王都を巡ろう
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それから落ち着いてブラムの話を聞いてみるとこうである。
エリノラ姉さんが出席していたパーティーに参加していたブラムは、エリノラ姉さんに一目ぼれをして婚約を申し込んだ。
しかしエリノラ姉さんはそれを了承することなくバッサリと断ったとの事。
諦めきれなかったブラムはその日に何度もアタックした、その熱意に心打たれた(多分あまりにも鬱陶しいから渋々)エリノラ姉さんはブラムにこう言ったそうだ。
『――あたしに剣で勝てたら婚約者にでもなってあげるわよ』
………………そんなの無理に決まっているじゃないか…………。
そんなのドラゴンスレイヤーのノルド父さんでも引っ張ってこないと無理だ。
最近では武闘派のメルナ伯爵やBランク冒険者のルンバでも敵わないらしいし。
言っちゃあ何だが、ブラムがエリノラ姉さんに剣で勝てる程の腕を持っているとは思えない。
そしてブラムはエリノラ姉さんに決闘を申し込み……瞬殺されたそうだ。
それからもブラムは手紙やパーティーの招待状を送っては再戦の機会を窺っていたそうだが、全て返事はなかったらしい。
そう言えば、エリノラ姉さんが火魔法の練習とか言って、庭で何か紙を燃やしていたのを何度か目撃した事がある。
きっと目も通されずに焼却されてしまったのであろう。
「そして今回、スロウレット家の息子が交流会に参加すると聞きつけた俺は、これを好機とみてエリノラへと手紙を大量に送ったのだ!」
誇らしげに言うブラムだが、俺には性質の悪いストーカーにしか思えない。
すると何という事か、エリノラ姉さんから返事がこの間届いたとの事。
『交流会に参加するあたしの弟、アルフリートを倒せたら再戦してあげるわ』
…………。
エリノラ姉さん、屋敷を出発する時は「変な貴族に絡まれないようにするのよ」とかいう忠告をしておいて、自分で蒔いた面倒ごとを俺に押し付けたな?
多分ブラムからの手紙は俺が屋敷を出るタイミングと同時に着いたであろう。
あの時に知っていたら、もっと露骨な事をエリノラ姉さんは言うはずだ。
くそ、早く屋敷を出発した弊害がこんなところで現れるだなんて。
今頃エリノラ姉さんは大量に届いた手紙を焼却して、リビングで呑気にクッキーでも齧っているに違いない。
「という訳だから勝負をしろ!」
「絶対に嫌です。だって俺には何も関係ありませんよね?」
「だが、手紙には貴様の名前が記されているぞ!」
丁寧に折りたたまれた手紙を開いて、俺の鼻先に突き付けるブラム。
うわ、面倒くさそうに殴り書きされているわ。きっと眉間に皺を寄せながら机で適当に書いたんだろうな。
「えー、これってどうなの?」
「まあ、家の者からの正式な手紙でこう記されていてはなあ……」
俺が助けを求めてエリックの顔を見たが、肯定よりな返答がきた。
「確かにこれなら決闘は避けられないわね。しかし今宵はクーデリア王女もご出席して頂いている貴族の交流会。決闘は明日の朝にここの庭園でしてはどうかしら」
「……確かにそれもそうだ。俺はそれで構わない」
アレイシアの言葉に同意して頷くブラム。
というか何でアレイシアが取り持っているのだろうか。
「えー、本当にするの?」
「明日の王都巡りは午後だろう? さっさと片付けてから来るんだぞ?」
当然命のやり取りなんかはないけれど、朝から決闘だなんて面倒くさいな。
こうして俺の貴族交流会二日目は幕を閉じた。
そして次の日。
「…………寝坊した……」
俺は宿のベッドからむくりと起き上がる。
すでに太陽は中ほどまで上がり、ブラムとの決闘の時刻である朝はとうに過ぎている。
いや、まだ完璧に昼ではないのだから問題ないとは思うのだが、今から向かったら丁度昼になるであろう。
俺は窓の鎧戸を開き、気持ちの良い日光を浴びて目を細める。
「いい天気だ」
そして体を伸ばすと体からぽきぽきと音がなる。
そしてそのまま窓に肘をかけて、景色をぼーっと眺める。
今日の王都は快晴。雲一つないほどに真っ青だ。
視線を下ろすと、今日も賑わう王都の街並みが。
昼時なお陰か、多くの人が食堂らしきお店や南のメインストリートへと向かって歩いているのがわかる。
こういう大勢の人で賑わう景色もいいが、やはり自分には緑広がるコリアット村の方が落ち着くなあと心底思う。
やはり俺は田舎だよ。田舎。
「……さてと、エリックと遊びに行くか」
ブラムとの決闘はいいのかだって? 別に俺は一回も受けて立つだなんて言っていないし問題ないだろう。ちゃんと相手の返事を聞かないでどこかに行ってしまう方が悪いと思うし。
元々今日はエリックと王都巡りをする約束を先にしていたのだ。それを変更してまで付き合ってあげる事もないだろう。
決闘ができなければ、ブラムはエリノラ姉さんと再戦できないだけだ。
それはブラムが余計な苦しみを味わわずに済むという事。これは俺なりの優しさなんだ。
俺は空のコップに水魔法で作った水を入れて口へと含む。
それから洗面台で顔を洗い、身支度を整えて、ラフな衣服を身に纏う。
結局は王都に着いてから、ラーちゃんの迷子事件やエルナ母さんの実家に行ったりと碌に観光ができていなかった。
貴族の交流会も昨日で終わったところだし、今日は存分に楽しもう。
「よし、待ち合わせは広場だったな」
俺は鼻歌を歌いながらメインストリートへと駆けだした。
王都の中央に位置する、大きな広場は今日も平和だった。
噴水の周りで遊び回る子供達。子供達は服を着たままだというのに水場へと飛び込む。
服が張り付いて気持ち悪くならないのだろうか。
とか俺なんかは心の中で思ってしまったのだが、当の子供達はそんな事お構いなしに、無邪気な笑顔をしている。
その周りでは老人やカップルが設置された長椅子に腰を掛けて、のんびりと会話をしたりはしゃぎまわる子供達を眺めたりしている。
「確かエリックと待ち合わせをしたのは昼ぐらいにここだよな」
この世界には時計や携帯なんて便利な物はないために、待ち合わせ一つするのにも一苦労だ。
王都では一定の時間が経過するごとに鐘が鳴るのだが、それも随分と大雑把な気がする。
早朝に小さめの鐘を一回。正午と夕方くらいに大きめの音が一回の計三回。それを基本としてその間の時間であろう時間帯くらいに鐘を一回ずつ五回だ。
おそらく太陽の位置や影から判断しているのであろう。
そんな大雑把な時間形式なために、この世界の人はわりと時間にルーズだ。
もちろん、商人や騎士といった一部の人達はきっちりとしているが、日常生活はまったりしているもんだ。
広場の石像の前や長椅子には、待ち合わせをした相手がなかなか来ないのか苛々とした様子の人達が多く見られる。
うわー、あの辺りにいる女性とか凄く怖い。
男が来たらまず顔をぶん殴ってやらないと気が済まないわ! という感じだ。
遠巻きにそれを見ていると、ちょうど彼氏らしい男が走ってやってきた。
俺にはこの男が絞首台に近付いているようにしか見えない。
男は膝に手を付けて息を整えると、手を合わせて女に謝りだした。
きっと「ごめん! 遅れちゃって!」とかそんな感じのセリフを言っているのだろう。
それに対して女はツンとしていた表情を崩し、ふっと柔らかい笑みを浮かべる。
「いいわよもう。そのかわり今日は素敵な所に連れていってよね!」とか甘酸っぱい展開でも広がるのであろうか。
広場にいる誰もが固唾を飲んでその光景を見ている。
それは噴水ではしゃぐ子供や、長椅子に座る老人でさえも。
そして時はある音によって動く。
ゴォン、ゴォォンという荘厳な鐘の音が王都へと響き渡る。
正午の鐘の音だ。
そして鐘の音が鳴りやむと、
「待ち合わせは二回目の鐘が鳴る時って言ったわよね? もう三回目じゃないのよ!」
「ちょ、待って! だはっ!?」
女が男の腹部を思いっきり殴りつけた。
それを見ていた子供達から感嘆の声が上がる。
「「おおおおおおお!」」
「あのお姉ちゃんついにやったな!」
「あのお姉ちゃん朝からずっとここにいたもんね」
あの女の人は朝からいたのか。きっと今日のデートをさぞ楽しみにして待っていたの違いない。それならばあの怒りも納得できないこともない。遅刻したあの男が悪いのだし。三回目の鐘で到着は酷いと思う。
「おお、ナイスボディーじゃ」
「いいパンチじゃのぉ」
「あれはもう立ち上がれんわい」
うん、それは俺も同意。
さっきから男は苦しそうに蹲っている。とてもすぐには立ち上がれるようには思えない。
やがて女の人は俺達の視線に気付いて恥ずかしくなったのか、頬と耳をあっという間に真っ赤に染め上げる。
「――ッ! バカ!」
そして男に一言罵倒を浴びせると、走り去ってしまった。
「……クイ……ナ」
周囲の人々が追いかけなよ、という視線で男を見つめるが、男は立ちあがる事ができない。
強烈な一撃だったのであろう。
ノルド父さんも言っていた。相手の思いが詰まった一撃は身体の芯に響くと。
赤く腫れあがった頬をさすりながら言わなければ、もっといい言葉に聞こえたのに。
きっと今回もそれと同じなのだろう。
「何で追いかけてこないのよ!?」
あ、さっきの女の人が戻って来た。
「……ごめんクイナ。追いかけたかったんだけれど……ちょっと俺……立てないや」
王都でのほのぼのとしたお話しです。
クイナさん可愛い。




