再びのけん玉
『転生して田舎でもふもふとスローライフをおくりたい』の書籍1巻が本日発売です。よろしくお願いします。
翌朝。スロウレット家で集まって朝食を摂る。
「……ノルド父さん、随分とお疲れだね」
「久しぶりにああいった集まりに出ると疲れるよ」
基本的に体力お化けのノルド父さんであるが、慣れない貴族の集まりでは気力と体力を激しく消耗してしまうらしい。
いつもは朝からシャキッとしているノルド父さんであるが、今朝の表情は少しやつれているように見えた。
壁際に控えているサーラに視線を見ると、小さく欠伸を漏らしているのを発見。
俺の視線に気づくと、彼女は頬を染めて恥ずかしそうに下を向いた。
「エルナは意外と元気そうだね?」
「私は途中で休憩することができたから」
などと微笑みながら言っているエルナ母さんだが、ノルド父さんの前だから全力で取り繕っているというのが俺にはわかった。
多分、本当はだらしなくソファーで寝転がってお茶会の愚痴でも零したいに違いない。
「結局、昨日はいつ帰ってきたの?」
「アルが夢の世界に飛び立った二時間後くらいよ」
「それはお疲れ様でした」
となると、ほぼ深夜に差し掛かる時間帯だな。
どうやら俺とミーナが予想していた通りの展開になったようだ。
滅多に姿を現せない人気の貴族ともなれば、王都に滞在している間に話しをしたり、縁を結びたいと思うに違いない。
「ということは、今日もお茶会とかの誘いがあるんじゃない?」
「「…………」」
尋ねてみると、ノルド父さんとエルナ母さんが黙り込んだ。
その様子からして今日もお茶会や交流会があるようだ。可哀想に。
「アルはお土産をちゃんと買えたの?」
お茶会やパーティーについて話しても楽しくないと思ったのか、エルナ母さんが話題を変えてくる。
「うん。エリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんのお土産は買えたよ」
「確かラズールの香辛料って、かなり高いんだよね? お金は足りたのかい?」
「問題なく買えたよ。いっぱい買ったお陰で割引きもしてくれたから」
「それならよかった」
ただし、買ったのは王都のラズール香辛料店ではなく、ラズール王国の香辛料店だけどね。
ラーシャがちょっと割引きしてくれたし、嘘は何も言っていない。
平然とした態度を装っていると、エルナ母さんがこちらを凝視してくる。
……もしかして、何かを疑っているのか?
前回の反省を生かしてきっちりと日焼け止めは塗っているので肌は焼けていない。
昨日、帰ってすぐにお風呂に入ったので香辛料の香りや、香油の匂いもしていないはず。
俺がラズール王国に行ったと思われる証拠は何もないはずだ。
「ねえ、アル……」
「なに?」
声がひっくり返りそうになるのを何とか我慢し、平然とした態度で聞き返す。
「……今回買った香辛料で一体どれくらいのカレーが作れるのかしら?」
エルナ母さんの問いかけに俺はずっこけそうになった。
無駄に真剣な表情をしながら気の抜ける問いかけをしないでほしい。
「そりゃもちろんカレーを作る頻度にもよるけど、一週間に一回家族全員でカレーを食べるペースなら三か月は保つと思うよ」
「……三か月しか保たないのね」
「それだけあれば十分じゃないかな? ラズールの香辛料は高級品なんだし」
悲壮な顔を浮かべるエルナ母さんとノルド父さんが焦った様子で宥める。
スパゲッティ、リバーシ、将棋、コマ、卓球といった利権による莫大な収入を得ても、ノルド父さんの金銭感覚は庶民のままだ。
家族全員が欲望に正直だと非常にマズいことになるので、ノルド父さんには是非ともこのままでいてもらいたい。
「足りなかったらラザレスお爺ちゃんに送ってもらえばいいよ」
俺が開発したコマを販売して、それなりに儲けているみたいだし、可愛い娘や孫のためであれば奮発してくれそうだ。
「あ、お爺ちゃんといえば、明日実家に顔を出すことになったわ」
ちょうど話題に出たからかエルナ母さんが思い出したかのように言う。
前にお邪魔したのは交流会の時だから、もうあれから一年経過したことになるのか。
「だから、明日は予定を空けとくのよ?」
無言で感慨深く思っていると不穏なことを考えていると思われたのかエルナ母さんが釘を刺すように言ってくる。
「ちゃんと空けておくよ」
「結構」
しっかりと返事をすると、エルナ母さんが満足したように頷いた。
●
お茶会に向かったノルド父さんとエルナ母さんを見送ると、俺はまたしてもミスフィード家の屋敷に一人で残ることになった。
昨日は一人で気ままに遊ぶことができたが、なんやかんやとハードな日程だった。
ハードになったのは主にサルバのせいであるが、体力と精神が疲弊していることは事実。
「今日はミスフィード家のお屋敷でゆっくりしよう」
派手に外で遊んだ次の日は優雅に引き籠るに限る。
今日の方針を決めて二度寝しようとすると、ロレッタがこちらに向かって歩いてくる。
「アルフリート様、お客様がいらっしゃいましたので遊戯室にお願いいたします」
お客様? 生憎と俺には王都に知り合いなんてほとんどいないぞ。
「ええ? グレゴールかい?」
「いいえ、アレイシア様です」
なんで王都にはこうも偉い貴族がポンポンとやってくるのか。いや、それが王都というものか。今度は一体なにをしにきたというんだ。
「今日は部屋でゆっくりしたい気分なんだけど……」
「できると思います?」
できないですよね。
「……すぐに向かうよ」
リーングランデ家も数少ない公爵家だ。しがない男爵家は呼ばれたらほいほいと付いていくしかないのだ。
ロレッタに案内されて三階にある遊戯室へと移動する。
彼女が扉をノックすると、中にいるラーちゃんから元気な返事がきたので中へ入る。
遊戯室にはラーちゃんとアレイシアがソファーにゆったりと腰をかけていた。
アレイシアの後ろには使用人であるリムが控えており、今日も存在感を消している。
うちにも遊戯室はあるけど、ミスフォード家の遊戯室は広さが桁違いだな。
エリノラ姉さんがこの広さを見たら、「剣の稽古ができるわね!」とか言い出しそう。
「久しぶり……と言いたいけど、あんまりそんな感じはしないわね?」
言った自分でもしっくりこなかったのかアレイシアが小首を傾げながら言ってくる。
「少し前にうちの屋敷に遊びにきたばかりだもんね」
アレイシアがうちに滞在していたのは少し前だが、その時の出来事が濃密だったせいか印象に残っているので俺も久しぶりって感じはしなかった。
「あれから元気にやっていた?」
「ええ、こちらに帰ってからはいつも通り過ぎて退屈だったわ」
羨ましい。俺はもっと退屈でゆっくりとした時間を欲しているのに中々それが手に入らない。
「アルの方は……うふふ、本当に災難だったわね」
既に俺が王都にやってきた理由を知っているのか、アレイシアが口元を押さえて思い出したように笑う。
「ねえ、その噂ってどれくらい広まっているのかな?」
百歩譲って俺はいいとして、女性であるラーちゃんが可哀想過ぎることになる。
この世界の貴族女性の貞操観念って、想像以上に大事なものらしいし。
「安心してちょうだい。知っているのはうちくらいだから」
「そ、そうなんだ……」
ミスフィード家も自らの醜聞というか誤解を進んで広めるわけはないし、シューゲルがくれたお礼の魔道具には口止め料というのも含まれている。うちだって広めることはしない。
それなのにどうしてリーングランデ家が知っているのか。
安心できない問題ではあるけど、アレイシアはラーちゃんのことも気に入っているし、彼女の不名誉になることを言い触らしたりはしないだろうな。
「その緩んだ顔から問題は解決しているのよね?」
「ただの誤解でしかなかったから」
いや、これ普通の顔なんだけどね。
とにかく、アレイシアの言わんとする言葉の意味は理解できているのでスルーしてあげよう。あくまで彼女に悪気はない。ただのニュアンスだ。
「アレイシアは今日なにしにきたの?」
「アルがラーちゃんの屋敷に遊びにきているって聞いたから遊びにきたわ」
「けん玉をしにきたんだって!」
アレイシアが楚々とした述べた後にラーちゃんが教えてくれる。
さすがにちょっと恥ずかしかったのか顔が赤くなっている。
「そういえば、うちの屋敷で遊んでからハマっていたもんね」
「ええ、あれからかなり練習したわよ」
アレイシアは気を取り直すように咳払いすると、懐からけん玉を取り出す。
「見てなさい」
アレイシアはソファーの前に立つと真剣な表情をし、腰をグッと沈め、伸び上がる動作を利用してけん先に玉が――はまらなかった。
「あ、あれ? いつもは上手くいくのに……」
「わかるよ。人前だと緊張するからね」
小首を傾げながらもう一度トライするアレイシア。
二回目も玉はけん先に弾かれてしまい、三度目の挑戦でアレイシアは成功させた。
「おお、すごい!」
「アレイシアもできるようになったんだ!」
「ええ。今日はちょっと失敗しちゃったけど、いつもは安定して成功できるわ」
俺とラーちゃんが素直に褒めると、不服そうにしていたアレイシアの表情がみるみる明るいものになる。
いつも何考えてるかわからないけど、玩具で遊んでいる時は年相応の表情を見せる子だな。
「じゃあ、次はろうそくをやってみようか」
「ろうそく?」
「けん先を持って、中皿に玉を乗せる技だよ」
けん玉ではハンマーでいう鉄の部分に当たるところを大皿と呼び、その逆側にある小さな部分を小皿、本体であるけんを立てた時に底に当たる部分を中皿と呼ぶ。
そのことを説明し、俺はけん先を指で摘むようにして持ち、真っ直ぐに玉を上げて中皿に乗せた。
「これがろうそく」
「え? もう一回お願いできるかしら?」
アレイシアには理解が追いつかなかったらしく、もう一度ろうそくをやってみせる。
「え? けん玉って、けん先に玉をハメるだけの遊びじゃないの?」
「違うよ。大皿、小皿、中皿といろんな部位を使って様々な技を開発したり、競ったりする玩具だよ」
「そ、そうなの……」
そんな一生とめけんしかできない玩具は面白くないと思う。
「私もやってみたーい!」
「いいわ。皆でやりましょう」
俺たちの分も追加で持ってきているらしく、リムが恭しくけん玉を渡してくれる。
本当にけん玉で遊ぶ気満々だったんだな。
「ここを摘んで……こうっ?」
ラーちゃんはひょいとけんを摘むと、玉を真っ直ぐに振り上げて中皿に乗せてみせた。
「えっ、すごっ! ラーちゃん、一発で成功してる!」
「えへへ」
にへらっと笑みを浮かべるラーちゃん。
屋敷でとめけんをやってみせた時も一発で成功しているし、ラーちゃんにはけん玉の才能があるのではないか。
「なら、私も」
一発で成功させたラーちゃんを横目にアレイシアもろうそくに挑戦してみる。
しかし、彼女の玉は真っ直ぐに上がることがなく、中皿に強く弾かれてしまう。
「もう一度よ!」
二回、三回、四回と挑戦するが、アレイシアはろうそくを成功させることができない。
その隣ではあるラーちゃんが二回、三回、四回とろうそくを成功させていた。
何度やってもコツを掴めないアレイシアと、いとも簡単にコツを掴んでしまっているラーちゃんが見事に対称的だった。
「大丈夫? アレイシア、わかる?」
「え、ええ。問題ないわ。これももう少し練習すればできるはずよ」
普段はアレイシアの方がお姉さんなのに、けん玉になると関係性が逆転してしまうのが面白いな。
「アル、他に面白い技はある?」
「じゃあ、今度はちょっと難しい技をしようか」
「うん!」
今度は玉を手に持って、けんを下に垂らした状態でスタート。
けんを手前に引き寄せてから振り出し、半回転させてけんを玉に突き刺す。
これはけん玉の初級技でも少し難しめの『飛行機』という技だ。
「わっ、玉じゃなくてけんを振るんだ!」
「うん。『剣振り』っていうんだけどできそう?」
「やってみる!」
こちらの世界に飛行機はないために、わかりやすい技の名称をつけておく。
ラーちゃんは小さな手で玉を持つと、けんを手前へと引き寄せて、ぐるりと回した。
目線はしっかりとけん先を捉えており、衝撃を吸収するようにして腰を下ろす。
ぐるりと回ったけん先はしっかりとラーちゃんの持つ玉へと刺さっていた。
「すごい! これも一発で成功させるなんて!」
「えへへ、すごい?」
「うん、とてもすごいよ!」
とめけんやろうそくはセンスのいい人なら一回で成功させることはあるが、こちらの玉を起点とした剣振りを一回で成功させられる者は中々いないだろう。
やはり、ラーちゃんにはけん玉の才能がある。
「え? 玉を手にもって、剣を振るの?」
「こうだよ!」
怪訝な顔を浮かべるアレイシアの目の前でラーちゃんが剣振りを成功させた。
当たり前のように習得している幼女である。
「……やってみるわ」
それに感化されてかアレイシアが剣振りにチャレンジ。
ろうそくすらできないアレイシアには難しい技だと思うが、挑戦するのは自由なので何も言わずに見守ることにする。
アレイシアが玉を手にし、慎重にけんを手前に引き寄せると、ぐるりと回した。
けんは綺麗な弧を描くように舞い上がる。
やがて、重力に引っ張られると、けん先が下になってそのまま落下し――アレイシアの指に突き刺さった。
「痛っ!」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「え、ええ。問題ないわ」
思っていたよりも強い力でけんを振るってしまったからか、けん先に落下のエネルギーが集中してしまったらしい。強がった台詞を言っているが痛そうだ。
「アレイシアって、やっぱり不器用?」
「……いえ、お二人のお遊びの才能が突出していらっしゃるだけで、お嬢様はとても器用で優秀……なはずです」
ラーちゃんの漏らした率直な言葉にメイドであるリムが複雑そうな表情で答える。
容姿端麗で文武両道と謳われる完璧な令嬢らしいが、俺たちからすれば妙な遊びに興味を示し、チャレンジしては失敗する残念な人という印象でしかなかった。




