ダリーパン
「おっ、いい感じに膨らんでる!」
バグダッドと土魔法談義をしていると時間はあっという間に過ぎ、発酵させていたタネがボウルの中で膨らんでいた。
指に粉をつけてフィンガーテスト。タネの穴が塞がらなければ発酵は成功だ。
ボウルからタネを取り出し、台の上で押してやってガス抜きをする。
八等分の大きさに分けると、食べやすいように丸く成形して、再びボウルの中で休ませる。
十五分ほどしてベンチタイムが終わったら麺棒で丸いタネを転がしていく。
「ダリーはできた?」
「ああ、このくらいでいいか?」
バグダッドが完成したダリーを見せてくれる。
パンの中に詰めると言っておいたからか普通のダリーよりも具材を細かめにし、水分量も少なめになっていた。
「ありがとう。良い感じだよ」
「これをタネで包むのか?」
「うん、スプーンでダリーをたっぷりと入れて、綴じ目をくっつけるんだ」
お手本を見せるようにやってみせると、バグダッドも真似をして手伝ってくれた。
綴じ目をくっつけることができたら手の中で転がして、楕円形へと整形。
カレーパンのような形になってきた。オムライスみたいで可愛らしい。
すべてのタネにダリーを入れることができたら牛乳をつけ、パン粉をまぶす。
「二次発酵をさせるから氷魔法を解除するよ」
「……しないとダメか?」
バグダッドが悲しそうな目をして問いかけてくる。
「気持ちはすごくわかるけど、美味しい料理を作るためだから」
俺だってこの快適な気温を維持したい。だけど、ここにはオーブンも発酵機もないから自然発酵をするしかないんだ。
濡れ布巾をタネの上に被せて日光が当たらないように台の上に放置。
「幸いここの気温なら二次発酵はすぐに終わるよ」
なにせ昼間は何もしていなくても四十度に迫るような室温だ。
発酵には理想的な気温なので時間がかかることはない。
「……もう汗をかいてきた」
「俺もだよ」
問題は二次発酵に理想的な気温故に俺たちが辛いことだ。
冷気がなくなるとさっきまで涼しかった部屋が暑くなった。まるで、サウナにでも入っているかのようである。
ラジェリカの空気は乾燥しがちなために水魔法で霧吹きをしながら湿度も調整。
二次発酵をさせている上に鍋に油を入れておく。
「おっ、二次発酵は十分みたいだね」
油が温まる頃合いにタネを確認してみると、一回りくらい膨らんでいた。
指で押してやると、少しだけ指の跡が残った。これくらいがちょうどいい。
俺はすぐに氷魔法を発動し、厨房内を冷気で満たした。
「はぁ~」
じんわりとかいていた汗がスッと引いていくようで心地いい。
油の温度が百六十度ほどになると、二次発酵させたタネをゆっくりと入れていく。
「ここから油で揚げるのか」
「そう! 揚げることで表面はカリッとして中はもちっとして美味しくなるんだ」
三分ほど揚げてひっくり返すと、タネが綺麗な狐色に染まっていた。
「美味しそうな色合いだ」
「だね」
トングでひっくり返して、裏面も三分ほど揚げると完成だ。
「できた! ダリーパン!」
「これはかなり美味しそうだ」
「早速、ラーシャを呼んでくるよ」
「ほう、これは我ながらいいタイミングでやってきたものだ」
ラーシャを呼びに行こうとすると、ちょうど店内の方からサルバとシャナリアが入ってきた。二人の視線は出来上がったばかりのダリーパンへと注がれている。
「サルバ様、ご機嫌麗しゅうございます。恐れながら俺たちは今から食事を摂るところでして……」
「遠い地の友人と再会することができたのだ。一緒に食事でもしながら友好を温めようではないか。第二王子である俺と食事を共にできるのは名誉なことなんだぞ?」
この王子、ダリーパンを食べたいがために権力を行使してきたよ。そこまでして食べたいのか。
「じゃあ、追加で一名分も用意するよ」
「お、おい! 私の分は!?」
「冗談です。シャンリアさんの分も用意しますよ」
「……小僧」
からかわれているとわかったのかシャナリアが睨んでくるが、それでもダリーパンは食べたいらしく、それ以上の文句はなかった。
ダリーパンの用意はバグダッドに任せると、俺は店番をしているラーシャに声をかける。
「ラーシャ、昼食ができたからおいで」
「おいでって……そっちにはサルバ様とシャナリア様とバグダッド様がいるよね?」
「まあね」
サルバはこの国の第二王子だし、護衛であるシャナリアも由緒正しい貴族の家柄だと聞く。
唯一、バグダッドは貴族ではないが国の守護神とうたわれており、兵士たち束ねる特別な地位にいると聞く。
庶民からすれば三人とも雲の上のような人物なのだろう。
とはいっても、好き放題に厨房や居室を借りておきながら家主でもあるラーシャ一人だけ隔離するというのは気が引ける。
「俺は気にしない。ラーシャもこちらにこい」
「あ、はい」
どうするべきか迷っていると、サルバがこちらに顔を出してラーシャを手招きした。
王族にそう言われてしまえば、平民に拒否権などない。
ラーシャはカチコチになりながらも奥の居室へと入ることになる。
「……アル、お皿に盛り付けたがこれでいいか?」
厨房に戻ると、バグダッドが人数分のお皿を用意してダリーパンを盛り付けてくれていた。
王族であるサルバがいることを考慮してか、手が汚れないように包装紙に包んでくれている。
「うん、完璧。これで皆に配って食べよう」
問題ないことを確認すると、俺とバグダッドはダリーパンを持って居室へ。
「テーブルとかイスを増やす?」
この部屋には一応テーブルとイスもあるが、五人が座って食べるにはイスも足りないし、テーブルの大きさも心許ない。
「いや、床でいいだろう。この国では床に座って食べるのも正式な文化だ」
「わかった」
ジャイサールやラジェリカでも床に座って食べている人も多かった。
それがこちらの文化であり、もっとも尊い身分のサルバがそう言うのであれば問題ないだろう。
「なんであなたはサルバ様と普通に話せるの?」
俺とサルバのやり取りを見てか、ラーシャが不思議そうに尋ねてくる。
「うーん、友人だから?」
などと答えてみせるが、ラーシャは意味がわからないとばかりの表情を浮かべるだけだった。
正直、王族とは縁が薄いし、そもそも俺はラズールの国民ではないためにサルバの偉さというものがピンとこない。出会い方だって随分と特殊でフランクなものだったので、今更かしこまって線引きをするのも難しい話だった。
まあ、ぶっちゃけ何かやらかしても転移でいつでも逃げられるという自信がある。
俺の物怖じしない態度にはそういった安心感があるからだろうな。
色鮮やかな絨毯の上に腰を下ろすと、それぞれにダリーパンを配膳。
「ほお、これがアルとバグダッドの作っていた料理か……」
「ダリーパンだよ。パンの中にダリーを詰めて揚げたんだ。よかったら感想を聞かせて」
「うむ。それではいただこうではないか」
サルバがダリーパンを持ち上げてかぶりつく。
「――ッ!? な、なんだこれは!? めちゃくちゃ美味いじゃないか! 口の中で広がるダリーの濃厚な旨みとサクサクとしたパン生地の相性が絶妙だ!」
「食べ進めるごとにダリーが口の中へと入り、食欲を増進させるようだ」
サルバとシャナリアが食べるなり驚嘆の声を上げた。
二人ともかなり気に入ったようで食べる速度が半端ない。
「えっ! なにこれ! すんごく美味しいんだけど!」
高貴な方々を前にカチコチだったラーシャだが、ダリーパンを食べるなりそんな驚きの声を漏らしていた。
「バグダッドはどう?」
俺は最後に味わうようにして食べていたバグダッドへと尋ねる。
「これは素晴らしいダリー料理だ」
「ありがとう。バグダッドにそう言ってもらえると嬉しいよ」
こちらの世界でダリーを開発し、改良を続けている族長がそう評価してくれるのであれば、美味しいものを作れたという自信になる。
「……アル、差支えなければ、集落でもこれを振る舞ってもよいだろうか? もちろん、レシピの対価は払おう」
「料金なんて別にいいよ。バグダッドにはダリーのアレンジレシピを他にも教えてもらっているからね」
「そうか。ありがとう」
バグダッドには香辛料の配分や種類を変えたオリジナルダリーのレシピを教えてもらっている。それらのアレンジは香辛料の扱いに長け、長年向き合ってきたバグダッドだからこそ開発できたものだ。その苦労や価値に比べれば、俺が再現したダリーパンなんて見合っているかどうか怪しいものだからね。
「……アル、俺はもっと食べたいぞ」
「しょうがないな。今、追加で揚げるから少し待ってて」
やっぱり、ダリーパンは揚げたてが一番だからね。
追加の三個分は瞬く間に消失してしまうのであった。




