頼りになる護衛
「カグラってどこよ?」
「カグラってどこだ?」
新たに加わったエリノラ姉さんとルンバのために再びトリーがカグラについて説明。
今日だけでカグラについて三回も説明するだんてトリーも大変だな。カグラについて説明するのが上手くなっており、要点がまとまっていたよ。
「おお! そこに米があるのか!」
どんぶりものの料理が好きなルンバは、カグラの食文化の方に興味津々のようだ。
トリーにどんな料理があったんだと、細かく聞いているようだ。
「刺身? 魚を生で食うのか?」
「そうなんすよ! 赤い魚の肉を生で出された時は驚いたっす!」
俺もちょっと気になるんですけど。詳しく聞きたい。
「大体どんな国かわかったけど、どうしてアルまでそこに行くのよ? 外国よ? 王都よりも遠いのよ?」
意識がトリーとルンバの話に向かう中、エリノラ姉さんが眉をひそめながら聞いてきた。
「だから、カグラっていう国に興味があるからだよ。見に行って直接買いに行きたいんだってば」
「……いつも引きこもっているアルが、遠くに行きたいって言うだなんて珍しいわね」
「本当よねー」
エリノラ姉さんの言葉にエルナ母さんが同意するように言う。
俺ってば別にそんなに引きこもりじゃないと思うのだが。
屋敷の庭に出たり、トールとアスモと村で遊んだり、セリア食堂にだって行ったりするし。
隣の村とかは……行った事ないな。
「本当は稽古をサボりたいだけなんじゃないの?」
おー、カグラに行くとそんな利点までもあったのか。というかやめてエリノラ姉さん。
ほんのちょっと前向きだったノルド父さんが少しムッとした表情をしているから。
「違うよ。サボるんだったら堂々とサボるよ。わざわざ長い旅をしてまでサボらない」
それに一回サボったら次がきついから迂闊に逃げられないんだよ。精々許されるであろう遅刻の範囲を正確に見極めて抵抗するだけだ。
「まあ、それもそうね。……私がいるからサボらせないけど」
納得したようにエリノラ姉さんが頷く。
本気でサボろうとしたら転移で王都に逃げるしかないと思う。
というか今は稽古の話ではない。
ノルド父さんとエルナ母さんからカグラに行く許可をもらわないといけないんだ。エリノラ姉さんに構っている場合ではない。
「ねえ、いいでしょ? Bランク冒険者もいるしいいじゃん。俺だって魔法を使えるから大丈夫だよ!」
「王都の道中で、アルが魔法でゴブリンを倒しているのは見たけど、海の旅はそれ以上に危険だしねぇ」
安全面の問題は大丈夫だよと訴えかけるも、ノルド父さんの反応は芳しくない。
ゴブリンごときでは物足りないご様子。もうひと押し出来ればいいのだが……。
俺が心の中で唸っているなか、食べ物の話が終わったのかルンバが口を出した。
「ん? 危険って護衛がいるんじゃないのか?」
「勿論いるっすよ。護衛を専門にしている冒険者でBランクパーティー。『銀の風』っすよ。信用できる方達っすから、よく護衛を頼むッす」
「それってモルト達のパーティーか?」
「そうっすけど。知り合いっすか?」
「おう! あいつらは俺が可愛がってた奴等だぜ! 面白い奴等だろ?」
ガハハと笑うルンバ。
どうやら『銀の風』はルンバの後輩にあたる冒険者さんらしい。
それなら尚更安心できるじゃないか。
なのだがノルド父さんの口から許可の言葉は出ない。
「どうしたんだよノルド? あいつらがいれば大丈夫だぞ? 実力はあるぞ」
実力はっていう単語に疑問を抱いたが、不利になるので何も突っ込まないでおく。
「それでも、海は何かと予期せぬことが起きやすいじゃないか。大嵐だってあるし、魔物だって陸よりも厄介なやつが多い」
「そんな事心配していてもしょうがないだろ。何があるかわからんのは地上にいても同じだ。第一アルの魔法の腕前があれば簡単に死なないぜ?」
正直、命の危機に陥ったとしても転移で帰ってこられるので危険はない。
シールドや氷魔法を使えば海面だって歩けるし、船の上で魔物との戦闘になっても魔法には割と自信があるために、いい戦闘力になると思う。
「そんなに心配なら、俺がアルについていってやってやるよ」
「ルンバが?」
ルンバの一言にノルド父さんが顔を上げる。
ルンバさん本当ですか! ルンバがいたら怖いもんなしなんですけど。
俺にはルンバが魔物にやられたりするイメージが全く湧かない。どんなにピンチになってもガハハと笑って乗り越えそうだ。
「おう!」
「やった! ルンバがいれば安心だよ!」
「普段マイホームに住ませてもらったり、美味い飯を食わせてもらってるお礼だ。何かあっても守ってやる!」
グッと親指を立てるルンバ。
あらやだ。ルンバってこんなに素敵で頼りになる殿方でしたかしら。
ルンバをマイホームに住まわせていて良かった。
「……ルンバがいるならいいんじゃないかしら? アルが前向きに行動するのは珍しいことよ」
「……うーん、ルンバがいてくれるなら大丈夫かな?」
よっしゃ! ルンバが同行してくれる事で二人の意見が前向きになった。
ルンバにはかなりの信頼があるらしい。冒険者の時にはパーティーを組んだことさえあるって言っていたしな。
というかエルナ母さん。それじゃあ、俺がいつも前向きに行動してないみたいじゃないか。
いつもは欲望のためか、楽をしたいが故の行動か。
人間って皆そんなもんだろとも思ったのだが、今回はそれを抜きにして純粋にカグラという国を見たい気持ちが強い気がする。
エルナ母さんはそこらへんを見透かしていたのだろうか……。
それからノルド父さんとエルナ母さんが言葉を交わし、考え込んでから一言。
「……うん、ルンバが同行してくれるならいいよ」
「やったあ!」
ノルド父さんの許可が貰えたことで、俺はソファーから立ち上がって両腕を上げる。
「ルンバありがとう!」
「へへへ、任せとけって」
それから感極まってルンバに駆け寄ると、ルンバが俺を抱き上げて肩車をしだした。
おお、二メートル近い人の視線はこんなにも高いものなのか。
「それならあたしも行く!」
俺がルンバに肩車されて喜ぶ中、静観していたエリノラ姉さんが不満げな声を出して立ちあがった。
エリノラ姉さんが来てくれたら更に安全なのだが、それは過剰戦力というものである。
カグラでの観光を満喫するために、できれば同行はご遠慮願いたい。向こうではゆっくり過ごしたいんだ。
「駄目だよ。エリノラは王都に行って騎士団の人と稽古をするじゃないか。既に了承の返事を送っているし、せっかく誘ってくれたライラさんに失礼だろう?」
駄々を捏ねるエリノラ姉さんをノルド父さんが諌める。何とエリノラ姉さんには既にご予定があるではないか。
エリノラ姉さんは王都の騎士になる予定だけど、入団するのは来年だったはず。
それなのに稽古に誘ってくれたって事は、騎士の誰かが優秀なエリノラ姉さんに目をつけているってことであろう。
ごくたまに騎士っぽい人が屋敷に来て、エリノラ姉さんと稽古しているのを見た事があるし。青田買いのようなものか。
「うっ! そうだけど……」
痛い所を突かれたエリノラ姉さんがしょんぼりとする。
そのライラさんに誘われた稽古が先の予定なのだし、優先せざるをえないだろう。将来にも関わる事なのだし。
最近は妙に機嫌がいいと思っていたら、そんな予定があったのか。
とにかく、これで俺はルンバと平和にカグラで観光をすることができるってことだな。
俺は早速、カグラへ行くべく荷物を纏めるのであった。
オッサンと観光に行く主人公がどこにいるだろうか。ここです!




