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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第6部 碧空の覇者 
153/188

女王の運命 1

 リデル王国の北、険しい山岳地帯に位置するバルバラ王国。古くから竜王国として栄え、他国とは一定の距離を置いてきたこの国は、代々女王が国を継ぐことが定められている。

 それは、心優しい手を持つ女王が国を守り、ドラゴンを戦のための道具としないため。他国と固い繋がりを持つことも争いを勃発させることもないバルバラ王国は、三百五十年前の出来事以来、一度も戦争をしたことがなかった。


 現バルバラ女王ティカも、この先祖の教えを守り抜いて今日まで生きてきた。愛竜カルティケーヤを側に従え、竜騎士隊という強大な武力を有しながらも、それを戦や他国との交渉の場に持ち込まない。

 あくまでもドラゴンは象徴であり、他国を脅す要因に使わないのだ。


 ティカは先祖の考えに誇りを持っていたし、何よりこの国を愛していた。魔力に恵まれず、一年の大半を深い雪に閉ざされる厳しい環境の国。財産に余裕があるわけでもなく、王族でありながらその他の騎士と同じような生活をする女王。


 彼女は全てを捨ててきた。年若い頃に両親を亡くし、女王の座を継いだその日から、一切の自由を捨てた。未婚ではあるが、自由な結婚もとうの昔に諦めている。

 全ては国のため、全ては――大切なたった一人の家族、妹のため。









 女王は暖炉を焚いた執務室で、公務に勤しんでいた。他国との強力な繋がりはないとはいえ、ここ数年はリデルを始めとした諸国との交流にも参加している。そのため、諸国との国交に関する執務や交易事情も公務に舞い込んできた。

 

 そして現在バルバラ王国で物議を醸しているのが、魔具輸入の是非だった。

 先日、妹王女がリデル王国の首都アバディーンで購入した魔具を送ってきた。あの破天荒な妹のことだから、今度は一体どんなゲテモノを送りつけてきたのか――と王城中の者がドキドキしながら開封したのだが、姿を現したのは小さな箱形の魔具。

 説明書に従って箱に水を注ぎ込むと、しゃぼん玉のような輝く球体がふわふわと箱から浮かび上がってくるのだ。しゃぼん玉はふわりと天井近くまで浮き上がり、まるで硬い蕾が花開くかのように可憐に儚く弾ける。虹色に輝く光の風船に、使用人たちも息を呑んでその光景に見入っていた。


 件の魔具は今も、女王の執務室の片隅でぷわぷわとしゃぼん玉を吐き出している。

 妹が送ってきた魔具。実用性は皆無に等しいが、執務室を訪れる人々の顔を綻ばせ、激務に追われる女王の頬も緩めてくれる。


 ――ノルテ。王族名タニア。バルバラ王国唯一の王女で、竜騎士。ティカ女王の妹で、王位継承第一位。ティカが何よりも守りたいと思う者。


 もし、このままつつがなくティカの治世が続けば。ティカが政略結婚して生まれた娘が次の女王となり、ノルテが王位を継ぐ必要がなくなったら。陽気で明るい妹がアンドロメダと一緒に空を舞い、自分の思う人と結婚できるならば。

 他の何でも、差し出そう。自由も、好きに恋する権利も、全て国に差し出せる。


 ティカは書類に押印する手を休め、デスクの引き出しを開けた。いくつもある引き出しの大半は、仕事用の用具や書類で埋め尽くされている。

 だが引き出しの一番下、最も手が届きにくく周囲からも見つけにくい位置にある引き出しは別だ。


 その引き出しの中は、すっきり整頓されている。きちんと仕切を入れられた中には、色とりどりの封筒が丁寧に収められている。宛先はどれも、女王宛。ただし――宛名には、「ルルト・ユベルチャ殿」と書かれている。


 手紙のひとつをそっと手に取り、裏返す。そこに記載されている差出人名は、どれも同じ。リデル王国アバディーン王城に仕える騎士の名が、丁寧な字で記されていた。

 白魚のような指先でそっと、愛おしむように差出人名を撫でる。

 これは、願ってはいけないこと。女王である自分は、恋に身を任せてはならない。ここに名を記した彼と手を取り合ってゆける未来は、存在しない。


 分かっていた。ティカも分かっていたし、彼も分かっている。分かっていて二人は、いつか引き裂かれる運命の中で、淡い想いを記した手紙を交換しているのだ。

 赤い唇が、青年の名を呟く。その直後――


「ティカ女王陛下。ドメティ公国大公殿がおいでになります」


 それまで部屋の隅にじっと石像のように佇んでいた女性騎士が告げる。彼女は手紙を撫でる女王から視線を反らし、窓の外を見やっていた。どうやら、今日の来客予定者が通ったようだ。

 ティカは「ありがとう」と言い、手紙をしまって立ち上がる。引き出しに鍵を掛け、女性騎士の手を借りて毛皮のコートを羽織る。


「わざわざ遠路遙々南方からご苦労なことね」

「大公殿ご本人は、ドラゴンについての勉学を兼ねてお話を伺いにいらっしゃるそうですが――胡散臭いことこの上ないです」


 着付けの手伝いをしつつ、ずばずば正直に物を言う騎士にティカは力なく微笑みかけた。

 この騎士はティカが女王として立つ前から、竜騎士団員として懇意にしてきた旧知の仲だった。昔から、王女と部下ではなく妹と姉のように接してきた。この二人だからこそ、お互いに打ち明け話ができた。


「滅多なことは言わないことよ、ヴォミ」

「……陛下、ご用心ください。あの大公も他の者と同じく、陛下との婚姻を望んでおります」


 真剣な眼差しで返され、ティカも表情を引き締める。


 バルバラ王国女王のティカと結婚しようともくろむ者は数多い。自身の息子や孫を推す者もいれば、自分自身を売り込む者もおり、はたまた今回のドメティ大公のように、後妻としてティカを娶ろうとする者もいる。


「忠告ありがとう。何度も言っているように、わたくしはそうやすやすと己を売る真似は致しません。今回の場合、ドメティ大公と縁を結んでもわたくしたちにとって何の利益もなく――むしろバルバラの信念を揺るがすような場合、断固としてお断りします」

「陛下……」

「いつも気遣ってくれてありがとう」


 なおも心配顔の部下に微笑みかけ、部屋を出かけたティカはふと、部屋の中央で足を止めた。


「……これも何度も言っていることだけれど、もしわたくしの身に何かあれば……」

「……例の三点でございますね」


 皆まで言わせずヴォミは言い、胸の前で右拳を固めるバルバラ竜騎士団のお辞儀をする。


「お任せを。わたくしは女王陛下のお言葉を決して、違えません」

「……ありがとう。頼んだわ、テューメイ」


 艶やかで――それでいて今にも儚く砕け散りそうな笑顔を浮かべる主君に、テューメイ・ヴォミは深く頭を下げた。

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