お米がない!
「米がもうない!」
マイホームのテーブルにて俺は突っ伏しながら血を吐くように呻いた。
米がもうない。ないんだ。
トリ―がどこかで買い付けたというお米を貰ってから約一年。俺一人で食べる場合だったら一年はもつはずだったが、大飯食らいのせいでビックリする勢いでなくなった。
「ふぉめがぼうだいのか!?」
「飲み込め! 飲み込んでから喋れ!」
大飯食らいの一人であるルンバが、卵かけご飯を口一杯にかっ食らいながら喋った。
そのせいかテーブルのあちこちにご飯粒が飛び散って汚い。
もぎゅもぎゅと口の中のものを噛みしめて、ごくりと飲み込んだルンバは改めて口を開いた。
「米がもうないのか!?」
「そうだよ。もうすぐなくなる」
「それは困るぞ! 特にドンぶりは俺の大好物だというのに! ……母ちゃんご飯お代わり大盛りで。あと生卵も」
「はいよ。たんとお食べ……って何で俺がこき使われてるんだよ!?」
余りにも堂々とお茶碗を渡されたから、ついよそってしまった。
俺はこいつの母ちゃんか!
「屋敷ではいつもそうだろうが。メイドがいるのにエリノラにこき使われて。昨日なんて何でアルがエリノラのタオルを準備してたんだよ?」
「いや、何か氷魔法で冷やしたタオルが運動後には気持ちがいいからって……」
何となく苦い表情をしながら大盛りにしたご飯と生卵をテーブルに置いてやる。
気付けばルンバのコップには水がなくなっていたので、水魔法で入れてやり、さらに氷魔法で氷を入れて冷やしてやる。
「…………アルってば便利だな。一家に一台欲しいな」
「人を便利道具みたいに言わないでもらいたい」
こういう細かい気づかいはエリノラ姉さんの相手をしていると、自然に覚えた気がする。
いかに相手の機嫌を良くして最悪のケースを回避するか。
相手の求めている事を把握し、常に尽くすのだ。
そうすればエリノラ姉さんが快適に過ごして、たまに稽古を忘れてくれることがあったのだ。
今の俺なら将来職がなくても執事くらいできる気がする。
紅茶の美味しい淹れ方も教えられたし。後は作法くらいか。
作法だけは及第点だが、どうにもシャンとしないとエルナ母さんに言われるのだが……。
まあ、そんな事はどうでもいい。今はそれより米だ。
「このままだと一カ月以内になくなる」
非常用に数キロ空間魔法で収納しているが、それはノーカウントだ。非常用なので。
「確か、米はこの村にはないんだろ?」
コリアット産の濃厚な卵を割って、ぐりぐりとスプーンで混ぜながらルンバが尋ねる。
「そうだよ。トリーがどこかから買ってきてくれたんだ」
「なら、トリーにまた買ってきてもらおうぜ。最近アイツってば儲けているようだし簡単だろ?」
確かにトリーの商会はここ一年で急成長して大きくなった。
多くの貴族や王族までもお得意様になったようだし、一年前よりも多くの米を買いつけることができるだろう。
だけど、米がある場所へ行くなら直接俺が買いに行きたいのだ。一度でもその場所に行けば、空間魔法の転移でひとっ飛びすることができるのだ。
なので、今度は俺が出向きたい。
「一応手紙を出したんだけど、本人が来てくれるだろうか?」
さっさと来ないと将棋をラザレス商会に売らせるって手紙に書いたんだけど……来てくれるかな。
俺の心は目減りしていく米のせいでドキドキである。これほどまで他人の返事が待ち遠しい時があっただろうか。
「ん? ここに来る前に商会の馬車を見たから、トリーが屋敷に来てるんじゃないか?」
「それを早く言えよ馬鹿!」
サラッと重要な事を言うルンバを尻目に、俺はマイホームから屋敷へと駆け出した。
◆
屋敷に入るなり玄関で迎えてくれたトリー。
「アルフリート様待ってたっすよ! あれ? さっきエリノラ様がマイホームへと向かったんすけど入れ違いになったっすかね?」
キョロキョロと首を回してエリノラ姉さんを探しているようだ。
マイホームから駆け出した俺は、時間が惜しいとばかりに転移を使ったのだ。
なので入れ違いになってしまっても仕方があるまい。
「というか、今日は誰にもマイホームに行くなんて言ってなかったんだけど?」
空間魔法で収納した食材の管理をするためにマイホームへ向かったので、今日は誰にも行先を伝えていない。
お昼前になってルンバが急に帰ってきただけだ。
「いやー、だから困ってたんっすけど、何かエリノラ様が『今日はマイホームにいる気がするから連れてくる』って言って……」
苦笑いをしながら答えるトリー。
相変わらずエリノラ姉さんの勘がおかしい。
トールやアスモと遊んでいる。平原でお昼寝。セリア食堂。ローガンの家、川、森の中、といった風にたくさんの場所があるはずなのだが。
どうして一発でマイホームだとわかったのだろうか……。
まあ、そんな事はどうでもいい。エリノラ姉さんの事は放っておいて米の話だ。
「まあ、エリノラ姉さんならそのうち帰ってくるよ。いつもの客室で話そう」
そう言って、トリーを客室へと案内する。
「早速だけどトリー。手紙は読んでくれたかな?」
サーラが淹れてくれた紅茶とお菓子を摘まみ、十分に落ち着いたところで尋ねる。
「いやー、ビックリしたっすよアルフリート様。お米がなくなるのはもう一年先だと聞いていたんっすけど」
……何だろう。この回りくどい言い方は。相手の腹を探るような言葉回しだ。
何か王都のパーティーで出会った貴族達と同じ匂いがする。
「予想以上にうちの家族がお米を食べちゃってね。もうないんだよ」
「それは、またスパゲッティのような変わった料理で?」
いつも通り言った言葉なのだが、トリーの目が細くなる。
「…………ねえ、このやり取り貴族を相手にしているみたいで面倒くさいんだけど」
「あはは、やっぱアルフリート様はアルフリート様っすね! 王都のパーティーに行っても変わらないっすね」
俺が面倒くさいと一刀両断すると、トリーが肩の力を抜いたように笑う。
あっ、いつもの間抜けっぽいトリーだ。
「最近はどうもこういうお貴族様相手の商売が多くて。すいませんっす」
いや、お貴族様相手に「っす」っていう言葉を使っている図太い奴でもそういう苦労があるのか。
さすがに王族相手にその語尾は使ってないよな?
「それよりもアルフリート様、聞いたっすよ?」
「何を?」
トリーがにやりとした笑みを浮かべて身を乗り出す。
嫌な予感がする。ちょっとトールに似たいやらしい笑みの浮かべかただ。
「パーティーでシルフォード家の次男とトングで剣舞をしたとか、ミスフィード家の次女と婚約したとか噂が……。ラーナ様って四歳ですよね? アルフリート様は手が早いっすね!」
「違うから! どっちも違うから! あれはちょっと肉を取り合った可愛らしい喧嘩みたいなものだ。あとラーちゃんの事は誤解だ」
これは明らかに俺を陥れるための悪評だ。きっぱりと否定しておかなければならない。
「子供の喧嘩にしてはガチだったらしいっすけど、アルフリート様は王都に行っても変わらないっすね」
無礼者って言いたいなら無礼者ってハッキリ言って欲しい。
「で、婚約の方は?」
「勿論誤解。あの場にいた貴族なら皆知ってるはずだよ」
「そうっすよね? アルフリート様が婚約なんてするはずがないっすよね。いやー、最初に噂を聞いた時は焦ったっすよ」
……何だろう。これはこれで腹が立つ反応だ。
その言葉の中にはシルヴィオ様やエリノラ様はともかくっていう言葉が入っている気がする。これは俺の被害妄想なのだろうか。
「それより、お米の話! お米の話だよ!」
楽しそうに笑うトリーを尻目にテーブルをバンッと叩く。
これ以上王都の話を突かれては、こちらが不利になりそうなので切り上げるのだ。
「あ、そうっすね。アルフリート様の話は面白いっすから、つい」
「手紙にも書いた通り、お米がないから買いに行きたいんだけれど」
「買うんじゃなくて買いに行きたいってことっすよね?」
トリ―が察しよく言葉を返す。
そう、トリエラ商会から買うんじゃなくて現地に買いにいきたいのだ。
できれば一緒に買いに行って頂けると嬉しいです。
「そうだよ。お米がある場所に行きたいんだ」
「ノルド様やエルナ様が許してくれるっすかね?」
はっきりと答えた俺の言葉に、トリーが微妙な表情をする。
えっ? ここらへんにはないと思っていたけど、そんなに遠いの? それもノルド父さんが許してくれないかもっていうほど。
「そんなに遠いの? というか聞きそびれていたんだけどお米がある場所ってどこ?」
一体どれほど遠いのだろうか。まさか王都くらい遠いのだろうか?
どこか不安に思いながら尋ねると、トリーがゆっくりと口を開いた。
「……お米があるのは海を渡った東の大陸にあるカグラっていう国っすよ」
拙作『俺、動物や魔物と話せるんです』が書籍化します。詳しくは活動報告にて。
『俺はデュラハン。首を探している』
よければ一読下さい!
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