まったりとした朝
キャラクターデザインが公開されました。
絵師様は阿倍野ちゃこ様です!
『ダンタリアンの書架』『エスカ&ロジー』『gate外伝』などの漫画を書いておられる方です。
チュンチチチと元気に鳴く鳥の声を耳にして、俺の目は覚めた。
むくりと身体を起こして薄暗い 室内を見渡す。外では鳥達が戯れているのか、断続的に鳴き声が聞こえてくる。
布団の温もりを惜しみながらも、立ち上がり鎧戸へと向かう。
鎧戸を一気に開けると、室内へと朝日が差し込む。
眩しさに目を細めながら伸びをして深呼吸。
綺麗な空気が鼻からスッと入り、肺へと流れ、全身へ染みわたるような感覚。これが心地良い。ぼーっとしていた俺の身体が引き締まるのを感じる。
この行動は俺がこの世界に転生してからは毎日の日課となっている。
王都の宿でも似たような事をやってみたが、どうもしっくりこなかった。
恐らく、空気の違いであろう。
敷地に広がる青々とした芝を眺めていると、頬を撫でるような風が吹く。それにつられて草木が揺れて音がする。
コリアット村の自然そのものが朝の挨拶をしてくれているようだ。
「……おはよう」
俺は何となくそう言い残して、自分の部屋を出た。
井戸で顔を洗いさっぱりしたら、ちょうどお腹が鳴った。
今日の朝食は何だろうと考えながらダイニングルームへと足を運ぶ。
ダイニングルームへと着くと、俺以外の家族全員が勢ぞろいして席に着いていた。
いや、なぜかエリノラ姉さんだけが席を立つ瞬間という中途半端な体勢であった。
「「おはよう」」
「おはよう」
家族全員からの息の揃った朝の挨拶に返事をする。
バラバラに挨拶をされたら、それぞれに挨拶をしなければいけなくなり面倒くさいからね。
多分、王都のお偉い貴族さん達はひとりずつに挨拶をしているんだろうな。「おはようございます。お父様、お母様」みたいな感じで。
テーブルを見ると、エリノラ姉さんが「フン」と鼻を鳴らして自分の席へと腰を下ろした。
どうしたのだろうか? 今日はこんなにも清々しい朝なのにご機嫌が良く無いようだ。
何て思いながら席へと着くと、隣のシルヴィオ兄さんが耳打ちしてくれた。
「ちょうど今、エリノラ姉さんがアルを起こしに行こうとしてたんだよ」
なるほど、それで中途半端な体勢に。
しかし、そういうのはシルヴィオ兄さんがやりそうな役目なのだが。
俺が訝しんだ表情でシルヴィオ兄さんを見ると、兄さんは苦笑して、
「僕が行ってもアルは起きないでしょ?」
「な、なるほど」
シルヴィオ兄さんのもっともな答えに目を丸くしてしまう。
もし、もう少し起きるのが遅かったり、二度寝をしていたりしたら今朝の爽やかな目覚めはなかったというわけか。
エリノラ姉さんのことだから、扉を勢いよく開け放って、容赦なく俺の布団を剥ぎ取るという暴挙にでるに違いない。それから枕を抱きかかえてごねる俺をベッドから引きずり下ろし、ダイニングルームまで一直線に違いない。いや、覚醒処置として軽いビンタのひとつはされそうだ。
そんな心臓に悪い目覚めは嫌だな。
「……何よ?」
「何でもございません」
俺はエリノラ姉さんの視線から逃げるようにして、テーブルに並ぶ品を眺めた。
真ん中にある大きなお皿には、香ばしい匂いがするベーコンが横たわり、レタス、トマト、トマトソースのかかったプレーンオムレツに、大盛りのキャベツが載せられていた。
プレーンオムレツは、オムライスをバルトロに教えたら勝手に再現してくれたものだった。
さすがは料理人。俺が全部を教えるでもなく色々と試行錯誤をしていたみたいだ。
ご飯を入れることしか頭になかった俺とは大違いだ。
その横には小さなカップがあり、クリーミーな香りのするスープがある。
そして、もう一つのお皿には焼きたての食パンが二枚乗せられている。バターは真ん中の容器から自分で塗れというわけだ。
小さな領地である田舎の男爵家の朝食にしては豪華な方だろうが、スロウレット家では当たり前。
リバーシや将棋、最近ではコマのお陰で我が屋敷の財政は潤っているのである。
王都でも有名なラザレス商会の娘であるエルナ母さんがいるだけでも、お金に困る事はそうはないというのに、二人共元冒険者だったからまだ蓄えがあるっていうしな。
定期的にトリエラ商会やらがやってきてくれるので、コリアット村にいてもお買い物をできるが、物欲の少ないスロウレット家が装飾品や調度品に興味を持つはずもなく、お金の使い道は自然と食材となるのだ。
特に最近は砂糖の購入数が多い。
王都のような大きな商店街があれば、ふらりと買い物をしてしまうかもしれないがコリアット村周辺は大自然ばかりなので。
「今日も美味しそうね」
「そうだね。僕は最近プレーンオムレツが好きなんだ」
朝食を前にしてエルナ母さんとノルド父さんが仲良さそうにしている。
「私もよー。チーズが中に入っているとトロトロで美味しいのよ」
「そうなのかい?」
「私のはバルトロに頼んだから入っているはずよ。半分食べてみる?」
「ありがとう。もらうよ」
朝からチーズのようにトロトロな会話ですね。あーんとかしないで下さいね?
朝から両親の甘い雰囲気に包まれながら、俺達姉弟は先に食事へと手をつけた。
朝食が終わると、今日もスロウレット家のダイニングルームではまったりとした時間が流れる。
今日はエルナ母さん、シルヴィオ兄さん、そして珍しくエリノラ姉さんが椅子に座っていた。今日は稽古が無く、特にやることがないのか、紅茶を飲みながら大人しくしている。
ちなみにノルド父さんはいない。王都から帰ってきたばかりで、色々と仕事が溜まっているようだ。
稽古がない限り、俺は基本ここでロイヤルフィードを飲んでボーッとしていたり、ソファーで二度寝をしていたりする。
「アル、朝からだらけすぎよ」
ソファーで寝転び、だらけていたらエルナ母さんに注意されてしまった。
今の俺は、ソファーの背もたれに足をかけて座る所に頭がきている。少しお行儀の悪い体勢だ。ほどよくお腹が膨れて満足げに皆がくつろぐ。
だが俺は知っている。エルナ母さんが誰もいない瞬間を見計らって、今の俺と同じような体勢でだらけているという事を。
「で、エルナ母さんもたまにやって――」
「やってないわ」
「…………」
俺だけでなく、エリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんからジトッとした視線を向けられるが、エルナ母さんは澄ました表情で紅茶に口を付ける。
「やってないわよ?」
エルナ母さんが、誰もいない時にソファーでだらけているという事は屋敷に住む皆が知っている事。
先程の視線も「エルナ母さんもやっているのか?」という疑いのものではなく、「自分もやっているのに何をしらばっくれているのだ」という呆れのものだ。
このままだらけているとまた何か言われそうなので、ソファーから立ち上がりテーブルの席へと着く。
部屋で控えていたミーナに紅茶を頼むと、すぐに俺の目の前にも紅茶が差し出された。
ちょっとしたお喋りを挟みながら、朝の紅茶を楽しむ。
ああ、今日の朝はなかなか平和的だな。いい一日になりそうだ。
そう思いミーナに紅茶のお代わりを頼むと同時に、エルナ母さんが厳かな声を発した。
「ねえ、アル。王都から帰ってきて一週間よ。いつになったら新しいお菓子ができるのかしら?」
その言葉にミーナが反応して、ピタリと動きを止める。
ちょっと、いいから紅茶のお代わりを淹れて下さいよ。
そんな視線をやると、ミーナは傾けかけていたティーポットを遠ざけやがった。
俺がエルナ母さんの問いに答えるまでは、お預けという事か。俺はペットじゃないんだが……。
不意に視線を正面にやると、さっきまで頬杖をついていたエリノラ姉さんが、いつの間にかむくりと起き上がっており、好奇心に満ちた視線をこちらに向けていた。
逃げられない。
それにしてもすっかり忘れていた。王都で魔導コンロを買ってもらう時に、お菓子増量生産と共に、新しいお菓子の作成という契約をエルナ母さんと交わしていたのだ。
「で?」
再度問いかけられる声。いつも通りの柔和な笑みだが、とてつもない圧力を感じる。
「勿論大丈夫だよ。今日には完成するよ」
「そう、それは楽しみだわ」
俺が何の問題も無く、完成するように言うと、エルナ母さんはにっこりと笑い紅茶をすする。
何だろう。会社の上司に「まだ書類ができないのか?」と言われたような感じだ。それで夕方には終わりますと言ったら満足そうにして去っていくやつ。
ミーナも俺の答えに満足だったらしく笑顔で紅茶を注いできた。
この駄メイドめ。
やはり、魔導コンロを買って良かったと思わせられる料理を提供する必要があるな。
魔導コンロが来たお陰で火加減の調整も簡単にできるようになったのだし、ここは揚げ物にでもチャレンジするか。
パッと思いつく限りでも、たくさんの料理とお菓子があるし。
「次、変なもの作ったらしばくわよ?」
「……わかってますって」
金賞などのお祝いのメッセージありがとうございます!
邪神の異世界召喚と同時更新!
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