王都逃走劇
ラーちゃんの風魔法によって煽られたスカートは優雅に踊り、メインストリートにいる人々(主に男)の下に晒される。
それが衆目に晒されたのは僅かな間かもしれなかったのだが、俺には随分と長い間見えたような気がする。
「きゃあっ!」
反射的に腕で顔を覆ってしまったシェルカは短い悲鳴を上げて、遅れてスカートの裾を押さえた。
王都の南メインストリートはいつでも賑わっているが、この時だけは静寂が訪れていた。
大勢の下でスカートの下を晒したシェルカは、周りに視線を送った後、急速に顔や耳を朱に染めた。
ボンッという勢いでだ。
それからスカートの裾から手を放して顔を俯かせる。
前髪が垂れているせいか表情が見えないが、恐らく恥ずかしい気持ちでいっぱいなのだろう。
ラーちゃんと言えば、シェルカの反応を興味深そうに観察している。
「…………た?」
体を震わせながら、シェルカが小さな声で言う。
「「えっ?」」
俺とエリックに向かっての言葉なのであろうか。
「見たでしょ?」
「「…………」」
何を? とか聞いたら怒られる気がする。ここは慎重に言葉を選ばなくてはならない。俺の中での勘がそう告げている。間違った言葉を選ぶと大変な事になると。
それはエリックも感じた事なのか、緊迫した表情に冷や汗が見える。
それがわかるという事は奴も今までにただならぬ経験をしている証である。
「あんた達見たんでしょ!」
黙っている事が勘に障ったのか、シェルカがヒステリックに髪を振り乱して叫ぶ。
「「見ていません!」」
俺とエリックは何か答えなければいけないという判断をして、即座に答えた。
「私の水色のパンツ見たんでしょ!」
「「いや、ピンクだろ!」」
「…………」
「「…………あっ……」」
しまったー! つい、突っ込みを入れてしまった! 俺とした事がなんたる不覚!
シェルカが水色だとか嘘っぱち言うから、本当の色を答えてしまった。
それにしてもヒステリックになりながら俺達にカマをかけるとは、何て恐ろしい女なんだ。
シェルカの怒りが爆発していない事が、俺達にとってはより恐ろしい。
今すぐにでもここから逃げ出したい。しかし、それをすると後が怖い。
第一、スカートを風で捲ったのはラーちゃんなのだ。俺達が怒られるいわれはない。
そうこれは姉妹喧嘩。俺達に関係はないのだ。
それでも男として見てしまった以上は謝ろう。それがカッコいい男というものだからな。
よし、これで俺とエリックも罵倒される事はなく丸くおさまるはずだ。
俺とエリックは視線を合わせる。
――謝るぞ。それで全てが丸くおさまる。
――それしか方法はないだろ。
お互いに短く視線で語り合って、俺達は無言で突っ立っているシェルカへと向かう。
「さすがアルが教えてくれた魔法! お姉ちゃんのこんな顔始めて見たー!」
「待てエリック! どこへ行くんだ!」
「は、放せ、貴様! 俺は貴様の巻きぞいなんかで死にたくないんだ! おのれ! 貴様どこにそんな力が!」
全力の魔力で強化した力だ。エリックなんかに振りほどけるわけがない。
「おい、貴様! 向こうを見ろ!」
「その手にはのらないね! 絶対に放さないから!」
「違うわ! このままだと俺達本当に死ぬぞ!」
俺の気を逸らして逃げようとしたって無駄だ。と思っていたのだが、さすがに死ぬと言うのは言い過ぎではないだろうか? 俺はあまりにも必死な様子のエリックを見て、振り返ってみる。
「『我は求める 燃えさかる 真紅で……』」
俺が振り向いた頃には魔法が八割がた完成していて、シェルカの周囲にはショートランスを思わせる八つの炎が浮いていた。
それはラーちゃんの使った突風の魔法と比べるべくもなく、攻撃性の強い魔法。
しかも、ただの火の玉ではなく貫通力を高めた形態。
周囲の人々は火魔法に驚いて、離れたり壁に隠れたりはするが決して遠くへ行こうとはしない。わくわくした表情でこちらを覗っている。
『また魔法学園の生徒だな』
『今日は随分と可愛らしいお嬢ちゃんだな』
王都の市民は随分とたくましいようだ。というか魔法学園の教育はどうなっているんだ。
「まさか、シェルカ嬢はこのメインストリートで魔法をぶっ放す気か?」
「火魔法は洒落にならないぞ!」
エリックと俺が呻きながら、ジリジリト後退る。
シェルカと言えば未だに魔力を抑える事なく、目がすわったままだ。
「「パンツ見たくらいで怒るなよ!」」
「『鋭利な炎を』!」
カッとシェルカの目が見開かれ、同時に腕を振るう。
それによって鋭く尖った炎が俺達をロックして襲いかかった。
「せめて貫通力だけは抑えろって!」
「あの姉妹は一体どうなっているんだ!」
それを見て俺達は飛び上がるようにして走り出した。
俺達のいた足元に突き刺さる炎。
「待ちなさい!」
「あれ、本気で当てに来たよな!」
「ああ、奴は本気だ」
「特にアルフリートは念入りに焼いてあげるわ! 余計な事を思い出さないように!」
くそ、そっちの事も根に持っていたのか。あれはシェルカ自身の自爆だと言うのに。
「……なあ、ここからは別れて逃げないか?」
「何を言ってるんだよ。二人で協力して逃げるのが一番だよ?」
エリックが一人で脇道へ入ろうとするのを引っ張って阻止。
コイツは性根が腐っているんじゃないかと思う。
まあ、どっちにしろ。エリックの逃げる方向へ俺も逃げるから一緒なんだけれどね。
俺はにっこりと笑うと、エリックが引きつった笑顔をする。
一人だけ罪を逃れようだなんてそうはいかない。
そんなやりとりをしていると、再び後方から炎の槍が飛んできた。
『何だ何だ?』
『おい、魔法学園の生徒が暴れているぞ!』
『またかよ!』
俺達が走る道にいる人々が驚いて左右に割れていく。何か結構慣れている感じがするな。
それよりも、
「エリックほら! 魔法が飛んできた! 早く斬り落とせ!」
俺の盾なんだ、それくらいやってくれなければ一緒にいる意味が無い。
「バ、バカ言え! 魔法を斬り落とすなんてできる訳がないだろう!」
「おい! 嘘をつくなよ! 俺の姉は木刀でも斬るし、魔力と拳さえあれば叩き落としてくるんだぞ!?」
エリノラ姉さんは火だろうと水だろうと斬ってしまうと言うのに。多分、風とかも弾かれそうだ。雷ならば電流があるから通用しそう。
「お前の姉は本当に人間か!? 俺には無理だ!」
「コイツ使えねえ! ……『シールド』っと」
俺は肩あたりに飛んできた炎を、最低限の大きさのシールドで防御する。
シールドは小さく、圧縮するように作り上げれば防御力が上がるし魔力の消費も少ない。無駄に大きく作って消耗したくはない。
まあ、俺の魔力量ならば気にする事はないのだろうけど。
「何であんたがそんな精度の高い魔法が使えるのよ!」
後ろのヤバい目をした女が叫びながら腕を振るう。
四つ同時に放たれた炎を、俺は先程と同じようにシールドを小さく展開して防ぐ。
「意味がわからないわ! 『我は求める……』」
炎の槍を打ち尽くしたせいか、今は走りながら詠唱をしている。動きながらの詠唱は難しいというのに。
さすがは飛び級するだけの事はある。
「おい、エリック。距離が近い。離れろ」
さっきまで俺から離れたがっていたエリックが、急に密着して来る。
魔法を斬りおとす事もできない、こいつに用はないぞ。走りにくくて邪魔だ。
「二人で協力して逃げるのだろう?」
にたりと笑みを浮かべてエリックが言った。
こいつ、俺のシールドを頼るつもりだ。密着して俺のシールドの庇護下に入ろうとしている。何て卑しい奴なんだ。
よく考えれば俺一人ならば、適当に路地裏へ入って転移すれば済む話だった。
最初にシェルカの圧力にビビッて、エリックを引き止めるのではなかった。
「と、とにかく、あいつを撒くぞ。道には詳しいんだろ?」
「ああ、シェルカ嬢を撒くくらい簡単だ。所詮は令嬢、怪しい道までは入ってこないからな。それより防御は任せたぞ」




