風の息吹
お待たせして申し訳ないです。では、どうぞお楽しみを。
俺とエリックはあれから商店街や武器屋、防具屋なんかを見て回ったあと休憩場所として南のメインストリートへと戻って来ていた。
ちなみにここは俺とラーちゃんが最初に出会った所だ。
「はあ、ちょっと疲れた」
案内をしてもらっている自分が言える立場ではないが、人の多い王都を歩き回れるのは疲れるのだ。なぜ、俺が熱心に歩き回っているのかというと、転移魔法で転移しても怪しまれない。なおかつ目的の場所に近い場所を探していたからだ。
明らかに怪しい裏道だったりとか、あそこの建物には衛兵が立っているだとかは念入りにチェックしている。騎士達が巡回するルートも大体は知っておきたいところだが、さすがに半日では無理がある。そこは今度来た時にでもじっくり観察すればいいであろう。
「情けない。と言いたいところだが、それには俺も同意だ。ここで休憩してから西に行き、それから北西の劇場にでも向かうとするか」
「賛成。じゃあ飲み物でも買うか」
そうして二人仲良く、例の野菜やら果物やらを混ぜたジュースを買おうとして屋台へと向かう。
すると、その近くには馬車らしきものが停まっていた。
ふむ、どこかの貴族様でも来ているのだろうか? 豪奢な馬車を見る限り結構な財力を持ってそうだな。うちの馬車なんてやたらと紋章が豪華なせいで馬車本体が貧相に見えるんだよね。
それにしてもこの馬車、どこかで見た事のあるような気がするか気のせいであろうか。
「あ、あれは――」
「アルだー! それにエリックもー!」
エリックが口を開いたが、それは聞き覚えのある高い声によって遮られた。
そこには屋台で受け取ったジュースを手持ちながら、笑顔でこちらに手をブンブンと振るラーちゃんの姿が。勢いよく手を振りすぎたために、ジュースのコップが手から落としそうになって、慌てる様子がとても可愛らしい。
ラーちゃんは後ろで控えているメイドさんにそれを渡すと、こちらを向いて恥ずかしさの交じった笑顔を向ける。
純粋なあの笑顔を見ると心が癒される。
あのラーちゃんが、さっきの商店街で出会った双子のようにはならない事を俺は心から祈りたい。
そう思うと王都に多数存在する紳士達の気持ちが、少し分かるような気がした。
いや、ほんの少しだからね。ちょっとさっきの事件が衝撃的だったせいだよ。
ラーちゃんが俺達の前まで、てててっと駆け寄ってくる。
「アルとエリックは何してるの?」
「今日は二人で王都の色々な所を歩き回っているんだ。それで今は一休みしようとしている所」
本当はどこかの店に入ろうとしたけれど、何だか腰を落ち着けるとだらけちゃいそうで。
あとはエリックの懐がピンチという側面もある。
「あー! いいなあ! 私もアルとエリックと遊びたいー」
頬を膨らませて羨ましそうな声を出すラーちゃん。動くたびにツインテールの髪がふわりと揺れる。
羨ましそうにしているラーちゃんだが、小さな女の子が歩き回るにはしんどいであろう。鍛えているエリックと、鍛えさせられている俺でも足が棒になりそうなのだから。
「ラーちゃんは今日何をしているの?」
「えっとね、今日はお茶会の帰りなの。それで、美味しかったジュースをまた飲みに来たの」
なるほど。他家のお茶会をした帰り道にここへ寄ってきたという訳か。そういえばノルド父さんとエルナ母さんもお茶会があるとか言っていた気がする。
「なるほどな」
「今日はメイドさんとだけかな?」
「違うよ。お姉ちゃんもいるよ」
馬車を見る限りでは周りにはメイドさんと御者の人しかいない。
確かめる際にメイドさんと目が合ったので、一応軽く頭を下げておくと向こうは慇懃に頭を下げてくれた。ラーちゃんが離れても付いてこない様子からして、一応俺達の事は知っているらしい。まあ、何かあってもエリックが死んでも守るか、俺がエリックを盾に使うのだけれど。
凛とした佇まいを見る限り、あのメイドさんは護衛を兼ねているのだろうな。
そんな事を思いながら眺めていると、横から声が飛んできた。
「あんたは何をやっているのよ。私の妹にあまり関わらないでくれる?」
開口一番から失礼なシェルカ。屋台でジュースを買ったからか手には木製のコップがある。
今日は魔法学園の制服に身を包んでおり、ブレザーのような服に、スカートといった格好だ。青色のマントは黄色にも見える綺麗な茶色の髪によく似合っている。
品の良い女子生徒といった感じだな。
「シェルカさんは俺達を何だと思っているんですか?」
「待て貴様。今、シェルカ嬢はお前の顔を見て『あんた』と言ったんだ。だから俺は含まれていない」
俺が抗議の声をあげると、隣ではエリックがそんな事を言った。平気で俺を切り捨てる冷たい奴だな。
という事はシェルカの中では、俺がラーちゃんに悪影響を与える奴だという認識なのだろうか?
「そうよあんたよ」
俺の表情から察したらしいシェルカが、ばっさりと言う。
「それは心外ですね。俺がラーちゃんに悪影響を与えるだなんて――」
「アル、今日は駄メイドはいないの?」
「…………」
突き刺さるエリックとシェルカの非難の視線。
いかんな。ここは俺が年上らしくしっかりと注意してやらないと。
「駄メイドじゃないよ。ミーナでしょ? ちゃんと名前で呼んであげなきゃ」
「えー? アルがそう呼んでいたのに?」
ぐはっ。もはや返す言葉もない。俺は今、言葉の重みというものを痛烈に感じている。
偉い人達が必死でお金を払って揉み消したり、撤回する理由がわかった気がする。それでも言わなかった事にはならないのだが。
ちなみにエリックは呆れたように溜息をつき、シェルカは射殺せるような視線だ。
「今日は何して遊ぼうかー?」
「あー! アルってばパパと同じように誤魔化したー!」
誤魔化せるかと思ったのだが、さすがは公爵家の当主。この方法は既に使われているようであっさりと見抜かれてしまった。
むむむ、やるなパパさん。
「…………」
俺を非難すると公爵家の当主までも非難することになるので、エリックは沈黙を選んだ。
「恥ずかしい」
シェルカは身内の恥ずかしい情報が出たせいか、両手で顔を覆ってしまった。
× × ×
それから腰を落ち着け、休憩してしばらく。シェルカが「帰りましょう」と言いながら腰を上げた。
「えー! まだ早いよ!」
「駄目よ! もう帰るわよ」
「何で? まだ暗くなってないよ?」
「もうすぐ暗くなるわよ」
いや、それにはまだ無理がある。確かミスフィード家は王都に屋敷があったはずだ。近距離なので夕方になる事はあり得ない。
「まだお昼を過ぎたところだよ?」
「帰ってゆっくりした頃には暗くなるわ。こいつと一緒にいるとラーちゃんが悪い子になっちゃうのよ?」
なるほど。よっぽど俺をラーちゃんと関わらせたくないらしいな。
エリックが同意するように頷いていたので、頭を叩いてやる。
「ならないもん! だからアルとエリックと遊ぶの!」
「ダメよ! 遊ぶのはいいけど、この二人以外にしなさい!」
「何でよお姉ちゃん!? 意味わかんない!」
俺、怒っていいだろうか? ラーちゃんもっと言ってやれ。
「なあっ!? 俺もか!?」
「もう面倒くさいから一緒でいいでしょう! パーティ―でもずっとくっついていた癖に! そんなんだから、どっちが受けとか攻めとか言われるのよ!」
「「……はっ?」」
怒りの気持ちが一瞬にして吹き飛び、俺達の間抜けな声が重なる。
「受け? 攻め? 何のことだ?」
エリックは幸か不幸か知らないのか、眉を顰めて怪訝な声を上げる。
俺はと言えば、元の世界の知識と身近なコリアット村のせいで察してしまった。
歳の近い知り合いの女性がその趣味を持っているのは初めてかもしれない。
いや、コリアット村で探せばわんさか出てくるのかもしれないが。
「……お前、まさか……」
「あっ! 違うわよ! これは、その…………とにかく! ラーちゃんもう帰るわよ!」
趣味がバレた恥ずかしさのせいか、シェルカ今すぐにでも帰ろうとラーちゃんの腕を掴む。
「帰らない!」
が、ラーちゃんはそれを振り払う。
「いいから帰るの!」
帰る理由がシェルカ自身の事もあるせいか、先程よりも半ば無理矢理ぎみだ。恥ずかしさから逃げ出したい気持ちのせいか、今度は理由も何もない。
それでラーちゃんが納得するはずもなく。
「もう! お姉ちゃんの意地悪!」
頬を膨らませて腕を再び振り払った。周囲の人が貴族の面倒ごとを避けるように離れていくのがわかる。王都の市民の対応力からして慣れている事がわかる。
それからラーちゃんがとった行動には俺も思わず驚いた。
「『我は求める 大気による』」
なんと人々が多く賑わう、メインストリートで魔法を唱えたのだ。
周囲の人々がそれに気付き、驚きの声を上げて、先程よりも大きく距離を取る。
「『風の息吹を』!」
そしてメインストリートへと勢いよく風が流れ、シェルカのスカートが勢いよく捲れ上がった……っ!
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『俺、動物や魔物と話せるんです』も是非読んでみてくださいね。




