ブランコ
今日は久しぶりにマイホームに来ていた。
屋敷でゆっくりと過ごすのもいいが、今日は天気もよかったので外でのんびりと過ごす事にしたのだ。
マイホームの近くに一本だけ生えている、木へと俺は登る。
そして横に伸びている幹の太さと頑丈さを確認するように、体重をかけたり、踏んでみたりする。
うん、びくともしない。これならアスモがジャンプしても大丈夫そうだ。
いや、やっぱりそれは嘘だ。あいつは冬に氷を割った前科があるから信用ならん。
結構な深さまで凍り付かせたはずだったのだけれどな。
まあ、これにアスモを乗せるつもりはないので問題ない。
俺は空間魔法でロープがしっかりとくくりつけられた座面板を取り出す。
俺が何をしているかは大体分かると思う。そう、ブランコだ。
木の幹にロープを何重にも巻き付けて、丁度いい高さまで座面板を浮かせる。
自分が乗れそうな高さになったところで、ロープをくくりつけて解けないようにする。
金具とか便利な物なんて無いので安定しないかもしれないし、耐久性に問題があるかもしれないが、俺の体重が軽いので大丈夫であろう。
俺が座って、ゆらゆらできたらいいのだけなのだ。
ロープを丁寧にくくりつけたところで、飛び降り座面板へと腰を下ろす。
微妙に傾いている気がしたので、もう一度木へと上り調整をする。
それを何回か繰り返した所で、ようやく満足のいくブランコができた。
軽くこいでみたが、木が揺れるたりする事もなかった。
この木は結構丈夫だからな。
そのまま、俺はゆらゆらーっとブランコをこぐ。
何ともいえない浮遊感に包まれるのが気持ちいい。自分が鳥になったような気がする。
もう少し勢いよくこぐと、景色が少し上下し始める。
身体全体で風を切るのが気持ちがいい。
前世の会社帰りに公園で乗ったきりであろうか。
あの時は、いい歳した大人がブランコで楽しいそうにしていたからか、周りの人はドン引きしていたように思える。
きっと過労死する寸前だったので頭がおかしかったのだろう。
ブランコは久しぶりに乗ると、どうしてこうも楽しいのだろうか。
「……あんた何してるの?」
こぐのにも飽きてきたので王都で買った本でも読もうかと思っていると、声をかけられた。
声の方へと視線をやると、木陰から顔を出していたのはエリノラ姉さんだった。
マイホームの周りの木は切り倒しているので、大して隠れる場所もなく、視界も良いのだ。
それにこの緑に囲まれた自然の中では、エリノラ姉さんの赤茶色の髪はすごく目立つ。
「えっと、ブランコですけど?」
俺がそう答えると、エリノラ姉さんがこちらへとやって来る。
「ふーん、ブランコねぇ」
そして興味深そうに眺めて、ロープを揺らしたりする。
「あんた、相変わらず変な物を作るのが得意ね」
変な物とは失礼な。
しかし、今はそんな事に反論している場合ではない。この姉が何をしにきたのが大事なのだ。
まさか、また稽古なのか? いや、今日は木刀を持っていないな。それに白いワンピース姿だし。
「エリノラ姉さんは何でこんな所にいるの?」
「朝、アルが屋敷を飛び出す姿を見たから、あたしも外に出てみただけよ」
「つまり、付いてきたと?」
「暇だからそうしようと思ったのだけれど、足跡が途切れてたのよね。あんた、どういう歩き方してるのよ」
「途中で草道とか入ったからだよ。あはは」
危ねえ。エリノラ姉さんの近くでは迂闊に転移もできないというのか。
「それで、暇つぶしに散歩してたらここに俺がいたと?」
「そういう事よ」
なぜかエリノラ姉さんは薄い胸を張って偉そうに答える。
「痛いっ!?」
「あ、ごめん」
エリノラ姉さんがロープを引っ張って離したせいで、ロープが俺の頬へと当たる。
俺が余計な事を考えでもしたからなのか? しかし、エリノラ姉さんの平然とした様子を見るに、わざとでは無さそうだ。
いつもなら「今、あんたを殴っていい気がするの」とか拳を握りしめるはずだし。
平然としているのも何かダメな気もするけどね。
べチンッてして結構痛かったんだからな。
「ところで、これはどうやって遊ぶのよ。ぼーっと座るだけなの?」
「いや、こうやってこいだりして楽しむものだよ。ぼーっと座るのもいいけどね」
俺がこいでみせると、エリノラ姉さんは「へー」と感心した風な声を上げた。
「ちょっと代わりなさいよ」
「はい、どうぞ」
ガキ大将や力の強い子供に、代われと言われたような感覚である。
散々楽しんで、満足もしたので俺は素直に座面板を空け渡す。
エリノラ姉さんは特に苦労する事もなく、自分でこぎ始めた。
多分、トールとかなら「どうやってこぐんだ!?」とか騒ぐだろうけど。
「へー、何かコレ面白いわね!」
「でしょ?」
ブランコがお気に召したのか、エリノラ姉さんは大変お喜びの様子である。
器用に足を使って勢いをつけ、どんどんと加速する。
ブランコに大きく揺られる事によって、エリノラ姉さんのポニーテールも大きく跳ねる。
「こぐのに疲れたわ。背中を押してちょーだい」
もう、その奥義を閃いてしまったのか。まったくもって人を下につける能力が上手い姉である。
俺はエリノラ姉さんの後ろへと回り、こちらへ向かってきた背中へと手を添える。
そして軽く押し出す。
「あ! 何かこっちの方が気持ちいいわ」
「そりゃ、俺が押してますからね」
俺がそう答えながら背中を強く押すと、エリノラ姉さんは楽しそうな声を上げる。
「ちょっと、押すのが弱いんだけど?」
ちょっとでも手を抜けばこれである。エリノラ姉さんが重いからとか言ったら殺されるんだろうな。
「聞こえてるわよあんた!」
俺が背中を押そうとした瞬間、エリノラ姉さんが身を捻って俺の頭を叩いてきた。痛い。
何とも器用な事をする姉である。
それにしても俺が背中を押しているだけで、さっきとほとんど変わらないのにどうして飽きないのだろうか。不思議でならない。
腕が疲れてきたので早く飽きて欲しいのだが。
「もういいわ」
それからしばらく、俺の願いが聞き届けられたのか、エリノラ姉さんから開放の言葉を頂いた。
ただの気まぐれだと思うのだけれど。
エリノラ姉さんは、俺がブランコから離れたのを確認すると、ブランコの反動を利用して思いっきり飛び降りた。
普通に降りるよりも先に、その技をするとは。それほど大きくこいでいたわけではなかったが、中々度胸がいる技だと思う。
エリノラ姉さんがポニーテールをなびかせ、綺麗に着地を決める。
俺は、エリノラ姉さんの背中をずっと押していて疲れたので、ブランコへと這うように座り込む。
「……ふう」
俺がホッと一息をつくと、エリノラ姉さんがこちらを見て笑顔になった。
アレはろくでもない事を思いついた表情だ。エリノラ姉さんの赤い瞳が爛々と輝いている。
エリノラ姉さんがこちらに駆け寄ってきて、俺の背に回る。
もしかして、俺の背中を強く押すつもりじゃないだろうな?
大きくて太い幹で吊っているわけでもないんだから、それは危ないんだけれど。
注意しようと口を開いた俺だが、座面板に乗ってきた靴を見て固まる。
それからエリノラ姉さんはロープを掴み、もう片方の小さな足を俺の太ももの傍に乗せてきた。
「二人乗り!?」
「これでこぎましょう!」
嬉々としてエリノラ姉さんは言い放つと、足を使って器用にこぎ始める。
二人分の体重が乗り、ロープがギリギリと音を鳴らす。
「いやいや、エリノラ姉さん。二人乗りをしたら重量オーバーで――」
「あたしが重いって言いたい訳? そう言いたいなら拳骨落とすわよ?」
いや、そういう事じゃなくて、二人で乗れるようには設計されてないと言うか、俺一人分くらいが適性体重と言うか。
どう説明しようにも拳骨は回避できない気がする。
……メキッ。
「今、木の幹から鳴っちゃいけない音がしたよ!?」
「気のせいよ!」
結局、木の幹が折れる事もなく、楽しむ事ができてエリノラ姉さんは満足できたようだった。
俺は、ロープと木の幹が上げる悲鳴を耳にする度にビクビクしていたのだけれど。
◆
翌日、ルンバが千切れたロープと座面板を持って屋敷へとやって来た。
「これ、アルのだろ? 壊れたんだが……」
「当たり前だ! ルンバの体重をあの木の幹が支えられる訳ないだろ!」
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