お菓子を作ろう
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「なに笑ってんだよバルトロ」
「いやー、坊主はすぐにここに来ると思っていたぜ?」
エルナ母さんとの約束、新たなお菓子を作るために俺は厨房へと来ていた。
ニヤニヤと笑いながら俺の頬を突いてくるバルトロが憎たらしい。
この指、噛んでやろうか。
「んで、新しいお菓子をコレで作らなきゃならねえんだろ? 何を作る気だ? 俺は菓子は専門外だからな?」
すくっと立ち上がると、バルトロが魔導コンロをポンポンと叩きながら言う。
「いや、俺だって専門外だからね?」
「そんなこと言いつつ、いつも作ってるじゃねえか。坊主の新作料理には俺も脱帽だぜ? 新しい菓子をまだ作れるだなんて……菓子を作る才能があるんだよ。これから菓子は坊主に作ってもらうようエルナに言っておいた方がいいなあ」
コイツ! 俺にお菓子作りをやらせる気だな! しかも、エルナ母さんの名前まで使って牽制してくるとは! そうはいかないぞ。
死んだ目で生地をこねさせられるのはゴメンだ。
「バルトロだって最近は果実や砂糖を煮詰めた特製ジャムを作ったり、大量のクッキーを作ったりしているじゃないか? 最近は色々混ぜたり、甘さを変えたりと絶妙な工夫もしているんだって? エルナ母さんも喜んでいたよ? いやー、俺にはできない事だよ」
お互いに笑みを貼り付けたまま。菓子作りの労働を押し付け合う。
俺は好きな時に好きなものを作るんだ。今回はやむを得ない状況でこうなってしまったが。
厨房内に乾いた笑みが響き渡る。しかし、お互いに目は一切笑っていなかった。
お前は料理人だろ?
菓子は坊主の担当だろうが?
俺達の視線にはそんな思いが乗っていた。
それから俺達は睨み合った末にため息を吐いた。
とにかく今は菓子を作るか。まあ、魔導コンロがきたお陰で揚げ物とかできるようになったし、俺の食べたい料理のついでに作ると考えたらいいだろう。
「それじゃあ、凄く簡単なお菓子から作ろう」
「何だ?」
「揚げパンだよ」
「揚げパン?」
そう揚げパンだ。子供の頃よく給食に出てきたアレだ。
パンがあまり好きではなかった俺でも、揚げパンだけは嬉々として食べたものだ。
「油でパンを揚げるんだよ。それから砂糖をまぶすだけ」
「あー、油を使った料理か。……それだけか?」
バルトロが「本当にそんなもので奴等が満足するのか?」と視線で問うてくる。
「大丈夫。作るのは簡単な上に美味しいから」
それに結構カロリーだって高い。戦後では児童たちの栄養状態を引き上げるために食べられていたほどだ。
「それに……これって結構太るんだよ」
いくら食べても太らないとのたまうエルナ母さんや、メイド達に食べさせ続ければ太るに決まっている。そうすれば、自然とお菓子を食べるのを避けるようになるはずだ。
そうすれば俺達がお菓子作りに働かされることもなくなるはず。
「なるほど。さすが坊主だぜ」
俺の言った事の意味を理解したバルトロがニヤリと顔を歪める。バルトロの笑顔が獲物を見つけた猛獣のようだ。
「悪い顔だなぁ」
「へへへ、坊主こそ」
俺達は先程とは違った笑みを浮かべて笑い合う。お互いの目は笑っているが、その瞳に濁ったような色が混ざっている気がした。
「それに今回はお菓子以外にも作りたいものがあるしね」
「おっ! そいつは楽しみだ!」
お菓子以外の新作料理を作ると聞いて、バルトロが瞳を輝かせる。そこには先程のような濁りの色はない。
さすがは料理人だな。
今日のメニューは、揚げパンやサーターアンダギーといった揚げる事でできるお菓子にしようと思う。
まあ、似たようなものだけれどトッピングをすれば色んな味を楽しめるので満足するだろう。
まあ、俺の個人的なオヤツとしてラスク、パンの耳を揚げたものも作るけどね。朝食はサンドイッチだったから、パンが余っているはずだ。
ちなみにこっちはあげない。
他にも作れそうなパンケーキとかクレープとかもあるけど、今回は魔導コンロを使ったお菓子を披露した方がいいと思うので、これらのものにした。
手札は少しでも多くでもあったほうがいいのだ。
最近、ミーナが「このスリッパについている丸いリングはお菓子ですよね?」とかうるさいし。良かれと思って、お菓子のガラの入ったポップなスリッパなんて作るんじゃなかった。
昼はバルトロにいつも通り昼食を作ってもらい、晩御飯は天ぷらやフライにしようと思う。
今日は油で揚げたり、焼いたりするものばかりだな。
醤油や特製ソースがあれば迷わず天丼にしたのに……。
そろそろ俺の日本人としての魂が醤油を欲している。
最近はトリ―と会っていないが元気にしているのだろうか。米の量も心許ないので、米を仕入れたいところだ。
そんなわけで俺達は、まず揚げ物によるお菓子を作るべく、用意をしていた。
「パンは朝食の残りがあるけど使えるか?」
俺が油を準備する中、バルトロが食パンの入ったバスケットを差し出してきた。
「ありがとう。他のお菓子に使えるよ。けど、揚げパンには使えないから、一から作って」
「ちっ、どういう形のパンがいいんだ?」
「こう楕円形のコッペパンみたいなやつ」
バルトロの質問に、俺は言葉で説明しながら手でコッペパンの形に動かした。
「ああ、わかった。じゃあ俺はパンを作りながら、昼飯でも作るか」
バルトロが小麦粉をボウルへと出し、パンを作り始める。
俺の方は早速とばかりに魔導コンロのスイッチを押す。
その瞬間、コンロが俺の魔力を自動的に吸い上げてポッと炎がつく。
王都で買う際にも試したので、さほど驚くことはないがガスコンロみたいで大変お手軽である。
以前はわざわざ薪に火を点けるところから始める必要があったが、今ではこの通り、一瞬である。時間も短縮され、負担もなくなった。温度調節だってしてくれるので大変便利。揚げ物だってできちゃうのだ。
ガスの暴発とかの心配性がないために、現代のガスコンロよりが安全かもしれないな。
「本当、すぐ火が点くようになったね」
「全くだ」
バルトロはパンの種を作っているのでこっちを向いていないが、声からして上機嫌ということがわかる。
この恩恵を一番に受けたのは、料理人であるバルトロだしな。
自分の欲望半分、バルトロのためという気持ち半分で魔導コンロを買ってもらったので、少し嬉しいな。
何となく頬を緩めながら、自分の方の準備を進める。
バルトロのパンができるまで揚げパンはお預けなので、俺はもう一つのコンロにフライパンを置いて、油をドロッと入れていく。
先に俺のオヤツのパン耳のラスク風を作ってしまうのだ。
パンの耳をちょうどいい長さに切りながら油が温まるのを待つ。
そしていい感じに温まったら、ちょうどいい長さに切ったパンの耳をフライパンに投入。
菜箸で突きながら、パンの耳を焼いていく。パチパチ、ジュワーという音を立てながらパンの耳を焼いていく。
パンの耳に油が染み込み、少しずつキツネ色に変色し固くなっていく。
それが完全にキツネ色になったら、薄い布を敷いた皿に盛りつけて油を吸収させる。
しなっとしたパンの耳も今では、焼きたての小麦の臭いを漂わせるスティック状のものとなっていた。
噛めば、カリッという音を立てそうである。
「バルトロ、砂糖使うよ」
バルトロに一言尋ねると「おお」という生返事のようなものが返ってきたので、砂糖の入った壺を取る。
このアツアツの時に大量の砂糖をまぶすことが大事なのだ。
これは揚げパンも同様だ。
布を抜いて、仕上げとばかりに砂糖をまぶす。
キツネ色のパンの耳が、雪化粧をするように白くなっていく。
菜箸で突きながら、まんべんなく砂糖をかけたら完成だ。
俺は早速、パンの耳のスティックを一つ摘まみ、口へと入れる。
カリッとした軽快な音が鳴り、サクサクと口の中で弾ける。
砂糖の甘みとパンの甘みが堪らない。
何より、この食感が癖になる。
俺はリスのようにカリカリと齧り、気付けばもう一つを口に運んでいた。
いかん、これは止められない。
何よりスティック状になっているのがいけない。食べやすいが故にすぐに手が伸びてしまう。
こんなものお洒落なコップにつき刺したら素敵じゃないか。
うん、空間魔法で収納する際はそうしよう。
「おいおい、何一人だけ楽しんでんだよ。俺にもよこせ」
そう言って、バルトロが後ろからパン耳スティックを一つ摘まんで口に入れる。
「ああー、素朴な甘さがいいな。……昔、ばあちゃんにこういう料理作ってもらったっけ……」
ポリポリと音を鳴らし、目を細めるバルトロ。故郷の料理でも思い出しているのかもしれないな。
俺も前世ではお婆ちゃんに……いや、料理を作るのはお爺ちゃんが担当だったな。お婆ちゃんは料理ができない人だったから。
その血が孫である姉達にまで引き継がれたのが最悪だった。あれは呪いにも似た血統なのだろうか。
俺もある意味遠い目をしていると、台所にあるボウルが目についた。
覗き込むと、パンの種が丸まった状態でボウルの中に置かれていた。
一次発酵をさせているのだろう。パンを膨らませるために四十分から五十分はあのままだな。二次発酵もあるからまだまだ時間がかりそうだ。
そう思うと、夜のうちに仕込んで、朝からパンを焼き上げてくれるバルトロは凄いな。
まあ、たまに物々交換でもらったりしているし、ご飯を炊くのが増えたんだけどな。
というか、俺の米が減るようになったのは、これが一番大きな原因じゃないか?
一人で食べる予定のものを、家族五人で食べていたらすぐに無くなるわ!
エリノラ姉さんとかお肉とか乗せてバクバク食うし。
本当にヤバい。バルトロめ、俺の尊敬の念を返して欲しい。
俺がジトッとした視線を送る間にも、バルトロはカリカリとパン耳スティックを食べていた。
しかし、その様子はリスではなく、サトウキビを齧る野生児のようだった。
「こいつはいいな。とまらねえ。これだけでエルナとか満足するんじゃないか?」
「でも、これは魔導コンロを生かしたお菓子でもないしね」
「そうだな。どうせなら、コイツでしか作れねえやつの方が、買って良かったと納得するだろうしな」
うんうん、と頷くようにコンロを叩くバルトロ。結構コンロの事を気に入ってるようだ。
「他に何か足りないものはねえのか? 菓子以外にも作るんだろ?」
「そうだった。天ぷらの材料だ。玉ねぎとか人参とか野菜系はあるよね?」
「ああ、野菜系は大体あるぜ? でも、キノコ類の数が少ないな」
「よし、シルヴィオ兄さんに採ってこさせよう」
シルヴィオ兄さんは山菜類やキノコを採るのが得意だし。
どうせ今日も本を読んで、勉強でもしているのであろう。
俺が王都から帰って来てから、外に出る姿をほとんど見ていないぞ。
「お前、遠慮なく兄貴をこき使おうとするな。姉貴には下手に出る事が多い癖に」
「当たり前だよ。弟なんだから」
「……兄貴はいいのか」
ほら、シルヴィオ兄さんってば優しいから。可愛い弟の頼みを断れるはずがないんだよ。
ちなみに弟から姉へと命令できる権限なんてありゃしない。
エリノラ姉さんに、「どうせ暇してるんだから山菜採ってこい」なんて言った日にはボコボコにされるだろう。
猫のように気分屋さんだし。マシな程度で「アルの癖にあたしに命令してくるなんて生意気よ」って感じで組み伏せられるかだ。
餌をチラつかせても乗ってくるかどうかは未知数の獣だしな。
「あと、大きめの海老とかある?」
「いや、でけえ海老は仕入れてねえな」
首をすくめるように言うバルトロ。
ダメもとで聞いてみたが、やはりなかったか。
コリアット村の近くには海がないので仕方がないことである。極まれにトリエラ商会が持って来たりはするけど。そんな都合よく来ないし。
天ぷらといえば海老なのに残念だ。
「川海老じゃ駄目なのか? 川海老なら泥抜きさせている所だが」
川海老とはコリアット村の川に棲息する、手の長い海老のことだ。
勿論、天ぷらにできるほど大きくはない。
「大きい海老の方がいいんだけれど、まあこの際それでもいいか。川海老も美味しいし」
丸ごと食べる川海老の唐揚げとかも大好きだし。
王都に買いに転移してもいいのだけれど、それを出したらどこで手に入れたってなっちゃうしな。うん、自分一人で食べる時の為に今度買っておくか。
ゲーマーズ様やメロンブックス様にてお買い上げ頂くと、エリノラのポストカードが付いてまいります。
なお、書籍のあとがきは必見ですよ。
これからもスローライフをよろしくお願いいたします。




