王都のメインストリート
「……着いた! 王都!」
大きな城門を潜り抜けると大勢の人たちが行き交っていた。依頼を終えた冒険者や休憩をしている労働者、せっせと馬車へと荷物を詰め込む人達。少し離れた先では露店からの呼び込みの声などが飛び交い賑々しい。
城門から伸びた幅広いメインストリートには石が敷き詰められ舗装されており、それに沿うように石造りの大きな建物が立ち並んでいる。
そしてその向こうには壮麗さを醸し出す王城がそびえ立ち、俺達を見下ろして歓迎している。
あれが王城か。ここからでも立派に見えるのに近くで見たらどうなるのか。
俺と同じように城門近くで下りたミーナが感嘆の声を上げる。
「うわー! すごく大きいですねえ! 何というか豪華で……何というか豪華なんですね!」
うん、とにかくミーナが俺よりも語彙力が無いというのがよく分かったよ。
ノルド父さんやエルナ母さん、サーラはすでに見慣れた光景なのだろうか。初めてみる俺達の様子を暖かい目で見守っている。
「ミーナも王都は初めてなんだよね?」
「はい! そうなんです! 今回初めて同行を許されたんです!」
未だに興奮冷めぬ様子で返事を返すミーナ。放っておけば勝手にフラフラと行ってしまいそうだ。
俺達の周りでも王都に初めて来た者なのだろうか、感動の声を漏らす人がちらほら。その声はどちらかと言うと女性の声の方が多い気がする。男性の場合は「ほう」という感じで感動する間もなく歩みを進める。
そんな中、王都に風が吹いた。
ミーナと同様王都の光景に目を奪われていた女性達は上を見るばかりで足元が疎かになっていた。そのせいで女性たちのスカートが大きくはためき「きゃっ!」という可愛らしい黄色い声があちこちから上がる。
その瞬間を紳士達が逃すはずもなく、大きくはためくスカートの下を求めて多くの視線が突き刺さる。先に進んで歩いて行った男までもが振り返る姿は驚嘆に値する。
王都の美しい光景に女性は目を奪われ、紳士諸君はその女性のはためくスカートへと目を奪われる。何ともわかりやすく女性と男性の感性を表した光景だろうか。
『ちょっとあなたたち何見てんのよ!』
『さあー、仕事の続きだお前ら』
『『『ういーっす』』』
『ちょっとコラ!』
あちこちで上がる女性の非難の声。しかし男性達はどこ吹く風の様子で去っていく。
「……あなたさっき一瞬だけ覗いたでしょ?」
「……気のせいだよ」
「いいえ。さっき一瞬だけ視線が不自然に動いたわ」
「悲鳴が上がれば誰だって視線が動くさ」
「それにしてはやけに下の方を見ていたじゃないの」
「……すいません」
「あとでお仕置きよ」
後ろではそんな母と父の会話が。
お仕置きって何をされるのだろうか。
「……いやらしい風です」
そんなサーラの声を聞きながら、俺は気まずげに馬車へと乗った。
王都に着いてからは真っすぐに高級宿へと向かった。
貴族専用の宿らしく、今までの通りで見た宿とは大違いの様子だった。清潔なのはもちろんの事、大きな浴場までもがしっかりと付いており、ベッドもふかふかだ。護衛らしき人物が何人も立っており警備も万全のようだ。
我々泊まる側の客からすると安全は絶対なので、ちゃんとした警備がされているこの宿は信用できそうだ。
馬車や荷馬車をガレージへと入れると、ルンバとゲイツは冒険者ギルドに向かった。
何やら顔を出さなければいけない所が色々とあるらしい。
まあ二人とも王都で主に活動していたのだから仕方がないだろう。
元よりルンバとゲイツは道中とパーティーの開催される三日間の護衛が主な仕事だ。
王都は衛兵や騎士達が頻繁に見回っているために治安が良く、真夜中に怪しい区画へとい行かない限りは安全との事。その証拠にメインストリート近くでは多くの子供達が楽しそうに駆け回っていた。
時刻はお昼を過ぎた所。
宿でお昼ご飯を食べて一休みをしてから、俺はミーナと一緒に王都のメインストリートを歩いていた。
ノルド父さんはエルナ母さんのお仕置きがあるので一緒にはいない。サーラも一応メイドとして近くにいなければならないので待機だ。
後で何が起こったか教えてもらおう。
「馬車から見るのと、実際に歩いて見るのでは印象が違いますね」
まだ食事時の時間なせいか露店からはいい匂いが漂う。
王都には中心となる広場から放射状に大きなメインストリートが伸びている。
各城門がある、南から北のメインストリートと東から西のメインストリートはひときわ大きいのが特徴であり、最も人の出入りが多い。
その為にこの二つのメインストリートには多くの店が構えており、競争が激しい模様。それは露店や食材を売る店、道具屋や武器屋にかかわらず皆必死だ。
「そうだね。特にこの辺りは凄いと思う」
野菜を売っている男達なのだろうか。しきりにお客らしき人々に声をかけている。
『へいへい、いらっしゃい! うちには新鮮な野菜がいっぱいあるよ!そこの綺麗なお姉さん! 晩御飯はうちの野菜を使った料理でどうだい?』
『あらやだ、あたしのことかしら?』
『やめときなお姉さん。そんな強面な店主が扱っている野菜なんて。きっとあの顔と一緒で野菜もゴツゴツしていて不格好に決まっているよ』
『は、はあ……?』
『はあー? 騙されちゃあいけないですよお姉さん! あっちの野菜はあの男と一緒でひょろひょろで栄養不足な野菜に決まっていますよ! 見て下さいうちの大根! ニーソを履かせれば人間の太もものようですよ!』
店の店主の見た目と野菜の状態にはなんの関係も無いと思うのだが。あと大根とニーソも。
『何だいその大根は。無駄にデカいだけでほとんど水分だけだろう? うちの大根を見てくださいよ! ちょうど引き締まった太さで甘みがたっぷりと全体にいきわたっていますよ。ほら、ニーソを履かせれば!……あれ? いない?』
さっきのお姉さんなら、強面の店主がニーソを履かせた時くらいから逃げていった。残ったのはニーソを履かせた大根を手に持つ店主二人。
『お母さん、大根に何か履かせている人がいるよ!』
『駄目よ。見てはいけません』
たまたま近くを通りかかった子連れの母親達もそそくさと逃げていく始末。
目の前に残ったのはその様子を眺めていた俺とミーナだけで、
『『あの大根』』
「……結構です」
俺とミーナは逃げるように去っていった。
王都の野菜屋は凄いな。
俺とミーナは先程の野菜屋を通り抜けて、色々な露店を冷やかすように歩き、気に入った物や不思議な物を見つけては買って食べたりをしている。
「アルフリート様、このお肉すごいですね! こう噛むたびにむぎゅっとした弾力があって美味しいです!」
「確かに噛むたびに肉汁が染み出てきて美味しい。豚でも鳥でもない。牛のお肉の味に似ているけれどなんか違うような……」
俺が串肉を見て唸っていると、露店のおっちゃんが気さくに声をかけてくれた。
「おや? 坊ちゃん、ウーシーの肉を食べた事がないんで?」
「ウーシーの肉? 何ですかそれ?」
「王都の周りでは頻繁に出て来る牛に似た魔物さ。このソースと絡めると美味しいでしょう?」
興味深い話だったのでウーシーについて聞いてみる。
――ウーシー。
王都の近くの草原地帯によく現れる牛に似た魔物。
馬のような毛並みをした牛よりも遥かに大きくて筋肉質な体を持ち、己に近付く生物に所かまわず突進してくる獰猛な性格。
単調な突進だけと侮っていると痛い目を見ることになり、毎年多くの冒険者がその巨躯に沈められるとの事。
味の方は噛みごたえある弾力と染み出る肉汁が人気で、王都の子供から大人までが好む大人気。
ウーシーは体が大きい
そんな体のお陰で打撃系の攻撃は通りにくいらしく、冒険者の間ではウーシーの肉を斬ることができたら一人前という情報もあるらしい。
へー、魔物のお肉が食べられるのは聞いたことがあったけれど、ここまで美味しいとは思わなかった。コリアット村の周りには魔物が少ないし、今まで食べた事がなかった。
「魔物の肉が食べられると聞いたことがありましたけど……ふがふが……ここまで美味しいとは思いませんでした!」
ミーナは食べるか喋るかどっちかにしてほしい。もしメイド服にソースでもかかったら……全くかかっていない。不思議だ。
「美味いだろ。もう一本どうだい?」
「「下さい!」」
俺とミーナは元気よくウーシーの串肉をおかわりした。
ウーシーの串肉のおっちゃんにおすすめの露店を教えてもらい、いくつかの店を回った。
そして現在は歩き疲れたので、道の端に腰を下ろしフルーツジュースを飲んでいるところ。
王都の道は長い為に人が休憩できるように腰を掛けられる場所が多い。そこでは俺達と同じように歩き疲れた者や小腹の空いた者が露店の食べ物を片手に座っている。
それにしても、このフルーツジュース美味しいな。疲れた体にこの甘みと程よい酸味がまたいい。
他にもたくさんのジュースがあったのだけれど、一体何の果物を使っているのだろう。
かき氷にかけたら合いそうだな。後でチェックしないと。
これからの予定を考えながらぼーっとしていると、向かい側の小さな女の子がせわしなく動いているのが目に入った。
髪の色は金色と茶色の中間くらいでツインテール。人を探しているのか、腰かけに上って背伸びしたり、ジャンプしたりとぴょこぴょこと可愛い仕草であちこち見回している。やがて見えないとわかると、下に降りて同じことを繰り返した。
ぴょこぴょこと動くたびに、髪をくくった赤いリボンと髪がなびいて可愛らしい。
歳は俺よりも年下で四才くらいであろうか。綺麗な仕立ての良い白いワンピースを着ており、案外俺と同じ貴族かもしれないな。
フルーツジュースを飲みながら可愛く動く生物を眺めていると、不意にその少女と視線が合った気がした。
気のせいだと思い、視線を逸らしてフルーツジュースを一口含むと、くいっと服の裾が引っ張れる感覚がした。
どうしたんだろう。ミーナってば用があるなら普通に話しかけてこればいいのに。
そう思いミーナへと顔を向けるも、ミーナはクッキーとフルーツジュースを口に含み頬を緩ませているだけ。
クッキーはいつでも持ち歩いているのね。
味を楽しみ事に夢中でとても俺の裾を引っ張ったようには見えない。
じゃあ誰が?
そう思った瞬間に、また裾をくいっと引っ張られる感覚。さっきよりも強い気がする。
そして正面を見ると、そこにはぽけーっと口を開けて見上げてくる、先程のツインテールの少女がいた。
「な、何かご用で?」
俺が困惑しながら尋ねると少女は元気よく返事をした。
「私、ラーちゃん!」
……嫌な予感がする。




