ロイヤルフィード
お待たせいたしました。今回は少し多めです。というか、多くなりました。
「よっしゃ! アル! 剣の稽古しようぜ!」
「えー嫌だよ」
ゴブリン剣を貰ったトールが鼻息を荒くしてそんな事を言ってくる。
昨日、エリノラ姉さんと散々稽古に付き合わされたのに、どうして次の日も剣の稽古をせねばならんのだ。
王都から長旅をしてコリアット村に帰ってきたんだ。そこらへんを労わってくれてもいいと思うんだ。
それにしても、昨日エリノラ姉さんの木刀で叩かれる事によって、屋敷に帰ってきた実感が湧いてきたのが少し悔しかった。
「いいじゃねえか、ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから! な? 俺だって強くなったんだぜ?」
「嫌だよ。というか危ないからその剣を俺に向けるな!」
ゴブリン剣を俺に向けてくるトールから、じりじりと後退する俺。
「二人共何騒いでんの?」
そんな俺達に声をかけてきたのは、トールのお隣に住むアスモだ。
靴についた泥や肌を滴る汗を見る限り、さっきまで畑仕事でもしていたのであろう。
「剣の稽古しようぜって言ってんのに、アルが相手してくれねえんだよ」
不満そうな声を出しながらもトールは、ゴブリン剣を肩に抱える。
よっぽど剣を貰って嬉しかったのか、アスモに自慢する気満々である。
「剣? あ、いつもの木刀じゃないね。王都のお土産?」
「そうなんだよ! 見てくれよ、本物の剣だぞ!」
よくぞ聞いてくれたといった風に、トールが上機嫌に剣を見せびらかす。
それに対してアスモは、
「ふーん、良かったね。それよりアル、俺のお土産は?」
「おい! 俺の話にもっと興味を持てよ!」
「ああ、持ってきてるよ。王都名物のドラゴンマフィンだよ」
全く興味がないようだった。俺もトールとの剣の稽古に付き合う気もないので、これ幸いと流してやる。
「やったー! 王都のお菓子だ!」
アスモは興味なさそうな真顔から一転、表情を笑顔に変える。
トリエラ商会が定期的にやってくるとはいえ、砂糖は村人からすれば結構な値段だ。
食堂を営んでいるセリアさんならともかく、普通は調味料として少量買うくらいであろう。
セリアさんもお菓子を作ることはできないので、甘味は村人にとって貴重なものなのであろう。
ちなみに、アスモへのお土産であるドラゴンマフィンはキチンと箱詰めして収納してある。亜空間の中では腐敗する事もないので、いつでもできたてが食べられるのだ。
どんなところでも焼きたての食事を取り出せる空間魔法は最強だと思う。屋台の料理を買い込んで収納しておくだけで、いつでも暖かい食事が食べられるのだから。
ウーシーの串肉なんて、美味しすぎて三十本近く収納しているよ。
たまに、ああいうジャンクな味付けのものが食べたくなるんだよな。
「ドラゴンマフィンってドラゴンスレイヤーの話でも出てきた、人気の菓子じゃねえか!」
ドラゴンマフィンという言葉を聞いて、トールが目を輝かせる。剣の稽古の事は吹き飛んでしまったらしい。剣より食い気だ。
これはアスモへのお土産なのにどうしてお前まで食べる気満々なのか。
「ほら、お前ら俺の家に上がってけよ。母ちゃん秘蔵の茶葉を出してやるからよ」
トールが俺達の前を走り、自分の家へと案内しようとする。
どうやら自分の家でもてなし、母ちゃん秘蔵の茶葉を差し出す事によってドラゴンマフィンにありつこうとしているらしい。
それで半分でも分けてもらえれば御の字だが、お前あとでどうなるかは知らないぞ?
「いや、これは俺のお土産だからな?」
「おいおい、ドラゴンマフィンを水と一緒に食うきかよ? そんなのお菓子に対する冒涜だぜ? 美味しいものは美味しい飲み物と食うものだ。アスモならわかるだろ?」
「ぐっ……茶葉か……その茶葉はどんな奴?」
トールから諭すように語りかけられる言葉に、アスモの心が揺らぐ。
普段は食べられぬ甘味ならばそれ相応の飲み物と一緒に頂き、より美味しく頂きたいと思うのは当然の心理。
「……名前は忘れたけどアルの屋敷の奴と同じ茶葉らしい」
「ロイヤルフィードな」
「そう、確かそれ!」
ああ、そう言えばエルナ母さんが、トールの母さんに「俺がいつもお世話になっているお礼」とか言って渡した奴か。
「アルの屋敷に行けば水のような感覚で出てくるアレか……っ!」
そりゃ、一応貴族だからな。エルナ母さんが紅茶好きっていうのもあるけど。
こいつらを招いたら、うちの料理やお菓子ばっかり食うからあんまり呼ばないけど。屋敷ではのんびり過ごしたいから。
「うーん、それなら六分の一を食わして――」
「一個だ!」
アスモの六分の一発言に、トールが異議を申し立てた。
コリアット村での一口ほど当てにならないものはない。
なんせセリア食堂で、
『仕方がねえな。一口だぞ、一口』
『へへへ、わかってるって』
『あー! 全部食いやがった! この野郎!』
『んだよ!? 一口って言ったのはお前だろ!』
『この野郎! 金返せ!』
こんな事が毎日のように起きるのだから。
対策として、一口の小さいサイズに切り分けてやれば大きい方を一口で喰らいにいく。
手で持てる奴なんかは、相手の指ごと口に収める猛者共なのだ。
何をしてくるかわかったものではない。
そして最後には喧嘩になり、お互いに拳を食わせ合うことになるのが日常。
しかし、いきなり一個とはトールも厳しいところを攻めた。
恐らくアイツも一個丸々頂けるとは思っていないのだろう、最初に要求ラインを高くして徐々にそれを下げる事によって相手を納得させやすくする、商人が多用するテクニックだ。
アイツ、字や計算もまだまだの癖に、いつのまにそんなテクニックを……。
「一個もやれない。四分の一」
「ロイヤルフィードだぞ? 高級品の茶葉を使うのにそりゃねえぜ。半分だ」
「むむむ……まあ、ロイヤルフィードならそれくらい仕方がないか。一杯だけとかないよな?」
「そんなケチは言わねえよ」
「砂糖はどれくらい使っていいの?」
なおも分量を相談し合う二人をよそに、俺は切り株の陰で空間魔法を使用し、ドラゴンマフィンが入った箱を取り出す。
中身はアスモとシーラの姉弟、父親と母親の分を含めて四つあるので、普通に分け合えば問題ないな。
「――よし、それでいいぜ。紅茶は3杯で砂糖はスプーン四杯までな! お玉はスプーンにカウントしねえからな?」
「……ちっ」
「ちってお前な。……ところでアル、肝心のドラゴンマフィンはどこにあるんだ?」
「ああ、この白い箱の中だよ」
俺は切り株の傍にいかにも置いておいた風を装って、白い箱を掲げる。
僅かな風がバターの甘い香りを運び、トールとアスモはごくりと喉を鳴らす。
すでに何個か食べた俺でもよだれが出てしまいそうだ。
「早く食べよう!」
「ほら、上がれよお前ら」
アスモが俺の背中を押して、トールが剣を片手に持ちながら自分の家の扉を開ける。
全くこういう時だけは動きが早い奴等だ。
それにしても剣を片手に家に入るトールの姿は、変質者にしか見えないな。夜中にあのまま入ってこられたら家族も驚くだろうな。
トールが玄関の端に剣を置いて中へと入る。
鞘とかも用意してやればよかったかな。
リビングにある席へと着くと、トールが台所をガサガサと漁りだした。
紅茶の用意をしてくれているのだろう。
アスモはというと勝手知ったる様子で、ナイフと皿とフォークを取り出し、テーブルへと並べ始めた。
さすがお隣さん。キッチンのどこにナイフや皿があるのかわかるらしい。
まあ、何十年のお付き合いともなればそんな感じか。
勿論俺の前には皿やフォークは置かれなかった。
いや、俺はお土産を持ってきた側で何個も食べたからいいんだけれどね?
お前は食わねえよな? みたいな目で睨まなくても。
「あれー? 確か母ちゃん、三段重ねにしたフライパンの奥にしまってたはずなんだけれどなー」
トールが台所の下の棚に頭を突っ込み、そんな事を言う。
トールの母ちゃんも必死だな。それほどまでして隠さないと奪う輩がいるのか。
「あっそうか! 痛ってえ!」
ああ、頭を打ったんだな。音だけでそれがわかる。
「ここは姉ちゃんにバレたから場所を移すとか言っていたような。確か、鍋の中に放り込んでたな」
それから食器を漁る事しばらく、トールが筒状の箱を持ってきた。
おそらくあそこに茶葉が入っているんだろうな。
トールはアスモにそれを渡すと、ティーポットやカップを準備し始める。
茶葉を受け取ったアスモはというと、自分でその香りを嗅いだ後、俺へと渡してきた。
「これって本物?」
何とも疑り深い奴である。
「うん、うちの屋敷と同じロイヤルフィードだよ」
「なら問題ないよ。ありがとう」
「んだよ、本物だっつうの」
俺達の様子を見ていたトールが口を尖らせながら、砂糖を持ってきた。
「アル、魔法で火点けてくれよ」
「ああ、紅茶なら俺がやるよ。代わりに一杯もらうけど」
エリノラ姉さんは何故か俺をこき使うからな。
不味い紅茶なんて持っていったら殺される。だからそれなりに美味しい紅茶の淹れ方をメルに教えてもらったんだ。
といっても、それなりに美味しいだけでメルには敵わないけど。さすがはエルナ母さんが王都から連れてきた人材だよ。
メルってばさばさばした性格なのに、紅茶の味は繊細なんだよな。
ヤカンに水魔法で水を入れて、サイキックでそれを浮かべる。その下に火魔法でファイヤーボールを作って温度を上げていく。
「雪合戦の時もちょっと見たけど、相変わらず器用な事するよな」
「当たり前のように魔法を使ってる」
既に自分のやる事は何もないトールとアスモが頬杖を突きながらこっちを見ている。
「まあ、複雑な魔法ならともかく、これくらい単純な魔法なら同時にでも出来るよ」
ヤカンと炎の両方に意識を向けておくだけだ。
まあ、始めは結構集中力を使うかもだけれど。油断したらいつのまにか炎の温度がとてつもなく上がっているとかになりかねないし。
「はーん、大して使えねえ俺達からすりゃあ、すげえとしか思えないけどな」
「魔法学園とか行かないのか?」
「行かないよ」
コリアット村で開校してあげると言われても、行かないね。
「それくらい魔法が使えれば結構稼げそうだけどな」
「お金についてはリバーシや将棋もあるし、別にいらないかな」
「欲が無い奴だなあ」
「いや、欲ならあるよ。一生このままのんびりと過ごしたい」
「欲ってば欲だけど。何か違う」
今の野望と言えば、醤油を手に入れる事だけどね。
あれさえあれば料理にもっと幅が出るんだ。
お米があった国にありそうなんだけれど、結構遠いらしいしな。いっその事自分で行ってやろうか。
思考を巡らせている内に、ヤカンのお湯が沸騰して泡がボコボコと出てきた。
「お、お湯ができた。トール、ティーカップを持ってきて」
「ん? わかった」
トールの持ってきたティーカップとポットにお湯を入れて、それぞれを温める。
「茶葉が入ってねえんだけど?」
「温めているだけだから」
「これが美味くなるための工夫って訳か。そういや母ちゃんがやっていたな」
納得という様子でトールはテーブルへと戻っていく。
「あー! アスモてめえ、砂糖を無駄に食うなっつうの!」
「いいじゃんか別に。お腹空いたんだよ」
ぎゃあぎゃあと言い始める二人のよそに、ポットのお湯を抜いて人数分の茶葉をティーポットに入れる。
そして沸騰したヤカンに入ったお湯をポットへと注ぐ。
この時、勢いよく注ぐのがコツらしい。そして、すぐに蓋をして蒸らす。
近くにあった砂時計をひっくり返して時間を測る。
これはうちにもある小さい奴だから、同じ一分だろう。
ロイヤルフィードは二分四十秒蒸らすといいので、砂が全部落ちた所でもう一度ひっくり返す。
残りの四十秒を数えながらカップのお湯を捨てて待つ。
そして、体感で四〇秒になると、ポットからカップへと素早く紅茶を注いでいく。
濃さが同じようになるようにしながら、最後の一滴まで注ぐ。
「おーい、紅茶できたぞ」
「やっとかよ。遅えよ」
「早く食べたーい」
マフィンをお皿に乗せて、フォークとナイフを手にした二人。
何をお上品ぶっているのか。手で食べればいいだろうに。
まあ、高級感を味わおうとしている雰囲気なので突っ込まないでおくが。
砂糖を要求していたアスモだが、さすがにマフィンがあるうちは使わないらしい。
「んじゃ、食うか!」
トールがそう言う前に、アスモすでにドラゴンマフィンを口に入れていた。
「どうぞー」
「お、さすがロイヤルなんとか。いい香りしてんなあ」
名前くらい覚えておかないと、大事に隠していた母ちゃんが可哀想だぞ。
香りを楽しんだトールは軽くそれを口につける。
「母ちゃんの淹れた紅茶より香りも良いし、美味いな!」
味がわかるかはともかく、満足してくれてよかった。
「マフィンは旨いなぁ……」
マフィンを食べたアスモが幸せそうに表情を緩める。
フワフワして甘いだけじゃなく、中に入っている果物の酸味が効いて美味しいんだよな。
「俺も俺も! ……これは美味えな。やたらと菓子に拘る女の気持ちがわかる気がするぜ」
「紅茶に合う」
マフィンと紅茶に舌鼓をうつ二人。追加でマフィンを出してもよかったが、仲良くマフィンを分け合う方が美味しいと思ったのでやめておく。
「そうだアル! 王都の話をしてくれよ! 劇観たんだろ?」
「いいよ」
俺達三人は紅茶を飲みながら談笑し、優雅に時を過ごした。
まるで、トールとアスモまでもが貴族になったようであった。
◆
『トール! あなたいつまでサボってんのよ! 薪割終わったら畑に来なさいって言ったわよね?』
マフィンを食べ終わり、王都の話で盛り上がっていた所で飛んできたその声。
それが聞えた瞬間、トールだけでなく、アスモまでも身を震わせる。
「やべえ、母ちゃんだ。すっかり仕事の事を忘れてた」
『全く、アスモにトールを呼んできてって頼んだはずなのにねー。あの子ってば何してるのかしら?』
「おい! アスモてめえ! 何大事な事忘れてるんだよ!」
用事を伝えるのを忘れていたアスモの胸倉をトールが掴む。
「ごめん、忘れてた。というか覚えてないトールが悪い」
全くもってその通りだ。
「ぐぬぬぬ……」
トールが歯ぎしりして悔しげな表情をしたあと、はっとした表情でこちらを見る。
どうせ、貴族である俺が来たからもてなしていたとか、理由を作る気だろう。
「俺は最初に帰ろうとしたからな?」
背中をアスモに押されてトールの上に入ったが、自分で紅茶を淹れたんだ。もてなされた側ではないと思う。
「そこを何とか!」
エリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんでもないのにそんな言い訳が通じるものなのだろうか。
俺ってば、そんな堅苦しい扱い受けてないし。
『トール! アスモー! いるのー!』
ガラリと扉が空けられ、入ってくるトールのお母さん。
「やべえって茶葉を隠せ!」
「いや、もう香りや食器でバレるから」
『ちょっと待って……この香りは……ロイヤルフィード!? トール! あなたは紅茶になんか興味ないとか言ってたじゃないの! 勝手に使ったのね!』
トールのお母さんの怒声と共に、ドタドタと足音が近づく。
慌てるトールと、マフィンの箱を包み直すアスモ。
アスモはさっさとマフィンを持ってトンズラする気らしい。
「アスモ! 逃げんのか!」
『トール!』
トールの叫び声と同時に、トールの母さんが般若の形相でリビングへと駆けこんできた。
それからキキキとその場で堪えると、俺の姿が視界に入ったのか、
『あら、アルフリート様いらっしゃい』
「おじゃましてます」
エマお姉様に似た、花開くような笑顔を向けてくれた。
トールのお母さんは「うん」満足げに頷くと、脇を通り抜けようとしたアスモの襟首を掴んだ。
「俺、仕事に戻らなきゃ」
『それなら終わったみたいよ? お父さんが見つけたら張り倒すって言ってたわ。私、トールを呼んできてって頼んだのに』
「ごめんなさい」
『いいけど、次は忘れちゃ駄目よ?』
うふふと笑うと、アスモは大事そうにマフィンの入った箱を抱えて外へと飛び出した。
多分、マフィンを届けて、お父さんの怒りを鎮めようとしているのだろう。
お父さんも食べるのが大好きだから何とかなりそうだな。
問題はトールだが。
「お義母様、今日はここらでお暇しようかと思います」
『ちょっと言い方が違うような気がするけど、まあいいわ。またいつでも来てね』
「はい。そう言えば、母がお茶会に招きたいとの事でしたので、時間があればアスモ君のお母様と共に、屋敷へとお越しください。王都のお土産である、お菓子をご用意しておりますので」
『まあ、それは楽しみね。近いうちにお邪魔させてもらいますね』
ここで、俺は一礼をしてリビングから退室する。
これで、俺が非難される事はない。
うちの屋敷に来れば、メルが淹れる美味しい紅茶が飲めるのだから。
そして最後に振り返って、トールに一言。
「トール! ロイヤルフィードを飲ませてくれてありがとうな!」
「てんめええぇ!」
『てめええぇ! じゃありません!』
俺はトールの叱られる声を背中で聞きながら、トールの家を出た。
久しぶりのトールとアスモでしたね。
よければ、ポイント評価をお願いします!




