会場に響き渡る剣戟
タイトルはシリアスっぽいですけどね……。
「メイドさん私にもワインを……」
「はい……って駄目ですよ。これは大人の飲み物なのですから」
お酒を飲みたくなったのだが、どうやら駄目みたいだ。子供をたしなめるように言われてしまった。
「…………しょうがない、果実水を飲みながら飯でも食べるか」
現在はノルド父さんとの挨拶回りを終えたところだ。
もう、長い名前の人とか多すぎ。ほとんど忘れてしまった。いきなりこんな大勢の人と挨拶して覚えるのは無理だと思う。
ノルド父さんのフォローのお陰でやるべき事は無事終えた。
すると、それを待っていた貴族の令嬢や騎士の子供達にノルド父さんはあっという間に囲まれてしまった。
『ノルド様王都にはまだ滞在してらっしゃるのでしょうか? もしよろしければ、私の屋敷のお茶会にいらしてくれませんこと?』
『それなら僕の屋敷に! 剣術のご指南を是非!』
『ドラゴンスレイヤーの話をお聞かせ下さいな! 私劇やお話でしか聞いた事がありませんの』
おー、おー、人気だ。噂通りの人気だ。
令嬢の方も多いが、男性も多いな。
体を密着させて積極的に攻める令嬢達には一歩遅れるものの、果敢に質問を投げかけては、丁寧に答えるノルド父さんの話を聞いている。
その瞬間の令嬢達のしらけた顔ときたら……。本当に女性って怖い。確かに華々しく話しているところに、剣の話をする男性もどうかとは思うけれど。
身を引いていては生き残れない世界なのだろうか。
ちなみにエルナ母さんは、どこぞのご夫人達と会話に花を咲かせているようだ。
ニッコリと笑顔のまま、ときおりノルド父さんにえげつない視線を送っている。
令嬢達にちやほやされて鼻の下を伸ばすな、という事だろうか。
それにノルド父さんも気付くが、人の良さのせいで突き放すこともできずにいる。
俺は給仕の男性に果実水を貰い、他人の振りをして反対側へと歩く。
ノルド父さんから好きに過ごしていていいと言われていたし問題ない。「できれば他の貴族の子供と仲良くなっておきなさい」とか言われている。
会場を見回すと俺と同じような歳の子供たちがグループを作り話し合っている。
爵位が高いから偉そうにしている者や、それになびくように笑顔で褒め称え持ち上げる者。
何か皆プライド高そうで付き合いづらそうだな。
それよりも俺にとってはこの長いテーブルの上に並べられている奴等の方がいい。
王都へと集まったこれらは、色鮮やかであり見事な飾りつけを施されている。鼻孔をくすぐるその香りがたまらない。
こっちの高貴な方々のほうが付き合いやすそうだ。
ここは予定通り王都の珍味と仲良くなっておこうか。
俺は上機嫌で取り皿を手に取り、大皿に盛りつけられたお肉を取る。
銀のトングでお肉や野菜、海鮮物……これはエビの仲間かな? 尻尾が凄く長いのだけれど。まあ、貴族のパーティーに出るくらいなのだ。変な食べ物な訳がないだろう。遠慮なく頂こう。
やばい……貴族料理を舐めていた。
想像以上にシェフがいい腕をしている。これが公爵家お抱えのシェフの力か……。
アルフリート美味しい料理に攻められています。
この肉にかかったソースは一体何を混ぜて作っているのだろうか。
うーん、わからん。分厚い肉の油をこのソースがさっぱりとさせて食を進ませる。
王都の食材を使っているのだろう。こんなソースは口にしたことがない。
気が付けば俺の周りのテーブルの食材がほとんどない。
一応言っておくが、断じて俺が食べつくしたわけではない。
馬鹿みたいに食べているのは目の前にいる少年だ。
さっきからバクバクと凄い勢いで食べているのだ。
近くを通りかかった給仕のメイドが空いた皿を見て、慌てて皿を片付けバタバタと奥へ消えていく。
恐らく食事は常にテーブルの上に乗せておかないといけないのだろう。給仕さんも大変そうだ。
おっと、目の前にある肉がもう一切れしかない。
こいつは俺のお気に入りなのだ。取っておこう。
すると俺の銀のトングで、目の前の少年のトングがぶつかった。
「「…………」」
交錯する俺と少年の視線。
茶髪の髪を真ん中で分けた少し目つきの悪い少年。茶色のスーツを着込んでいるおかげでかろうじて貴族と判断できるが、スーツを着ていなかったら目つきの悪いただの子供にしか見えない。
「お前どこの家の者だよ」
お前どこ中だよ? みたいな感じで聞いてきた。
「名前を聞くときは自分から名乗れよ」
さりげなく肉を奪えないかと、トングを伸ばすも少年に阻まれる。
「くっ……貴様。エリック=シルフォードだ」
シルフォード? ははん、聞いたことがあるぞ?
「スロウレット家だけど?」
「おい、名前はどうした?」
「いや、どこの家の者って聞くから」
「己、俺を馬鹿にしよって!」
「はいはい、アルフリート=スロウレットですよ」
「ということは男爵家だな?」
「そうだけど?」
俺がそう返事をすると、エリックとかいう少年が俺のトングを退けというようにコツンと当てる。
「だったら譲れ。これは俺が目を付けていたものだ」
そしてそのまま肉を挟もうと、
「いや、お前も男爵家じゃないか」
したトングを、俺は押しのけられたトングで防御する。
こいつ自分も男爵家の癖しやがって、上の爵位であるかのような口ぶりで牽制してきやがった。何と狡い奴。
「東の田舎の男爵風情が、俺の領土と対等だとも?」
「いや、お前の領土は南にあるド田舎だろうが」
そう、エリックの持つシルフォード領はミスフィリト王国から最南端の田舎領地だ。スロウレット領と同じぐらい王都から離れているほどの。
それはノルド父さんから地図を見せてもらい、確認済みである。
羨ましいのは果実類が豊富なことと、領地が海に面していることだ。
こいつは魚の刺身が食べ放題なのだ。羨ましい。
「俺の領土を馬鹿にするか!」
「先に喧嘩を売ってきたのはそっちだろうが!」
俺とエリックは眉を八の字にして、至近距離からチンピラのように睨み合う。
「「…………」」
そしてどちらともなくフッと笑みをこぼす。
こんな事でいがみ合うのは恥ずかしいと言わんばかりに。
「ここは貴族の交流会が行われる場所。このような些末な事で争うなど……」
「全くだな。こんなところで暴れてみろ。お互いの家名に泥がつく……」
コツン。
「「…………」」
俺達の空間が凍った。
「「よこせ!」」
俺達のハモッた怒声と共に、お互いの手が動き出す。
肉の一切れを巡った攻防が火蓋を切って落とされた。
最短距離で伸ばされた相手のトングを、俺は素早く弾いて自分の傍へと引き寄せようとする。
自分の傍に引き寄せてしまえばこっちのもの。相手からの距離は離れより取りづらくなる。
「くっ、ちょこざいな!」
俺の意図に気付いたエリックが俺のトングに絡ませるようにして、動きを阻害する。
俺は手首を捻ってその拘束から逃れる。
肉は依然として皿の真ん中にいる。
俺にはこれがマリーン姫のように思える。
さしずめこのお皿はドラゴンによって連れ去られた姫が幽閉されたお城。
そこでポツリとあるお肉は、助けを待つ姫。
その目の前で行われる激しい戦い。救出にきた騎士を心配気に見つめる姫。
肉《姫》。この騎士アルフリートが邪悪なる敵を打ち倒して救出してみせますとも!
しかし、邪悪なる敵はそれを許しはしない。
俺が拘束から逃れると、今度は苛烈にトングを突き出して攻め立てる。
銀の剣? と剣が激しくぶつかり合い火花を上げる。
俺はエリックの猛攻を見極めて、逸らし、受け止める。
「シッ!」
短い気合と共に、弓から撃ち出される矢の如く右手を突き出す。
それは正確に俺のトングの腹を狙っており、それが二発。俺の得物を弾き飛ばす気だ。
俺はそれを指でグリップを回す事により回避。
ここでエリックの顔が一瞬歪む。
違う、最初の二連撃は囮! 本命は肉か!
予想通り三発目は俺の得物から僅かに逸れて、肉へと向かっていた。
それを俺はトングで挟み込む。
俺のそれはエリックの突きを正確に捉えたかと思えたが、素早く相手はトングを引き戻した。そしてそのままエリックはトングを握りしめ一本の剣として左斜め上段から振り下ろしてきた。
俺もそれに対抗してグリップを握り剣のようにして切り払いで受け止める。
銀のトングがあまりの粗末な扱いに抗議するかのように騒音を上げる。
エリックは跳ね上げられたトングを素早く切り返し、次々と撃ちこんでくる。
肉を手にするには、やはりコイツを先に倒さなければならない。
俺が全ての攻撃を防ぎきれるとは思っていなかったのか、エリックの瞳が大きく見開かれる。
俺は受けから攻めへと切り替えて、緩急やフェイントを付けて突き込む。
エリックはそれを慣れた動作で冷静に受け止める。トングが交錯する度にその衝撃が強く伝わる。
今のエリックには侮りなどなく、同格の相手をする真剣な表情そのもの。
そのまま油断しておけば良いものを!
俺の連撃をかいくぐったエリックは、足を力強く踏み込み刺突を放つ。体の捻転力を使った空気を切り裂く一撃。
それを俺はトングの横っ腹を正確に叩く。
「なあっ!?」
エリックの体が大きく開き隙だらけとなる。
そのエリックの鼻先に俺は指を突き出し、一言。
「ライト」
その声に呼応して強い閃光が一瞬煌いた。
「んぎゃあああああああああっ!? め、めめめ、目がああああああああ! み、見えない!」
そのまま肉を掻っ攫っても良かったのだが、こいつは何をするか分からなったので一撃を入れておいた。
地面をばたばたと転がるエリックをしり目に、俺は悠々と肉を皿に取った。
聞き苦しい騒音も今の俺からしたら、この肉を彩る最高のスパイス。
エリックの耳をつんざく悲鳴、許してやろう。
「では、頂きまーす!」
「じゃないよね? アル?」
振り返るとそこには、ドラゴンをも退治してしまう英雄が大層お怒りのようだった。
ふと周りを見ると会場は水を打ったかのように静まり返っていた。
「…………お騒がせして申し訳ございません……」
× × ×
『見たか今のを』
『はい、お父様。相当な剣の腕を持っているようですね。あのグリップの取り回し……ナイフや暗器を使い込んでいるのやもしれません。相手も剣の一族と言われている事もあり、全く引けを取りませんでしたね』
『……リム』
『はい?』
『それも確かだったのだが、最後の一撃を忘れてはならない。あの魔法、ライトは詠唱破棄で行われていた……』
『本当ですか?』
『ああ、本当だ。ただ一言ライトとしか唱えてはいなかった』
『あれほどの剣の腕に詠唱破棄まで行えるとは……』
エリノラとこの勝負を繰り広げるか迷いました。




