そうだ。お土産を渡そう
朝食が終わるなりエリノラ姉さんは、エルナ母さんに連行されていく。
きっとこれからエルナ母さんに魔法授業をみっちりと受けさせられるのだろう。
「ねえ、母さん! 魔法の授業をするならアルやシルヴィオも受けた方がいいと思うの!」
哀れな囚人を見送るような視線を送っていると、エリノラ姉さんがハッとこちらを見てそんなことを言い出した。
自分が助からないと悟るなり、俺たちを道ずれにしようとしてくるなんて卑劣な。
「なに言っているのよ。あの二人に今さら基礎の授業なんて必要ないわよ」
「そ、そんな!?」
もう少しレベルの高い授業であれば、俺たちの復習も兼ねて一緒に勉強をしようという展開もあり得たかもしれないけど、残念ながら俺たちとエリノラ姉さんの座学レベルには大きな差がある。
シルヴィオ兄さんは、魔力量や魔法技術は並といったところだけど、座学に関してはずば抜けており魔法学園の生徒に引けをとらないレベルの知識があるって聞いている。
俺の場合は独自の魔法理論を突き進んでいるので、一緒に授業を受けても意味がないと通達されている。
つまり、大学生や研究者が、中学生レベルの授業を受けて得られるものは何一つとしてないのだ。
「これで今日一日の平和は確約されたようなものだね」
エルナ母さんとワンツーマンでの授業だ。脱走なんてできるはずがない。
「休憩時間になったらすっ飛んできそうだけどね」
シルヴィオ兄さんが苦笑しながら言う。
まあ、それも予想できる展開ではあるけれど、授業の合間の休憩時間だ。
剣の稽古をしようなどと言われることはないだろう。
「シルヴィオ、執務室にきてくれるかい? 領内を視察した時の感想を聞かせてほしい」
「うん、わかった」
ノルド父さんが声をかけ、シルヴィオ兄さんと一緒に部屋を出ていく。
ダイニングルームに残ったのは、優雅にロイヤルフィードを傾ける次男坊と食器の後片付けをしてくれるミーナとサーラだけだった。
カチャカチャと食器を回収する音だけがダイニングルームに響く。
俺は特に何を喋るでもなく、暖炉の炎をボーッと眺める。
薪が爆ぜる度に小さな火の粉が宙に舞っては消えていく。
刻一刻と姿を変えながら燃焼している炎の姿はいくら見ていても飽きないな。
確かキャンプとかでは、焚き火を眺めるのも楽しみ方の一つだっけ。
俺も炎を眺めるのは好きだけど、今はまだ冬だから外は寒いし、こうやってぬくぬくとした場所で炎を眺めるのがいいや。
「アルフリート様は何かされるんですか?」
暖炉の炎を見つめていると、食器をワゴンに載せ終わったミーナが尋ねてきた。
多分、このまま俺を放置してダイニングルームを出ていくのも悪い気がしたんだろうな。俺はただ好きで炎を見つめているだけで、そんな気は回さなくてもいいのに。
「帰ってきたばかりだし、今日は屋敷でゆっくりしようかなって」
久しぶりにコリアット村に遊びにいきたい気持ちも少しはあるが、やはり帰ってきたばかりなので屋敷に引き籠っていたい。
屋敷で数日ほどダラダラして飽きてきた頃に、コリアット村に顔を出せばいいや。
「片道一週間の旅を終えたばかりですしね。それがいいと思います」
「ご無理はせず、ゆっくりなさってください」
「ありがとう」
すべての食器をワゴンに載せると、ミーナとサーラはダイニングルームを出ていった。
社畜時代は長期出張を終えようが、翌日には朝一での出社を命じられていた。
長期出張の疲労を配慮して休日だとか、半日休みすら与えられることはなかった。
しかし、今の俺は子供だから何もしなくてもいい。
むしろ、遠出したこともありかなり配慮されている。子供万々歳だ。
視線を再び暖炉の炎へと戻すと、ずんぐりとしたゲル状の物体が遮っていた。
我が家でペット兼、クッションとして飼われているビッグスライムである。
「あれ? お前、いつの間にやってきたんだ?」
さっきまで暖炉の傍にはいなかったというのに、いつの間に暖炉の前に陣取ったのか。まるで気配を感じることができなかった。
「そこにいると暖炉の炎が見えないんだけど?」
ビッグスライムだけあって図体がデカい故に、俺の角度からは完全に暖炉の炎が見えなくなっている。
せめて、もうちょっと端に寄ったり、体を小さく変形させてもらいたい。
「ちょっと退いてくれない?」
俺が近寄って声をかけるもビッグスライムは暖炉の炎を見つめるばかりで退く気配がなかった。
多分、ちょっとでもズレると炎から発せられる熱が弱くなるからだろう。冬場にストーブの前を譲りたがらない猫のようだ。
退いてもらおうと手で押してみると、俺の腕がゲル状の体に包まれる。
どうやらテコでも動く気がないらしい。
「……もういいや。そこでゆっくりするといいよ」
そこまでして動きたくないということは、今のあいつにとって暖炉の前がとても心地いい証拠だ。それを無理に奪ってやろうとは思わない。
俺は暖炉の前を素直に譲り渡すと、少し温くなったロイヤルフィードを一気にあおった。
俺はティーカップをサイキックで浮かべながらダイニングルームを出る。
別に放置しておいてもミーナ、サーラ、メルの誰かが回収しにくるだろうが、彼女たちに余計な手間はかけさせたくないからね。
ただでさえ、帰ってきたばかりでメイドたちも忙しいんだ。自分でできることは自分でやらないとね。
「バルトロ、食器置いとくね」
「おお、助かるぜ」
厨房に向かうと、バルトロが食器を洗っていたのでサイキックでティーカップをシンクの中に置いてあげた。
階段を上げて二階へと上がっていくと、自分の部屋に入る。
暖房の魔道具をつけると、そのまま流れるようにしてベッドにダイブした。
うつ伏せのままの状態で布団の上をゴロゴロとする。
朝食を食べて程よくお腹が膨らんだこともあるから、もうひと眠りほどできそうだな。
睡眠羊の枕を使って、速やかに二度寝を堪能するか?
「……いや、でもまた眠れなくなるかもしれない」
昨日は旅の疲れもあってか、いつもよりかなり早い時間に就寝し、今朝はお昼前に起きた。
軽く計算しただけで十時間以上眠っている。
ここでさらに二度寝をしてしまえば、ミスフィード家の時のように夜に眠れなくなりそうだ。
ベッドで寝返りを打つと、テーブルの上に木箱が置かれていた。
なんだろうと思って蓋を開けると、そこには香辛料の詰められた瓶に、球体型のランプ、本型のランプ、耳飾り、魔石の端材などが入っていた。
「あ、そういえば、王都でお土産を買ったんだった」
おそらく、メイドの誰かが王都で買った品物を俺の部屋に運び込んでくれたんだろう。
香辛料についてはラズールで買い込んだものをいくつか偽装として入れているだけだ。
亜空間の中には、ここにある十倍以上の香辛料が入っているので安心だ。
「お土産を渡さないと」
シルヴィオ兄さんはノルド父さんと仕事の話をしているし、エリノラ姉さんはエルナ母さんと勉強中なので後回し。先にバルトロとメルにお土産を渡しにいこう。
俺たちが王都に行くことになり、もっともシワ寄せを食らったのは屋敷をたった二人で管理することになったメルとバルトロだからね。
二人にはちゃんとお土産を渡して労いの言葉をかけてあげないと。
俺はお土産を手にして屋敷の中を歩く。
バルトロは厨房にいることは把握しているので、先にメルを探したい。
「ミーナ、もうちょっとキビキビと動きなさい! そんなんじゃ一日経っても掃除が終わらないよ!」
「ひいー!」
「サーラは雪かきにいつまで時間をかけているの? そんな端っこまで退かしていたらキリがないわ。まずは皆が通るところを重点的にやりなさい」
「は、はい!」
廊下をてくてくと歩いていると、お目当ての人物はすぐに見つかった。
メイド長であるメルが威勢の指示を飛ばし、ミーナがあくせくと窓を拭いている。
廊下にはサーラはいないが雪かきということで外にいるのだろう。
「メルさん、今日は厳しくないですかぁ!?」
「当たり前よ。二人がいない間、あたしとバルトロしかいなかったからね。今日は屋敷の隅々まで掃除するのよ!」
ミーナが泣き言を上げ、メルがやる気の炎を漲らせる。
確かに廊下の端っこにある窓枠を見れば、薄っすらと埃が溜まっている箇所がある。
今まではあまり見ることのなかった光景だ。
やはり、一か月近くもの間、屋敷を二人で管理させるのは無理があったんだろうな。




