叩いて被ってジャンケン、ポンッ!
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』の書籍化が本日発売となります! よろしくお願いいたします!
「…………ねえ」
「何?」
いつものごとく、ノックもせずに入ってきたエリノラ姉さんが訝しげな声をかけてきた。
「さっきから布を丸めて何を作ってるのよ?」
「棒だよ」
俺はエリノラ姉さんの方へと振り返らずに、手にある棒状に形作られた布の端を縫っていく。ただ布をねじったりして圧縮するだけでは解けてしまうからね。
きちんと解けないように端っこや繋ぎ目を縫っていくのだ。
こういう作業はスリッパを作った時で大分慣れたものだ。今だったら簡単な服やマフラーだって作れると思う。
まあ、これはいい感じに振ることができたらいいので、高いクオリティを求めていないけど……。
「できた!」
「余りものの布を棒にしただけじゃないの。振るものが欲しかったら、そこにある木刀を使えばいいじゃない」
完成した布の棒を掲げると、エリノラ姉さんがそんな事を言ってきた。
そこにある木刀とは、いつも稽古で使う木刀のことである。
特に大事なものでもないので壁際に適当に立てかけているだけだ。
勿論、剣技が好きでこんな物を作ったわけではない。
「いや、これは稽古に使ったりするんじゃないよ。遊びに使うための物だって」
「遊び? どうやって使うのよ?」
遊びという言葉に反応してエリノラ姉さんが食い付いてきた。
またリバーシのようなものを期待しているのだろうか。生憎と今回は比較的単純なものなのだが。
でも、案外エリノラ姉さんはこれを気に入るのではないだろうか?
「まあこれは身体を動かす遊びだし、エリノラ姉さんとか得意かもしれないね」
「本当? 早く教えなさいよ」
エリノラ姉さんが赤茶色のポニーテールを揺らしながらやって来て目の前に座る。
赤い瞳には期待に満ちた光が宿っていた。
「使う道具は二つだけ。ここにあるボウルと布の棒。じゃんけんで勝ったらこの棒で相手の頭を叩く事ができるんだ。負けたらこの木製のボウルを被って防御する」
俺は実際に手元に用意したボウルを被ってみることで、わかりやすく実演する。
「胸とかお腹とかがら空きじゃないの」
「これは頭しか狙っちゃダメなルールなの!」
全くこの姉はどうしてそう戦闘の方に持っていきたがるのか。
興味津々にボウルを被ったり、棒を振ったりするエリノラ姉さん。
ちゃんと聞いてます?
「ふうーん、そうなのね。何だか面白そうね。勝ったらこの棒で頭を叩くのね?」
無邪気な笑顔で棒を振るエリノラ姉さん。
「そうだよ。大事なことだからもう一回言うけど、頭しか狙っちゃダメだからね? それと避けるのもダメだから」
俺は念を押すように強調して言う。
きちんと頭を防御したのに、腹に鋭い一閃を食らったりしたくないから。
まあ、木刀ならともかく、この布の集合体である棒なら柔らかくて大丈夫だと思うけど。
「わかってるわよ。それよりも、早速やってみるわよ!」
それよりもって……凄く大事なことなんだけれど……。
そんな感じで始まることになった、俺とエリノラ姉さんの叩いて被ってジャンケンポン。
目の前に布の棒とボウルを並べて、俺達はそれらから離れたところに座る。
体格的なハンデとして棒は俺の右側に置かれている。
俺とエリノラ姉さんは二人して右利きなので、エリノラ姉さんは左手で棒を掴むか、右手を大きく動かして掴むことになる。
まあ、エリノラ姉さんが左手で棒を掴んで振るからといって、かなりスピードが落ちるということは期待できないだろう。
普段の稽古で、左手でも利き腕である右手と遜色ないくらいの剣速を出すのだから。
本人曰く、「利き腕を負傷しましたから戦えません。じゃ、話にならないでしょ?」とのこと。
そうだけど、そうなんだけれど。男らしすぎない?
「それじゃあ行くわよ?」
エリノラ姉さんが自信げに笑う。
普段から剣技をやっているせいか、得物を振る事には自信があるのだろう。左側にあろうとあたしには関係ないわ、という感じである。
だが、甘いな。俺はそれを承知でこの戦いを挑んだのだ。何も対策や努力をしていないわけじゃないんだぞ?
「うん。いいよ」
俺は不敵に笑いながら言う。
「「じゃーんけーん、ぽんっ!」」
俺、パー。
エリノラ姉さん、グー。
遊びとい名の大義名分を得た俺は、これ以上にない反応速度で棒を手に伸ばす。この刹那の間にサイキックの魔法で棒自体を密かに手元へと吸い寄せる。
それから俺は流れるように腕を動かし、この人生の中で最も鋭い打ち下ろしを放った!
スパアァンッ! という乾いた音が室内に響き渡る。
当たったよ、おい! 命中だよ! 命中! クリティカルヒットだ!
エリノラ姉さんの頭を引っぱたくなんて、初めてやったかもしれない!
ざまあ見ろ! 単純なエリノラ姉さんが最初にグーを出す事なんてお見通しだったんだよ。
あとが、怖いけど、あとが怖いけど……凄くスカッとした。
心の靄が晴れ、何ともいえない快感に酔っていると、エリノラ姉さんの白い腕が伸びてきた。
それから腕を掴まれ、足をかけられて倒れる俺。
それからエリノラ姉さんは俺に跨り、俺の取り落とした棒を手にしてそのまま打ち下ろそうと――。
「待って! エリノラ姉さん! これ遊びだから!」
俺の泣き叫ぶかのような声に反応して、エリノラ姉さんの腕がピタリと止まる。
「……そうだったわね。アルに初めて頭に一撃を入れられて、つい」
自分を落ち着かせるようにして息を吐き、俺の上から降りるエリノラ姉さん。
俺が稽古の時に木刀で一本入れていたら、止まらないんだろうな。遊びで良かった。それと棒が布で良かった。
それにしても俺を転がす一連の流れが速いなんてもんじゃなかった。ほとんど見えなかった。
腕を掴まれたと思ったら天地が逆転して、棒が目の前に迫っていた。
恐らく、転移を使っても逃げられないだろう。一瞬で場所を移動する、転移といっても発動には微妙にタイムラグが発生するのだから。
末恐ろしい姉である。
「それにしても、さっきのが今ままでの打ち下ろしの中で、一番鋭くて速いってどういうわけよ?」
「そ、そうかな? 適度な重さの布だから振りやすかったのかなー?」
エリノラ姉さんがジトッとした目を向けてくるが、適当に誤魔化す。
勿論、この棒は俺の身体と力に最も適したものに作られてある。
それにこの日のこの瞬間のために幾度となく素振りもしたし、反射神経も鍛えて、刹那に魔法の発動をさせて一連の流れにさせるように練習したのだ。
今までの中で、一番速い剣速なのも当たり前である。
まあ、さっきのは自分でもいい速さだと思ったね。
「……まあ、いいわ。次はそうはいかないから」
「待って、エリノラ姉さん! 木刀と布の棒を入れ替えようとしないで!」
こっちの方が振りやすいだの、実践的で稽古にもなるだとかゴネるエリノラ姉さんを説得して再開。
俺としては、エリノラ姉さんの頭を引っぱたくことができて、もう満足なのだが。
「「じゃーんけーん、ぽんっ!」」
俺、グー。
エリノラ姉さん、チョキ。
「くたばれエリノラ姉さん!」
俺の鬼気迫る声と共に振り下ろされる棒。
「甘いわよ!」
俺の棒が強かにエリノラ姉さんの頭を打つかのように思えたが、ボウルがそれを覆った。
木製のボウルを打ち付ける、乾いた音が響き渡る。
「……ちっ」
くそ! 思い切り叩いてやりたいという想いが強すぎて、大きく振りかぶってしまった。
魔法の発動だって微妙にずれてしまった。
落ち着けアルフリート。その気持ちはわかるが焦るんじゃない。
もっとコンパクトに的確に打つんだ。練習を思い出せ。
「ちょっとアル! 今、くたばれとか言ったわよね?」
ボウルをどかし、エリノラ姉さんの引きつった顔が出てきた。
形の良い眉がピクピクと痙攣するかのように動く。
「言ってないよ」
「言ったわよ! ……まあ、いいわ。段々コツもわかってきたし、次はあたしがアルの頭を引っぱたいてあげるから」
「こっちだって、次は当てるから」
なんせ、この機会を逃したらエリノラ姉さんの頭を引っぱたくことなんてできないかもしれないしな。
俺達は互いに笑い合って、再び戦闘開始の声を上げる。
「「じゃーんけーん、ぽんっ!」」
俺、チョキ。
エリノラ姉さん、グー。
なっ!? こいつムシ○ングじゃなかったのかよ!?
俺が微かに動揺する間、不意に殺気を感じた。
それは俺の第六感にも似た何かだろう。
エリノラ姉さんの手によって振られた棒が、俺の頭にめり込み割断される……そんな光景を刹那の間に幻視した。
「ヒイィッ!」
俺自分の第六感に従い、ボウルを手に取って被り無様に転がった。
ヤバい! 今のはヤバかった。
きっとあのままでいたら幻視した通りになっていた。そんな気がした。
「ちょっと! 避けるのはなしだったんじゃないの!?」
ボウルを被って転がる俺に追い討ちをかけるように、ぺシぺシと棒を打ち付けるエリノラ姉さん。一応、ちゃんと頭だけを狙ってくれているらしい。
今思うんだけど、これ客観的に見たら苛めじゃない?
「……二人とも何してるのさ」
そこにかかる優し気な第三者の声。
エリノラ姉さんの攻撃もピタリと止まる。
頭に被ったボウルをくいっと上げて覗くと、苦笑いをしたシルヴィオ兄さんが立っていた。
次回はシルヴィオと対決です。
新作を投稿しました。『俺はデュラハン。首を探している』
デュラハンとなった主人公が冒険をするお話です。
よければ一読してください。
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