貴族交流会二日目
会場内は昨日にも増して煌びやかで、既に会場入りしている貴族も多い。
給仕のメイドは次々丁寧な動作で貴族達の持つ飲み物を注ぎ、また次の人へと。
その動作は迅速でありながらそそっかしいなどという事は全くなく、慇懃に会釈をしてゆっくりと引き下がる。
次々と運ばれる贅を尽くした料理は、香ばしい匂いを漂わせ人々の鼻孔をくすぐる。
それは貴族達の談笑を彩るものであり、貴族達も酒と料理を楽しみながらあちこちで笑い声や歓声が上がっている。
俺としてもぜひお酒を手に料理を楽しみたいものだ。
「すいません、果実酒を下さい」
「はい、果実水ですね」
にっこりと笑ってメイドさんはトレーの上に載せてある、果実水を俺に手渡す。
こんな感じである。
よく見たら昨日と同じメイドさんであった。
なら、次は他の人に頼んでみようと思ったのだが「他の人に頼んでも駄目ですよ」と言われてしまった。
そこまで手が回っているとは、さすが公爵家のメイドだ。
仕方が無く果実水を手に会場の端に陣取る。
ノルド父さんはとエルナ母さんは仲の良い貴族の人の所へ行ってしまった。
俺と言えば、少し挨拶しただけで早々と退散。
いや、だって大人同士が会話している所に俺がいてもどうしようもないし。
ついでに言うと俺と同じような考えなのか、エリックがつかつかとこちらにやって来た。
「今日はマヨネーズを持ってきたのか?」
開口一番にそれとは。
「はいはい、持って来たって」
昨日のように上着を剥かれてはたまらないので、素直に小瓶に入れた物を渡す。
エリックはそれを奪うように俺の手から奪うと、テーブルの上にある野菜スティックに付けて食べ始めた。
「やはり、これなら俺でも食べられる」
どうしよう、俺も食べたくなってきた。
器に刺さるように沢山盛られている野菜スティックの中から紫色の物を掴む。
何だかニンジンのように硬いのだけれど、どんな味がするのだろう。
まずはそのまま食べてみる。
すると口の中で水分が弾けて……きゅうりみたいな味だな。
何か紫色とかしているからもっと凄い味がするのかと思ったよ。
思い出せば紫キャベツとかも栄養価が違うだけで大して味は変わらなかった気がする。
まあ、きゅうりっぽい味ならマヨネーズに合うか。
そう思い、エリックに渡した小瓶に突っ込んでマヨネーズを付けようとする。
するとエリックが小瓶をさっと逸らす。
「何だよ、ちょっとくらいいいじゃないか」
「駄目だ。これは俺が貰ったものだ。どうせ貴様には自分の分があるのだろう? それともまた間接キスとやらをするつもりか?」
「俺が誰かれ構わずに間接キスを狙う変態みたいに言うな!」
「そうだったな。お前はあのミスフィード家の幼いご令嬢だけを狙うのであったな」
「違うわ! 何て事を言うんだお前は! もうマヨネーズはあげないからな!」
「……全く貴方達は何をしているのよ」
結局俺達はまた取っ組み合いになってしまったのだが、今回は呆れた声が飛んできたことにより剥かれずに済んだ。
ちょっと、端っこにいるご腐人方、残念そうに溜息をつかないでもらいたい。
というか、結構数多いな。コリアット村のご腐人の数も尋常ではないくらいに多いのだが、王都は大丈夫であろうか。
声の方へと振り返ると、そこにいたのはラーちゃんとシェルカ。
今日のラーちゃんのドレスは華やかなピンク色。昨日とは違いフリルが抑えられていて動きやすそうだ。
シェルカは青色のドレスに青い薔薇の髪飾りを着けており、とても落ち着いた雰囲気だ。
白金のような長い髪によく青が似合っている。
「アル、何を食べているの?」
「んー? 野菜だよ? エリックが付けているソース、マヨネーズに付けると美味しいんだよ?」
ラーちゃんは、俺の野菜スティックとマヨネーズを見て感嘆の声を上げると、エリックを見て大声で叫び出す。
「あー、野菜嫌いなエリックが野菜を食べてる!」
なんだ、ラーちゃんもエリックが野菜嫌いだと知っているのか。
「貴方野菜が苦手なの?」
「う、うるさい。これさえあれば問題はない!」
シェルカに馬鹿にされたように言われて、エリックは顔を赤くして小瓶を抱える。
「私もマヨネーズに付けて食べるー」
「駄目よ! そういう事は大事な人以外しちゃいけないって昨日言ったじゃないの!」
殺伐とした雰囲気にはならなさそうで良かったのだが、今夜も大変そうだ。
× × ×
「ねえねえ、アルって魔法が使えるって本当?」
隣にいるラーちゃんが俺の袖をくいくいっと引っ張って聞いてきた。
「そうだけれど、誰から聞いたの?」
ラーちゃんの前で魔法を使ったのは、マジックでクッキーを出した時だけのはずだ。
「エリックからアルは魔法が使えるって話を聞いたの」
「あー、なるほどね」
確かに昨日、エリックに駄目押しとしてライトの魔法で目つぶしをした。
だってそうでもしないと、アイツ噛みついてきそうで怖かったから。
「確かラーちゃんの家は有名な魔法使いが多い家なんだよね?」
俺が昔使っていた、魔法書物の著者の名前はユリウス=ミスフィードだ。
という事は、ラーちゃんはその人の家系の子孫にあたるはず。
「うん! そうだよ! パパもママもお姉ちゃんも皆凄い魔法が使えるんだよ!」
「へー、皆が凄い魔法を使えるんだ」
さすがは有名な魔法貴族。家族は全員が凄い魔法使いらしい。
「じゃあラーちゃんも将来は凄い魔法使いさんかな?」
「うん、お姉ちゃんみたいにカッコいい魔法使いさんになりたい! でも、まだ上手く使えないの……」
ラーちゃんは目を輝かせてそう言った後に、しょんぼりとする。
相変わらず表情が豊かだ。
確かに魔法は結構神経を使うので難しい。
その時その時に必要な魔力を必要な量だけ操作することが重要だ。
俺も魔力の操作には随分と苦労した。
赤ちゃんの頃から、三才の頃まではずっとライトを使って練習していた。あれは辛かった。こう何というか、慣れないうちは凄く魔力の操作が鈍くてもどかしいのだ。あれはもう慣れる他に手段はないだろうと思う。慣れだ、慣れ。
あの時は本当にそれくらいしかやる事が無かったのだから打ち込めたよ。そう思うと、早く練習方法を教えてくれた神様には感謝だ。
お陰でちゃんと転移魔法も使えるようになったのだし。
ここはラーちゃんにも勧めてみるか。
「……ねえ、いい方法があるんだけれど無魔法は使える?」
「無魔法? ライトなら使えるよ?」
× × ×
「そうそう。それで日常の何気ない時に使うのがポイントなんだよ。例えば風魔法で部屋の空気を入れ替えたり!」
「そんな事に魔法を使うのー?」
「あとあと、お姉ちゃんを撃退する魔法の使い方もあるよ」
「教えて!」
「しょうがないな。俺が教えたって言っちゃ駄目だからね?」
「うん! 言わないよ」
俺達が楽しく話している所に入って来たのは、シェルカ。
よっぽど、俺とラーちゃんが一緒にいるのが心配らしい。先程からシェルカは友達と会話している最中でもチラチラと視線をこちらに飛ばしてきていた。
「何を話しているの?」
「魔法についてちょっと話していたんだよ」
じろりと来る疑いの眼に、動じずに答える。
シェルカは俺の瞳を覗き込むようにしてから「ふうん?」と胡乱気な声を出す。
「ねえねえアル! 今使ってみてもいい?」
隣ではラーちゃんが耳元でそんな事を囁く。
「駄目だよ。今使っても大して効果はないよ」
「そっかー」
「……何のことなのよ」
ははん? どうやら自分だけ除け者にされて拗ねているんだな?
「その顔はいくら温厚な私でも殴りたくなるからやめてちょうだい」
ナイフ持って襲いかかろうとする奴のどこが温厚なのだろうか。そう言うと、今度はスプーンで目玉をくり抜くわよ? とか言われそうなので黙っておく。
「ところでシェルカはどうして魔法学園に通えているの? 確か入学年齢は十二歳からだったような?」
うん、これなら魔法関係の話になるし、前の話に突っ込まれる事はないだろう。
俺が尋ねると、シェルカは前髪をいじりながら素っ気なく答える。
「……飛び級よ。ある程度の実力と才能があれば年齢は関係無いから。学園長はお父様だし」
「ああ、なるほど」
「何? 貴方も魔法学園に入るの?」
「いや、全くその気はないよ」
異世界に転生してまで学校とか、それなんて罰ゲームだよ。
「……あっそ」
12時投稿なのでお許しを。




