立食パーティーのお開き
人形劇についての話し合いが纏まると、夜も更けていたこともあって立食パーティーはお開きということになった。
「アル、串揚げとても美味しかったわ。ありがとう」
「楽しんでもらえたようで何よりだよ」
お別れの言葉ということもあり、砕けた言葉で返事をするとアレイシアは満足そうに微笑んだ。
よかった。これで正解だったらしい。
「今後はミスフィード家が串揚げが広めていくのよね?」
「うん、そうだよ」
なにせ串揚げのレシピや調理法は正式にミスフィード家に売ったのだ。
ベルナードをはじめとする料理人たちが、教えた知識を元に試行錯誤して串揚げを作ってくれるだろう。これからどんな串揚げが誕生するか楽しみだ。
「随分と気前がいいのね?」
「ちゃんと、それなりの対価は貰っているよ?」
今回の試食会の報酬としてシューゲルから照明の魔道具をいくつも貰えることになっているし、調理の指導としてベルナードからはカルデアの一流農家を紹介してもらった。さらに最終的にレシピの提供金額は白金貨五十枚を越える値段で纏まりそうだとノルド父さんから報告を貰った。決して安いとは言えない報酬だ。
「ということは、私も対価を払えば新しい料理のレシピを売ってくれるのかしら?」
チラリとこちらに流し目を向けてくるアレイシア。
その様子からすると、彼女も何かしらの新しい料理のレシピが欲しいということだろうか?
「……まあ、スロウレット家が忙しくなければ」
ついさっき串揚げのレシピを提供したばかりだ。
あまり立て続けに提供したらノルド父さんが過労で倒れてしまう。
既にリバーシ、スパゲッティ、卓球、スライム枕などの利権でスロウレット家は十分なほどに儲けているからね
「何か料理のレシピが欲しいの?」
「私がリーングランデ家の当主になる話は知っているわよね?」
「うん、知ってるよ。おめでとう」
「ありがとう」
……本当は立食パーティーが始まった時にノルド父さんから教えてもらって初めて知ったんだけど、雰囲気からしてかなり前から知っておかないといけない事っぽいので当然知っているかのように頷いておく。
「夏頃に継承式をする予定なの。その時にお集まりになった方を驚かせられるような料理があれば嬉しいと思ってね」
「なるほど。いいものが思いついたら教えるよ」
公爵家の代替わりのお披露目となると、さぞかし豪華なパーティーになるに違いない。ミスフィード家をはじめとする他の公爵家だけでなく、ヘタをすれば王族なんかが顔を出すかもしれない。
「ええ、期待しているわ」
カレーはバグダッドとの約束で広めることはできないし、天ぷらは串揚げとちょっと似ているので喜ばれはするが、驚きを与えることはできないだろう。
どちらにせよ、この場で約束していいことではない気がしたので曖昧にしておく。
俺がちょっと困った顔をしていると、アレイシアが嫣然と微笑んで庭園から去っていった。
退屈をこじらせていて愉快犯的なところがあるからな。彼女は人を困らせて喜ぶ趣味があるのだろう。
アレイシアがいなくなると、バルナークとグレゴールがこちらにやってきた。
「今夜はとても有意義な時間を過ごすことができた。改めてアルフリート殿に礼を言わせてくれ」
「いえ、ドール子爵の熱い想いがあってのことです。私はその背中を少し押しただけに過ぎません」
人形の作成、衣装、機材の用意、人形師、声優の育成などと、人形劇の公演に向けて動いているのはグレゴールだからな。
「謙虚だな」
謙遜するとバルナークが苦笑した。
彼がすごいのであって後ろで口だけを出している俺は何もすごくない。
「もし、また王都に遊びにくることがあったら歌劇場にでも遊びきてくれ」
バルナークはそう言うと、懐から黄金色のプレートを取り出した。
なんか重い。まさか、板金とかじゃないよね?
「……これは?」
「歌劇場のプレミアムチケットだ。それを提示すれば、いつでもプレミアムシートが利用できる」
「いいんですか!?」
「アルフリート殿の尽力を考えれば、これくらいの礼をしないとな。是非とも受け取ってくれ」
「ありがとうございます!」
どうやらこれを提示するだけでどんなに人気の演目であっても、飛び入りでもプレミアムシートで観劇を楽しむことができるみたいだ。
しかも、一回きりのものじゃなく、何度でも利用できるものらしい。
コリアット村から王都は遠いので頻繁に利用できるものではないが、俺には空間魔法による転移がある。
空いた時間に歌劇場に転移でやってきて暇を潰すっていうのもいいかもしれない。
ピカピカと輝くチケットを眺めていると、バルナークがニヤリと笑みを浮かべた。
「意中の者がいれば、デートにでも誘ってみるといい」
そんな人いません。
「……将来、そういう方ができれば、誘ってみようと思います」
精々がエリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんを連れていってあげるくらいが精々だ。
俺の憮然とした顔をするのが面白かったのかバルナークは陽気に笑って去っていった。
王都にいる貴族は他人をからかう趣味をした人が多いな。
「アルフリート殿、バルナーク様への説明を手伝ってくれたことに感謝する」
「グレゴールはもうちょっと人に説明する技術を磨いた方がいいかもね」
俺がフォローに入る前は、明らかに人形や人形劇についての面白さを支離滅裂に語っていたからね。
「今まで大好きな人形について話せる者がいなかったのでな。次回はアルフリート殿の助力がなくても売り込めるように努力しよう」
グレゴールは人形に対する愛の深い職人だ。個人でやる範疇であれば、それでも構わないが、これからドンドンと事業を大きくするのであれば、そこをどうにかするべきだろう。
自分のやりたいことと、それがどれだけ皆の利益になるか。それを話せるようになるだけで大分周囲の受け取り方も変わるはずだからね。
「……アルフリート殿が私の人形劇団に加わってくれれば」
「いや、俺は無理だよ」
そんな物欲しげな視線を向けられても困る。
おじさんのそんな視線に需要なんてない。
この世界で今しかできないスローライフを満喫するという使命がある。
こう見えて忙しいのだ。
きっぱりと断ると、グレゴールはしゅんと残念そうに肩を落とした。
「まあまあ、タイミングが合えば適当に手伝うから」
「ならば、秋の収穫祭で披露する脚本ができれば、稽古をつけてもらえないだろうか?」
「アルフリート様、私からもお願いします!」
グレゴールがくわっと目を見開き、ティクルが頭を下げて縋るように視線を向けてくる。
「う、うん。わかった。ちょっと見るくらいならいいよ」
ずっと稽古に付き合うのは勘弁だけど、少し見るくらいなら別にいい。
収穫祭で披露することになった以上、スロウレット家も無関係というわけにはいかないからね。
「ありがとうございます、アルフリート様!」
「アルフリート殿が稽古をつけてくれるのであれば心強い」
ティクルと感激し、グレゴールがどこかホッとした表情を浮かべる。
収穫祭で披露する人形劇の出来次第で王都の歌劇場で公演できるかが決まる。
二人にとってプレッシャーは大きいだろうな。
「とりあえず、脚本ができてある程度形になったら見せて」
「わかった。それでは私は失礼する。秋に間に合うように一刻も早く脚本を執筆しないといけぬからな!」
話しが纏まると、グレゴールが意気揚々とマントを翻した。
ティクルは俺に頭を下げると、慌ててグレゴールの後ろを付いて行った。
アレイシア、バルナーク、グレゴールといった招待客たちが馬車に乗って王都の暗闇へと消えていった。
招待客の見送りを終えて戻ると、庭園ではミスフィード家の使用人や料理人たちが会場の後片付けをしていた。
煌びやかな照明の魔道具も取り外され、どこか寂しげな雰囲気が漂っている。
会場に残っているのはノルド父さん、エルナ母さん、フローリア、シューゲル、俺だけだ。
ラーちゃんは眠気がきてしまったらしく、ロレッタとシェルカに連れられて先に屋敷に戻った。
ギデオンは串揚げが無くなるなり、さっさと屋敷に引っ込んだらしい。こっちは相変わらずだな。
「アルフリート殿、今日は助かった」
「皆さん喜んでいただけたでしょうか?」
「ええ、喜んでいましたとも。息子や娘も大はしゃぎでした」
「串揚げパーティーは大成功だな」
尋ねると、フローリアとシューゲルが満足そうに言った。
「それならばよかったです」
俺は串揚げを揚げたり、ベルナードたちに調理法を指導していたりと別の意味で忙しかった。しかし、主催者であり招待客に目を配っていたシューゲルがそう言うのであれば、串揚げの反応はかなり良かったのだろう。
「それにドール子爵の事業をバルナーク伯爵に繋げることができた。順調に進めば王都の歌劇場での公演が叶う。引き続きアルフリート殿はドール子爵のサポートを頼みたい」
「微力ではありますが、友人として支えようと思います」
言葉は柔らかいが、人形劇が王都で公演できるように尽力しろって意味だろう。
シューゲルからも念を押されてしまっては、益々サボることはできなくないな。
「さて、夜も遅い。スロウレット家の皆さんは先に休んでくれたまえ。後片付けは我々に任せてくれていい」
「では、お言葉に甘えましてお先に失礼させていただきます」
ノルド父さんが代表でお礼の言葉を述べ、エルナ母さんと俺は合わせて軽く頭を下げた。
顔を上げると、俺たちは素直にミスフィード家の屋敷へと引き上げる。
「ドール子爵が秋の収穫祭で人形劇を披露されるってことだけど、大丈夫なのかい?」
玄関を潜るなり、ノルド父さんが心配げな声を出す。
「グレゴールなら何とかできるよ」
彼の人形劇に対する熱意は本物だ。任せておけばいい。
「ドール子爵と稽古の約束をしていたわね。シューゲル様にも念を押されていたし、しっかりしないといけないわよ?」
「そうだね。適当に何度か見るよ」
「適当に何度かって言ってるけど、それは難しいわよ?」
「難しい? 前みたいにスロウレット家の屋敷に滞在してもらえば――」
「それは無理よ」
エルナ母さんがゆっくりと首を横に振った。
「なんで?」
「人形劇は大勢の人が関わっているのでしょう? うちの屋敷にはリハーサルができるような環境なんて無いし、大勢の人を滞在させられる部屋もないわ」
「え」
人形劇の稽古ともなれば、舞台、衣装、化粧、人形師、声優と大勢の人がいることになる。前回のようにグレゴールとティクルだけを呼べばいいというわけじゃないんだ。
人形師だけで五人はいるって聞いたし、関わっている人は最低でも二十人くらいはいるだろう。全員をうちに泊めるなんて無理だ。
「ドール子爵は以前スロウレット家に来てもらった。順番的には今度はこちらが向かうことになると思わないかい?」
エルナ母さんに続き、ノルド父さんが正論をかましてくる。
確かに順番的には次はこちらが出向くのが道理だ。
人員の多いあちらに稽古の度にこちらに出向けなんてさすがに言えない。
「……そうなっちゃいますね」
「その様子だとこっちが出向くことになるってわかっていなかったみたいね」
ノルド父さんとエルナ母さんはどうなるのが道理だと気付いていたらしい。だったら約束をする間に教えて欲しかった。
「えー、じゃあ、グレゴールの領地に行かないといけないのか……」
全然、そんなつもりはなかったけど、必然的にそうなってしまったらしい。
まあいいや。グレゴールの領地ならそこまでコリアット村から離れてもいないし。
先のことは未来の俺に任せよう。
「それじゃあ、僕たちはこっちだから」
「うん」
二階のホールに差し掛かると、俺たちはそれぞれの寝室へと向かう。
「明日の朝はコリアット村に帰るわ。朝は早めに起きるのよ」
「え、明日? 随分と急だね?」
そろそろコリアット村に戻る頃合いだと言われていたので驚きはしないが、明日の朝というのは早いな。
「これ以上、王都にいると何が起こるかわからないからね」
「ノルドと話し合って早急に戻ることにしたわ」
ノルド父さんとエルナ母さんが含みを持たせた視線を向けてくる。
まるで俺が厄介事の元凶とも言いたげだ。
失礼だとは思ったけど、否定はできない。
今日のような無茶ぶりをされる前にさっさとコリアット村に引っ込んだ方がいい。
「わかった。そのつもりでいるよ」
王都の生活は楽しいけど、いい加減コリアット村に戻りたい気持ちは俺も同じだからね。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ええ、おやすみ」
お休みの挨拶を交わすと、俺は宛がわれた寝室へと戻るのだった。
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