前世では定番な贈り物
『S級ギルドを離脱した刀鍛冶の自由な辺境スローライフ』の電子版コミックが発売しました。よければそちらもよろしくお願いします。
「メル、ちょっといいかな? お土産を渡したいんだ」
「あら、本当? 嬉しいね」
俺が近づいて声をかけると、さっきまで威勢よく指示を飛ばしていた姿が嘘のような笑みになった。切り替えがすごい。
「はい、これ」
「……これは?」
「王都で買ったハンドクリームだよ」
前世であれば、女性にハンドクリームを贈るのは定番を通り越して、飽きられつつあるアイテムだ。
気軽に贈れるが故に、ちょっとしたイベントごとに貰ってしまって家に何本も持っているなんて負の側面が大きい。
しかし、こちらの世界ではハンドクリームはそれなりにいい値段がするので、贈り物として貰われると嬉しいもののはず……だよね?
「薬効成分が入っているから肌が荒れた時にも使えるよ」
「…………」
「メル?」
……あれ? もしかして、お土産の選定をミスった? こっちの世界でもハンドクリームは飽きられているのか?
「……アルフリート様、ありがとう。大事に使わせてもらうわ」
おそるおそる見上げると、メルがにっこりと笑みを浮かべながら言った。
先程の綺麗な笑みではなく、嬉しさがあふれ出たような自然な笑みだった。
「よかったぁ。変な間があったから気にいらないのかと思ったよ」
「まさか、女性でハンドクリームを貰って嬉しく思わない人はいないさ」
「そうなの?」
「あたしは貰うなら実用的な物の方が好きだからね。それにこれ……『フロレッタ』のハンドクリームじゃないか……」
「なんですか? とてもいいやつなんですか?」
窓を拭きながらミーナが尋ねてくる。
『フロレッタ』は、ロレッタが紹介してくれたお店の一つだ。
王都の有名な薬師が経営している雑貨店だ。
ハンドクリームだけでなく、医薬品、石鹸、香水、といった薬師の知識を活用した商品を中心に販売している。
「そうだね。ミーナのお給金一か月分くらいだね」
「ええ!? ハンドクリーム一つで……ッ!?」
「こら、手が止まってる」
具体的な金額を聞いてミーナが固まった。
しかし、メルがすかさず叱責したので再起動は早かった。
「まあ、今回の王都行きでメルには特に負担をかけたから」
「どこかの誰かさんと違って、アルフリート様はしっかりしているねぇ」
メルが深いため息を吐きながら言うと、窓を拭いていたミーナがビクリと肩を震わせた。
俺は察した。ミーナはメルのお土産を買い忘れたのだと。
……うん、こればっかりはどうすることもできないな。
「それじゃあ、俺はバルトロにお土産を渡してくるよ」
どこか助けを求めるミーナを放置し、俺は厨房へと向かうのだった。
●
厨房にやってくると、バルトロはチェアに腰掛けて食事を摂っていた。
「バルトロ、食事中?」
「ああ、仕事がひと段落ついたから昼飯だ」
厨房の作業台には白米、味噌汁、玉子焼き、鰆、筑前煮といった朝食の残りが並んでいる。
会社員の夫や小学生の子供を見送った後に、お母さんが食べる食事のようだ。
「……どうした坊主?」
「これ甘めの玉子焼きだよね? 一つもらってもいい?」
「さっき食べたばかりだろ?」
「さっき食べたのは出汁巻玉子だからね。今は甘い玉子焼きが食べたいんだ」
他人が食べていると無性に食べたくなる。
「しょうがないな。いいぜ」
バルトロから許可を貰ったので玉子焼きを一つ摘んで口に入れた。
ふんわりとした柔らかい食感をしており、口に入れると優しい甘みが広がる。
「美味しい。相変わらずの絶妙な甘さ加減だね。なにかコツとかあるの?」
「砂糖を控えめにして、少し蜂蜜を加えてやるのが秘訣だ」
「なるほど。今度試してみるよ」
玉子焼きの作り方を教えてあげたのは俺なのに、いつの間にか技量で追い抜かれてしまっている。さすがは本職の料理人だな。
「ところで坊主はなにしにきたんだ?」
「あ、そうだ。バルトロにお土産を渡しにきたんだ」
俺は抱えていた木箱を作業台の上に載せた。
「ああ、王都で買った香辛料か」
「それもあるけど別にあるよ」
カレーを作るのに必要な香辛料は、屋敷を出立する前からエリノラ姉さんたちに買ってこいと散々言われていた。
バルトロにとってはスロウレット家を満足させるために必要な業務用品である。当然、バルトロへのお土産にはカウントしない。
「本当か!?」
バルトロがチェアから立ち上がって前のめりになる。
ラズールの香辛料の余りになると予想していたんだろうな。
「今回のお土産はバルトロもビックリするんじゃないかな?」
「おいおい、そんなにハードルを上げちまってもいいのか? 期待しちまうぜ?」
「大丈夫だよ。今回はそのハードルを超えられるはずだから」
ニヤリとした笑みを浮かべるバルトロに、俺は不敵な笑みを返しながら木箱の蓋を開けた。
「んん? トマト、ニンジン、ブロッコリー……? だが、見たことのねえ品種だ」
「ふふふ、なんだと思う?」
既存の品種とはまるで違うからかバルトロが手に取ってみたり、色々な角度から眺め出す。
戸惑っているバルトロの反応が面白い。
「なにより驚きなのは食材なのに魔力が‥‥」
料理人だけあって、そこまで言葉にしたところで気付いたのだろう。
バルトロの背後にピシャリと雷が落ちる音を幻視した。
「もしかして、カルデアの野菜か!?」
「その通り!」
「うおおおおおおおおぉぉ! マジか! 本当にカルデアの野菜なのかよ!」
「思ったより早く気付いたね。さすがに料理人の中では有名なのかな?」
「当ったり前だ! 魔力を宿した野菜なんてものは霊峰カルデアで栽培されたもの以外にあり得ねえからな!」
ロレッタから差し出された時、俺にはまったくピンとこなかったが料理人の中ではかなり有名な話のようだ。
「いつか手に入れて調理してみたいと思っていたが、まさか坊主が持ち帰ってきてくれるとはな!」
「ハードルは越えられたかな?」
「ああ、想像の十倍は飛び越えたぜ!」
喜んでくれるだろうとわかっていたが、こうして実際に喜んでくれる姿を見ると嬉しいものだな。
「にしても、こんな貴重なものをどうやって手に入れたんだ? カルデアの野菜は、危険な道のりを越えて霊峰を登るか、特別なルートでしか手に入れることができねえって聞いたが……」
「ミスフィード家の料理長にもらったよ。ベルなんとかさん」
ずっと心の中で料理長と呼んでおり、名前を知ったのが串揚げパーティーの最後の方だったのでイマイチ名前が思い出せない。
「もしかして、ベルナードか? 元宮廷料理長の?」
宮廷料理人とは聞いていたけど、長まで付いてくる偉い人だと思っていなかった。
「多分、その人だね。有名なの?」
「この国の料理人の頂点って言われている奴だからな。あいつならカルデアの野菜を仕入れることができても不思議じゃねえ」
それほど面識があるわけではないが、王城の料理を取り仕切っていたこともありベルナードはかなり有名なようだ。
「ベルナードほどの奴がカルデアの野菜をくれるとはな。ミスフィード家の屋敷で新しい料理でも披露したのか?」
「うん、串揚げの作り方を教えたらくれた」
本当はベルナードが契約しているカルデア農家への紹介状を貰ったんだけど、霊峰カルデアは神聖イスタニア帝国とアルドニア王国の堺に位置している。
道がかなり険しい上に、道中には危険な魔物がいっぱいいると聞いた。
空間魔法の転移を使えば、たどり着くことは可能かもしれないが、時間がかかるだろうな。
転移で経由するにしても神聖イスタニア帝国から向かった方がいいのか、アルドニア王国から向かった方がいいのか。その辺りの選定もしなくてはいけない。
すぐに向かえる場所ではない上に、実際に向かう保証もないのでバルトロには悪いが紹介状に関しては黙っておくことにしよう。
「なあ、坊主。その話はノルドやエルナも知ってるんだよな?」
「え? そりゃもちろん会場にいたからね」
カルデアについて考えていると、バルトロが何故か焦った様子で聞いてくる。
「カルデアの野菜を料理してみるより、二人の耳に入ってるか気になるの?」
念願だったカルデア野菜を手に入れたのだ。
いつものバルトロからすると、昼食そっちのけで野菜の研究を始めてもおかしくはないはずなんだけど。
「いや、もちろんカルデア野菜の研究もしてえんだが、俺の経験ではこういうことがあった時には――」
「バルトロ! あたし、夕食は串揚げが食べたい!」
バルトロが妙に焦っていた理由は、厨房にエリノラ姉さんが顔を出しにきたところで理解した。
「……二人から話しを聞いた嬢ちゃんが食べたがる」
気が付けば、かなり時間が経過していた。
魔法の授業に区切りがつき、その雑談の中でエルナ母さんから串揚げを食べたって聞いたんだろうな。
「悪い坊主、手伝ってくれ」
俺はエリノラ姉さんのためにバルトロと共に串揚げの仕込みに励むのだった。




