コマと孫
王都の喧騒から隔絶された宿の一室。
そこでは朝食後のゆったりとした時間が流れていた。
聞えるのはノルド父さんとエルナ母さんが仲睦まじく談笑している声のみ。
俺はと言えばそれとは少し離れた最高級のソファーでくつろいでいる。
頭の中では今日は何をしようか。昨日の回転する魔導具をどう生かせるかといった風に思考を巡らせていた。
回転といえば、魔導具なしでコマとか作れそうだな。紐と木材さえあれば作れるだろうし。将来余裕があればそれに回転する魔導具を組み込んでみて、日本でもあったコマの玩具のような物が作れるかもしれない。
「どうぞ、王都で有名な紅茶が入りました」
くつろいでいた俺の元に、優雅な動作でティーカップが差し出される。
「あ、ありがとう、ミーナ」
俺が礼を言うと、メイドであるミーナが頭を下げて壁際へと控える。
サーラがやってくれれば俺も何も違和感は覚えなかったであろう。
サーラならば俺の喉が渇いた時や、一休みしたい時に先回りして紅茶を入れてくれるできたメイドなのだから。
しかし、ミーナにはそんなできた能力はない。
俺が言ってから、入れに向かうし砂糖だって「紅茶に入れるくらいならお菓子を作りませんか?」などと言うくらいだ。
今日はそんなアホな事は言わずに楚々としている。
しかし、所詮はミーナ。頭を下げるときに視線が俺のポケットへと向いていた。
やはり本性は隠しきれていない。
ミーナはクッキーをポケットから取り出すマジックをしてからはずっとこの調子だ。
ミーナの中でどんな風に俺の株が上がったのかはしれないが、いつまでこの調子でいるのやら。
まあ、ミーナの事だからすぐに戻るだろうが。
俺はそんな事を考えながら紅茶をすすった。
「……美味しい」
俺が王都の紅茶を味わっていると、ノルド父さんとエルナ母さんの声が止み、ティーカップを置く音が聞えた。
「アル、そろそろ行くわよ?」
「どこに?」
「昨日言ったじゃないの。お爺ちゃんの家に行くって」
ああ、そう言えば魔導具店に行く前にそんな事を言っていた。
でも、何をするかまでは聞いていなかった。
「はーい、ちょっと待って」
俺はポケットから空間魔法でクッキーを取り出し、一かじりして紅茶を流し込んだ。
それを目撃したミーナは目を輝かせ、より一層の敬意を持って出発の準備を甲斐甲斐しく手伝ってくれた。
宿から馬車を北に転がし、二十分ほどだろうか。
綺麗な街並みの中で馬車は停まった。
メインストリート程、馬車や人々が激しく行き交うこともなく、どこか落ち着いた雰囲気でお洒落な街並み。
人々の着る衣服も綺麗で質が良く、表情も幸せそうだ。
屋敷の方で広い緑豊かなお庭でお茶会らしきものを開いてらっしゃるところも。
なるほどここが貴族街という所か。
通りで建物も全体的に大きくて、小さな屋敷が沢山並んでいるわけだ。
「アル、こっちだよ」
景色を眺めているところで、ノルド父さんに手招きされる。
その方向には二階建ての邸宅があり、広い庭が広がっている。その周りを囲むような鉄の柵が立っていた。
エルナ母さんの家は商人の家系だったと聞いていた。これくらいの邸宅を立てられるくらい大きな商会なのだろうか。
庭には多くの花や植物が植えられているのだが、やたらと赤い色の花が多い気がする。
これもここのお爺ちゃんの趣味とやらだろうか。
俺達が敷地の中に入ると、邸宅から一人の使用人らしき男性が出てきて案内してくれた。
身体つきを見る限りではここの警護も兼ねているのだろうか。
そう思わせる程の雰囲気を持っていた。
リビングらしき部屋へと通されると、そこにはにこにことした三十歳くらいにしか見えない女性とガバッっと椅子から立ち上がった状態のおじさんがいた。
これがエルナ母さんのお母さんやお父さんなのだが、とても若い。
お婆ちゃんは同じ栗色の髪の毛を束ねて流しており、とても落ち着いた感じだ。
全く老けた様子はなく、本当に若々しい。
この世界では成人が十五歳で早婚なためにおかしくはないが、それでもお婆ちゃんと呼ぶには若すぎる気がして呼びづらい。
普通にお母さんと呼んでしまいそうだ。
お爺さんの方も目元に皺こそあるが、それが大人の渋みを出しておりカッコいい。
髪も茶髪でふさふさ。まだまだ元気なようだ。
しかし、第一声がこれだ。
「エリノラはおらんのか?」
やや大きめな声でしきりに首を振る。
そして見当たらないと、俺達の後ろに来てまで確認する。
「今日はエリノラはいませんよ、お義父さん」
「お義父さん言うな!」
「まあまあお爺さん落ち着いて。今日の主役はアルフリートなのよ?」
ノルド父さんに食ってかかるお爺さんを宥めるお婆さん。
そして椅子から立ち上がり、俺の方へとやって来る。
「アルフリートちゃんね? 初めましてエルナの母のエレーナよ」
この柔和な笑みを見ると、やはりエルナ母さんのお母さんなんだという事がわかる。顔立ちもそっくりだ。
「初めまして、エレーナお婆ちゃん」
俺は元気よく返事をしたのだが、エレーナお婆ちゃんは「うーん」と俺の瞳を真っすぐに覗きこんだ。
「うんうん、ちょっとアレな目をしているけれども大丈夫そうね」
「え?」
ちょっとアレってどういう事だろうか? そこの所詳しく教えて欲しい。
「王都に来たばかりで疲れているだろうけれども、今日はゆっくりとしていってね。後でゆっくりとお話しましょう?」
そうにっこりと俺の頭を撫でながら労わるエレーナお婆ちゃん。
いえ、もう王都に来て四日目で昨日もぐっすりと眠りましたよ?
そんなに俺の目はくたびれているのだろうか……。
皆がそれぞれ席に着く中、俺は一人呆然と立ち尽くした。
お爺ちゃんが大きな手で俺の頭をワシワシと撫でたのが、元気だせと言っているようだった。
「ところでノルドよ。最近王都に来る回数が減ってはおらんか? そのせいでエリノラがここに来ないではないか。貴族としての付き合いも大事であろう?」
エルナ母さんの父こと、ラザレスお爺ちゃんが腕を組みながら言う。
多分思惑はノルド父さんの心配三割、エリノラ姉さんについてが七割くらいだと思う。
確かにうちは男爵家。貴族の中でも地位は低いために、上を立てなければいけない事もあるのであろう。しかし、ノルド父さんが王都に向かい貴族たちが催すパーティーに出席する事はほとんど無い。それはうちの領地が王都や他の領地から離れ過ぎている訳でもあるのだが、それが毎回通用するほど貴族の世界は甘くないはず。
もちろん周辺の貴族の交流会や大事な催しには出席しているのだが、領地にいる時間が多すぎると俺も思う。
「お義父様、それに――」
「お義父様と呼ぶな!」
「お義父さん?」
「駄目だ」
「……パパ?」
「ほう? 随分と会わないうちにそんな冗談も言えるようになったのかノルドよ?」
これには俺も驚いた。ノルド父さんがお爺ちゃんの事をパパと呼ぶとは。
このやり取りについてはいつもの事なのか、エルナ母さんとお婆ちゃんは平常運転。
仲の良い姉妹のようにソファーで和やかに会話をしている。
しっかし、ノルド父さんはお爺ちゃんにいびられているなあ。
「まあいい。さっきの話については大丈夫なのか?」
「ええ、うちの領地は田舎なものでしたし、私自身もそういう事には関わらないようにしていたので。一応後ろ盾もありますし。でも、最近になってはうちに注目する動きもあるみたいで……」
そこでノルド父さんはちらっと俺に視線を向ける。それに釣られてお爺ちゃんもじろりと一瞥。
えっ? うちは確かに豊かになって余裕もあるのだけれども、それでも田舎の中で納まる範疇ってノルド父さん言っていたよね?
「コイツが例の成り上がりの商会へと売った娯楽道具のせいか。市民も貴族も夢中になっておる奴だな」
コイツとは失敬な。俺にはアルフリートという立派な名前があるんだぞ?
正式に売ったのはノルド父さんです。
「何を偉そうに言っているんですか。届いた試作品を皆のところに持って行って自慢した癖に」
「うるさい!」
呆れたようなお婆ちゃんの声に、やけくそ気味に返すお爺ちゃん。
お婆ちゃんはそれを気にした風もなく、再び会話に戻っていった。
何か和やかだよなあ。
「どうせならばうちの商会と契約すれば良かったものの」
「いえ、こちらにも繋がりというものがあったので」
「まあ、あそこは良くも悪くも真っすぐだからな。悪くはないが」
「すいません」
少し重くなった空気を変えるように、お爺ちゃんが呟く。
「はあー、早くエリノラが騎士団に入らんかのぉ。そうすれば、王都で暮らすことになるから、わしの家で暮らせるものを」
「騎士団は宿舎で寝泊りするのがルールなので、それは無理ですよ」
「なぬう!? そこは男爵家の力で」
「うちにそのような権力はありません。あったとしても干渉は滅多の事でない限り、不可能となっていますから。当然、入団直後は休日も少ないようです」
期待していた所を粉々に粉砕されたお爺ちゃんがテーブルへと突っ伏した。
ほう、騎士団へと入団すると休日が少ないのか。それはいいことを聞いた。
つまり王都から離れたコリアット村に帰省することもままならないと。
これからは天敵に怯えることなく、優雅な暮らしが約束されたという事か。
帰ったら少しエリノラ姉さんに優しくしてあげるか。そして、その時が来れば盛大に送り出してあげよう。次に戻ってくるのが恥ずかしくなるくらいに。
昨日はお爺ちゃんの家で泊まり二日目。パーティーまで残り二日となった。
どうせパーティーは二日間あるとのことだし、それが終わってもある程度滞在する予定なので問題ない。大丈夫。例え、緊急事態に陥ったとしても劇だけは転移魔法を使ってでも見に行く。
× × ×
「何をしているんじゃアルよ?」
庭で木材を削っていた俺に話しかけてきたのはお爺ちゃん。
白いシャツに藍色のベストのような物を羽織り、下は茶色の長ズボンを履いている。
意外とお洒落さんだ。
「木でコマを作っているんだよ」
そう答えて、俺は再び地面に設置した回転魔導具でコマの粗削りをする。
研磨石を付けて俺の魔力で高速回転した、それは瞬く間にコマの凹凸を滑らかにしていく。
それと同時にそれほど大きくはない音が鳴り響く。
するとノルド父さんや、他の面子も何事かというようにこちらにやってきた。
多分粗削りした時の音を聞きつけてやってきたのだと思う。
今は一応精密で危険な作業をしている。それを察してか誰も話しかけてはこなかったのだが、皆が凝視しているせいかいささか居心地が悪い。
そんな状態の中、あらかた形を整えて中心部分を彫っていく。
コマを固定させて刃を押し当てたら早く終わるはずなのだが、さすがに道具が足りなくて断念。エルマンさんに貰った彫刻刀のようなもので彫っていく。
ここらで、視線が胡乱気な物へと変わる。
「ところでコマとやらは、何をするための物なのじゃ?」
お爺ちゃんが代表して尋ねる。
皆にはこれが食べ物にでも見えるのだろうか?
「……勿論、回して遊ぶためのものだよ?」
俺がそう答えるとお婆ちゃんは楽しそうに微笑み、エルナ母さんをはじめとする身内組は呆れた表情をする。
ノルド父さんに至っては頭痛を堪えるように頭を抑えた。
少し不格好でちゃんと回転しないかもしれないけれど試してみるか。
芝の上から石の通路へと移動し、紐をコマに巻き付ける。
お爺ちゃんだけが興味深げに付いてきた。
興味津々のお爺ちゃんに見守られながら、投げるように紐を解き放った。
乾いた木と石が擦れ合う音。
そしてコマは滑るようにして転がっていった。
カラカラと音を立てて、不細工に回るコマを回収する。
いきなり投げるのに失敗しただなんて恥ずかしい。
「これだけか?」
「いや、ちょっと投げるのをミスっただけ」
もう一度紐を丁寧に巻き付けて投げる動作を確認。
うん、真ん中に刺した軸も大丈夫そうだ。
そしてもう一度紐を引いた。
コマは最初こそ不安定だったが、踏ん張るように回りだした。
「回った!」
「おお! 綺麗に回転しておるのお! 面白い!」
回転するコマを眺めながらはしゃぐ俺達
「ところでコレは回すだけなのか? それでも面白いが他には遊び方がないのか?」
「後はコマ同士を狭い土俵でぶつけ合う事かな。すごい人は紐を渡らせたりするけど」
「ぶつけ合うのか!? それは面白そうだな! ほれ、もう一個を出せ!」
「いや、一個しかないよ」
「作ればいいじゃろうが。わしはぶつけ合うところが見たい」
この爺さん真顔でなんて事を言うんだ。さっきの作業の何を見ていたのか。
あー、そんなにぶつけ合うのが見たいなら即席でいいか。
「なら、カードくらいの分厚い紙と串とハサミはある? それだけで即席のコマが作れるから」
そう言うとお爺ちゃんは家へと駆けこみ、それらを持ち出してきた。
俺は持ってきた厚紙っぽい厚さの紙を円形に切り、短くした串を突き刺した。
「できたよ」
「こんなんで回るのか?」
さすがに即席のコマを石造りの道の上で回すのは無理なために、家のテーブルへと移動する。
「ここを摘まんで、こうやって回すと……ほら」
俺がやって見せると、お爺ちゃんも神妙な顔つきで回す。
「お! おお! 回ったぞ!」
「そーれ、どっかいけー」
「あっ! わしのコマになんてことをするんじゃ!」
「ぶつけ合うのが目的でしょ?」
「おのれ! 次は弾きとばしてくれる!」
「おい、アルのコマはどうしてそんなに尖っているんじゃ?」
「勝つためだよ?」
その日、お爺ちゃんは一日中コマを回し続けていた。
勝つために紙に工夫を凝らして。俺はというと花のようなコマを作ったり、塗料で色鮮やかにしたりと違う方面に工夫をしていた。
「おい、これはうちに売れよ」
「あー、はいはい。もうあげるから好きにして……」
次回パーティーです。




