メルヘンな宿
ラーちゃんと王都をお出かけした翌日。
朝食を食べ終わって部屋でまったりしていると、サーラが手紙を差し出してきた。
「アルフリート様、ドール子爵からお手紙が届いています」
「グレゴールから?」
手紙を受け取ると、俺はその場で文面を確認する。
要約すると、ゆっくりと人形劇についての話と、ティクルへの人形指導を頼みたいとのことだった。
一昨日はシューゲルもいたし、テーマパークの話が中心だったので人形劇についての話し合いはほとんどできなかった。
せっかくグレゴールも王都にいるのだったら話し合いをしておきたいし、ティクルの人形操作がどれだけ上達したか知りたい。
文面を見る限り、早く会いたそうな感じがするので早めに会ってあげよう。
幸いにして向こうは今日でも会えるみたいだし。
「ちょっと、グレゴールのところに行ってくるよ」
「かしこまりました」
サーラに行き先を告げて、外に出るべく扉を開けるとラーちゃんが立っていた。
「あっ……」
ラーちゃんが何かを言おうとしたが、すぐに口を閉じてしまう。
とても残念そうな顔だ。後ろで控えているロレッタも気まずそうな顔をしている。
俺の部屋の前までやってきたということは、遊びに誘いにきてくれたのだろう。
部屋の前までやってきたのはいいものの、俺がグレゴールに会いに行くという声が聞こえてしまった。そんな感じだろう。
「……これからグレゴールのところに遊びに行くけど、ラーちゃんも一緒に来る?」
「いく!」
試しに尋ねてみると、ラーちゃんはしょんぼりとした顔から一転して笑顔になった。
「アルフリート様、本当によろしいのですか?」
おずおずとロレッタが尋ねてくる。
招待した覚えのない客人が向かえば気を悪くされる可能性もあるが、グレゴールなら大丈夫だろう。彼は人形以外のことをそこまで気にしない。
「混み入った話には混ざれないかもだけど、サイキックで人形を動かす訓練ならラーちゃんも楽しめるだろうし」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
ラーちゃんも退屈しないだろう理由も告げると、ロレッタは恐縮したように頭を下げた。
「じゃあ、行こっか」
「うん!」
そんなわけで、俺とラーちゃんは今日も一緒にお出かけをすることに。
準備を整えて外に出ると、昨日と同じようにミスフィード家の馬車に乗り込んだ。
「どちらに向かえばよろしいでしょう?」
「『メルジュ』という宿で」
「え? メルジェですか?」
グレゴールが滞在している宿を告げると、ロレッタが戸惑いの反応を示した。
改めて手紙を確認してみるもテレジアと書いてある。俺の読み間違いというわけでもない。
「うん、手紙にはそう書いてる」
「な、なるほど」
「メルジェだと、そんなにおかしいの?」
「あそこは大変可愛らしい外観と内装をしておりますので、成人男性が宿泊されることはあまりない宿屋ですので」
率直に尋ねると、ロレッタがちょっと言いづらそうにしながらも答えてくれた。
どうやらロレッタはグレゴールについてあまり知らないらしい。
普通の男性ならそうかもしれないが、グレゴールは人形好きだからね。
きっとメルヘンな内装をした宿で世界観にピッタリな人形を愛でているに違いない。
ロレッタが御者に行き先を伝えると、馬車がゆっくりと進んでいく。
「ねえ、グレゴールってどんな人?」
ガタゴトと揺られながら景色を見ていると、ラーちゃんが尋ねてきた。
これから会いに行く人物がどんな人か気になったらしい。
「一昨日、屋敷にやってきた背の高いおじさんだよ」
「あの怖い顔の人?」
「う、うん」
違うよと言ってあげたいが、グレゴールの顔はどこからどう見ても怖いのでフォローすることはできなかった。見慣れた俺でもたまに怖いって思うし。
だけど、怖い人というイメージは払拭してあげるべきだ。
「顔は怖いかもしれないけど、とっても人形が大好きな面白い人だよ」
「お人形が好きなの!?」
「そうだよ」
「わたしもお人形好き! 部屋にいっぱいあるよ!」
「じゃあ、話が合うかもしれないね」
「うん! 楽しみ!」
ラーちゃんも人形が好きなのであれば、人形を粗雑に扱って怒りを買うこともないだろう。
これなら安心だ。
ミスフィード家の敷地を出て、王都の通りを進んでいくこと二十分。
目的地にたどり着いたのか馬車がゆっくりと減速した。
完全に馬車が停まると、御者の人が扉を開けて馬車を降りる。
すると、目の前にはパステルカラーで彩られた洋館が建っていた。
「かわいい建物だね!」
「……うん、そうだね」
確かにこの外観をした宿であれば、一般的な成人男性が泊まらないのは納得だな。
可愛いものが好きな女性や、小さな子供などに人気な場所だろう。
歩いていくと、玄関の前には二人ほど警備がいた。
金属の兜に全身鎧を纏っているが、こちらもパステルカラーで着色がされていた。
メルヘンな世界観を崩さないように配慮されているのだろう。かなり凝っている。
宿泊しているグレゴールに招待されていることを告げると、事前に話は通っていたのかすんなりと通してくれた。
敷地内にしっかりと警備がいることから、去年王都で俺たちが泊まった宿と同じく富裕層向けなのだろうな。
警備の一人に連れられて宿の中に入ると、エントランスは一面ピンクで揃えられていた。
もちろん、備え付けられているテーブル、イス、天井に吊っているシャンデリアまでもパステルカラーで着色されている。
「……メルヘンだ」
異世界にいるはずなのに、ここは異世界なんじゃないかって思ってしまう。
「あっちは色が違う!」
「本当だ」
ラーちゃんの指さした右方向の廊下を見ると、黄色で着色されていた。
「逆方向へと続く廊下は青で着色されていますね」
「場所によってカラーリングやテーマが変わるみたいだ」
「おもしろーい!」
遊ぶ分には面白そうな場所だけど、ゆっくりくつろぎたいと思う俺にとって不向きかもしれないな。
「こちらで少々お待ちください」
警備の人に待機するように言われて、俺たちは鮮やかな内装や調度品などを眺めて時間を潰す。
すると、すぐにエントランスの傍にある階段からドスドスと重量感のある足音が聞こえてきた。
「アルフリート殿、来てくれたか!」
野太い声を響かせたのはグレゴールだ。
メイドのティクルと執事のバスチアンがいないのは置いていかれたか、他の仕事をして忙しいのか。
グレゴールは興奮した様子で階段を駆け下りてくるが、途中でラーちゃんの存在に気付いたらしくて足を止めた。
「ぬ? ラーナ様?」
「ラーナです」
「ラーナ様の侍女のロレッタと申します。突然、お邪魔して申し訳ありません」
「いえ、滅相もありません。ラーナ様を招待できるなど光栄です。こうなるのであれば、どこかの別邸でも借りておくべきでしたかな?」
「いえ、突然押しかけたのはこちらなのでそこまでのことは」
「お気遣いなくー」
ラーちゃんとロレッタが挨拶をすると、グレゴールはすぐに困惑を引っ込めた。
人形愛に溢れた時の暴走は半端ないけど、社交的な対応が問題なくできるので助かる。
にこやかに挨拶を終えると、グレゴールがちょいちょいと手招きしてきた。
まあ、そうなるよね。
「……アルフリート殿、話が違うのだが?」
ラーちゃんとロレッタから少し離れると、グレゴールが真顔で言った。
二人だけでじっくりと人形の話や、ティクルへの指導を頼みたかったのに部外者がいれば驚くのも仕方がない。
「ごめん。断り切れなかったというのもあるけど、ラーちゃんも無属性魔法のサイキックが使えるんだ。だから、ティクルと一緒に人形操作を教えてあげたいと思って」
「なんと! ラーナ様もサイキックを!?」
「一緒に練習をする人がいれば、ティクルも刺激されてより上達が早くなるかもしれないし、ラーちゃんと仲良くなっておけば人形劇を手伝ってくれるかもよ?」
「おお! よくぞ貴重な魔法の使い手を招いてくれた! 人形師は一人でも多い方が望ましいからな!」
困惑していたグレゴールだが、人形劇の利益になる可能性が高いことを告げると見事に手の平を返した。
わかりやすい。
ラーちゃんが人形劇を手伝ってくれるかはわからないけど、今日一日楽しく過ごすことができればと思う。




