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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第4部 黒薔薇舞う
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作戦会議 1

 朝が来た。

 王都の朝は早い。日が昇る前から既に大通りには商人や旅人が行き来しており、店の主人は開店準備をするべく、鎧戸を上げたり店先の掃除をしたりと忙しい。どこからともなく漂ってくる香ばしい匂いは、母親が早起きして子どものための食事を作るものだろうか。


 世界最大の領土と軍事力を誇るリデル王国。

 その心臓部、王城を抱える王都アバディーンは、早朝から賑やかな歓声と活気に満ちていた。


 先日、この地方にも本格的な冬が到来した。その証に街の随所には今も、解けきれなかった雪が鎮座していた。大通りは馬車が通るため、そこだけは集中して雪掻きが為されているが裏道はそうもいかない。

 少しずつ、屋根に積もった雪が滑り落ちており、道端には街の子どもたちが作った雪の芸術品が誇らしげに佇んでいた。


 いつもと変わらない、アバディーン城下町。それもそうだ。

 今後、リデル王国のみならず大陸中を震撼させるだろう一大ニュースを知っている者は、ごく少数に限られているのだから。


 その「ごく少数」に属する選ばれし者が、城下町の一角にある宿に身を寄せていた。そのような超重大事項を知った者が泊まるとは思えないほど質素で庶民的な宿なのだが、この一行は用意されていた高級宿泊地を辞退してまで、自ら進んで簡素な宿を選んだのだとか。


「というわけで、ノルテさんはアバディーンを満喫すべきだと思うわけよ」


 宿の一室、魔道暖炉が焚かれた食堂。

 他の客がほとんどいない閑静な食堂に響き渡る少女の声に、その場にいた者は一様に顔を上げた。


 今朝の朝食はカブとマッシュルームの入ったシチュー。タマネギがトロトロになるまで煮込まれたそれを食する手を止め、皆は少女の方を見やる。


「いきなりね。ま、ノルテの突然の発言は今に始まったことじゃないけど」

「さすがレティ、分かってるじゃん」


 ふふん、と鼻高々に言う少女は、自分の艶やかな黒髪を梳り、びしっと仲間たちに向かって指を立てた。


「せっかくの王都アバディーン。わたしだって、今まで数回来たことがあるかないか。いくら仕事のためとはいえ、機械的に来て、用が済んだら即帰宅ってのはもったいなさすぎるでしょ」

「つまり、暇な時間に街へ遊びに行きたいってことだろ」


 呆れたように言うのは、大柄な青年。苔色の短い髪は癖が強く、顔立ちも四角くがっしりしている。シャツ越しにも胸部や二の腕の筋肉が盛り上がっているのが見て取れる、全身ムキムキの筋肉男。


「そりゃあ、さすがに四六時中城に缶詰ってことはないだろうけどよー、俺たちこれでも仕事で王都に来てるんだぜ……」

「別にいいのではないか。この中で今、城に呼ばれているのはクラートと俺、それにオリオンだけだ」


 筋肉男を諭すように言うのは、赤い髪の青年。左側だけ露わになっている顔は端正で、芸術品のような美しさを醸し出している。嵐のような灰色の目は細く吊り上がっており、その表情は常に、どこか不機嫌そうに見える。


「女連中も、宿の中にいるばかりで腐ってしまうだろう。少しくらい表に出た方が、健康にもいいだろう」

「もしお許しが出るなら、私、街の本屋に行ってみたいです」


 はい、と挙手するのは赤髪の青年の隣に座っていた女性。緩い癖のあるミルクココア色の髪を背中に流し、樹木色の目は優しく細められている。


「魔道書はもちろん、ここらでは小説もたくさんあるそうなのです」

「私も、久々にアクセでも見てみたいかも」


 黒髪の女性も重ねて言う。今日の彼女は普段着姿だが、それでも絶妙なプロポーションの体躯と溢れ出る艶やかさを隠しきることはできていなかった。


「東外区には、貴族でさえ認めるほどのシルバーアクセの店があるらしいからね。レティシアも、新しい服が欲しいって言ってなかった?」

「え、あ、うん」


 話を振られ、オレンジ色の髪の少女は頷いた。コクコクと首を縦に振るため、高い位置で結い上げられた髪がベールのようにゆらゆらと揺れている。


「セフィア城でのカタログ販売はやっぱり、物が限られているし実際に着てみたいから」


 それまでじっと仲間たちの会話を聞いていた金髪の少年がスプーンを置き、ゆっくりと頷いた。


「もちろん、いいよ。レイドとオリオンには悪いけど、僕と一緒に王城まで来てもらう。ミランダたちは少なくとも今日一日は空いているから、自由に過ごしてほしい」

「まったく、遠征中はクラートがディレン隊の隊長みたいだな」


 緑色の青年がカラカラと笑うと、金髪の少年はばつが悪そうに顔を俯かせた。


「それは……うん、レイドには申し訳なく思っている。この前からずっと僕が仕切りっぱなしだったし……」

「俺は別に気にしていない。おまえが大公になった時の予行訓練だと思えばよかろう」


 赤髪の青年はしゅんとする少年にあっさりと言い、話は終わったとばかりにシチューにスプーンを突っ込んだ。


 今後の見通しが立てられ、朝食を再開する仲間たちを見つつも、オレンジ色の髪の少女は心の高鳴りを止められなかった。近くにいる者に心臓の音が伝わるはずがないのに、きょろきょろと辺りを気にしながらシチューを口に運ぶ。


(王都アバディーン観光……うん、思いっきり堪能して、ルフト村にお土産を送ってあげないと!)










 王都アバディーンは目玉焼きのような楕円形をしている。黄身の部分が王城で、黄身と白身の間には城や庭園を囲むように城壁がぐるりと張られている。そして黄身の部分を守り、包むような形で白身たる城下町が広がっていた。


 白身の部分はまず、王城を中心に東西南北四つのエリアに区分される。さらにそれらが王城側と外壁側とでぐるりと線引きされ、二分割されている。

 白身の外側が商業区と一般市民の居住区を兼ねており、人通りも活発、旅人用の宿泊施設や傭兵ギルドも各エリアに備えられている。そして王城側が貴族地区で、爵位保持者や王城で勤める高官、騎士などはここに住居を構えている。また、貴族区には上層階級向けの商店街もあり、たいていの貴族はここらで買いものをしているのだ。


 といっても、貴族と平民と出完全な棲み分けがなされているわけでも、二者の間に確執や対立があるわけでもない。そもそもリデル王国は身分の貴賤に寛容で、貴族と平民が共同学習するセフィア城への進学が奨励されることからも、身分差の影響が緩いことが察せられる。

 貴族が掘り出し物を求めて一般商業区へ降りることもあるし、逆に裕福な市民や給料受給後の平民が豪華なディナーを食べに貴族区へ上がることも普通にある。それが推奨され、認められるのがリデル王国の特徴でもあった。


 かくように、アバディーン城下町は東西南北と内側外側に八分割されており、住所も「北内」「西外」と呼ばれているのだ。そして東西南北で一つのブロック、地域になっているらしく、行事や祭の際には貴族区と平民区が協力し、他のブロックに負けないよう競争し合うのが習わしになっているのだという。また、通の間では「ケーキは南が美味い」「靴ならば東」のように、目的によって行き先を変えているのだとか。


 そういったアバディーン城下町の基本情報を聞き出した娘たちは、財布を手に意気揚々と宿を出発した。


「さあ、ここで乙女の本領発揮! 男共がドン引きするくらい買いまくってやるわよぉ!」


 勇ましく宣言し、拳を上空に着き出すのは黒髪の少女ノルテ。北の雪国バルバラ王国の王女であり、優秀な竜騎士でもある彼女は何事にも興味津々、特に王都の探検が楽しみで仕方ないらしく、深いブルーの目が子どものようにキラキラ輝いていた。

 ちなみに、今日は愛竜アンドロメダは宿でお休み。宿の女将は竜騎士の対応にも手慣れており、アンドロメダにもドラゴン専用の厩舎を貸してくれた。慣れない者が突貫工事で作った藁の小屋よりも居心地がいいらしく、長旅でお疲れのアンドロメダはぐっすりと眠っているのだとノルテは語った。


「ミランダ様が下さった地図が役立ちそうね」


 ノルテの後ろで言うのは、セレナ。言動はノルテよりずっと落ち着いているが、リデル王国辺境の町出身の彼女も期待を隠しきれないのだろう、地図のあちこちにそわそわと触れていた。


「本屋もだけど、服も見たいし……そうそう、アバディーンには最新型の魔具を扱う道具屋もあるそうなのよ」

「魔具!」


 その言葉に反応したのは、オレンジ色の髪の少女レティシア。魔道士の卵としての本能が敏感に反応し、くるりと振り返ってセレナが持つ地図を覗き込む。


「どこどこ? 私、ルフト村でも使えそうな魔具を探したかったのよ!」

「わたしも、姉さんにひとつ、魔道暖炉でも送ろうかと思ってたからちょうどいいわね」


 ノルテも上機嫌で言う。三人の中では唯一魔法を使えないノルテだが、魔道士が生まれにくいバルバラ育ちなだけあり、興味はあるようだ。


「ようし……じゃあ城に行った野郎共と、お家に帰ったミランダの分も満喫しましょう!」


 おー! と娘たちの声がアバディーンの空を震わせた。

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