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商店街の日常

 

『らっしゃい! らっしゃい! 今日は安いよ! 特にこのむっちりとした大根なんかオススメだよ! ほら、そこのお美しいマダム! この大根あなたの太もものように綺麗でしょう?』


 南のメインストリートの商店街では今日も威勢のいい声が飛び交う。


 買い物籠を腕に掛けた女性を引き止めたのは、以前にも見かけた野菜屋の強面店主。


 どうして大根を売りつける言葉に『むっちりと』という言葉が入るのであろうか。


 今日はニーソを履かせてはいないようだが、やはり太ももに例えるらしい。


『まあ、そんな綺麗だなんて…………って、おい。あんたはあたしを挑発しているのかしら? あたしの太ももはもっと細くてしなやかよ! あたしをそこいらの大根足と一緒にしないでくれる?』


 最初はまんざらでもなく、しおらしくしていた柔和な女性だったが大根を見るなり態度が変わった。


 よほど大根に例えられたのが気にくわなかったのか、店主がドン引きするほどの勢いでまくしたてる女性。


 そして脚が自慢だったのか、スリット型のワンピースからしなやかな脚を見せ出した。


『『おおおおおおおおう!』』


 そして周囲の男達がそれを見て歓声を上げる。


 おお、自信を持って見せつけるだけのことはあるな。


『いや、でもここらへんとかこの大根と似てないか?』


 白々しくも強面の店主はそんな事を言いながら、他の大根を手に取る。


『似てないわよ! あたしの脚はそんなに太くて歪かしら!?』


 多分あの店主はああして脚を眺めていたいだけなのだろう。


『そうそう、奥様にはこのしなやかでみずみずしい大根がお似合いです』


 強面店主と女性の間に割って入ったのは、この間見かけた細身の店主。


『あら、ちゃんとわかっている人が――ってそれ毛がボーボーじゃないの!? あたしの脚には毛なんて生えてないから!』


『どはっ!』


 振り向きざまに殴られて吹っ飛ぶ細身の店主。強面店主と違い華奢な体つきをしている店主は面白いように吹き飛んだ。


 それでも大根を必死に抱えて守りきる根性。さすがはプロの商売人。


『私の脚はすべすべよ!』


「ここは前にも通ったけど、いつもこんな感じなのかな」


「まあ、そうだな。巻き込まれると碌なことにならないからさっさと行くぞ」




 野菜屋のお店を通り過ぎて、俺とエリックは食後の甘味を購入してプラプラと歩く。砂糖を振りかけたパンのようだが。サクサクとしていて美味しい。


 未だに商店街は途切れることなく多く立ち並んでいる。


 雑多にあるわけではなく整然とあり、道も広くて綺麗だ。ここを清潔に保つのは人手がすごくかかりそうだ。


 俺は周りをキョロキョロと見回しながら、面白そうなものを探す。


 そしてふと、とげとげしている緑色の大きなものを見つけた。


 何だろうか。パイナップルかドリアンよりも凶暴な棘を持っている。


「これは何?」


「いや、それは俺にもわからん」


「何だよ使えないな」


「黙れ。さすがに王都の食材全て把握することは俺にも無理だ。大体俺は王都の貴族ではないぞ」


 使えないエリックに放置して店主にこの食材は何かと尋ねようとしたところだが、店主は他のお客さんと商売中だった。


『最近ついていなくて。財布は落とすし、家は燃えるし、旦那の仕事が決まったと思ったら潰れるしで散々なんです』


『それは運が悪い。運が悪いとしか言いようがありませんよ』


『ですよね? ですよね?』


『そんな奥様の為にもこういう物を用意していますよ』


『何ですか?』


『幸運の壺! これさえあれば運が悪い奥様も幸運になります。つまり、これさえあれば財布は拾えるし、新しい家だって手に入ります。もしかしたら、財布を落としたのが貴族様で、それを奥様が届けるとお礼に屋敷をくれたり……いや、もしかすると貴族に見初められちゃったりするかもしれません!』


『本当ですか!? いくらです! 買います!』


『この幸運の壺、本来なら金貨一枚はしますね』


『そ、そんな。私にはそんなお金など』


『しかし、不運な奥様の為にこの幸運の壺を銀貨三枚でお売りしましょう!』


『か、買ったああああああああ!』


 こ、これは酷い。明らかに詐欺ではなかろうか。


 幸薄げな女性はいそいそと財布から銀貨を取り出して幸運の壺とやらを受け取る。


『こ、これで私も幸運に』


 詐欺とは気づかずに女性は笑顔でただの壺を抱きかかえる。


 それはもう大事な我が子のように。


 俺とエリックがジトッとした視線を向けると、店主がばつが悪そうにこちらを見る。


「何だよ、詐欺じゃねえからな」


「いや、でも幸運の壺って……それに値段が」


「一応あれは銀貨三枚の値打ちの壺だからな?」


「そうなのか? 嘘をついているのではないだろうな?」


 俺とエリックが疑わし気に見つめると、店主は恥ずかしげに視線を逸らして頭を掻く。


「大体詐欺をするならもっと値段をふっかけるだろ。銀貨三枚の壺で気持ちが前向きになれれば十分だろうが。暗い気持ちでいるからいい事が起きないんだよ」


 なるほど。確かに詐欺をするならもう少しお金をふっかけているはずだな。銀貨三枚くらいで詐欺商売をして捕まるにはあまりにも無駄だ。


 嘘を付いているとは言え、これはあの女性のためにもなるものなのだろう。


 運の悪い人は考えが悲観的でチャンスさえも見落としている事が多いしな。いつも暗い気持ちで沈み込んで下ばかり見ていては、いいことが起きるはずもない。


「へー、もしかしてあの女性の事好きなの?」


「おい、あの女性は人妻だぞ?」


「う、うるさいな。客じゃないならどっかにいけ!」


 俺とエリックが冷やかすと、店主は顔を耳まで真っ赤にさせてしっしと追い払う。


「なるほど。好きな人には幸せになって欲しいか」


 俺達の視線の先には羽が生えているかのように、軽やかな足取りで走り出す女性。


 それは先程とは見違えるほど前向きな様子だったが



『うわあああああああああああ! こ、幸運の壺がああああああああ!』



 自分の足にからまりバランスを崩した女性の手から壺が飛び出す。それは硬い床へと落下し、商店街に響くほどの破砕音を上げる。


「「「…………」」」


 幸せそうな顔から一変して、この世の終わりのような顔をする女性。


 そこには無残にも粉々に砕けた幸運の壺が。女性はまるで自分の幸運が逃げ出さないように、割れた破片をかき集める。


 あの女性は本当に運が悪いのかもしれない。時には下を見る事も大事だな。


「ほら、行ってきなよ店主。あの人あのままじゃ破片で怪我するよ」


 店主は無言で駆け寄った。


 次はどうやってあの女性の気持ちを前向きにさせるのだろうか。





 喉が渇いたので、ジュースを片手にしながら散策を続ける。


 この辺りは肉屋や、野菜屋、そして数少ない魚屋があるお陰か人の数が多い。


 海鮮類は基本高級料理店や王族や貴族に回されることが多いが、それでも王都のあちこちに魚屋を出せるくらいには取り寄せている。


 これも氷の女王様の作った魔導具とやらのお陰だろう。


 うちのためにクーラーとか作ってくれないでしょうか?


 まあ、田舎は涼しいし、いざとなったら部屋中を氷漬けにするからいいんだけどね。あんまりやりすぎると怒られるけれど。


 そんなわけもあり、魚屋にめがけてやってきた主婦を捕まえる為に他の店主たちも客引きに必死になる。怒号のような声があちこちで響き渡り戦争のようだった。


 ふと目についた、肉屋と野菜屋の所には俺と同い年くらいの少女が二人。


 どちらも似ている事からして双子だろう。


『『あの、お母さんが病気で……だから精のつくものを食べさせてあげたくて』』


 声を揃えて、上目遣いに言う。


 その大きな瞳はうるんでいて今すぐにでも泣いてしまいそうだ。


 顔を見るとどことなく顔色が悪いような気がする。


 きっと母親が病気でろくなものを食べていないのであろう。


 父親はどうしたというのか。いや、父親がいればあんな風にはならないはずだ。きっと父親は早くに亡くなってしまっているのであろう。


『でも、あたし達……お金あんまり持っていなくて』


『……お母さんが働けなくなったから。お父さんもいないし』


『あの! 二人で稼いだ銀貨一枚で栄養のある食材を下さい!』


『ぞうなのがあああああ。大変だったなー、お嬢ちゃんたち』


『お母さんの為に自分達で働いてくるだなんて。おじさんは感動したよ』


 幼気な少女の悲しげな話しを聞いて涙を流す肉屋と野菜屋の店主。


 それから肉屋と野菜屋の店主は奥へと引っ込み、大きな籠を持ってくる。


『ほら、持っていきな』


『え? でも、こんな大きくて美味しそうなお肉を払えるお金なんて……』


『いいんだよ、お嬢ちゃん。お金なんていらねえよ。早くお母さんにそれを食わしてやりな』


 そう言って強引に籠を握らせる肉屋の店主。


『ほら、こっちもだ。栄養のある野菜に果物。たくさん入っているから持っていけ。勿論お金なんていらないよ』


『……え、でも!』


『子供が遠慮なんかするもんじゃないよ。困ったらいつでもおじちゃん達を頼っていいんだからね』


『『はい! ありがとうございます!』』


『うんうん、やっぱり子供は笑顔が一番だよ』


 双子の少女は頭を下げると、パンパンに膨れ上がった籠を笑顔で抱えて走り出した。


 それを店主達が暖かい表情で見送る。


「王都の人情という奴だね」


「そうだな」


 俺とエリックも穏やかな表情で髪を揺らして元気に走っていく双子を眺めた。


「あれほど母親想いで優しい彼女達なら大丈夫だろう」


 俺はエリックの言葉に無言で頷くのであった。




 ――それからしばらくエリックと共に街路を進み、曲がったところで間延びした女性の声が聞こえてきた。



『ランちゃんリンちゃん、たくさん買えたー?』


『あ、お母さん!』


 それに答えるのは、双子の少女。


「「はっ?」」


 俺とエリックの間抜けな声が重なる。


 俺達の理解が追いつかぬ間に双子の少女はお母さんと呼びながら、その女性に抱き着いた。


『お母さん! 今日はね、大きなお肉を無料でもらったんだ!』


『野菜と果物もたくさん貰ったよ! 勿論無料で!』


 無邪気な笑顔でそんな事を言う双子の少女。悪意のない子供の言葉はどうしてこうも遠慮がないのか。実際に店主達が聞いていたら泣いているよ?


『……はっ? えっ? 病気は?』


 エリックが掠れた声を何とか絞り出す。


『あらあら、それなら今日はお野菜たっぷりのステーキにしましょうか。お父さんも久しぶりに帰ってくるし丁度いいわね』


『『やったあ!』』


 双子の少女とその母親が幸せそうに立ち去っていく。


『……お父さんは亡くなったんじゃ?』


 うわごとのように言うエリックの言葉が、やけに明瞭に俺の耳へと入った。


 ああ、こいつは結構感動していた分、衝撃が大きいんだろうな。


 俺? 俺はさ、ほら……そういうの慣れているし。


 これが王都の客と店主の戦いなのか。恐ろしい。


何か幸運の壺がいい話っぽくなったような。


店主の前で母親が現れて、呆けるバージョンもありますが、こちらにいたしました。


そろそろ皆さんエリノラが恋しくなって来たでしょうか?

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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

― 新着の感想 ―
双子のオチは大体想像ついてたけど、あんまりな。。
[一言] 王都の人達も個性が強いし、逞しいなぁ~
[一言] 錬金王さんは一見エリノラ推ししているように見えますが、 姉という生き物はいかに理不尽で凶暴で暴力的(スリルという人生のスパイス)となっているか… それを遠回しに姉という生き物の魅力の一部とし…
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