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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第3部 紅狼の騎士団
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ディレン隊の日々 5

 ――職務中及び模擬訓練等以外で男性が婦女子に手を上げた場合、退学処分とする。


「まさか、こんな規定があったとはねー」

「うん……私も今日、初めて知ったわ」


 レティシアの自室でくつろぐレティシアとセレナ。

 ソファに沈み込んでぐったり項垂れるセレナとは対照的に、レティシアは平然として手元の「セフィア城校則一覧」を眺めていた。至って健康そのものだが、その左頬には大きなガーゼが貼られている。


「あ、こんなのもある。――食堂の食事に難癖付けた場合、一般訓練生の場合、停学。騎士団加入者の場合、騎士団除名及び隊長を降格とする。だって!」

「……そうね」


 セレナは上の空で返してきた。肘掛けに顔面を押しつけているため、くぐもった声になっている。


 先ほど、廊下の掲示板前で何が起こったかというと。

 レティシアに静かに罵倒された騎士は怒りのあまり、公衆の面前でレティシアを殴り飛ばしたのだという。事実、一発目を喰らった瞬間にレティシアの意識は吹っ飛んだので、その後はセレナに聞いたことになるのだが、少女たちの悲鳴を聞いてわらわらと人が集まったそうだ。

 その中にはクワイト魔道士団長もおり、騎士たちは逃げ場がなくなり、速攻で騎士団長の下へ連行されていった。何があったのかと戸惑う群集に向かって少女たちが、「ディレン隊のレーア様が怪我されました!」と叫んでくれたため、すぐさまセレナたちディレン隊が呼ばれたのだという。


(やっぱり名前間違ってるけど……まあ、いいや)


 一覧表をテーブルに放り、レティシアはおろおろするセレナに微笑みかけた。


「でも、発見が早かったおかげで助かったよ。あの子たちにも感謝しないとね」

「元はといえば、その子たちのせいでこうなったんでしょ」


 セレナは唇を尖らせて言った。

 どうやら例の騎士たちは、少女たちがディレン隊の噂をして言うのが気にくわなくて彼女らを突き飛ばしたのだという。彼らは日頃から一方的にディレン隊に対抗心を燃やしていたらしく、ここしばらくディレン隊の調子が良いのを根に持っていたとか。


「まあ、ディレン隊の面子は保たれたし粗暴な騎士は追い出せたし、結果オーライってとこじゃない?」


 擦り傷切り傷打撲なんて、村にいた頃は日常茶飯事だった。子どもの頃は村の男の子と殴り合いの喧嘩もしたことがあったので、青あざができるなんて驚くべきことではない。

 それでもセレナは、「女の子の顔に傷ができたなんて!」とレティシアの予想以上に例の騎士たちを詰り、いそいそと大判のガーゼを頬に貼ってきたのだ。左頬をほぼ完全に覆うガーゼは肌触りが悪く、口を動かすたびに紙テープの部分が引っぱられて、正直今すぐにでも剥がしたいところだ。


 だがセレナの思いやりや面子もあるので、とりあえず今のところは我慢して、動かしにくい頬でクッキーをほおばっていた。ちなみにこのクッキーは例の少女たちからの差し入れだ。


「そうそう、このクッキーの缶に手紙が挟まってたんだよ。『レアンナ様。今日はすみませんでした。今日のことでますますディレン隊を尊敬するようになりました。どうかごゆっくり休んでください』ってさ」

「……名前、忘れられてるじゃない」

「……うんまあ、それはいいとして……ちょっと心配してたんだよ。今日のことで、ディレン隊の評判が落ちたらどうしようって」


 確かに手を出したのはあちらが先だったが、レティシアも相手を挑発するようなことを言っていたのだ。そこを詰られ、「騎士団としてあるまじき発言」と指摘されたらどうしようかと、内心ヒヤヒヤしていた。だからこそ、少女たちからの手紙にある「ディレン隊を尊敬するようになりました」の一言は、レティシアにとって何よりも有難かった。


(これなら、名前間違いを帳消しにしてあげてもいいかも)


 なおも納得いかない表情のセレナを見つめながら、レティシアは内心くすっと笑った。

 きっと、もうちょっとすれば、ドアを蹴破らんばかりの勢いでレイドがやってきてくれるだろう。無表情の裏に隠しようのない心配を滲ませて、急いで見繕った果物なんかを持って。


 だって、彼はレティシアの尊敬する「隊長」なのだから。










 レイドを始めとしたディレン隊の見舞いやセレナの気遣いの末、レティシアの頬からガーゼが取れて痣もすっかり引いてきたある日。


「レティシア・ルフト。こちらへ」


 昼食後の魔道実技の授業中、魔道士団長が入ってくるなりそう宣い、レティシアは思わず課題の植木鉢を取り落としてしまった。


 セフィア城侍従魔道士団長アデリーヌ・クワイトは驚く魔道士たちに視線を寄越すことなく、真っ直ぐレティシアに向かって闊歩してきた。机の下に潜り込み、割れた植木鉢を拾っていたレティシアはその場、その姿勢で凍り付いてしまう。


 アデリーヌ・クワイトは、最初の頃はレティシアの思いこみで勝手に敬遠していたのだが、誤解が解けて彼女もレティシアの応援者だと分かった今は、以前よりは肩の力を抜いて話せるようになってきていた。

 それでも、授業中いきなり登場されて名を呼ばれれば恐縮してしまう。


(えっと……何か怒られるようなことしたっけ?)


 この場で説教か……と机の下で威嚇体勢のカマキリよろしく身構えるレティシアだが。


「……植木鉢はいいから、早くそこから出てきなさい。その格好はあまりに品がありませんよ」


 呆れたように魔道士団長は言い、しぶしぶ出てきたレティシアの手を問答無用に掴んだ。そのまま有無を言わさず、レティシアは驚くクラスメートの視線を浴びつつ、廊下まで引きずり出された。

 魔道士団長はレティシアよりずっと背が高いので、歩幅も大きい。高いヒールで颯爽と廊下を歩く魔道士団長に引きずられながら、レティシアはようやっと口を開いた。


「あ、の……魔道士団長……」

「授業中失礼しました。あなたにお客が来たのです」


 魔道士団長は廊下の真ん中で立ち止まり、先ほど植木鉢を割り、埃まみれの床に這いつくばった体のあちこちに土が付いているレティシアを上から下までじっくり眺めた後、ふうっと落胆のため息をついた。


「酷い姿……もう少し早く気付いていれば、きちんとした支度ができましたのにね」

「あの、私へのお客って……」

「事前予約なしで来られたのです」


 言い、魔道士団長はコートのポケットから棒状の物を取り出した。化粧の際に使うブラシに似たそれを、魔道士団長はそれこそ化粧をするようにレティシアの体にぽんぽんと叩きつけてくる。

 どうやらこのブラシも魔具の一種らしい。軽く叩いただけでレティシアの肌や服に付いていた泥汚れがぽろっと剥がれ落ち、昼食の時に付けてしまったケチャップのシミも、まるで瘡蓋が剥がれたかのようにあっけなく落とされてしまった。魔道士団長が棒を振るたびに、レティシアの足元には剥がれ落ちた汚れの固まりが積もっていく。


「相手が相手なのでここでは大きな声で言えません。実際にお会いしてみなさい」

「じゃあ、私の部屋に行けばいいですか?」


 問うと、魔道士団長は「いいえ」と言い、ブラシを構えたままレティシアを見つめてしばし、黙り込んだ。そして今度はポケットからパフのような円盤形の魔具を取り出し、レティシアのローブにその魔具を押し当て、なぞっていく。どうやらこちらの魔具は鏝と同じ役割らしく、パフが触れた部分の皺が伸び、襞が美しく整えられた。


「封魔部屋にお通ししております。今から参りましょう」

「……ふーまべや?」

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