ラーちゃんと一緒
妹が欲しい……
「四才!」
元気よく言い放つ少女ラーちゃん。そしてちゃんと言えた事が嬉しいのか「えへへ」と無邪気に笑う。
近くで見るとあどけないが整った顔立ちであることがわかる。
これはきっと将来は可愛らしいお嬢さんになるに違いないなと思って眺めていると、こちらの返事を促すかのように視線を向けて来る。
「俺、アルフリート。もうすぐ七才」
「アル? アルにーちゃん?」
「……もっかい言って」
「アル!」
「そっちじゃない!」
俺が突っ込むと楽しいのか、ラーちゃんはころころと笑う。
その後も俺が「アルおにーちゃんと言ってみて!」と頼んでも楽しそうに「アル! アル!」と連呼するばかり。
何だろう……この心が癒される感じは。もし、俺に妹がいたらこんな感じだったのであろうか。
俺の周りといったら日本でも異世界でも年上ばかりだったせいで、こんなやり取りが新鮮に思える。
「私はメイドのミーナですよー。ミーナおねーちゃんって呼んでもいいですよ?」
何を? 俺ですらおにーちゃんと呼んでもらっていないにも関わらず、ミーナがおねーちゃんと呼ばれるとか、おこがましいにも程がある。
「ミーナにはそんな言葉もったいない。駄メイドでいいよ」
俺はゆっくりと首を二回振ってから、ラーちゃんに語りかける。するとラーちゃんはピンポイントの言葉を重ねた。
「駄メイド!」
「そうそう。えらいえらい」
俺はにっこりとした表情でラーちゃんの頭を優しく撫でる。
「えへへ」
「ああ! アルフリート様なんていう事を言うんですか! ほら、ラーちゃんが変な言葉を覚えちゃったじゃないですか!」
「あー、はいはい。後でクッキーあげるから黙ってて」
「私も食べたーい!」
「しょうがないなぁ」
「ああ! それ私の持ってきたクッキーですってば!」
クッキーを食べれば喉が渇く。ラーちゃんがそれを訴えるのは必然の事であるがために、俺の財布から銅貨が二枚消えることに。
ラーちゃんが飲んでいるのは緑色をした、いかにも健康に良さそうなジュース。どうやら色々な果物と野菜を組み合わせて作ったものだそうだ。
「一口飲んでみる?」
ラーちゃんから勧められたので、せっかくなので一口貰う事にする。
一口もらって飲んでみたところ中々美味しかった。屋敷に帰ったらミキサーでも開発して自分でも作ってみようかな。エリノラ姉さんと森で収穫したリブラとかをジュースにしたら美味しそうだ。健康にも良さそうだし。
「これも美味しいね」
「うん」
「いいですねー。こういうの和みますー」
横でにやついているミーナのことは放っておいて、本題に入る。
「ところで、ラーちゃんは何をしていたの? 見たところ誰かを探しているようにも見えたのだけれど……もしかして迷――」
「違うの!」
髪を揺らしてはっきりと否定するラーちゃん。
しかし、道端で一人おろおろしていた姿はどう見ても迷子にしか見えないのだが。
「でも、一人で困った表情でおろおろと」
「私が迷子になった、おねーちゃんを探していたの!」
「うー」と唸りながら俺を見つめるラーちゃん。
どうあっても己にかかった迷子という罪を認めるつもりはないのか。しかし、これ以上そこを攻めると泣いてしまいそうだ。犯人はお姉ちゃんにしておきましょう。
「お姉ちゃんは何歳かな?」
「七才!」
となると、俺と同じぐらいの女の子か。
今の見渡す限り、俺くらいの年の女の子は視界にはいないようだ。
「お姉ちゃんとどこではぐれ……お姉ちゃんはどこで迷子になったのかな?」
ラーちゃんが迷子になったみたいな言い方をすると、涙目になったので慌てて訂正する。
「えーっと~…………わかんない!」
そうだよね。だってラーちゃんが迷子だもんね。とか言ったら泣くと思うので言わない。
こんな大通りで年下の女の子を泣かすとか絶対やばいから。
「そっかー。わからないか」
「お姉ちゃんはどんな見た目をしていますか? 例えば髪とか」
「えーっと、私と同じ髪の色でとっても美人さんなの!」
なるほど、そりゃよくわからん。
ミーナが服装などの質問を重ねていくとこうらしい。
ラーちゃんと同じ髪の色をしており、長さは腰まで。髪に癖はなくラーちゃん曰くずっと触っていたいほどサラサラとしているらしい。
身長は俺と同じくらい。
そして何よりの特徴が魔法学園の制服を着ているということ。
そういえば何回かローブを着ている子供を見た。赤や青や黒などの違いがあり、クラスによって違うのかなーなどと眺めていたので覚えている。
あんな派手な物を着ていたらすぐに見つかりそうだ。何せ制服を着ている人だけをチェックすればいいのだし。
ちなみにお姉ちゃんのローブは青色らしい。
「では、わかりやすいメインストリートにいた方がいいですね」
「どうするラーちゃん。ここで待ってお姉ちゃんを待つ?」
「嫌! おねーちゃんが迷子だから私が探してあげるの!」
あー、そうだもんね。ここで待っていたらラーちゃんが迷子になったみたいだもんね。
「そっかー」
「だから一緒に探そう?」
上目使いで俺に頼み込むラーちゃん。さりげなく裾を掴むところが可愛らしい。心では不安なのか大きな瞳がうるうるとしている。
やっぱりそうなりますか。
「じゃあ探すか!」
俺は元気よく立ち上がり、にこっと笑った。
「うん!」
「ですね!」
こうして俺達はラーちゃんのお姉ちゃんを探す為にメインストリートを歩き出した。
× × ×
お姉ちゃんを探す為に歩き出したはずなのだが……。
「次! あれが食べたい!」
「いいですね! 具だくさんのシチュー。その次はあそこのお肉を食べましょう! お肉の焼けるいい匂いと、ふんだんに使われた香辛料の香りがします!」
ラーちゃんに引っ張られるようにして俺も後に続く。
俺達は依然として最初に出会った、露店が並ぶ南のメインストリートをうろついている。
小腹が空く時間帯のせいか人も多くなってきて、露店にも列ができている。
あれー? おかしいな。俺達はお姉ちゃんとやらを探すのが目的のはずだが、どうして露店の列に並んでいるのやら。
「いい匂い!」
「ですねー!」
仲良く微笑み合う二人。もうミーナがお姉ちゃんでいいじゃん。
それで解決にしましょうよ。俺ってば王都に来たのにまだ露店くらいしか見てないよ。
「まだですかねー?」
「遅いー」
最初は楽しそうに会話をしていた二人だが、列が中々進まない事にイライラしてきたようだ。小腹が空いている状態で香ばしい様々な匂いが漂っているとなると、何とももどかしく苛立つ気持ちもわからなくもない。
「どうやら材料が切れて作り直しているみたいだね」
「えー、じっとしているの退屈」
「うーん、そう言われても……じゃあちょっとした手品でも見せてあげるよ」
たまにセリアさんの食堂でやるマジックなのだが、これなら立っていてもできるしいい暇つぶしになりそうだ。
「なになに?」
「何ですか?」
ラーちゃんだけでなく、ミーナも食いついてきた。
後ろにいる男性も暇だったのか、興味津々の様子で覗いている。
「ミーナ、クッキー一枚あるよね? ちょっと貸して」
そう言うとミーナは、明らかに警戒した様子を見せるが好奇心が勝ったのか、おずおずとクッキーをポケットからさし出す。
「さて、ここにクッキー一枚あります」
クッキーに異常が無いよう確認させるために、二人に裏表を確認させる。
「それではクッキーを手で挟み込み蓋をします。今クッキーはこの手の中にありますね?」
ラーちゃんとミーナ、後ろの男までもふむふむと頷いている。
「では、このままの状態で手を三回振るとクッキーは消えてしまいます」
「えー! 嘘だー!」
「消えるとか困りますよアルフリート様!」
そう言うと、ラーちゃんが胡乱気な顔をし、ミーナは大声で叫び今にも胸倉を掴みかからんとばかりの様子。
後ろの男なんて鼻をフンと鳴らしている。
ちょっとその顔ムカつくぞ。待ってろよ。今にそのくそったれな表情を驚きと称賛の物に変えて見せるから。
「まあまあ、それじゃあいくよ? 一……二……三……!」
そして俺が合わせた手を開くと。
「えー! クッキーどこにいったの?」
「ちょっとクッキー? どこですか? まさか本当消しちゃったんですか?」
ぺたぺたと俺の手や腕を触る二人。
しかし、クッキーが見つかる事はない。
なぜならクッキーは転移魔法で後ろの男のポケットの中に転移させたのだから。
口を開いて疑問符を浮かべる男に俺は、余裕の表情を浮かべて語りかける。
「そこの男の人。右ポケットを確認してみて下さい」
「お、おう」
まさか話かけるとは思っていなかったのか、困惑気味に返事をしながらポケットをまさぐる男。
「うおおおおっ! 何で俺のポケットからクッキーが!?」
「えー! もしかしてさっきのクッキーがあんな所に行っちゃったの!?」
「どうして私のクッキーが!」
三人はどうなったのか理解が追いついていない様子で、あーだこーだと言い合っている。
俺達の騒ぐ声に、周りの人達も何だ何だと視線が集まる。
「ああ、そのクッキー食べていいよ」
「本当か?」
「ちょっとアルフリート様!」
「大丈夫だって。すぐに二倍三倍に増やしてあげるから」
俺が二倍三倍と宥めると、一応は聞く気になったのか落ち着くミーナ。
「ちょうどいい甘さのクッキーだな。美味い」
俺達の後ろにいる男がぽりぽりとクッキーをかじる。
「じゃあ次は俺のポケットからクッキーを出しまーす」
『そりゃ、ポケットに入っていたら出て来るだろ』
『そうだそうだ』
『さっきの見てなかったのか? 本当にクッキーが消えたんだぜ? 見てみる価値はあるぞ』
いつの間にか、ギャラリーが増えていたようで疑わしい声が上がる。
俺はその声に答えるようにズボンのポケットに手を突っ込み、ポケットを裏返す事で何も入っていない事を証明する。
そしてポケットを元に戻し、声を上げる。
「じゃあ今からこのポケットからクッキーを出しますよ? ほら、ほら!」
俺がポケットに入れて手を突っ込むと、クッキーが一枚、また一枚と現れる。
『『どうなってるんだ!?』』
これには周りも驚きの声を上げて、ざわつく。
「えええええええええええっ! アルフリート様のポケットからはクッキーが無限に湧き出すんですか?」
「アルすごーい! でも、なんでー?」
ラーちゃんの純粋な疑問を上げて、皆が考え込む。
その間にも俺はポケットを裏返して、再び何もない事を証明する。
『……意味がわからない』
『どう考えたってポケットにあの量のクッキーは入らねえだろ』
『何も無いポケットからどうやって……』
『有名な奇術師の弟子か何かか?』
それを見てさらに首をかしげて、唸り声を上げる人々。
「わかんなーい! どうやったのか教えて!」
我慢できずにラーちゃんが叫ぶのだがこればかりは教えられない。
ギャラリーからも無言の圧力がかかるが駄目なものは駄目だ。
と言っても、転移に収納、取り出しと空間魔法を使っているだけなのだが。
「皆さーん! 新しいシチューが出来ましたよ!」
そこでちょうどよくかかったシチューを作る露店主の声。
「さあ、シチューが出来たからお終いだよ。シチューを食べよう」
「ああー! アル誤魔化した!」
「そうですよアルフリート様!」
「誤魔化してなんかないよ。わからないから面白いんだよ。ほら二人ともクッキーあげるから」
「「わーい!」」
二人ともちょろい。
『おい、もう一回やってくれよ! こいつにも見せてやりたいんだ!』
『もう一度頼む!』
『次で見抜いて見せるから』
何食わぬ顔をして並んでいると、もう一度やってくれと声が上がった。
ここでマジックをやっていると人が集まって来て、ラーちゃんの姉ちゃんが見つけてくれるかもしれない。
そんな打算もあって俺は引き受けた。
「いいよ。でも今はシチューを食べたいからその後でね。良かったら皆もどう?」
俺がそういうと周りの男達がどんどんと列に加わる。
お陰で店主もほくほく顔で、シチューのお代はいらないと言われた。
そしてシチューを味わい、皆の前で同じようなマジックを披露する。
あんまり大きな物をやると明らかに異常なのでシチューで使ったスプーンや銅貨といった小物だけにしている。
こう小さい物だから何とか方法があるはずだと考えるが誰にも種がわかるはずがなかった。
人が人を呼び、瞬く間に大きな人だかりとなると俺の目論見通りにラーちゃんの姉ちゃんが馬車から姿を現した。
「ラーちゃん!」
「あっ! おねーちゃん!」
「全くどこに行っていたのよ、こんな所で芸なんか見て。探したのよ」
ほう、ラーちゃんの言っていた通りに美人さんだね。特に腰まで伸びた髪の毛が綺麗だと思います。
「ほら、帰ろうラーちゃん」
「うん! じゃあねえアル~」
「あの子と知り合いなの?」
「うん、アルはねえ、おにーちゃんなんだよ!」
「えっ!? それってどういう事なの?」
「そういう事なの!」
ラーちゃんとお姉ちゃんとやらは手を繋ぎ、そんな事を言い合いながら帰っていった。
俺とミーナはと言うと、大勢の人たちに囲まれてしばらくは帰れそうにない。
……そろそろ帰りたいんですけど。




