作戦会議 2
レティシアたちディレン隊一行は、オルドラント公子クラートがリデル国王から賜った任務を遂行すべく、学舎セフィア城を離れて遙々アバディーンまでやって来た。
その任務というのが、リデル王国時期王位継承候補者であるティエラ王女の護送だ。
長らく所在不明となっていた「消えた第一王子」エンドリックの実子である彼女は、王太子になるべく王城に召し上げられた。彼女が暮らしていたアルスタット地方からアバディーンまで王女一家を護送するというのが、クラート及びディレン隊に与えられた任務であった。
道中宿泊した子爵館で不届き者に襲われるというアクシデントがあったものの、その後は厳重な警備によって王都の門をくぐることができた。襲撃事件で負傷者は出たものの、護送隊が一人も欠けることなく到達できたのは大変幸運だったと言えよう。
そしてクラートは新しい任務を受けるべく、騎士二人を連れて王城へ参上した。ディレン隊の古参魔道士であるミランダは当初、レティシアたちと一緒に城下町へ遊びに行く予定だったのだが、急遽実家から連絡が入り、北内にあるエステス伯爵邸に帰らざるを得なくなったそうだ。
「エステス伯爵も最近元気がないそうだから、ミランダもそろそろ自由が利かなくなるのかもね」
ノルテがぼそりと言ったため、レティシアとセレナは互いに顔を見合わせた。
今は放蕩王女としてアンドロメダと共にやりたい放題しているノルテだが、腐っても一国の王女。その言葉には相当重みがあった。
「そういえば、ミランダ様には男兄弟がいないと聞いたことがあるわ」
「じゃあ、ミランダが次期エステス伯爵なんだね」
今はディレン隊の侍従魔道士としてディレン隊隊長レイドの元で働いているミランダだが、いずれは伯爵を継ぐべき貴族の令嬢なのだ。
こうして身分を問わず仲間たちと暮らせる日々も、そう長くは続かないのかもしれない。
「貴族って……やっぱり背負うものが違うのね」
「私たちには想像できないわね」
レティシアが言うと、先を歩いていたノルテが意外そうに振り返ってきた。
「じゃあ、やっぱりレティはえっと……お父さんの後を継ぐつもりはないのね?」
遠回しに聞かれ、レティシアははたと足を止めた。
事情を知っているノルテは言葉を伏せつつ聞いてくれたが、レティシアもまた、バルバラ王女ノルテやエステス伯爵令嬢ミランダと劣らない出自だった。
聖都クインエリア大司教子女。それがレティシアの、隠された肩書きだった。
現在、リデル王国の東に領土を持つ聖都クインエリアを支えている大司教マリーシャは、レティシアの実母である。かつては夫のティルヴァンが大司教を務めており、レティシアはティルヴァンとマリーシャの間に生まれた次女なのだ。
不幸にも、レティシアの姉に当たる姫は昨年の秋、命を落とした。彼女が次期大司教と期待されていたため、一部ではレティシアを次期大司教に推すという声も上がっているのだとか。
だが、レティシアの出生は公にされていない。レティシアがルフト村の村娘として、セフィア城の侍従魔道士として生きる道を、実母も許してくれた。先日は、クインエリアの神官ユーディン・シュトラウスがセフィア城を訪れ、実母と同様のことを語ってくれた。
つまり、レティシアには大司教になる以外の道も十分に残されている。
そして、今現在のレティシアの考えは――
「今のところはない、かな」
レティシアは歩みを再開させてノルテに言い、ぽん、とその薄い肩を叩いた。
「だって、お祈りもろくにしない不真面目な信者の私がお父さんの後を継ぐなんて、ちゃんちゃらおかしいでしょ。それに、私はせっかく勉強した魔法を役立てたいのよ」
「村に帰って故郷のために働くってことね」
隣でセレナが優しく微笑む。
「それってすごく素敵なことじゃない。もちろん、あなたのお父様のお仕事も立派だけれど、お世話になった人に恩返しすること、学んだことを最大限に生かすことってとても素晴らしいことよね」
「そう言ってくれて有難いよ」
レティシアも微笑み返し、ノルテも納得したように頷いた。
「よしよし……ノルテさんもレティの進路が分かったところで、じゃあまずはここらに突入しましょうか」
話している間に三人は大通りを抜け、南外の商店街に入っていた。ここらはミランダの書き込みがある地図曰く、「若い女性向けの服なら南外!」ということで、最初に行こうと三人で決めたのだ。
ミランダが太鼓判を押すだけあり、服飾関連通りにはあらゆるニーズに応えたブティックが建ち並んでいた。大人っぽさを求める少女のための、シックで落ち着いた服を取り扱う店の隣には、甘さと愛らしさを最念頭に置いた真逆の店がある。その向かいには、動きやすさと実用性を兼ねたカジュアルな普段着を売りに出す店があり、さらに隣には、そのまま舞踏会にでも行けそうな可憐で清楚なお手頃ドレスを扱う店が。
通りを歩く市民も、レティシアたちと年の変わらない少女がメインで、女友達で連れ立っている者もあれば、恋人と仲よく手を繋いで歩く者もいる。
三人の横を通り過ぎた少女は、立派な身なりの男性と肩を組んで歩いていた。それ自体は決して、珍しい光景ではない。珍しくはないのだが――
「……今の、見た?」
一番に反応するのはやはりノルテ。件のカップルが通り過ぎるなり、目をキラキラさせてレティシアたちを振り返ってきた。
ただしその目に灯る輝きは先ほどの純粋な子どものようなそれではなく、ゴシップネタを仕入れてほくそ笑む中年女性のそれに近かったが。
「女の子の隣にいた男! 感想はどうよ、レティ!」
「えー……あ、まあね」
デバガメオーラ満載なノルテに推され、レティシアは背後を振り返りたい衝動を抑えつつも、今し方自分が抱いた感想を素直に口にすることにした。
「……すごく、年の差があるなぁ、とは思ったかな」
「だよねだよね! ノルテさんが思うに、あれは清く正しい関係じゃないわな」
三人の中では最年少のノルテだが、こちら方面の話題には一番の耳年増で、貪欲で敏感だった。
うひひ、と嫌な笑みを浮かべるバルバラ王国の姫君に、レティシアとセレナは沈黙するしかできなかった。
「ノルテさんの読みでは、女の子は男に貢がせてるのよ。あれだけ身なりがよけりゃ、内区に住む貴族だろうからねぇ。で、男の方は金を出す代わりに若い女の子を連れ回してご満悦って所よ。注意すべきは奥さんにばれないようにするって点かしら」
「……ノルテの読みが正しいかは知らないけど、王都ともなればいろんな人がいるものなのよね」
レティシアよりは耐性があるらしいセレナがため息混じりに言う。
「でも、人のことを詮索するものじゃないわ。気になるのは分かるけど、ほどほどにするのよ、ノルテ」
「分かってるって!」
ノルテは注意されてもへこんだ様子もなく、むしろ良いものを見たとばかりに先ほどより機嫌よく、最初の店へ入っていった。
(絶対あれ、ほどほどにするつもりないな)
セレナも同じことを思ったらしく、レティシアは二人で揃ってため息を吐き、ノルテについて店の中に入った。
ミランダのコメントに従い、レティシアたちはピンポイントで城下町を巡った。なにしろ、城下町全てを回るには到底一日では足りない。今回は街中に張り巡らされた定期巡回馬車を乗り継ぎ、用のない場所は全て飛ばしていったため、一日掛けて王都を周り、宿のある西外に戻って来られたのだ。自分の足で全てを回ろうと思ったら、何十日も掛かってしまうだろう。それくらい、アバディーン城下町は広大なのだ。
定期馬車は宿の前で停まってくれて、御者が重い荷物を宿に運んでくれたため大変助かった。それだけのサービスも無料でしてくれるのだから、さすが王都、である。
「今日一日でしっかりお金を使ったわね」
客室に戻るなり、セレナがソファに沈み込んで唸った。
比較的足腰が丈夫なレティシアやノルテと違い、セレナは夕方ごろから体の疲れを訴えたのだ。レティシアたちはまだまだ元気だったが、二人ほど体力のない年上の友人を差し置いて買いものするのは憚られた。だがセレナも二人に気を遣ったため、夕方以降はセレナはカフェで荷物と一緒に待機し、レティシアとノルテだけで街を回ることにしたのだ。
それでも相当疲れていたのか、セレナはブーツを脱いで珍しくもしどけない姿でソファに伸びていた。
「本当に、二人は元気ね……私ももう年かしら……」
「まあ、わたしは騎士として訓練受けたし、レティも畑仕事に慣れてたからじゃないかしら。年は関係ないって」
言いながらノルテは、ソファに俯せになるセレナの背中を揉んでやっている。
「あー、確かに凝ってるね。特にこの辺とか……うわぁ、ゴリゴリしてる」
「連れ回してごめんね、セレナ」
レティシアも、重い荷物を全て片付けて三人分の飲み物を入れて持ってきた。この宿は茶がセルフサービスになっており、女将の趣味で紅茶やココアの種類も豊富だった。
「セレナはホットココアで、ノルテは蜂蜜紅茶でいいんだよね」
「やっほ、ありがとレティ!」
「うん……ありがとう」
二人にそれぞれのカップを渡し、レティシアは自分の紅茶を啜りながら目の前に広がる戦利品を眺めた。
服はもちろん、新しい本やアクセサリー、ミランダに頼まれていた茶菓子に文房具も山と積まれている。
それらの中でも最も重かったのが、ノルテが買った小型魔道暖炉。小さいながらに相当の重量で、とてもではないが持ったまま買いものを続けることはできなかった。そういった購入物を宿まで運んでくれたのだから、さすが巡回馬車。さすが王都。
そこへ、叩扉の音が朗々と響き渡り、娘三人は同時に顔を上げた。
「レティシアたち、帰ってきてるかい」
「クラート様」
すぐさまレティシアが立ち上がってドアを開けに行く。ノルテもぴょんとソファから飛び降り、背筋と脚の腱を延ばしていたセレナも慌てて行儀良く座り直した。
レティシアがドアを開けると予想した通り、日中レティシアたちとは別行動を取っていた仲間たちが廊下に勢揃いしていた。
クラートは室内を見回し、荷物がたんと積まれた様や、急いでブーツを履くノルテや、未だ腰痛に悩まされるセレナを見、ふっと表情を和らげた。
「くつろいでいたところ、すまない。今後の予定について少し打ち合わせをしたいのだけれど、いいかい?」
「あ、はい。もちろんです」
女性陣が新しい茶や菓子を出している間に、男性陣で購入した品や土産物を部屋の隅に片付けてくれた。
真っ白な湯気を立てる紅茶やコーヒー、ココアなど各々の好みに応じた飲み物がテーブルに鎮座するのを挟み、ディレン隊七人が顔を合わせた。
「単刀直入に言うと、僕たちディレン隊に新しい仕事が任された」
クラートの言葉に、レティシアも頷いた。国王に呼ばれるのだから、それなりの予想は付いていた。
だいたい、何を任されるだろうかということも。
「そりゃ、もちろんわたしたちの功績を認めた上でってことよね」
ノルテが投げかけた質問に、クラートはしっかり頷いてみせた。
「もちろんその通りだよ。マックアルニー子爵館での襲撃事件を差し引いてでも、陛下は僕たちの仕事ぶりを高く評価してくださった。俗な言い方をすれば、僕たちの名に箔が付いたってことになるね」
そこで一息つき、「ここから機密事項になるのだけど」とクラートが念を押した。
そこでまず、ミランダとセレナがすっと立ち、レティシアも数拍遅れて慌てて立ち上がる。
魔道士三人が盗聴除けの防護壁を張り終わった後、紅茶で喉を潤したクラートが続けた。




