完璧なプラン
『転生大聖女の目覚め』のコミック3巻が7月7日に発売です。また『異世界のんびり素材採取生活』のコミック2巻、小説2巻が7月15日に発売です。
よろしくお願いします。
人形劇、テーマパークの詳細を話し終えると、グレゴールはミスフィード家の屋敷を後にした。
本当はミスフィード家に滞在して、もっと話を詰めるべきだったが、今宵開催されるバルナーク家は王都の劇場を運営する貴族らしく、人形劇を開催する上で密接なつながりを得るのは必須だ。
時間があれば、ティクルに人形操作技術の進捗を聞いてみたかったが、時間がないのでは仕方がない。
パーティーが終わってからも王都に滞在するとグレゴールは息巻いていたので、また二人と会えるだろう。
「もう夕方か……大きな事業だけあって話し合いたいことは山ほどあるが、今日はこの辺りにしておくとしよう」
「そうですね」
談話室に呼ばれたのは朝のはずだったが、気が付けば窓の外の景色は茜色に染まっていた。
差し込んでくる夕日が、上品な室内や調度品を赤く染め上げており綺麗だ。
昼食抜きで数時間も話し込んでいたようだ。道理でお腹が空いているわけだ。
色々と想定外なことが起きていたせいで、時間間隔が麻痺していた。
「有意義な話し合いとなった。詳しい話はまた今度としよう」
「はい、こちらこそありがとうございました」
談話室を出ると、シューゲルは自らが過ごすプライベートルームへと引っ込んでいった。
彼の後ろ姿をしっかりと見送ると、俺はスロウレット家に与えられた二階へ。
階段を降りると、客室のソファーにはラーちゃんが座っていた。
傍には専属メイドであるロレッタも待機している。
ラーちゃんは不満さをたっぷり表現するように頬を膨らませており、ジットリとした視線をこちらに向けていた。
「ラーちゃん?」
「…………アル、すぐに戻ってくるって言ったのに」
「あっ!」
ラーちゃんのセリフを聞いて、俺は思い出した。
シューゲルと話をする前に、すぐにラーちゃんのところに戻ると約束したことを。
あれから軽く五時間は経過している。すぐに戻るという約束をぶっちしているのは言うまでもなかった。
「……アルの嘘つき」
「ぐっ!」
普段、天使のような笑みを浮かべてくれるラーちゃんからの素気ない言葉。
それだけで胸がえぐられる思いだった。
トールやアスモ、エリノラ姉さんとは約束を破ろうが、まったく良心が痛まないというのに。
娘に素気なくされて傷つく父親の気持ちがわかったような気がした。
「ラーナ様、あまりアルフリート様を責められては可哀想ですよ。公爵家の当主であるシューゲル様が呼び立ててれば、彼は従う他ありませんから」
胸を抑えて突っ伏した俺を見て、控えていたロレッタがフォローをしてくれる。
「……だって、今日はアルといっぱい遊べると思ってたんだもん」
ポツリと呟くラーちゃん。
そこには怒りや不満よりも、寂しいという気持ちがこもっているのがわかった。
シューゲルに引き留められていたとはいえ、ちゃんと覚えていれば何とかして途中退出するなり、すぐに戻れそうにないとラーちゃんに声をかけることができたはずだ。
その点に関しては完全に俺が悪いので、言い訳するつもりはない。
「本当にごめん。明日は何があっても用事は入れないし、ラーちゃんを優先するから許してくれないかな?」
「……またパパがきても?」
「シューゲル様がきたらさすがに――いや、何とか説得してラーちゃんと遊ぶことを優先させてもらうよ」
言い淀んだ瞬間、ラーちゃんが不満そうな顔になったので、慌てて言い直すと満足したように笑った。
「わかった。なら、許してあげる」
「ありがとう、ラーちゃん」
良かった。ラーちゃんがいつもの無邪気な笑顔を浮かべてくれるようになって。
「えへへ。じゃあ、明日はいっぱい遊ぼうね? 今度こそ約束だから」
「うん、約束だよ」
ラーちゃんはぴょんとソファーから降りると、ご機嫌そうな足取りで三階へと上がっていった。
ラーちゃんとロレッタがいなくなると、客室には俺一人となった。
さて、これから俺はノルド父さんとエルナ母さんにミスフィード家、ドール家、スロウレット家の共同出資となるテーマパーク事業について話さなければいけない。
事前相談をしたわけでもないし許可も貰っていない。事後相談だ。
報告すれば、怒られるに決まっている。シンプルに気が重い。
長時間、拘束された後に、また長時間拘束されるのは勘弁だ。
しかし、早く報告しないとシューゲルが夕食の話題として二人に事業内容を振りかねない。
その時に聞いていませんでしたなんて事になれば、大目玉を食らうのは確実だ。
どうすれば、最小限の被害で済むだろう?
「夕食の直前に報告すればいいか!」
物理的に怒る時間が無いとなれば、ノルド父さんやエルナ母さんも怒ることはできない。
いくらあの二人で他家の晩餐会で息子を怒ることはできまい。
食事会を挟んで終わるころになれば、二人の怒りもいくらか沈下しているだろう。
「我ながら完璧なプランだ」
「――何が完璧なプランなんだい?」
客室で一人高笑いしていると、なぜか上から声が落ちてきた。
おそるおそる振り返ると、そこにはにっこりと笑みを浮かべているノルド父さんとエルナ母さんがいた。
気のせいかな? 綺麗な笑みを浮かべているが、目がまったく笑っていない気がする。
……もしかして、協同事業のことがバレた?
いくらなんでも早すぎる。シューゲルと別れてから十五分も経過していないんだけど。
落ち着けアルフリート。焦るんじゃない。二人はただ客室で高笑いしている俺に声をかけてきただけという可能性もある。自白するにはまだ早い。
「え? いや、ちょっと、明日ラーちゃんと遊ぶから、喜ばせる方法を考えていただけで」
人は嘘をつこうとする怪しい挙動が出てしまう。裏を返せば、本当のことを混ぜてやれば怪しい挙動は出ない。
偽装は完璧だ。
「そうかい。それは大変結構なことだけど、その前にやるべきことがあるんじゃないかな?」
「え?」
「とても素敵な協同事業計画があるみたいじゃないの。かなり具体的なところまで進んでいるようだけど、私たちにもちゃんと聞かせてほしいわね」
……あっ、これ二人にもバレてるやつだ。
どういう経緯で漏れたのか知らないが、今はそれを確かめることよりも身の安全の方が大事だ。
言葉や表情で反応するよりも速く、身体に魔力を漲らせて身体を翻す。
今の俺の反応速度は、この世界に転生してから最速だったに違いない。
しかし、ドラゴンスレイヤーはそれを上回る反応速度を見せた。
気が付けばノルド父さんは、俺の進路に先回りしていた。
勢いを止めることのできなかった俺は、結果としてノルド父さんの胸に自ら飛び込む形となった。
「まさか、夕食のギリギリに報告して有耶無耶にしようなんて考えてないよね?」
「そ、そんなまさか……」
「じゃあ、すぐに聞かせてくれるかしら?」
「……もちろんです、母上」
エルナ母さんの問いにそう答える以外の選択肢があるだろうか。
いや、無いに違いない。
●
俺はグレゴールとシューゲルとテーマパークをやることになった経緯を、ノルド父さんとエルナ母さんにしっかりと説明した。それはもう余すことなく。
経緯を聞いた二人は怒りを通り越して、呆れが勝ったらしい。
「まったく次から次へとよくもそこまで思いつくものだね」
ソファーに深く腰をかけたノルド父さんが深くため息をつきながら言う。
「えへへ」
「褒めてないから」
どうやら微塵も褒められていなかったようだ。
「面倒くさいからって捻り出したものが、より面倒な方に向かっているじゃないの」
「いや、だってすぐにグレゴールを呼ぶとは思わなかったし、シューゲル様も乗っかるなんて思いもしなかったんだよ」
人形劇が大成功したら、こんなこともしたいよね。そんな夢物語を語っていたにすぎない。
しかし、ミスフィード家が協力するとなれば、話は別だ。
夢物語が再現可能な現実となってしまう。これは大きな誤算だった。
グレゴールが乗り気になるのは想定していたが、シューゲルがノリノリで絡んでくるとは予想できるはずもない。
「確かにそれは予想外ね」
「魔法使いの就職先確保は、魔法学園の大きな課題でもあったからね。魔法学園の生徒の就職先の一つとして斡旋したいんじゃないかな?」
「うん、シューゲル様もそう言ってたよ」
俺がそう言うと、二人は納得したような顔になった。
魔法学園の就職先問題は、周知の問題だったようだ。
「にしても、王都の学園の問題なんてよく知ってたね」
スロウレット家は王都から離れた領地を治める田舎貴族。
よく王都の情報を収集していたものだ。
「再来年にはシルヴィオが学園に通うことになるのよ? 王都の学園に関する情報くらい集めておくわよ」
「あっ、そっか。シルヴィオ兄さんも学園に通うんだった」
春になったらエリノラ姉さんが騎士団に入団し、翌年にはシルヴィオ兄さんが学園に入学することになる。
前からわかっていたことだが、いつも屋敷にいるのが俺にとって当たり前のことなのでいまいち実感が湧かないや。




