スライム枕
すいません!
午後からは交代したイリヤとアリューシャから冒険話を聞く中、俺はとある生物を発見した。
「……スライムだ」
「そうですねー」
魔物がいるというのに全く動じないイリヤ。
それも当然のことで、スライムとは非常に動きがのろい魔物で危険度も低い。
一応雑食で何でも食べるのだが、人間を溶かすほどの力もないのだとか。
基本的に生き物の死骸や、落ちた木の実、木片や雑草と片っ端から取り込んでゆっくり消化するらしい。
人間の顔に張り付かれたら取るのが困難……ということなく、簡単に引きはがせる。
その時はヌメヌメとした液体が顔についてしまうのだが、とにかく危険度が低いのでこの世界でスライムに負けるのは赤子くらいとも言われている。
今まで地味に見た事が無かったのだが、この世界では脅威となる魔物の知識は必要となるので、エルナ母さんやノルド父さんに叩き込まれていたのだ。
そりゃ、人を襲ったりする危険生物の事を知らないなんて、無防備にもほどがあるからな。
この世界での勉強の中で、魔物についての授業が一番好きだったりする。
ゲームにいるようなスライムやゴブリンのファンタジー生物のお勉強なのだ。俺からすればゲームの解説書や設定を聞いているようだった。
俺はジリジリと草原から馬車へとやって来る、スライムにマジックで使った石ころを投げる。
放物線を描いた石ころは見事にスライムに命中。スライムは身体をモゴモゴと動かし石ころを取り込んでいった。
青っぽい体の真ん中には石ころの姿が見える。
「……本当に雑食なんだ」
石ころから栄養なんて摂れるのだろうか。
鉱石とか与えていたら鉄分豊富になりそうだな。
それにしても……。
「あのスライム、洗って滑りを落としたらいい枕になりそうだな」
「ええ? アルフリート様は変な事を考えますね」
「たまにいるんですよね。妙にスライムを可愛がったりする人が。王都にはスライムを専門に研究する研究所もあるんですよ」
俺の何げなく呟いた言葉にイリヤとアリューシャが反応する。
何それ、ちょっと覗いてみたい。だってあいつらプルプルして可愛いじゃん。
触ったことないけど、ちょっと弾力がありそうだ。
「革の袋に詰めて冷やせば、弾力のあるヒンヤリ枕とかできそうだな……」
「「…………」」
俺がそう呟くと二人は想像したのか真面目な表情になる。
「夏とかに弾力あるヒンヤリ枕で眠れば気持ちいいだろうなぁ……」
的確な使い方を言うと、二人から喉を鳴らすような音が聞こえる。
あ、でも俺の場合水を詰めて氷魔法で冷やすだけで十分な気がする。いや、でもそれだけではきっと心地よい弾力を味わうことができないであろう。
べシャリとなるのではなく、軽く押せば反発するような適度な硬さ。それでいて吸い込まれるような柔らかさが欲しいのだ。
「ちょっと実験用に捕まえてみようかな」
「そ、そうですね。私は水魔法が使えるので捕まえてきます!」
俺が呟くと、アリューシャが麻の布を持って馬車から降り、スライムの下へと駆け出した。
「おい! アリューシャ何してんだ? スライムくらいほっとけよ」
「アルがまたマジックでもすんのか?」
「お? 本当か? 今度はスライムを消すのか?」
後方の護衛となったアーバイン、モルト、ルンバであろう声が聞こえる。
馬車から急に下りれば、そりゃ注目を集めるわな。
「ちょっとした実験よ。気にしないで」
そう言うとアリューシャは、ワニに布を被せるハンターの如く、スライムへと袋を被せた。
それから流れるような動きでスライムを袋へとすくい入れて、こちらへと戻ってきた。
「何だあいつ? 袋にスライムを入れやがったぞ? いい歳こいてスライム虐めでもする気か?」
「懐かしいな。昔よくやったなー」
浦島太郎の亀のように棒で突く姿が想像できる。
それから後方の野郎共は昔話へと移行したのか、懐かしそうに喋り始めた。
ちょっと楽しそうだな。
「スライム持ってきました!」
馬車へと戻ってきたアリューシャが、目を爛々と輝かせて袋を掲げる。
「おお! この弾力!」
俺がツンと人差し指で突くと、陥没して包み込むような柔らかさ。そして、少し反発するような硬さがあった。
これは凄い! スライム枕、いけるかもしれない!
「……袋ごしに触ってみると、結構いいかもしれないです」
イリヤが白い頬を僅かに桜色に染めながら突く。
しかし、麻の布には液体の耐性がないのか、生地がじんわりと水を吸収して茶色く染まる。繊維の隙間から少しヌメッとしたものが出てきた。
うわ、ぬるぬるだ。
もっと水に耐性のある革とかがいいな。村人達が革に水を入れて水筒代わりにしているのを見た事がある。トリエラ商会の荷物の中にもそういう革があるかもしれない。
「ちょっと水に強い革がないか、聞いてくるから水魔法で洗っておいて」
俺はそう言って、馬車から降りてトリ―の下へと向かう。
「トリ―! 水に強い革ってない?」
俺が前方にある馬車の扉を叩くと、トリ―がカーテンと窓を開けて顔を出してきた。
「水に強い革っすか!? 一体どうしたんっすか?」
驚くトリ―の後ろにはクールな印象を受ける女性がいる。トリ―の秘書か何かだろうか。
羨ましい。あんな仕事ができそうな人がいれば、働かなくても養ってくれそうだ。
「ちょっとスライムを入れてみたくて」
「スライムっすか!?」
俺の発想に驚いたのか、トリ―が目を剥く。
「いや、スライムを枕にしたら気持ちいいかなって」
「その話詳しくするっす!」
そう言ってトリ―は扉を開けて室内へと招いたので、俺はスライム枕の可能性を説いてみる。
「相変わらず発想が斜め上をいくっすねぇ。まさか魔物であるスライムを枕にしようと考えるなんて……」
そう言われると、魔物を枕にして寝るって中々度胸があるのかもしれない。
「枕にしたらいい弾力かなーって」
「寝ている間に出てきたりしないかが不安っすけど、実験してみるっすよ! 確か、売り物の中に耐水性の魔物の革があったはずっすよ」
意気揚々と出ていくトリ―。
怖い事を言わないで頂きたい。寝ている間に枕から出てきて、とりつかれるとかホラーすぎる。
本格的に作る際は出てこられないように、きっちりとしてもらおう。
「紅茶でもいかがですか?」
「もらいます」
秘書さんに淹れてもらった紅茶を飲みながらトリ―を待つことしばらく。
「持ってきたっすよ! 早速やってみるっす!」
トリ―が扉を叩いて叫ぶので、秘書さんにお礼を言ってから自分の馬車へと戻る。
「あっ、スライム洗い終わりましたよー」
スライムを触って滑りが付いてしまったのか、念入りに手を洗っているアリューシャ。
スライムは身体の中心に取り込んでゆっくり消化するので、特にスライムに触ると皮膚が溶けるということはないのだ。
「こっちがブルーアリゲーターの革で、これがアクアハウンドの革、ルドロスの革。これらが水に強いっすね」
という感じに並べていくトリ―。
「……ブルーアリゲーターはないかな」
もろ、ワニの革なのだ。これに頭をつけて寝るというのはちょっと遠慮したい。
スライムを頭にしいて寝ようとしている自分が言うのもあれだけど。
「水棲の魔物で水の耐性はいいんすけど、見た目と肌触りがちょっと悪いっすね」
となると、残りの二つか。
アクアハウンドの革。狼系の魔物の皮であり、薄い水色の革でぶよぶよしていて柔らかい。
ルドロスの革。話に聞くとオットセイのような動物の皮らしい。黄色くて厚く、弾力がある。
「よし、とりあえずスライムを詰めてみよう」
少しビビりながらスライムを触ってみる。
おー、滑りがほとんどなくなっている。突けばズムッと指が入り弾力がある。
心無しか水で洗われてスライムの反応が鈍くなった気がする。
水で滑りを取られると弱るとかあるのだろうか。
ペチペチと確かめるように叩いてから持ち上げて、アクアハウンドの革に詰める。
デロリとした重さが革の中に入る。結構な重量感だ。
それから早速とばかりにトリ―が紐で縛り、即席の丸い枕を作り上げる。
完成品には念入りに縫ってしまった方がいいだろうが、今は実験段階だ。
付近にスライムの姿が見当たらないので仕方があるまい。そのうち出会うだろうが。
即席のスライム枕を床に置いた俺は、早速とばかりに頭を敷く。
「おお!」
皆が少し不安そうだが、どこか期待した表情で覗っている中、俺は驚愕の声を漏らした。
アクアハウンドの特有のゴム的な感触は肌触りが良く、中に入っているスライムの弾力と相まって肌に吸い付くようだ。程よい硬さを持つスライムは、俺の体重を見事に吸収し、包み込むようでいて気持ちがいい。元の形に戻ろうと押し返す力があるのが弾力の秘訣なのだろうか。
「ど、どうなんすか?」
「……気持ちいい」
トリ―の質問にリラックスしたような声で答える。どうしよう、屋敷の枕じゃ眠れなくなっちゅう。この子がいないと生きていけない身体に……はならないな。木の上とか草原とかどこでも寝ちゃうし。
「トリ―もどう?」
弾力あるスライム枕から何とか身を起こして、トリ―に勧める。
「それじゃあ、試させてもらうっす」
トリ―は迷う事なく返事した。
イリヤとアリューシャは不安の様子が晴れて、期待の表情が強くなっていた。
手を握ってハラハラとした様子で、寝転ぶトリ―を眺めている。
「…………ああ、この感触……たまんないっすねー」
恍惚とした表情で、だらしない声を漏らすトリ―。
「つ、次は私!」
それを見て我慢できなくなったのか、アリューシャが急かすようにトリ―をどかす。
それからアリューシャは髪を整えてから、ゆっくりと寝転び。
「ひゃあっ!」
可愛らしい悲鳴を上げた。
「ど、どうしたんですか! アリューシャ!」
「いや、そのちょっと……思っていたよりも気持ちが良くて……」
心配するイリヤの声に、恥ずかしかったのか頬を少し染めながら答えるアリューシャ。
あの感触ならば驚くのも無理もない。
「アリューシャ! 交代してくださいよ!」
「嫌よ。このスライムは私が捕まえて、洗ってあげたの。もう少し堪能する権利があるわ」
アリューシャとイリヤが交代で言い争う中、俺とトリ―は真剣に話し合う。
「……トリ―、これはいけるぞ」
「いけそうっす。でもスライムは魔物っすから十分に検証しないといけないっす。まずはしっかりとした革を選んで良い入れ物を作る必要があるっす。肌触りは勿論、絶対にスライムが出てこられないようにする必要があるっすね」
確かに誰でも倒せるスライムといえど魔物。慎重に取り扱う必要がある。
「色々数を揃えて実験だね。ルドロスの革も試したい」
「もっとスライムを捕まえるっすよ! アリューシャさん、イリヤさん、頼めるっすか!」
「わかりました!」
トリ―が振り返って頼むと、アリューシャとイリヤが外へと飛び出した。
二人共大変気に入ってくれたらしい。
「おい、今度は二人共外に出てどうしたんだ?」
後方の三人が、慌てて飛び出す二人を見て訝しげに声をかけた。
「魔物の姿でも見えたのか?」
「ここにスライムがいるだけだぞ?」
「「ああっ! スライム!」」
そんなアーバインの声を聞いて、アリューシャとイリヤが駆け出していくのが窓から見えた。
「何だよ、お前ら。スライムを見ただけで血相を変えやがって」
「いいから、そのスライムこっちに寄越して!」
「はあ? 嫌だよ。このスラリンは俺達の相手をしてくれるんだ。後からきて横取りすんなよお前はガキ大将か。スライム虐めの次はカツアゲか?」
「アリューシャが不良になったぞ!」
などと賑やかな声が聞こえてくる。
それから事情を説明したのか、ルンバを備えとして残して、銀の風の冒険者がスライム狩りを行った。
平原や森へと散っていく銀の風はとても楽しそうだった。
キッカにたどり着けませんでした! 次はたどり着きますので!
まさか、スライムを見かける日常だけのはずが……。




