カグラに行きたい
まさかのまさか。お米がある場所は俺達が住んでいる大陸とは違う大陸であった。
海を渡った別大陸にある国、カグラ。
その国はお米を主食としているために、たくさんのお米があるとの事。
海に面している国のため漁業がとても盛んで、魚料理が大変美味しいらしい。
もう、これだけでも行く価値があるではないか。
「黒髪、黒目の人が非常に多くて独自の文化を持っているっすよ」
「おお!」
トリーの言葉に俺は興奮した声を上げる。
衣食住とミスフィリト王国とは全く違った文化を持ち、屋根瓦、着物、カグラ料理という和風な料理があるようだ。
まさか西洋ファンタジーなこの世界に、和風の文化を持つ国があるだなんて。アルフリート感激。
何としてでも直接足を運びたい。
カグラっていう名前から和風文化があるのではと思っていたが、本当だったのだ。
「アルフリート様、カグラの話になってからテンションが高いっすね。お米の時もそうでしたっすけど……」
一人喜ぶ俺をトリ―が不思議そうに見ているが気にしない。この喜びは俺にしかわからんよ。
「それで、ここからどうやって行くの?」
おずおずと聞くと、トリーが顎に手を当てて考え込む。
「……そうっすねー。コリアット村は山に囲まれているっすから、一旦西に行って北上する必要があるっすね」
うん、わかりづらい。なので、紙と羽ペンをトリーに渡して書いてもらうことにした。
トリーに書いてもらった簡単な地図を見ると、コリアット村から西に行き、キッカという都市から北上し、アルドニア王国に入る。
そこから東へと行って港町エスポートへと向かい、そこから船に乗ってカグラに行くらしい。
「日数は、キッカまで馬車で三日。そこからエスポートまで四日。さらにそこから船の旅で一週間っすね」
トリーはあくまで大体の目安だと付け加えて話す。
片道で二週間。往復で一カ月かかるじゃないか。遠い、王都に行くよりも二倍以上の日数がかかる。さすがは外国。
今が六月の中旬。カグラに一週間くらい滞在して帰ってきた時には夏だな。
時間が経つのは早いものだ。それから二カ月ちょいしたらもう収穫祭じゃないか。
トールと出会ったあの日からもうすぐ一年になるのかと言われると、全くそんな気がしないな。
いや、何でヒロインと出会ったあの日を……。みたいな感じでトールに置き換えたのだろう。気持ち悪いな。
ここは美しいエマお姉様と出会ったから一年としておこう。確か今はエマお姉様と出会ってから大体一年だ。そう考えるととてもロマンティックだ。
そんな風に考えていると、トリーから声がかかり現実に戻される。
「片道二週間っすけど本当に一緒に来るんっすか? こっちはカグラに行く予定なんでアルフリート様が同行しても問題ないっすけど、外国となるとノルド様たちが反対しそうっすよ?」
ここまで聞いて、俺にカグラに行かないという選択肢なんて既にない。
絶対にカグラに行って、いつでも転移できるようにするんだ。
もしかしたら醤油や味噌だってあるかもしれない。
そうすれば、俺の食の幅は大きく広がり生活はさらに豊かになる。
味噌汁、焼き鳥、蕎麦、団子……。考えるだけで止まらない。
「絶対行く。ノルド父さんとエルナ母さん呼んでくるから、ちょっと待ってて!」
俺はソファーから立ち上がり、ノルド父さんとエルナ母さんを呼び出して説得するべく走り出した。
◆
リビングのソファーでだらしなく寝転んでいるエルナ母さんを捕まえて客室へ、執務室で書類を書いているノルド父さんを捕まえた俺は再び客室へと戻った。
「それで、急にどうしたのアル?」
全員がソファーに座ったところで、エルナ母さんが口を開く。
勿論、先程のようにソファーを占拠するようにはしたなく寝転んでいたりはしないし、パン耳スティックを齧ってはいない。
いつになく真剣な俺の様子に若干二人とも戸惑い気味だ。というか何か身構えている感じがする。
何だろう。また俺が何か変なことしだしたり、変な事を言おうとしているのだと思っているのだろうか。少し心外だ。今回も真面目な話だというのに。
俺はその意志を伝えるべく、エルナ母さんとノルド父さんの目をしっかり見据えて言う。
「カグラに興味があるのでトリエラ商会と一緒に行ってもいいですか?」
俺の言葉を聞いたエルナ母さんとノルド父さんが、神妙な顔つきでお互いの顔を見やる。
「カグラ? 聞いた事はあるわねえ」
「確か東にある国だったよね。お米を仕入れた国もそこだって、トリエラに聞いたよ」
「あっ、そうだったわ」
首を捻るエルナ母さんに、ノルド父さんが説明すると思い出したようだ。
それだけでは不十分なので、トリーが先程のようにカグラがどのような国なのかを軽く説明する。
それが終わったあとで、改めて俺は言う。
「というわけでカグラに行きたいんだ!」
「いきなり、私のことを母上とか呼ぶから何を言うのかと思ったわ」
エルナ母さんはどこか納得したのか、落ち着いた様子で紅茶に口をつける。
「トリエラに買ってきてもらうのじゃ駄目なのかい? 僕もお米は大好きだから買ってきてもらうことは賛成なのだけれど……」
「カグラに行くには海を渡らないといけないのよ? 凄く遠いわよ?」
おっと、いきなりのお二人からの口撃。
トリエラ商会が一緒とはいえ、七歳の子供が異国の地へと行くには反対らしい。
いきなり否定的な意見が出た。
しかし、それでも……。それでも俺は行きたいのだ。
「……それでも行きたいんだ」
真剣な眼差しで二人を見つめると、エルナ母さんが左手を俺の頬へと添えて撫でだした。
おお! これは俺の真剣さが伝わって、許可をあげちゃう的な!
優しげなエルナ母さんに期待して目を輝かせると、エルナ母さんが俺の頬をギュッと抓った。
「い、痛い!?」
「……偽物ね。アルがこんなに生き生きとした目をするはずがないわ。うちのアルはもっと死んだような目をしていて、もっとふてぶてしい顔をしているのよ」
「ふぉ、ふぉんものだって!」
全く失礼な母親だ。自分がお腹を痛めて産んだ子供だというのに疑うだなんて。
地味にノルド父さんも反対側から俺の頬を引っ張っているのがショックだ。
「……どうやら本物みたいだね」
「そうね」
俺が涙目で弁明していると一応は納得したのか、手を離す二人。
「トリーの商会にはBランク冒険者がついているから道中も安全だよ。だからいいでしょ?」
俺が二人を安心させるべく、切り札の一枚を切る。
しかし、二人とも難しい顔を浮かべて。
「……駄目よ」
「えー!? いいじゃん! 揚げパン! ラスクの蜂蜜漬け! カステラ!」
未知の甘味であろう、カステラに一瞬反応したエルナ母さん。
「駄目よ。今回は魔導コンロのように簡単なことじゃないのよ? 旅先は危険だし、海にだって魔物が――」
「アイスクリーム! プリン! 串揚げの盛り合わせ!」
「そ、そそ、それでも駄目よ?」
揺れてる。連続で出てくる未知なる甘味と、この間勿体ぶって出した串揚げが効いているな? エルナ母さんが串揚げを気に入ったことを把握した俺は、あえて理由をつけて少量しか出さなかったのだよ。こういう時に備えて。
エルナ母さんは動揺を誤魔化すかのように紅茶をすする。
「アルフリート様。カステラとアイスクリームとプリンって何ですか?」
いつの間に控えていて近付いたのか、ミーナが俺の耳元で囁く。
「俺も気になるっすよ」
そして隣がやかましい。
やかましい二人を引き離していると、ノルド父さんが口を開いた。
「うーん、Bランク冒険者でも心配だなあ。海だし」
そりゃあ、ドラゴンスレイヤーに比べればほとんどの冒険者では心配ですよ。
「『銀の風』は護衛を専門にこなす冒険者パーティーで、航海での戦闘経験も豊富っすよ」
トリ―が俺のフォローをするがノルド父さんの表情は芳しくない。
どうしても父親として心配なのだろう。
「う―ん、僕が付いていってあげたいけど、一カ月も領地を離れるのは無理だし」
くそー! シルヴィオ兄さんがさっさと領地を継いでくれれば、超強力なドラゴンスレイヤーが護衛にきてくれるのに。
はっ、そうだ。エルナ母さんが来てくれればいいじゃないか。
「……さすがに一カ月も旅をするのは嫌よ。王都に行くよりも疲れるじゃないの」
期待の瞳でエルナ母さんを見つめるが駄目だった。エルナ母さんは結構な旅嫌いだしな。
王都に行くのにもパーティーがなくても行くのが嫌だと言っていた。
俺だって転移がなければ絶対に行きたくない。さらに移動距離が二倍で海を渡るとなればなおさら嫌だな。コリアット村が最高すぎる。
ノルド父さんとエルナ母さんが難しい顔をして、駄目オーラを出す中。
「あ、アルやっぱりいた」
「おお! トリエラにノルドもエルナもいるぞ。勢ぞろいだな」
帰ってきたエリノラ姉さんと、遊びに来たであろうルンバが客室に顔を出した。
またややこしいのが。あとルンバさん、シルヴィオ兄さんがいませんよ。
カグラが楽しみです。
『俺はデュラハン。首を探している』
よければ一読してみてください。
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