなくなりそうなんだよ。次に町に出るときに買ってきてもらってもいいかい?」
セリアが、傷薬の入れ物を摘まみ上げる。
「傷薬? わかったよ。ちょうど、明日行くから」
頷くベニートの返事を聞いて、私ははっとする。
「町? 明日、町に行くのですか?」
「え? ああ。干し肉と獣の皮を売りに行こうかと」
「わたくしも連れて行ってください!」
町に行けば、ここにいるよりも情報が集まるはずだ。もしかすると、ナジール国に入国する手段も見つけることができるかもしれない。
「エリーが?」
ベニートは明らかに困惑したような顔をした。




