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劇場 ドラゴンスレイヤー

ネット小説大賞の最終選考に残りました!


宝島社様より書籍化が決定です!





 

「おーい、下に降りたぞ」


 青い顔をして目をつぶるエリックに到着の声をかける。


「……本当か? 思ったよりも早い気がするが、本当か?」


「……本当だよ」


 現在俺達がいるのは、北西にある劇場近くの建物の屋上だ。


 どうやって降りたかと言うと、シールドを使って降りたのではなく転移だ。


 シールドを下って降りようとしていたのだが、エリックが急に怖がりだしたせいだ。


 ご腐人達から逃げる時は必死だったので、上る時は気にする余裕がなかったのだろう。


 確かに上るよりも下るほうが、高さがよく見えて怖いけどね。


 エリノラ姉さんも上る時は平気だったのに、下を意識した途端駄目になったよね。


 という事で、


 エリックには目を閉じさせて誤魔化し、王城からこちらを見ていた少女が視線を外した隙に転移したという訳だ。


「地面! いや正確には建物の上か」


 エリックは足で地面を何回も踏み締めてから、安堵の溜息を漏らす。


「情けないなー」


「うるさい! 大体あんな高い所まで上る必要なんてなかったのだ!」


「いや、下の人達に見られると困るし、より高い所の方が景色がいいじゃん」


「……俺からすれば気が気でなかったわ。ところでここは北西あたりか?」


 上空での焦った自分の様子を思い出したのか、エリックが辺りを見回し話題を変える。


「劇場に近い北西の場所に下りた方が近いしね」


 上空から北西辺りの建物の屋上を視認して、俺達は転移で一気に飛んできたのだ。


 大通り近くの細道などでもよかったが、安全策として大きな建物の屋上に転移した。


 今回はエリックを連れての転移なので無理はしなかったと言うべきか。狭い道で二人同時に安全に転移できる自信が無かったからである。


 もみくちゃになって怪我をするとかは嫌だし、それなら屋上の広い所で転移をした方がマシだしね。


 やはり他人との接触があれば複数人での転移ができるようだ。消費した魔力も人数に比例して増えるようだ。


 という事は、今までの法則と同じで、エリックが大人だったらもう少し消費魔力が増えるのか。


 自分以外を転移させる機会はまず無いから貴重な経験だった。


「じゃあ、下に降りるか」


「大丈夫か? 怖いなら俺が手を繋いで一緒に降りてやろうか」


「平気だ! 一人で降りられる!」


 エリックがこの建物よりも低い建物の屋上へと降りようとしたので、手を握ってあげようかとしたら怒られた。


 エリックはフンと鼻を鳴らして、建物を伝って下へと降りていく。


 さっきまでビビッて腰を抜かしていたくせに。


「早く降りてこい」


「へいへい、わかったよ」


「さっさと行くぞ」と、エリックに急かされて俺も下へと降りて行った。






 ◆




「……ここが王都の劇場か。結構大きいんだね」


 目の前にある大きなレンガ色をしたドーム型の劇場を見上げて、俺は感嘆の声を漏らす。


 周りには市民や貴族のような人まで、たくさんの人がこの劇場へと押し寄せていた。


 入口には清潔感ある白い階段、ドームにはたくさんの窓がついており、とても豪華な造りだ。ただ、俺としては真ん中に取り付けられた、オッサンの像は不要だと思う。


 何だか自己顕示欲の強そうな人だ。この劇場の創始者とかであろうか。


 それはともあれ、予想以上にお金がかかっている事が一目でわかったので、これからの劇にも期待が持てそうである。


「お金かかってるねー」


「まあ、貴族が経営している劇場だからな。立派にもなるだろ」


 それを聞いて、やたらと劇場が豪華な理由を理解した。


 つまりあのオッサンの像がその貴族様なのね。


 劇場内へと入った俺達は、貴族専用の受付でチケットを買い、指定の座席へと座っていた。


 中は当然円形で、一階、二階、三階まで席があり、一面赤色の座席で埋め尽くされていた。


 赤くない所は階段や通路だけであろう。舞台も今は準備中なのか、赤い緞帳が下りている。


 あの幕の裏では、きっと役者さんや作業員が忙しく走り回っているのだろうな。


 俺達の座る貴族席は二階の正面席だ。大概の庶民は一階で、より高いお金を払えば二階までいけるらしい。俺達の周りにいる少し身なりのよさそうな人は恐らく商人だろう。


 ただ、平民の者はいくらお金を積んでも三階には上がれないらしい。そこは階級の差か。


 俺としてはそんな高さなんてどうでもいいと思うが。サービスもついて快適なのかもしれないが、三階は金貨五枚とか必要だしな。


 本当に無駄に高い。


 エリックなんて、今日の食事代と二階の料金でお小遣いの殆どを消費したと嘆いていたというのに。


 俺はリバーシとかの売り上げでお小遣いが豊富だから平気だ。もう、これだけで一生分は稼いだと思うんだ。


 続々と家族連れなどの市民が席へと座るのを眺めながら待つ。


 あっという間に劇場内の席が人で埋め尽くされて賑やかになる。


『パパ! 今からドラゴンスレイヤーの劇が始まるんだよね!』


『ああ、そうだよ。役者さんもカッコイイけど、本物のノルド様はもっとカッコいいらしいよ!』


『本当!? なら、あたしその人のお嫁さんになる!』


『……ははは、将来は玉の輿かー』


 無邪気な少女の声と、乾いた父親のような声が聞こえてくる。


 ノルド父さんの奥様はエルナ母さんだけだから、諦めなさい少女よ。あそこに割って入るのは修羅の道ぞ。


 他の貴族は複数人の妻や愛人などを持っているそうだけど、うちは持たないかんじだね。


 後継ぎもシルヴィオ兄さんがいるし。俺としてはパシらせる弟か、可愛い妹が欲しいところだけれど。


「俺の父さんは人気者だな」


「ドラゴンを倒すだなんて滅多にある事ではないからな」


「一体どうやって倒したんだろう?」


「俺はもう見たから知っているが、それは劇を見ればわかる事だ」


「そうだね」


 なんて風に雑談をしていると、舞台の緞帳の前に司会者の男が現れた。


 その男が挨拶を述べて、端へと下がると徐々に灯りが消えていき緞帳が上がっていった。


 ついにドラゴンスレイヤーの劇が始まるのだ。


 緞帳がなくなり、灯りで照らされた舞台と役者達の姿が現れる。


 そこには金髪碧眼の爽やかな男が立っていた。


 青を基調とした冒険者風の服を着ており、剣を腰に携えている。


 あれがノルド父さん役の役者なのだろうか。


 確かにイケメンだが、少し頼りない顔つきをしている。


 それでも女性の観客は嬉しいのか、きゃあきゃあと黄色い声を上げている。


 俺としては本物やシルヴィオ兄さんを見ているので、パチモンにしか見えないのだが。


「いや、貴様の父上の顔が整いすぎているだけで、あれも十分に美青年だぞ?」


 俺の微妙な顔を見て察したのか、エリックが小声で話してくる。


「う、うん。わかってるよ」


 やっぱり、本物のノルド父さんの方が断然カッコいいな。


 あのパチモノだと稽古でエリノラ姉さんに瞬殺されてしまいそうだ。


『――あるところに、若き冒険者ノルドという男がいました』


 よく通る女性のナレーションの声が会場内に響く。


 音を拡張する魔導具、または風魔法で音を飛びしているのだろう。俺のいる場所にまでしっかりと声が聞こえていた。


 ナレーションの声が聞こえると、ノルド父さん――ではなく、パチモノが爽やかな声を上げながらゆっくりと道を歩き出した。


 やけに芝居がかった歩き方だが、実際にこれは芝居なのだから仕方がない。


 その得意げな表情を見ると、思いっきりビンタしてやりたくなる衝動に駆られるが我慢だ。


 パチモノの発する台詞を聞く限り、パチモノは村を出て王都を目指す旅路の最中の様だ。


「そうだ! こんな天気のいい日は歌を歌おう!」


 普通に歩いていたパチモノだったが、自分の紹介を終えると突然そんな事を言い出した。


 すると、楽しげな音楽が流れだして、パチモノが一人歌いながら舞台を歩き回りだした。


 さては王都に向かう気がないなコイツ。


 しかし、さすがはプロの役者。いい歌声をしているな。


 パチモノは優雅にターンをきめたり、華麗なステップを刻みながら舞台全体を動き回る。


 小鳥と戯れるような踊りと爽やかな歌声は、観客女性の多くを魅了する。


 所々から漏れるようなうっとりとした声が聞こえてきた。


 やがて、歌が終わると、パチモノは呑気に語りながら歩き出した。


 すると、緊張感ある音が流れて草むらで隠れた舞台の脇から三匹のゴブリンが躍り出た。


「ゴブリンか!」


 鞘から剣を抜き出してパチモノが叫ぶ。


 もちろん本物のゴブリンが登場する訳ではなく、体を緑にボディペイントをした男性達である。男性達は皆猫背で腰には汚れた革鎧を巻き、手には棍棒を持っている。


「ギイイ! ギイイイイ!」


 奇声と特徴的なガニ股での動きは、とてもゴブリンっぽい。


 過去にルンバと遭遇したゴブリンの姿を彷彿とさせたほどだ。きっと、役者さん達は実際にゴブリンを観察して研究したのであろう。


 ゴブリン達は無意味に身体を跳ねたり、手をワキワキと動かしながらパチモノと対峙する。


 和やかなシーンは、突如現れたゴブリンによって掻き消され舞台に緊張感が走る。


「……呑気に歌なんて歌っていたからゴブリンがやってきたんだ」


「そういう事は思っていても言うな」


 思わず口から出ていたらしく、エリックに小声で突っ込まれる。


 その間にも緊迫した音楽は流れ、パチモノとゴブリン達は間合いを測り合っている。


 普通のゴブリンは間合いなんて気にせず突っ込んでくる奴が多いらしいが、今は舞台。


 より面白くするための演出なのだ。何かもリアルに表現すればいいと言うものではないのだ。


「ギイイ!」


 先に動いたのはやはりゴブリン。奇声を上げて一体のゴブリンがパチモノへと襲いかかる。


 乱暴に振り回される棍棒を余裕の動きで避け、そのまま流れるように腹へと一閃。


「ギャアウウウ!」


 ゴブリンは苦しげな声を上げて倒れた。もちろん、本当に当てているわけではない。


 本格的な動きを演出するために武芸でも習っているのか、パチモノは綺麗な動きをしている。


「ハッ!」


 パチモノの発する短い呼気と共に、襲いかかるゴブリンが切り倒される。


 最後の一匹を倒し終わると、パチモノは気取った動作で剣を鞘へとしまい込んだ。


「ふう、今日もいい調子だ。しかし、最近は妙に魔物の出現頻度が多いな。何か嫌な予感がするよ」


 そう言うと、パチモノは今度こそ道を歩いて舞台から消えていった。舞台では三匹のゴブリンが微動だにせず転がっていた。


 こういう時に、ゴブリンの役者が本当に動いていないのか注視したくなるのは仕方がない事だと思う。



 ◆


 そして舞台は変わり、王都へと辿り着いたパチモノ。


 多くの人々で賑わう様子に感嘆の声を上げながら、冒険者ギルドへと入っていく。


 大きく開いた室内には、多くの冒険者が併設された酒場で騒いでいる。


 皆がジョッキを片手に持ちながら、大声で喚き、飯を食らっていた。中には腕相撲をしていたり、それを大声でまくしたてたりと喧騒に包まれている。


 女性の冒険者も少数だが交じっているのが、目の潤いになる。男に比べれば少ないが、女の冒険者も存在する。冒険者は男ばかりではないという、宣伝にもなりそうだ。


「……ここが王都の冒険者ギルドか」


 パチモノがギルド内の喧騒を見て、呻くように呟く。


「お前、ここらじゃ見ねえ顔だな?」


 入口の一番近い場所で騒いでいた冒険者の一人が、パチモノの下へと寄って来る。


 いやらしい笑みを浮かべるその表情は、パチモノを歓迎しているようには見えなかった。エールを飲んでいるせいか、顔も赤い。


「もしや、これはテンプレか?」


「て、てんぷれ?」


 テンプレなんて言葉が存在しないためか、エリックは独特なイントネーションで発し、小首を傾げる。


 どうして「てん」を強調するのだ。そのまま黙っているとエリックは興味を失ったのか、再び舞台の方へと視線を向けた。


 その際に「コイツがおかしな事を言うのは毎度の事か……」と言っていたのが腹立たしかった。機会があったらエリックを天空のハイキングへと連れていってやる。


「それにしても随分と華奢な奴だな。女かと思ったぞ?」


 最初に絡んだ男が嘲笑し、それにつられるようにして他の男達も笑う。


 絡んできた男を軽く流して通り過ぎようとするパチモノ。この手の者を相手にしてはキリがないと思ったのだろう。


「何無視してんだよ!」


 しかし、それは男の神経を逆なでするものであったらしく、男は通り過ぎようとしたパチモノへと殴りかかる。


 が、それはパチモノがひらりと身をずらす事で避けられ、パチモノからお返しとばかりに差し出された足によって転倒する。


 あはは、これノルド父さんが稽古でよくやる技だ。俺の木刀の振りが大きくなると、すぐに足を引っかけてくるんだよね。偶然なのかな?


「ははは、ボルスの奴、新人に転かされてやがる。情けねえ!」


 一人の冒険者によるからかいの声で、嘲笑はパチモノから男へと変わる。


「あいつ、見た目の割にやるな」


「ボルスが呑み過ぎで自分から転けたんじゃねえの? うはは!」


 馬鹿にしていた新人に転がされ、多くの者に笑われるという屈辱により、男は顔を赤くした。


 それを見たパチモノが溜息を吐き、男はパチモノへと再び殴りかかった。


「この野郎!」


 それをパチモノは危なげなく躱す。


 周りの冒険者達は突然始まった喧嘩を止めるどころか、はやし立てて一層盛り上げようとする。


 どちらが勝つかの賭け事の声も聞こえてくる始末だ。


 それを見て俺は、どこかで見た事のある光景だなと思った。


「ちょっと、どいてくれない?」


 パチモノと激昂した男が入口近くで激突しようとする時、入口から少女の声が聞えた。


 鈴を転がしたようなよく通る声は、ギルド内にいる者の動きを止めた。


 突然、二人の間に割り込んできたのは栗色の髪をした少女。というよりただ、外からギルドへと入ろうとしているだけなのだろう。


 入口の近くで固まるパチモノと男が確かに悪い。悪いのだが、この少女にとって空気を読もうとする気は全く無いようだ。


 栗色の長い髪は腰まで伸びており艶やか。整った顔立ちに髪と同じ色をした気の強そうな瞳。女性らしい体つきをしており魔法使いなのだろうか、ローブをはおり、手には長い杖を持っている。


 はてさて、突然現れたこの少女は誰であろうか?


 考えていた俺だったが、冒険者の男が発した台詞によってわかる事となった。


「……おい、エルナだぞ」


 俺はその台詞を聞いた途端、大声で叫びそうになった。




劇を丁度いい具合に書くのに大変苦労しました。

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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

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